モノクロカメレオン

望月おと

文字の大きさ
上 下
38 / 44

37、【死亡者の生還】

しおりを挟む
 同日の正午、青宮から澄貴のもとに連絡が入った。緊急搬送され、入院していた森の意識が回復し、容態も落ち着いてきたというものだった。

 遼と澄貴は迎えに来た青宮と本多と共に警察車両で病院へ向かった。

「思ったよりも回復が早いと医者が話してたよ」
「よかった……」
「森くんとは話せるの?」
「あぁ。むしろ、お前らと話したがってる」

 「それで僕らを呼びに来たってわけか」澄貴は流れていく外の景色を眺めながら呟いた。その横顔は何かを考えているようだった。

「お前が暗号を解読したって話したら、大層ご機嫌だったぜ」
「だろうね。暗号を作る人は誰かに解いてもらうことを前提で作ってるからね。それが楽しみでもあるんだ」
「なるほど……」
「……塩ノ谷くん、なに納得してるの? こんなの常識だよ」

 常識と言われても、遼には分からない。これまでの生活は暗号とは無縁だった。森や澄貴と出会っていなければ、一生関わることはなかっただろう。おそらく、この先も──

 「ほら、着いたぞ。本多、悪いが適当なところに車を停めておいてくれ。なるべく早く戻る」早口で告げ、遼たちを車から下ろすと青宮は先頭に立ち、誘導しながら病院へと入っていった。

 森が入院しているのは、市内でも一位・二位を争うほど大きな市民病院。平日だというのに、たくさんの科があるため、幼子から年配者まで様々な患者で院内はあふれていた。ロビーにいる人だかりを上から見たら、甘いものに群がるアリのようだろう。

 人の波を抜け、エレベーターに彼らは乗り込んだ。青宮は【3】のボタンを押し、あっという間に目的の階に到着した。開いた扉の先には広々としたロビーがあり、全面ガラス張りで外の景色を一望出来るベランダも設けられていた。気分転換も兼ね、外の風に当たっていたのだろう。車イスに腰掛けた森がベランダで遼たちに手を振っていた。

 「森!! 大丈夫か!?」駆け寄った遼に森は笑顔を向けた。

「大丈夫……とは、まだ言えないかな」
「心配したんだからな! それに、お前……死んだことになってるし」
「その話なら聞いたよ。──でも、よかった」
「は!? 生きてるのに……死んだことにされて何がよかったんだよ!?」

 森に詰め寄る遼を青宮が取り押さえた。

「遼くん! 相手は少し前まで意識がなかった病人だぞ!」
「……すみません。でも、納得がいかなくて……」

 「君がそう思っても無理はないよ」上がった息を整えながら、森は続ける。

「生きているのに戸籍上では死んでいる。僕の存在は幽霊みたいなものになった。──でもね、そのほうがも世の中にはあるんだよ」
「……俺には分からない。生きているのに……」
「そうだね……。僕の存在は消えたけど、僕自身は生きている。見方を変えれば、僕は自由になったんだ。塩ノ谷くん、君に約束するよ。見えない存在になったからには、悲しい事件に巻き込まれる人を減らすって」
「……森」

 「だから、これでいいんだ」と森は笑った。存在しない存在、目の前で死亡者は生還した。それも前よりも何倍もたくましい存在となって。

「生きていると行動に制限がある。僕たちは学生だから、特にね。特別な権限があれば話は別だけど、一般人には踏み込める限界がある。でも、今の僕にはそれがない。どこにでも行って、好きなように情報を手に入れることができる。これって、すごい特権だと思わない?」

 生きている者に与えられた人としての権利。しかし、時にそれが邪魔をする時もある。森が言っていることも一理あるかもしれない。理解はできても遼には、どうしても納得できなかった。

 「君の暗号のおかげで犯人に辿り着くことができたよ。ありがとう、森くん」場の空気をさらっと変えたのは澄貴だった。ベランダに吹いている涼しげな風同様、澄貴の顔にもドライな笑みが浮かんでいる。

「さすがだね、田部井くん」
「まぁね」
「けどよ、どうせ暗号使うなら犯人の名前伝えればいいだろ?」

 「分かってないねー、青宮さんは。それじゃ暗号にならないでしょ」呆れたように息を吐き出すと、澄貴は続けた。

「犯人が暗号を解読したら、どうするの? 下手に犯人の名前出しちゃったら、暗号を宛てた人物を消しにかかるかもしれないし、犯人自体が命を絶っちゃうかもしれない。どちらに転んでも最悪な結末になるだろうね」
「そういうもんか? 俺や遼くんみたいに読めないやつのほうが圧倒的に多いと思うけど……」
「【備えあれば憂いなし】だよ。青宮さんの場合、読む気すらないでしょ?」
「あぁ。頭を使うのは俺の専門外だ」
「……警察の人間とは思えない発言だね」
「いいんだよ。向き不向きは誰にでもあるだろ? 警察官だからって、何でも出来なきゃいけないわけじゃない」

 青宮の言い分も、ごもっともだ。澄貴の発言は時々警察に向けて厳しいものがある。どうしてなのか遼はずっと気になっていた。

「田部井くん、警察嫌いだよね」
「……森もそう思ってたのか」
「うん。あまり、いい思い出がないのかもしれないよ」
「いい思い出?」
「田部井くんから聞いてなかった? 彼のお父さん、元警察官なんだよ」
「え!?」
「それも、青宮さんの上司だったんだ」

 青宮が話していた上司が澄貴の父親……。澄貴からは想像のつかない父親像に遼は声を失った。『上司もスカジャンを着ていた』と青宮は話していた。その彼に憧れて自分もスカジャンを着ている、とも。

「だからって嫌いにはならないだろ?」

 「……殉職してるんだよ」いつの間にか、いがみ合いは終わっていたらしく、青宮が会話に加わった。

「立派な人だった。俺に刑事のノウハウを教えてくれた。若いくせに頭の切れはピカイチで、ベテラン刑事も一目置く存在だった。……だからだろうな」

 雲一つない空を見上げ、青宮は声を落とした。

「──先輩は消された。その証拠もろとも、な」
「そんな!?」
「俺が警察嫌いな理由が分かったかい、塩ノ谷くん。【正義】なんて存在しないんだよ、組織には。都合の悪い奴は消される」

 ちらりと青宮に遼が視線を送ると、「俺は優等生だから大丈夫だ!」と胸を張った。「自由行動ばかりの不良刑事がよく言うよ」すかさず澄貴の鋭いツッコミが飛んできた。

 「そろそろ病室に戻るね」森の声に言い合っていた彼らの発言が止んだ。晴れているとは言え、11月上旬の風は冷たい。

 澄貴と青宮は森に気を使い、「ここで待ってる」とエレベーター前で別れた。遼は森の車イスを押し、ベランダから院内へ戻り、病室へ向かった。

「悪かったな。長く付き合わせて」
「ううん。塩ノ谷くんとこうして話せて楽しかったよ。……きっと、これが最後になるから」
「え?」
「僕は、もう【森】じゃないんだ。新しい名前で、これからは生きていく。退院後は、探偵事務所に就職するんだ」
「じゃあ、高校は……卒業式も出られないのか」
「そうなるね。【森】は死んだから。……でも、予定は前倒しになっちゃったけど、夢が叶ったことに変わりはないよ。僕の憧れの探偵【モノクロカメレオン】と一緒に仕事ができるんだから」
「この間、ファミレスで話してた【モノクロカメレオン】か?」
「そう。彼は、何にでもなれるんだ。頭脳明晰で変装術に|長(た)けている。僕もこれからは、彼のように何にでもなれる。だから──塩ノ谷くんと、こうやって会うことはもうできない」
「そんな……」
「でも、大丈夫。僕は必ず、どこかで生きてるから。もしかしたら、街ですれ違うかもしれない」
「……そうだな。どこにいても、俺はお前を応援してるから」
「ありがとう。僕も君を応援してるよ。あ、ここで大丈夫。それじゃ、塩ノ谷くん。犯人、捕まえてね。──誰であっても、絶対に」

 「分かった」握手を交わし、遼は森と別れた。そこは、病室の分岐路。右方向にも左方向にも病室はいくつもある。どこが森の病室かは分からない。彼は新しい名前を知られたくなかったのだろう。

 生まれ変わった森の新たな日々が始まっていく。その門出を背中で見送り、遼も自身の前に広がっている道を歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

アナグラム

七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは? ※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。 イラスト:カリカリ様 背景:由羅様(pixiv)

そして503号室だけになった

夜乃 凛
ミステリー
『白き城と黒き砦を血濡れに』。 謎のメッセージが、対を成すホテルである、 『ホテル・ホワイトホテル』と『ホテル・ブラックホテル』に同時に届いた。 メッセージを反映するかのように、ホワイトホテルと、ブラックホテルにて、 殺人事件が発生する。対を成すような、二つの死体。 二つの死体は、同時に発見されたと証言された。 何のために?何故同時に?関係は? 難事件に、二人の探偵が挑む。

仏眼探偵 ~樹海ホテル~

菱沼あゆ
ミステリー
  『推理できる助手、募集中。   仏眼探偵事務所』  あるとき芽生えた特殊な仏眼相により、手を握った相手が犯人かどうかわかるようになった晴比古。  だが、最近では推理は、助手、深鈴に丸投げしていた。  そんな晴比古の許に、樹海にあるホテルへの招待状が届く。 「これから起きる殺人事件を止めてみろ」という手紙とともに。  だが、死体はホテルに着く前に自分からやってくるし。  目撃者の女たちは、美貌の刑事、日下部志貴に会いたいばかりに、嘘をつきまくる。  果たして、晴比古は真実にたどり着けるのか――?

交換殺人って難しい

流々(るる)
ミステリー
【第4回ホラー・ミステリー小説大賞 奨励賞】 ブラック上司、パワハラ、闇サイト。『犯人』は誰だ。 積もり積もったストレスのはけ口として訪れていた闇サイト。 そこで甘美な禁断の言葉を投げかけられる。 「交換殺人」 その四文字の魔的な魅力に抗えず、やがて……。 そして、届いた一通の封筒。そこから疑心の渦が巻き起こっていく。 最後に笑うのは? (全三十六話+序章・終章) ※言葉の暴力が表現されています。ご注意ください。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

化粧品会社開発サポート部社員の忙しない日常

たぬきち25番
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞、奨励賞受賞作品!!】 化粧品会社の開発サポート部の伊月宗近は、鳴滝グループ会長の息子であり、会社の心臓部門である商品開発部の天才にして変人の鳴滝巧に振り回される社畜である。そうしてとうとう伊月は、鳴滝に連れて行かれた場所で、殺人事件に巻き込まれることになってしまったのだった。 ※※このお話はフィクションです。実在の人物、団体などとは、一切関係ありません※※ ※殺人現場の描写や、若干の官能(?)表現(本当に少しですので、その辺りは期待されませんように……)がありますので……保険でR15です。全年齢でもいいかもしれませんが……念のため。 タイトル変更しました~ 旧タイトル:とばっちり社畜探偵 伊月さん

【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。 子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。 二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。 たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。 実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。 R-15は念のためです。 第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。 皆さま、ありがとうございました。

天使の顔して悪魔は嗤う

ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。 一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。 【都市伝説】 「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」 そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。 【雪の日の魔物】 周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。 【歌う悪魔】 聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。 【天国からの復讐】 死んだ友達の復讐 <折り紙から、中学生。友達今井目線> 【折り紙】 いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。 【修学旅行1~3・4~10】 周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。 3までで、小休止、4からまた新しい事件が。 ※高一<松尾目線> 【授業参観1~9】 授業参観で見かけた保護者が殺害されます 【弁当】 松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。 【タイムカプセル1~7】 暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号 【クリスマスの暗号1~7】 赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。 【神隠し】 同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック ※高三<夏目目線> 【猫は暗号を運ぶ1~7】 猫の首輪の暗号から、事件解決 【猫を殺さば呪われると思え1~7】 暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪ ※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更

処理中です...