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第4章

人の噂も七十五日㊱ ~慈悲なき結論~

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「ハッハッハッハ、はぁー。それでお前の推理とやらは終わりか、飯田。だったら教えてくれよ。どうして俺が鈴木のその嫌がらせとやらに協力していると思ったんだ」

 瞬は何かの前触れのようにエリカに自分を亜美菜の共犯者と考える理由をエリカに問うた。

「それはあなたが新学期の初日に他の生徒に噂を言いふらしているって聞いたからだし、私の友達があなたが一君や二郎君の噂の現場を見たと言っているのを聞いた生徒がいると教えてくれたからよ」

 エリカは先程詳しく話さなかった瞬の疑いを説明して聞かせた。エリカはこの証言に自信を持っていた。というのも、この情報は美術部の友人である山崎敦子からの情報であり、それは瞬と同じ野球部に所属する宮本翔太郎を説得して聞き出した確かな情報だと確信していたからだった。

 それを聞いた瞬はにやりと笑いを浮かべて言った。

「じゃもう一つ聞くがその祭りとやらがあったのはいつの話なんだ。夏休み中の話なんだよな」

「そうよ、8月24日の日曜日よ。それがなんだって言うの」

「お前その話を誰から聞いたか知らないけど、俺はその日部活の練習試合があって、町田市にある高校で夕方の6時過ぎまで野球やっていたんだぞ。どうやってそんな俺が遠く離れた武蔵村山の祭りの会場に行ってその告白現場を見ることが出来るんだっての。俺が言っていることが信じられないんだったら顧問に確認してもらっても構わないぜ」

 瞬は自信満々で自分の当日のアリバイを証明するように言った。

「嘘、だって宮本君が・・・・は!」

「ほう、翔太郎がどうだって。まぁ大方あいつが惚れている山崎にでも泣きつかせて聞き出したんだろうよ。確かに俺はあいつに噂を話したぜ。でも、あの時あいつに話した俺が現場で見たってのは嘘だぜ。話を信じさせるために適当に言ったことだし、なにより翔太郎もあの日俺と一緒に練習試合に来ていたんだから、現場を見ることは不可能だってもんだぜ。でも、あいつはその祭りがあった日付までは知らなかったんだろうよ。だから、俺が言った話を信じてそれを山崎にも言ったんだろな。でも残念だったな。俺がその噂を知っているって事は俺も他の誰かから聞いたから翔太郎に話せたわけで、つまりは俺が噂の発信元だって言うお前の推理は見当違いだぜ」

 瞬の反論にエリカが言葉に窮しているとすみれが代わって言い返した。

「でも、だったらあなたは一体誰からその噂を聞いたって言うのよ」

 すみれの言葉に肩を上げて両手を上に向けてさぁと言ったポーズを取って言った。

「どうだったかな。さっき山田が言ったとおり色んな奴が噂を話していたから忘れちまったぜ。俺も聞いた話を横に受け流しただけだからよ。それこそ、鈴木だって協力者がいない限り、一人で同時に起きた工藤と中田の告白を知る事なんて出来ないわけで、情報元として噂を流すなんて無理なわけだから、飯田の推理は全くの的外れになるって事だわ。なぁそこんところはどう説明するんだ、名探偵さんよ」

「それは、・・・そうよ、五十嵐君が無理ならきっと鈴木さんの友人が現場にいて、その子達と協力して4つの出来事を知った後で、五十嵐君に話をして噂を流してもらったんだわ。それなら当日に五十嵐君がいなくても私が言った推理が可能なはずよ」

 苦し紛れのエリカの反論に五十嵐が見下すように言い放った。

「飯田、それは推理なんかじゃない。お前の妄想、いや願望だな。何の根拠も証拠も証人すらいない話を俺たちが認めるとでも思ったのか。誰だよ、その協力者ってのは、文句があるならつれてこいや。誰だか名前を言ってみろよ。存在もしない人間を勝手に使って俺たちを犯人呼ばわれするのか、お前はよ。いい加減にしろや。なぁ山田よ!」

 瞬はエリカの推理を木っ端みじんに砕き、その背後にいる二郎を苛見つけながら言った。

 そんな視線を向けられた二郎は無言でその言葉を受け止めて、瞬をにらみ返した。

 ほんの数秒で教室内は凍り付いた空気と変わり一触即発の様相を呈していたところで、それを止めようと一人の男が二人の間に割って入った。

「五十嵐君も、山田君も荒事は禁止だよ。今までの話を第三者として聞かせてもらった僕から一言言わせて欲しいのだけれど、いいかな」

 勇次は二郎と瞬の顔を交互に見て、現場を納めようと制止をしながら自分の考えを言う許可を求めた。

「ほう、今度は裁判官の登場か。まぁ良いだろう。好きにしろ」

 瞬は自分たちの勝利を確信して勇次に判断を促すように言った。

「まぁ確かにそれを頼んだのは俺だしな。忌憚ない意見を聞かせてくれ、出来れば詳しく頼む、佐々木」

 二郎は溜飲を下げながら勇次に頭を下げて言った。

「ありがとう。それじゃ僕のこれまで聞いた上での判断を言わせてもらうよ。この論戦は飯田さん、君の負けだ。理由はさっき五十嵐君が言ったとおり、君の推理には穴がありすぎて、都合の良い仮定や希望的観測が多すぎる。ハッキリ言って第三者の人間の僕が聞いて感じたのは、最初から犯人を鈴木さんに断定して、その後に都合の良いように情報を解釈して組み上げた張りぼての推理としか聞こえないよ。五十嵐君が当日その場にいることが出来ないと分かった以上、飯田さんの推理はすでに瓦解している。これが僕の率直な意見だよ」

 勇次は努めて客観的にそして論理的に判断を下した。

「でも、彼らがすみれを陥れようとして」
 
 エリカの最後の叫びを遮るように勇次が言った。

「残念だけど、真実がどうであれ、証拠や理屈が通らない以上彼らを犯人として断定することは出来ないよ。なぜなら、いくら机上の空論を述べたところでそれを二人が認めない限りはそれ以上追求することが出来ないからだよ。だってそうだろ。実際のところ、君が言ったとおり、工藤君が馬場さんに告白した事も、中田君が成田さんに告白した事も当日現場にいた鈴木さん一人では知りようがないことなんだよ。一ノ瀬君の一件と、山田君が二階堂副会長とデートしていたり、成田さんとパン屋の店員さんと修羅場を展開するのも同時に起きたことで、それを鈴木さんが同時に知ることは不可能なことだろう。申し訳ないけど誰が聞いても君の推理はすでに破綻しているよ。この話を続けるなら、少なくとも君の言う鈴木さんの協力者が誰なのかを突きとめてからじゃないと議論を続ける意味はないと思うよ」

 勇次の具体的なエリカの推理の矛盾を交えた一切つけいる隙のない理路整然とした説明にエリカとすみれは悔しそうに奥歯を噛みしめた。その一方でそれを見ていた瞬が勝ち誇った顔を見せ、亜美菜はどこか安心したような安堵の表状を浮かべていた。

そして、勇次の言葉を一言一句聞き逃すまいと黙って傾聴していた二郎は小さく笑った。
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