モノクロカメレオン

望月おと

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19、【協力者①】

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 カラン……

 森が冷水を飲み干し、テーブルに置いた空のグラス。その中で氷が踊った。二年前の記憶から、氷の音が二人を現実に引き戻した。

「そうだったのか……」
「うん。だからかな……。君と先生の関係を知っていても、記事にしなかったのは」
「……ありがとな。辛いこと、話してくれて」
「ううん。こっちこそ、話を聞いてくれて少し心が軽くなったよ」

 人は言わないだけで、誰だって【何か】を抱えている。人の生きる道には、それだけ【何か】があるいうことなのかもしれない。そんなことを考えながら、遼は冷水を喉に流し込んだ。

「お待たせしました! 海老ドリアとマルゲリータピザです」
「うまそー!! ありがとう」
「……って、アンタたち。ドリンクバー頼んでるのに、なんで水飲んでるの? フツー、真っ先にドリンクバー行くでしょ?」

 「話に夢中になっちゃって……」驚きを通り越して呆れている由衣に、はにかんだ笑みを森は浮かべた。

「もしかして……先生のこと?」
「まぁな。……んっ、美味い!!」
「当然でしょ? その海老ドリア、冷凍食品だし」
「貝塚さん、それ言っちゃダメでしょ! ここの従業員なんだし……」

 森が人差し指を自身の口に当てながら「しっ!」のポーズを取っている。それに対し、由衣は「知り合いに嘘はつけない」と森を見下ろした。彼女の真っ直ぐな性格は良くも悪くもある。

 遼も森も同じことを思っていた。【彼女に秘密は言えない。だが、知りたい情報を彼女から聞き出すことは出来る】

「二人とも、まだ帰らないよね?」
「うん。今日は予定ないから」
「あぁ。俺も時間は余ってるくらいだ」
「私、今日ヘルプで入ってるんだ。パートさんが七時から来ることになってるから、上がったら私も男子会に混ぜて」

 遼と森は顔を見合わせ、すぐに了承した。「ありがと! あ、食べ終わったらベル鳴らして。パフェ持ってくるから」と由衣は告げ、入店した客の接客へ向かった。

「飲み物取ってくるか」
「そうだね」

 ドリンクバーには様々な種類の飲み物がある。特に紅茶の種類が豊富だ。一度来ただけじゃ飲み切れないほどの数がある。ここのファミレスは、家族というよりもママ会をしたり、女子会をしている主婦層をターゲットにしている。今の時間帯は学生が多く利用しているが、平日の昼ともなれば大半の客は主婦の方々だ。

「……森、それ飲むのか?」
「うん」

 森は透明のポットに茶葉をティースプーン三杯ほど入れた。彼が手にしている瓶には【ジャスミン】と書かれている。

 遼はメロンソーダを氷の入ったグラスに注ぎながら、森の行動を観察していた。自分と同い年の男子がジャスミンティーを作っている。初めて見る光景に目が釘付けになっていた。

 「そんなに珍しい?」席に戻ってからも、森への観察は続いていた。

「ファミレスで紅茶飲む奴、初めて見た。大体は、炭酸ジュースが多いから。女子が紅茶を飲んでるのは見かけるけど」
「男子でも紅茶好きは多いよ? サッカー部の部長、テニス部の副部長、美術部の部長、それから吹奏楽部の部長とか」
「へー。意外といるんだな」
「それに僕が飲んでるジャスミンティーはリラックス効果もあるんだ。重い話をするには、うってつけの飲み物だよ。……話があって、僕を呼び出したんでしょ?」

 ピザを完食し、ドリアも残り一口。それを食べ終えてから、「本題に入るか」と遼は告げた。

「俺がお前を呼び出したのは、協力してほしいからだ」
「ずいぶん、ストレートなお誘いだね」
「回りくどいのは苦手なんだよ」
「……わかった、協力する。──ただし、条件が1つ」
「条件?」
「田部井くんと仲良くなりたいんだ」
「……森も物好きだな。あんな変人と仲良くなりたいなんて」
「塩ノ谷くんだって、田部井くんと仲がいいじゃないか! ……同棲、してるんでしょ?」
「ぶっ!?」

 メロンソーダが遼の口から弾け飛んだ。すぐさま手で防波堤を作ったから被害は拡大せず済んだが、テーブルに飛散し、ところどころ小さな水溜まりが出来ている。

「人が飲んでる時に変なこと言うなよ! 同棲って……アイツは居候だ!」
「同じ家に住んでるなら、どっちだって同じでしょ。僕、思うんだ。絶対、田部井くんは凄い人物だよ!」
「いや、違うって! ……まぁ、ある意味【特殊な奴】だとは思うけど」

 散らかした自分の粗相をおしぼりで拭きながら、遼は森の話に耳を傾けた。

「彼について調べてみたんだけど……【謎】しか出てこないんだ」
「……だろうな」
「ねぇ、今晩泊めてくれない?」
「は? 話飛びすぎてるぞ?」
「もう親には塩ノ谷くんの家に泊まるって伝えてあるんだ。この通り、着替えも持ってきた」
「……さすが、用意周到だな」
「そういうわけだから、よろしく! 明日、学校休むって岸田にも伝えた」
「そこまで準備したのかよ……」
「当たり前でしょ!」
「……お前、田部井と気が合うかもな」

 その分、俺の苦労も倍になりそうだ……と心のなかで遼は泣いた。

「条件は飲んだぞ。……先生について、何か気になる情報入ってないか? 何でもいい」
「そう言うと思って、まとめて来たんだ」
「さすが! サンキュ!!」

 森から手渡されたファイルに目を通していると、森から質問が飛んできた。

「どうして先生と別れたの?」

 周囲からしたら、突然に感じたかもしれない。しかし、遼と響子の間では四月に入った段階から別れ話は出ていた。元々、二人は生徒と教師の関係だ。遼は恋人である前に可愛い教え子の一人。自分との恋にうつつを抜かして、彼の夢を奪ってしまうことだけはあってはならない。響子は、そう考えていた。

「受験があるからだよ。でも、大学に行っても寄りは戻さないって約束したんだ。……教員免許取ったらプロポーズする予定でいたから」
「やっぱり、君たちの恋愛は真剣だったんだね」
「でも、先生には伝えられなかった。【寄りは戻さない】としか」
「……やるせない。きっと、先生も──」
「どうだろうな。今さら答えが見つかるわけじゃないから、考えるのはやめたよ」

 遼は嘘をついた。やめたのではなく、【諦めた】のだ。彼女の考えを聞くことは二度と叶わない。自分の解釈で彼女の気持ちを決めつけたくなかった。人は一人一人、異なる思考を持っている。それをしてしまったら、響子の存在を打ち消してしまう。

 遼は小石川 響子を二度死なせたくなかったのだ。

「あ! 大変だ! 続きは、塩ノ谷くんの家で見て!」

 遼の手からファイルを奪い取ると、森は自身のバックに放り込んだ。何を慌てているのだろう。

「塩ノ谷くん」
「どうした?」
「貝塚さんを信用しちゃダメだよ」
「──え?」

 「お待たせー! アタシも混ぜて」屈託のない笑顔で現れた由衣に「遅かったね」と森は微笑み返した。

 遼は笑えなかった。森が放った『貝塚さんを信用しちゃダメだよ』のフレーズが耳に残っている。由衣に怪しまれないよう、疑いをメロンソーダに混ぜ、喉の奥に流し込んだ。
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