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20、【協力者②】
しおりを挟む森の隣に遼は腰掛け、自分が座っていた席を由衣に譲った。通りかかった店員さんを呼び止め、ドリンクバーとイチゴパフェを彼女は注文した。
飲み物を取りに彼女が席を立つと、森は先ほどの補足として遼に忠告した。
「貝塚さん、極度の噂好きなんだよ。しかも、聞いた話をすぐ周りの人に話す。……教室でも、そうだったでしょ?」
「……そう言えば」
こういう話を聞いてしまうと誰も信用できなくなる。由衣もだが、目の前にいる森のことも。自分を仲間だと遼に思わせるため、由衣を陥れる作戦なのかもしれない。こんな時、鋭い観察眼を持った澄貴がいてくれたらどれほど心強かったことか。しかし、肝心な時に限って彼はいない。遼は澄貴がどこで何をしているのか気になっていた。
アイスコーヒーを手にし、由衣が席に戻ってきた。
「貝塚……ブラックコーヒー飲めるんだ?」
「うん。塩ノ谷は苦手?」
「この世の飲み物とは思えない……」
「アンタのその緑色の液体のほうが、この世の物とは思えないけどね」
「メロンソーダ、美味いのに」
「ブラックコーヒーだって美味しいのに」
食の好みは由衣と合いそうにないと遼は確信した。平行線を辿る二人の会話を終わらせるため、森は由衣に本題を振った。
「貝塚さんは、誰が犯人だと思う?」
「突然だね。……この間も言ったけど、アタシは塩ノ谷だと思ってた。でも、話してみて分かったけど、人を殺せるようなタイプじゃないよね。……ねぇ、森は犯人知ってるんじゃないの?」
「……知ってたら、とっくに警察にリークしてるよ」
「それもそっか」
「疑いの目を塩ノ谷くんが貝塚さんに向けたとき、ひどく焦ってたって聞いたけど、どうして?」
「そ、そんなの誰だって焦るでしょ!? やってもないのにやった、なんて言われたら!」
「……やましいことがあったからじゃない?」
「……アンタ、どこまで知ってんの?」
「さぁ? どこまででしょう。答え合わせしてみる?」
腹の探り合いのような会話。森が由衣を追い詰めていく。彼女も【何か】を抱えているようだ。
「貝塚。疑いを晴らすためにも、お前が抱えていることを聞かせてくれないか?」
「は!? 疑いって……。──分かった、全部話す。変に誤解されるのは、嫌だから」
由衣は息を吐き出すと、鞄の中からタバコのケースを取り出した。
「これ、担任にバレちゃって。去年の先輩にもいたでしょ? そこに記事書いた本人いるけどね。喫煙バレたら、即退学」
「やっぱり、吸ってるって噂は本当だったのか……」
「けど、なんで退学にならなかったんだ?」
「……担任がアンタの彼女さんだったからかな」
由衣は困ったように笑った。「先生を脅したの。アタシのタバコのこと話したら、塩ノ谷と付き合っていることバラすって」
遼が知らないところで響子は頭が痛い思いをしていたようだ。もしかしたら──そのこともあって、早めに別れを切り出したのかもしれない。
由衣の生活態度について響子が厳しく注意していたのも、タバコが背景にあったからだろう。
「みんなの前で塩ノ谷に言われたとき、すごく焦った。あの女がアンタに告げ口してたんじゃないかって。あの場で、タバコのことを言われたら退学になる。そう思ったら、すごく怖かった」
「先生は守秘義務は守る人だよ。仕事とプライベートは切り離して考えてたし、二人でいるときは普通の女性だった」
「……そっか」
しゅんとする由衣に、森は「彼氏のことだけど……」と切り出した。
「あの人は関係ない!!」
イチゴパフェを運んできた店員さんもパフェを倒しそうになるほど、由衣が発した大きな声に驚いていた。当然、周囲の客からも視線が集まる。
「し、失礼しました!」
「ごめんなさい……」
「ご、ごゆっくり……」
逃げるように去っていく店員さん。由衣は「あの人は関係ないから……」と声を抑えて言い直した。よほど彼氏の話題に触れてほしくないのだと遼は感じた。森はそれでも果敢に攻めていく。
「言いたくないなら、イエスかノーでいいから答えて」
「……それならいいよ」
イチゴパフェに手をつけようとしていたが、由衣はスプーンをテーブルの上に置いた。食欲が失せたのか、後で食べるつもりなのかは分からないが、今は要らないようだ。
「彼氏には妻子がいる」
「……イエス」
「歳は一回り以上離れている」
「……イエス」
「奥さんは、二人の関係に気づいていない」
「……ノー」
「その人物は──体育教師の三澤先生である」
「やっぱり知ってたんだ……」由衣は完全にパフェを食べるのをやめた。森に彼氏の話題を出された時点で、彼女は察していた。──全て暴かれていると。
体育教師の三澤佑司は35歳の既婚者で小学二年生になる長男と幼稚園年中の長女がいる。甘いマスクをしており、実年齢よりも大分若く見える。さらに長身で筋肉質の痩せ型であることから、女子生徒の憧れの的でもある。
二人の関係を全く知らなかった遼は開いた口が塞がらなかった。まさか、こんな身近で不倫関係が生じていたなんて……。そして、森の情報収集力の高さと裏取りに恐れを抱いた。
「森……お前、なんでも知りすぎ」
「まさか──アンタが奥さんに!?」
「僕じゃない。……三澤先生の奥さんと小石川先生は学生時代からの友人なんだ」
「え……?」
「夫の行動を不振に思った奥さんが友人である小石川先生に相談して、探偵を雇って貝塚さんとの関係を知った」
世間は狭いというが、誰と誰が繋がっているのかも分からないものである。落胆の笑みを浮かべる由衣の傍らで、イチゴパフェに乗っているアイスが溶け、彼女の心を表すかのようにベチャッとテーブルの上に落下した。
「食わないのか?」
「……食べる気力なんてないよ」
「なら、もらう。料金は俺が払うから」
自身の方に引き寄せ、遼は由衣の代わりにパフェを食べ始めた。残すのは失礼だと調理師の母に口酸っぱく言い聞かされ、遼は残さないのではなく、残せなくなっていた。残飯処理をしていく内、胃袋が広がったのかもしれない。気づいたら、痩せの大食いになっていた。
「アタシ、男を見る目ないんだよねー」溶けたアイスをペーパーナプキンで拭き取りながら ぼやく由衣を見て、彼女も恋に悩む一人の女性なのだと向かいに座っている男子二人は改めて思った。
「……僕は、三澤先生が犯人の可能性もあると思う。小石川先生と奥さんが友人関係にあるのも知っているし、学校側に不倫が発覚するのを恐れての犯行っていうのも考えられる」
「……確かに。けど、先生じゃなく、奥さんが学校にリークする可能性だってあるだろ?」パフェを食べ終え、ペーパーナプキンで口を拭いながら遼は会話に参加した。
「それは絶対にない。あの奥さん、『何があっても別れない』って佑司に言ったんだから。夫が不利になることはしないよ」
「でも、貝塚さんと三澤先生の関係は終結してないよね?」
「……ズルズル引きずってるんだよねー。終わりにしなきゃって分かってるのに」
響子がもし由衣の気持ちに気づいていたとしたら……。責任感の強い彼女は自分の生徒を正しい道に戻そうとするはずだ。あの日、三澤を教室に呼び出し、「これ以上、私の生徒と友人を苦しめないで」と言った可能性も十分あり得る。そこで口論になり、三澤は響子を……。
犯人は、三澤佑司なのか──?
しかし、遼の中で何かが腑に落ちない。これといった明確な答えはないが、何か違う気がする。
時刻は20時になろうとしていた。だいぶ長居してしまったと慌てて席を立ち、会計を済ませた彼らは店を出て、由衣の愛車である原付バイクが置かれている駐車場へと移動した。交通量の多い大通り。車のヘッドライトが次々と三人を照らし、過ぎていく。
「これで全部話したからね。……アタシも協力できることは協力するから」
「ありがとう、話してくれて。何か分かったら教えて」
「……貝塚さん。今日聞いたことは記事にしないから。卒業まで日も無いし。……みんなで一緒に卒業しよう」
「……森、アンタ意外といいヤツじゃん! アンタたちのおかげで、アタシも決心ついた!」
明るい普段の由衣が戻ってきた。きっと、彼女なら正しい道に戻れるはずだ。
由衣と別れ、遼の家へと二人は向かった。その間、澄貴に電話を入れたのだが「一足先に帰宅した」と彼らしい返事が返ってきた。
駐車場に残った由衣はスマートフォンを取り出し、ある人物に電話を掛けた。
「もしもし、アタシ。やっぱ、全部バレてた。不倫のことまでだよ? アイツ、相当危険だね。……アンタも気をつけなよ? 色々嗅ぎ回ってるみたいだから。──特に、あの事。……大丈夫だって。アタシはアンタの味方だから」
頭上で輝く満月がそれぞれの夜にスポットライトを当てていた。
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