モノクロカメレオン

望月おと

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38、【最後の勘】

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 時刻は、約束の19時。【立ち入り禁止】と書かれた黄色のテープが貼られた三年二組の教室で、今か今かと遼は待っていた。いつ相手が来るか分からない。待ち合わせ時刻の20分も前から遼はここで待っている。張り詰めたままの緊張の糸。暑くもないのに額には、いくつもの水滴が浮かんでいた。

 窓から差し込む月明かりに照らされた室内。カチカチッ……時間の経過を告げる壁掛け時計の音だけが響いている。耳に入ってくる一定のリズムに緊張感は高まり、遼の鼓動も速まっていく。犯人は来るのか、それとも来ないのか……。

 同じ階の空き教室で待機している青宮たちにも同様の緊張が走っていた。

「約束の時間過ぎたな……」
「来るんですか? 本当に」

 教室に設置した小型カメラが映し出す映像をモニター越しに見つめながら、強面の刑事たちは眉間にシワを寄せていた。「どうなんだ?」青宮も声には出さないものの、顔に不安の色を浮かべ、隣に立っている澄貴に視線を送った。

 犯人は注意深い人物のようだ。澄貴は口元をおおうように手をあて何かを考えたあと、無言で部屋を出た。向かった先は遼のいる教室。

「……田部井」
「どうやら、相手は呼び出しには応じなかったようだね」
「犯人は誰なんだ! お前は分かってるんだろ!?」
「うん。でも、君には教えない」
「どうして!? 一緒に犯人を探すって約束だっただろ!」

 ゆっくりと澄貴は遼に歩み寄った。──左手を差し出しながら。

「な、なんだよ!?」
「……で何をするつもりだったんだい? 塩ノ谷くん」
「何の話だ」
「──君の右ポケット」

 遼の顔色がみるみる青ざめていく。全てを見透かしたように澄貴は続けた。

「僕の目が誤魔化せると思った? ずっと右ポケットを庇うような動きを君はしていた。いいかい? 君がを使ったところで響子が戻るわけじゃないんだよ。死者はよみがえらない。──君には他にやることがあるだろ」

 遼の目から大きな悲しみの粒がどんどんこぼれ出し、下唇に乗ったやり場のない憎しみを噛み締めた。彼の右ポケットから現れたのは、手のひらサイズの真っ赤なカッターナイフ。

「君が進まなきゃいけないのは殺人者になる道じゃない。──響子と同じ教育者の道だ。塩ノ谷くん、君にしかできないんだよ。響子の意思を受け継いで教師になることは」
「でも……俺」
「大丈夫だよ、君なら。だって──あの響子が選んだひとなんだから」
「……ありがとう」

 澄貴の背後に響子の面影を感じ、遼は頭を下げた。最愛の人から受け取った意思のバトン。犯人への怒りは一生消えることはないだろう。それでも遼はもう復讐に狩られることはない。──響子の意思を継ぐことで、彼女はずっと遼のなかで生き続けるのだから。

「さて、俺も行ってこなくちゃ」
「どこに行くんだ?」

 振り返った澄貴の顔に不気味な逆さ三日月が浮かんでいた。月光がその笑みを明るく照らす。

「ふふ……企業秘密♪ ──ばいばい、塩ノ谷くん」

 呼び止める間もなく、澄貴は室内から出ていった。取り残された遼は、暗闇が立ち込める廊下に少しずつ溶けていく澄貴の後ろ姿を見つめていた。

──嫌な予感がする。

 なんとなくの勘が騒ぐ。当たらないことを祈るが、こういう時の勘ほど百発百中であたるものだ。じっとしていられず、遼は見えなくなった澄貴の後を追いかけた。 
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