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対の飾り 11
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貴族女性の服装は、季節と場面によって、随分と様変わりする。
例えば、外出時には上着を纏うが、日常的には短衣と袴のみで過ごしていたり、上着でなく肩掛けや長手袋を使用する場合があったり、上着無しで陽除け外套を纏っていたりという具合にだ。
「お洒落のために敢えて……という場合もございますけれど、それの使用を求められる場面というものも多々ございますわ。
例えば、陽除け外套を纏う時にも、上着が必要である場合と、必要でない場合がございます。
演劇場へと向かう時は上着が必要ですわね。陽除け外套は、演劇場では纏いませんから」
「……上着が無いと、駄目なんですか?」
「駄目ではございませんわ。幼き少女は纏っていなかったりも致しますもの。
ただ、やはり妙齢になりますと、配慮を求められる場合が増えますの。
殿方の視線を過度に集めるような服装は、慎ましくございませんでしょう?」
「だけど夜会では敢えて……という時もあるな」
「左様ですわ。夜会は周知を目的といたします。
その場合は、お相手にとって好ましい服装であることも、目的に含めなければなりません」
「…………あの、基準とかってあるのですか?」
「特にはございませんわ。
と、いうより……目的と用途に沿った判断ができるかどうかを、求められている……といった感じでしょうか」
リヴィ様の言葉に、難しい顔をするサヤ。
そうして暫く考えてから、手元の紙にサヤの国の言葉で何かを書き記す。
「カスタマイズ性が求められる? なら、極力アレンジが可能な服装を考えた方が良いかもしれへん……。
ベスト、ケープ、ボレロあたり? コートとかって、外套あるしいらへんのんかな……。
でもそれって、騎士や従者にも求められるんやろか?」
無論、俺にもリヴィ様にも、サヤの国の文字は分からない。
サヤの手元の紙は、そんなサヤの呟きで埋まっていく……。
「ん……ではリヴィ様、女近衛の役職で務めを果たすとして、使用頻度の高そうな服装品って、どんなものが思い浮かびますか?」
「上着は必須ですわね。けれど、常にではございませんわ。
あぁ、あと正装で提案されていた中衣。あれはとても良い思いつきだと思います。
短衣のみでは些か軽装すぎるという場面は意外と多いんですの。上着を纏うまでも無いけれど……といった場合は、あれが色々活躍できそうですわ。
そういった時、本来は肩掛けを使用するのですけれど……武器を携えた場面では使いにくいでしょうから。
あと、男性貴族との大きな違いは、女性の場合、短衣であるということ。
……そうだわ。貴族女性は短衣の裾を外に晒すといった着方はいたしませんから、そこは注意なさって」
なんだかほぼサヤの勉強会と化しているが、それは今ギルが退室中であるからだ。
ルーシーの様子を確認しに行っている。
今はルーシーも忙しくしていたはずだから、調節は難航していそうだな……。
そんなことを考えていると、上の空になっていた俺に「レイ殿」と、リヴィ様の声。
「店主殿……随分と遅いようですけれど……」
「リヴィ様」
嗜めると、恥ずかしそうに頬を染め、暫く言い淀んでから……。
「……ギル、殿……遅いですわね……」
「そうですね。今、ルーシーも忙しい様子でしたからね」
恥ずかしそうにするリヴィ様が微笑ましいなと思う。
やっぱり、ライアルドの考えには微塵も賛成できないな。リヴィ様は、とても女性らしく、愛らしい。武術を嗜んでいるかどうかなど、全く関係無いと思う。
◆
「どうか、ギルとお呼びください」
リヴィ様に女性の仕事服を監修していただく約束を取り付けたため、俺たちは早速その話を進めることにした。
さしあたり、ギルのことを「店主殿」と呼ぶリヴィ様にギルがまずしたことは、略称を使ってほしいと伝えること。
「物作りには、案外大切なことなのです。
私のことをギルバート、もしくは店主と呼ぶ方は、大抵の場合、私に遠慮しますからね」
と、そう言い、見事な笑顔。
リヴィ様はその言葉に慌てふためいたのだけど、否と言われる前にと、ギルはさっさと話を切り替えた。
「ではまず、サヤの描いた下図を見ていただきましょうか」
結局それで押し切って、今に至る。
とはいえ、少々強引に進めてしまったため、リヴィ様は遠慮してギルの名を呼べないまま。
本人がいない時はなんとか口にするけれど……といった様子だ。
「お待たせ致しました」
それから更に少し経ち、やっと戻ったギルだったのだけど、ルーシーは結局、忙しくて無理とのこと。
その代わり、数枚の書類を持ち帰った。
「辛うじて夜に時間を取ったが、夕食後だな……」
そこは本来、外からの仕事を入れる時間じゃない。
ギルも難しい顔だ。
「やっぱり難しいかな……。別の方法を考えるか……」
「いや、これが結局一番効果的な案なんだろ? なら少々無理をさせても、これを進める。とにかく先ずは書類を作っておいてくれってことだし、これを埋めよう。
……まぁ、貴族方との商売には、ままあることだしな。あいつには悪いが、こういうこともあると割り切ってもらうさ」
そんな話をする俺たちに、リヴィ様は訝しげな表情だ。
けれど、熟考に入っていたサヤが、「リヴィ様あの……」と、話し掛けてきたものだから、慌てて視線をサヤに戻す。
「……サヤには?」
「まだ……。でも、また様子を見て伝えるから大丈夫」
とにかく時間が無いのだ。
だから、強引でも状況を進めるしかない。
それが、俺とギルの共通認識。
頷き合って、俺たちはそれまでの話を打ち切った。とにかく、このまま進む。リヴィ様がお帰りになるまでに、あれを用意できるまでの下準備を済ませる。
午後の時間に俺たちは画策を巡らし、サヤは下図を三枚ほど完成させた。
女近衛の仕事着二枚と、鍛錬用の胴着。
だがしかし、俺たちの手元の書類は埋まってない部分がまだまだ多い……。
さりげなく話を振り、色々リヴィ様から聞き出して記していたのだけど、もうそろそろ、伝えないまま進める限界かな……。
「思った以上に、貴族女性の服装って幅が広くて……。
リヴィ様にお話を聞けて、本当に良かったです……知らないままでは、とんでもないものを描くところでした……」
「サヤは本当に異国の方なのね。
夜会では見事に礼装を着こなしていらしたから、貴族女性の服装やその基準を知らないと言われて、少々驚いてしまったわ」
とりあえず、二人の間では気兼ねなく言葉を交わし、上手に意見交換ができたようだ。
サヤの描き上げた下図を確認するのをギルに任せて、俺はサヤとリヴィ様の会話に加わることにした。
「セイバーンには、貴族の女性が……その……異母様以外には、いらっしゃらなかったですから。
貴族女性の装いというものを、サヤはほとんど目にしたことがないのですよ。
夜会の礼装は、ギルの姪……ルーシーが全てを統括して誂えてくれましてね。装飾品に至るまで全て、任せていたもので……」
「はい。用意されたものを身に付けただけだったので、着るものや着方に規則性があるなんて考えてもいませんでした……」
「俺も衣類系に関しては全部ギルに丸投げしてるしなぁ……そういうことまで全く頭が回ってなかったです」
つまり、リヴィ様に監修をお願いしたのは、俺の英断であったということだ。
「正直ギルに任せておくのが一番安心、安全。っていう共通認識があるから、考えることすらしてなかったよな」
「はぁ……。まぁ、俺も変なことされるよりはその方が安心って、つい先回りして口出ししてたしな……。
サヤ、これで良い。よく頑張った」
下図を確認し終えたギルは、それをワドに手渡す。これで進めるらしい。
ほっと胸をなでおろすサヤを労い、その頭を何気なく撫でるギル。
それが若干、癪に触った。ていうか、さり気なくサヤに触れすぎだと思う……。
「こちら側も、サヤには時間ができた時においおい教えていけば良いと、軽く考えていましたからね……」
まぁ、まさかサヤが式典に出る必要が出てくるなんて想定してなかったというのもあるのですが……」
苦笑してギルがそう言うと、リヴィ様は感心した様子で息を吐く。
「姫様の王政自体が、唐突に決まりましたものね」
俺たちは画策した側だから、まぁそうでもなかったのだけど……。
一応そうだよねと頷いておいたのだが、そんな風に納得してみせる俺の横で、ギルが何故か急に、呆れ顔。
「いや、それ以前にね。そもそもこの二人が、結構ごちゃごちゃとしてたんですよ。
オリヴィエラ様はもうこの二人の馴れ初め、お聞きになりましたか?
婚約が決まったのもほんと唐突っつーか、奇跡的なくらいで……どれだけこちらが気を揉んだことか」
「…………も、申し訳ありません……」
「良いんだよサヤは。お前からしたら、結構な決断だったろうし、よくこいつを受け入れてくれたって、俺は感謝すらしてる」
優しい視線でサヤを見て、またポンポンと頭を撫で、そのくせ俺には非難がましい視線を向けてきて……。
「問題は主にこいつ。もうほんと、うだうだうだうだ……。どんだけ片恋拗らせてんだって話でね……」
「い、今それ言う必要あるか⁉︎ 俺からしたらサヤはとんでもない高嶺の花でだな……!
っていうか、もうサヤに触れるなって、なにポンポンしてるんだよ!」
「早く気持ちを伝えろって言ってもうだうだ、明らかにお互い好き合ってるって言ってもうだうだ、傍目には分かるのに、更にうだうだ……」
「触りすぎだろ⁉︎ おっ、お前、俺にそれ言う資格があると思ってるのか⁉︎ そっくりそのまま返すぞ、その言葉!」
売り言葉に買い言葉。正しく今のための言葉だ。
口から出してしまってハッとしたのだが、言われたギルも一瞬固まってしまっていた。
そうして気まずい沈黙の後……。
「……お前……それ、俺に喧嘩売ってんのか?」
ゆらりと、怒りの滲んだ闘気を纏ったギルが、俺を標的に見定めた顔をする……。
「そ、そう聞こえたのは心に思うところがあるからだぞ」
俺は慄きつつも引き下がれず、ジリリと睨み合う……。
いや、本気でそれ、お前に言われたくない。傍目にはって部分、特に!
「さ、サヤ⁉︎ 何か、お二人が危険なのじゃなくって⁉︎」
「…………」
「サヤ⁉︎」
「す、すいません、ちょっと待って下さいませんか。今心を、落ち着かせているので……」
俺が何か失言してしまったのか、真っ赤になってしまったサヤは蹲っている。くそっ、助けは期待できないな……。
「覚悟しやがれ。お前とは一度、じっくり話し合った方が良さそうだ……」
「話し合うのになんで殺気立ってるんだよ⁉︎ ていうか、サヤに触りすぎだろいっつもいっつも!」
一触即発。
と、その時だ。
「いい加減にして下さい。
お客様を前に醜態を晒すにもほどがあります」
俺とギルの襟首を掴んだハインが強制的に間に入り、俺はサヤの方に放り出された。
「そんな馬鹿げたことをしている場合ですか。時間が無いのでは?
レイシール様もそんなにサヤに触れたいならさっさと触れて納得して下さい」
従者のすることではないが、ペイっと捨てられた俺は安堵の息を吐く。
因みにギルは覚えてろよという視線で俺を睨んでいたのだが、ハインに頭を叩かれて標的をハインに切り替えた。
「お前いっつも邪魔しやがるな⁉︎」
「しなくても良いのですか。なら次からは放置しますのでそのつもりで。
後で後悔しても知りませんよ。文句を言わないで下さいね」
「………………くそっ」
その様子に笑っていた俺は、不穏な空気に視線をそちらに向けるとサヤが……。
「……なんでああいう恥ずかしいこと、人前で臆面もなく口にするんですか⁉︎」
「えっ、だって本心だし……」
「本心全部晒さないで下さい!」
涙目で怒るサヤにわたわたしていたのだが、呆然と様子を見ていたリヴィ様までもが、とうとう限界を突破してしまった様子。
「ふっ……普段はそんな感じなの?」
そう言った後、吹き出し、笑い出してしまったのだ。
「弟たちの喧嘩みたい。嫌だわ、あの子達の年齢、レイ殿の半分くらいなのに!」
「え…………」
「お気に入りの女中を取られたって半泣きになってた時にそっくり!」
「い、いやだって、サヤは俺の婚約者になったのに触れすぎですよね⁉︎」
「もうそれやめて下さいってば!」
キーッと怒るサヤに平謝りするしかない。
「ギル殿も、わざとしていたでしょう? 駄目ですわ、あんな風に揶揄っては」
「っ………………」
「でもサヤが可愛いのは私も同意致しますし、仕方ないのかしら?」
「リヴィ様!」
「だって貴女ったら、本当に初々しいのだもの。ギル殿がつい触れてしまうのも、貴女が真っ赤になって怒っているところまでを見たいからだと思うわ」
「っ……ギルさん⁉︎
…………? ギルさん?」
サヤが怒りの矛先をギルに切り替えた。
しかし、違和感に気付いた様子で、声が尻すぼみに小さくなり……。
それで俺も視線をギルにやったのだけど……。
「っ、すまん、ちょっと揶揄い過ぎた……」
ギルの表情を確認する前に、それはギルの大きな手に隠されてしまった。
視線を明後日の方向に逸らして、どこかギルが、うわのそらの謝罪。
口元を隠す手の隙間から見える頬が、赤い気がするのは気のせいか……?
暫くすると、なんとか気持ちを落ち着けたのか、ハーッと、溜息を吐くようにして、ギルは居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
「……参ったな。バレてしまいましたか」
「もう! ずっとそうやって揶揄ってたんですか⁉︎」
「悪い悪い、ついな」
「ついじゃありません!」
気を取り直したサヤが、怒るのを再開し、ギルはそんなサヤに苦笑しつつ、だけどやはり何か、心の半分は別の場所にある様子だった。
それを見ていた俺の元にリヴィ様がやって来て、またくすりと、俺を見て笑う。
「貴方がたが、学舎であんな風に過ごしていたのだわって、分かった気がしました」
「……そうですね。おかげで貴族らしくないって、よく言われました」
「そうね。だけど、とても温かくて、羨ましいと思いましたわ。
まるで気兼ねしないで、あんな風にできるって……とても、幸せなことね。
……もっと沢山見ていたいのだけれど……残念ですわ」
もう、時間が無い……。
その無念な気持ちが、痛いほどに伝わる。どこか諦めの滲む、リヴィ様の笑み……。
「……リヴィ様は、それで良いのですか?」
「良いもなにも……私が、自ら選んだ道ですもの」
「……………………」
でもまだ何も、していないのに、諦めるんですか……?
そう言おうか迷い、だけどやめた。
きっと何も動かない……。
捨てることを選んだのだ。もう、選び終えた後なのだ……と、そのことが痛いほど分かるから。
俺もそうしてきたから……。
だけど。
それでは、何も掴めない。
いつか先細り、途絶えるしかない道行だ。
俺がその道を、崩れそうになりながら歩むのを、必死で支えてくれていたのがギルたちで、俺のそのあり方を、間違っていると正してくれたのがサヤだった。
リヴィ様を正すのは、俺じゃなく、ギルの役目だと思う。
なら俺は、何ができる?
「……リヴィ様…………」
俺にできること。
…………。
…………。
何も…………何も、思い浮かばなかった……。
例えば、外出時には上着を纏うが、日常的には短衣と袴のみで過ごしていたり、上着でなく肩掛けや長手袋を使用する場合があったり、上着無しで陽除け外套を纏っていたりという具合にだ。
「お洒落のために敢えて……という場合もございますけれど、それの使用を求められる場面というものも多々ございますわ。
例えば、陽除け外套を纏う時にも、上着が必要である場合と、必要でない場合がございます。
演劇場へと向かう時は上着が必要ですわね。陽除け外套は、演劇場では纏いませんから」
「……上着が無いと、駄目なんですか?」
「駄目ではございませんわ。幼き少女は纏っていなかったりも致しますもの。
ただ、やはり妙齢になりますと、配慮を求められる場合が増えますの。
殿方の視線を過度に集めるような服装は、慎ましくございませんでしょう?」
「だけど夜会では敢えて……という時もあるな」
「左様ですわ。夜会は周知を目的といたします。
その場合は、お相手にとって好ましい服装であることも、目的に含めなければなりません」
「…………あの、基準とかってあるのですか?」
「特にはございませんわ。
と、いうより……目的と用途に沿った判断ができるかどうかを、求められている……といった感じでしょうか」
リヴィ様の言葉に、難しい顔をするサヤ。
そうして暫く考えてから、手元の紙にサヤの国の言葉で何かを書き記す。
「カスタマイズ性が求められる? なら、極力アレンジが可能な服装を考えた方が良いかもしれへん……。
ベスト、ケープ、ボレロあたり? コートとかって、外套あるしいらへんのんかな……。
でもそれって、騎士や従者にも求められるんやろか?」
無論、俺にもリヴィ様にも、サヤの国の文字は分からない。
サヤの手元の紙は、そんなサヤの呟きで埋まっていく……。
「ん……ではリヴィ様、女近衛の役職で務めを果たすとして、使用頻度の高そうな服装品って、どんなものが思い浮かびますか?」
「上着は必須ですわね。けれど、常にではございませんわ。
あぁ、あと正装で提案されていた中衣。あれはとても良い思いつきだと思います。
短衣のみでは些か軽装すぎるという場面は意外と多いんですの。上着を纏うまでも無いけれど……といった場合は、あれが色々活躍できそうですわ。
そういった時、本来は肩掛けを使用するのですけれど……武器を携えた場面では使いにくいでしょうから。
あと、男性貴族との大きな違いは、女性の場合、短衣であるということ。
……そうだわ。貴族女性は短衣の裾を外に晒すといった着方はいたしませんから、そこは注意なさって」
なんだかほぼサヤの勉強会と化しているが、それは今ギルが退室中であるからだ。
ルーシーの様子を確認しに行っている。
今はルーシーも忙しくしていたはずだから、調節は難航していそうだな……。
そんなことを考えていると、上の空になっていた俺に「レイ殿」と、リヴィ様の声。
「店主殿……随分と遅いようですけれど……」
「リヴィ様」
嗜めると、恥ずかしそうに頬を染め、暫く言い淀んでから……。
「……ギル、殿……遅いですわね……」
「そうですね。今、ルーシーも忙しい様子でしたからね」
恥ずかしそうにするリヴィ様が微笑ましいなと思う。
やっぱり、ライアルドの考えには微塵も賛成できないな。リヴィ様は、とても女性らしく、愛らしい。武術を嗜んでいるかどうかなど、全く関係無いと思う。
◆
「どうか、ギルとお呼びください」
リヴィ様に女性の仕事服を監修していただく約束を取り付けたため、俺たちは早速その話を進めることにした。
さしあたり、ギルのことを「店主殿」と呼ぶリヴィ様にギルがまずしたことは、略称を使ってほしいと伝えること。
「物作りには、案外大切なことなのです。
私のことをギルバート、もしくは店主と呼ぶ方は、大抵の場合、私に遠慮しますからね」
と、そう言い、見事な笑顔。
リヴィ様はその言葉に慌てふためいたのだけど、否と言われる前にと、ギルはさっさと話を切り替えた。
「ではまず、サヤの描いた下図を見ていただきましょうか」
結局それで押し切って、今に至る。
とはいえ、少々強引に進めてしまったため、リヴィ様は遠慮してギルの名を呼べないまま。
本人がいない時はなんとか口にするけれど……といった様子だ。
「お待たせ致しました」
それから更に少し経ち、やっと戻ったギルだったのだけど、ルーシーは結局、忙しくて無理とのこと。
その代わり、数枚の書類を持ち帰った。
「辛うじて夜に時間を取ったが、夕食後だな……」
そこは本来、外からの仕事を入れる時間じゃない。
ギルも難しい顔だ。
「やっぱり難しいかな……。別の方法を考えるか……」
「いや、これが結局一番効果的な案なんだろ? なら少々無理をさせても、これを進める。とにかく先ずは書類を作っておいてくれってことだし、これを埋めよう。
……まぁ、貴族方との商売には、ままあることだしな。あいつには悪いが、こういうこともあると割り切ってもらうさ」
そんな話をする俺たちに、リヴィ様は訝しげな表情だ。
けれど、熟考に入っていたサヤが、「リヴィ様あの……」と、話し掛けてきたものだから、慌てて視線をサヤに戻す。
「……サヤには?」
「まだ……。でも、また様子を見て伝えるから大丈夫」
とにかく時間が無いのだ。
だから、強引でも状況を進めるしかない。
それが、俺とギルの共通認識。
頷き合って、俺たちはそれまでの話を打ち切った。とにかく、このまま進む。リヴィ様がお帰りになるまでに、あれを用意できるまでの下準備を済ませる。
午後の時間に俺たちは画策を巡らし、サヤは下図を三枚ほど完成させた。
女近衛の仕事着二枚と、鍛錬用の胴着。
だがしかし、俺たちの手元の書類は埋まってない部分がまだまだ多い……。
さりげなく話を振り、色々リヴィ様から聞き出して記していたのだけど、もうそろそろ、伝えないまま進める限界かな……。
「思った以上に、貴族女性の服装って幅が広くて……。
リヴィ様にお話を聞けて、本当に良かったです……知らないままでは、とんでもないものを描くところでした……」
「サヤは本当に異国の方なのね。
夜会では見事に礼装を着こなしていらしたから、貴族女性の服装やその基準を知らないと言われて、少々驚いてしまったわ」
とりあえず、二人の間では気兼ねなく言葉を交わし、上手に意見交換ができたようだ。
サヤの描き上げた下図を確認するのをギルに任せて、俺はサヤとリヴィ様の会話に加わることにした。
「セイバーンには、貴族の女性が……その……異母様以外には、いらっしゃらなかったですから。
貴族女性の装いというものを、サヤはほとんど目にしたことがないのですよ。
夜会の礼装は、ギルの姪……ルーシーが全てを統括して誂えてくれましてね。装飾品に至るまで全て、任せていたもので……」
「はい。用意されたものを身に付けただけだったので、着るものや着方に規則性があるなんて考えてもいませんでした……」
「俺も衣類系に関しては全部ギルに丸投げしてるしなぁ……そういうことまで全く頭が回ってなかったです」
つまり、リヴィ様に監修をお願いしたのは、俺の英断であったということだ。
「正直ギルに任せておくのが一番安心、安全。っていう共通認識があるから、考えることすらしてなかったよな」
「はぁ……。まぁ、俺も変なことされるよりはその方が安心って、つい先回りして口出ししてたしな……。
サヤ、これで良い。よく頑張った」
下図を確認し終えたギルは、それをワドに手渡す。これで進めるらしい。
ほっと胸をなでおろすサヤを労い、その頭を何気なく撫でるギル。
それが若干、癪に触った。ていうか、さり気なくサヤに触れすぎだと思う……。
「こちら側も、サヤには時間ができた時においおい教えていけば良いと、軽く考えていましたからね……」
まぁ、まさかサヤが式典に出る必要が出てくるなんて想定してなかったというのもあるのですが……」
苦笑してギルがそう言うと、リヴィ様は感心した様子で息を吐く。
「姫様の王政自体が、唐突に決まりましたものね」
俺たちは画策した側だから、まぁそうでもなかったのだけど……。
一応そうだよねと頷いておいたのだが、そんな風に納得してみせる俺の横で、ギルが何故か急に、呆れ顔。
「いや、それ以前にね。そもそもこの二人が、結構ごちゃごちゃとしてたんですよ。
オリヴィエラ様はもうこの二人の馴れ初め、お聞きになりましたか?
婚約が決まったのもほんと唐突っつーか、奇跡的なくらいで……どれだけこちらが気を揉んだことか」
「…………も、申し訳ありません……」
「良いんだよサヤは。お前からしたら、結構な決断だったろうし、よくこいつを受け入れてくれたって、俺は感謝すらしてる」
優しい視線でサヤを見て、またポンポンと頭を撫で、そのくせ俺には非難がましい視線を向けてきて……。
「問題は主にこいつ。もうほんと、うだうだうだうだ……。どんだけ片恋拗らせてんだって話でね……」
「い、今それ言う必要あるか⁉︎ 俺からしたらサヤはとんでもない高嶺の花でだな……!
っていうか、もうサヤに触れるなって、なにポンポンしてるんだよ!」
「早く気持ちを伝えろって言ってもうだうだ、明らかにお互い好き合ってるって言ってもうだうだ、傍目には分かるのに、更にうだうだ……」
「触りすぎだろ⁉︎ おっ、お前、俺にそれ言う資格があると思ってるのか⁉︎ そっくりそのまま返すぞ、その言葉!」
売り言葉に買い言葉。正しく今のための言葉だ。
口から出してしまってハッとしたのだが、言われたギルも一瞬固まってしまっていた。
そうして気まずい沈黙の後……。
「……お前……それ、俺に喧嘩売ってんのか?」
ゆらりと、怒りの滲んだ闘気を纏ったギルが、俺を標的に見定めた顔をする……。
「そ、そう聞こえたのは心に思うところがあるからだぞ」
俺は慄きつつも引き下がれず、ジリリと睨み合う……。
いや、本気でそれ、お前に言われたくない。傍目にはって部分、特に!
「さ、サヤ⁉︎ 何か、お二人が危険なのじゃなくって⁉︎」
「…………」
「サヤ⁉︎」
「す、すいません、ちょっと待って下さいませんか。今心を、落ち着かせているので……」
俺が何か失言してしまったのか、真っ赤になってしまったサヤは蹲っている。くそっ、助けは期待できないな……。
「覚悟しやがれ。お前とは一度、じっくり話し合った方が良さそうだ……」
「話し合うのになんで殺気立ってるんだよ⁉︎ ていうか、サヤに触りすぎだろいっつもいっつも!」
一触即発。
と、その時だ。
「いい加減にして下さい。
お客様を前に醜態を晒すにもほどがあります」
俺とギルの襟首を掴んだハインが強制的に間に入り、俺はサヤの方に放り出された。
「そんな馬鹿げたことをしている場合ですか。時間が無いのでは?
レイシール様もそんなにサヤに触れたいならさっさと触れて納得して下さい」
従者のすることではないが、ペイっと捨てられた俺は安堵の息を吐く。
因みにギルは覚えてろよという視線で俺を睨んでいたのだが、ハインに頭を叩かれて標的をハインに切り替えた。
「お前いっつも邪魔しやがるな⁉︎」
「しなくても良いのですか。なら次からは放置しますのでそのつもりで。
後で後悔しても知りませんよ。文句を言わないで下さいね」
「………………くそっ」
その様子に笑っていた俺は、不穏な空気に視線をそちらに向けるとサヤが……。
「……なんでああいう恥ずかしいこと、人前で臆面もなく口にするんですか⁉︎」
「えっ、だって本心だし……」
「本心全部晒さないで下さい!」
涙目で怒るサヤにわたわたしていたのだが、呆然と様子を見ていたリヴィ様までもが、とうとう限界を突破してしまった様子。
「ふっ……普段はそんな感じなの?」
そう言った後、吹き出し、笑い出してしまったのだ。
「弟たちの喧嘩みたい。嫌だわ、あの子達の年齢、レイ殿の半分くらいなのに!」
「え…………」
「お気に入りの女中を取られたって半泣きになってた時にそっくり!」
「い、いやだって、サヤは俺の婚約者になったのに触れすぎですよね⁉︎」
「もうそれやめて下さいってば!」
キーッと怒るサヤに平謝りするしかない。
「ギル殿も、わざとしていたでしょう? 駄目ですわ、あんな風に揶揄っては」
「っ………………」
「でもサヤが可愛いのは私も同意致しますし、仕方ないのかしら?」
「リヴィ様!」
「だって貴女ったら、本当に初々しいのだもの。ギル殿がつい触れてしまうのも、貴女が真っ赤になって怒っているところまでを見たいからだと思うわ」
「っ……ギルさん⁉︎
…………? ギルさん?」
サヤが怒りの矛先をギルに切り替えた。
しかし、違和感に気付いた様子で、声が尻すぼみに小さくなり……。
それで俺も視線をギルにやったのだけど……。
「っ、すまん、ちょっと揶揄い過ぎた……」
ギルの表情を確認する前に、それはギルの大きな手に隠されてしまった。
視線を明後日の方向に逸らして、どこかギルが、うわのそらの謝罪。
口元を隠す手の隙間から見える頬が、赤い気がするのは気のせいか……?
暫くすると、なんとか気持ちを落ち着けたのか、ハーッと、溜息を吐くようにして、ギルは居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
「……参ったな。バレてしまいましたか」
「もう! ずっとそうやって揶揄ってたんですか⁉︎」
「悪い悪い、ついな」
「ついじゃありません!」
気を取り直したサヤが、怒るのを再開し、ギルはそんなサヤに苦笑しつつ、だけどやはり何か、心の半分は別の場所にある様子だった。
それを見ていた俺の元にリヴィ様がやって来て、またくすりと、俺を見て笑う。
「貴方がたが、学舎であんな風に過ごしていたのだわって、分かった気がしました」
「……そうですね。おかげで貴族らしくないって、よく言われました」
「そうね。だけど、とても温かくて、羨ましいと思いましたわ。
まるで気兼ねしないで、あんな風にできるって……とても、幸せなことね。
……もっと沢山見ていたいのだけれど……残念ですわ」
もう、時間が無い……。
その無念な気持ちが、痛いほどに伝わる。どこか諦めの滲む、リヴィ様の笑み……。
「……リヴィ様は、それで良いのですか?」
「良いもなにも……私が、自ら選んだ道ですもの」
「……………………」
でもまだ何も、していないのに、諦めるんですか……?
そう言おうか迷い、だけどやめた。
きっと何も動かない……。
捨てることを選んだのだ。もう、選び終えた後なのだ……と、そのことが痛いほど分かるから。
俺もそうしてきたから……。
だけど。
それでは、何も掴めない。
いつか先細り、途絶えるしかない道行だ。
俺がその道を、崩れそうになりながら歩むのを、必死で支えてくれていたのがギルたちで、俺のそのあり方を、間違っていると正してくれたのがサヤだった。
リヴィ様を正すのは、俺じゃなく、ギルの役目だと思う。
なら俺は、何ができる?
「……リヴィ様…………」
俺にできること。
…………。
…………。
何も…………何も、思い浮かばなかった……。
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