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番外編
七夕の攻防
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それの切っ掛けは、ほんの些細な事だったと優士は思う。
ただ、間が、日が悪かっただけだ。
◇
七月に入り、梅雨もそろそろ明けるだろうと云う頃。丁度、梅雨の晴れ間が続いていて、その日も晴れが予想された日。
その日は、朝から見事な土砂降りだった。
「うわ…本降り…」
朝の通勤路にて、青い傘を差した瑞樹がそうぼやいた。
整備された道ではあるが、それでも雨により水溜りが出来る。出来る限りそれを避け、着物の裾や足袋に染み込まない様にしながら歩いていた優士が、何時もの淡々とした声と表情で答える。
「ここ数日は暑かったから、丁度良いだろう。恵みの雨だ」
それは、何時もの何気ない遣り取りだった筈だ。
「はあっ!? 今日は七夕だぞ!?」
しかし、優士の言葉に、瑞樹は目と口を大きく開いた。
「それがどうかしたか? 別に天の川が見えないぐらい良いだろう」
何故、瑞樹が驚き、更には怒りを滲ませているのか、優士には皆目見当がつかなかった。
(今日は雨のお蔭で過ごし易い)
だから、思ったままを口にしたのだが、それが更に火に油を注いでしまうとは、誰が予想出来ただろうか?
「優士の馬鹿っ、あんぽんたん! 俺、先に行くからなっ!」
瑞樹は大きく身体を震わせ、顔を真っ赤にしてそう怒鳴り付けたかと思うと、優士を置いて徐に走り出した。
「何? 待て瑞樹、走ったら水が撥ねる。染みになるぞ」
優士の忠告に、瑞樹は上半身を捻って答えた。
「いーっ、だっ!!」
そして、そのまま走って行く。
「…何歳だ、あいつは…」
バシャバシャと、水溜りを蹴りながら去って行く瑞樹の背中を見ながら、優士は額を軽く押さえて息を吐いた。
(まあ、瑞樹の機嫌なんて、帰る頃には直っているだろう)
と、優士は思っていた。この時は、まだ。
◇
「あーあ、こりゃ夜も雨だな~」
「彦星ならぬ、高梨星はお預けかあ~?」
昼休憩の食堂にて、そんな会話が優士の耳に流れて来た。
カウンターでレバニラ定食を受け取り、空いている席を探すふりをしながら、会話をする人物達の脇をすり抜けて行く。
瑞樹はまだご立腹で『外で食べて来る!』と、星を引き連れ…いや、そう口に出した途端に『おいらもおいらも!』と、星に引き摺られて出て行った。
「お預けって、お前なあ。あすこは、今日結婚記念日だろうが。優しい伴侶樣があれやこれや美味い飯や酒を用意しているだろうさ。天の川なんか見えなくても、あの二人にゃ関係ないさ」
(あ…)
「それもそうだな~」
(そうだ。今日は、隊長と雪緒さんの結婚記念日だ)
「…だから、あいつ…」
(怒ったのか)
めでたい日なのだから、晴れであればなお良い。瑞樹はそう思ったのだろう。他人の事なのに、自分の事の様に期待していたのだろう。今日と云う日を、あの二人が楽しく過ごせる様にと、望んでいたのだろう。
「だが…」
(僕を蔑ろにして良い訳ではない)
レバニラ定食が乗った盆を持つ手に、優士は力を込めた。ミシッと云う音が聴こえたが、優士は気に止める事は無かった。ただ、その周囲の席に座る隊員達が『高梨を呼んで来い』と、震えながら囁いていたのには、気付いた方が良かったのかも知れない。
◇
そんな一日の事を思い返しながら、優士は布団の上で腕を組み、胡座をかいて言った。
「何だ、これは」
「あっ、天の川だ。今日は雨だから渡れないぞ!」
(…何だ、それは…)
何故か互いの布団の間にある、もう一組の布団へと顎をしゃくれば、頭からすっぽりと布団を被った瑞樹から、謎の返答があった。
帰りも帰りで、瑞樹は優士を置いて先に帰ってしまった。まあ、優士が高梨に『むやみやたらと殺気を飛ばすな』と、注意を受けていたからだが。
食事も風呂も用意してあった。
あったが、瑞樹はそれらをさっさと一人で済ませていた。
瑞樹の怒りは、未だ続いている様だ。
しかし、優士も優士で我慢の限界が来ている。
「…今朝の事は、僕に非がある。それは認めよう。悪かった。だが、雪緒さんや隊長を軽く見た訳では無いと云う事を知って欲しい」
布団の中にいる瑞樹からは見えないのだが、胡座をかいた両膝に手を置き、優士は頭を下げた。
「だから、いい加減に機嫌を直してくれないか」
布団の膨らみに頭を下げ、話し掛ける優士の姿は、傍から見れば滑稽だろう。しかし、本人は至って真面目なのだ。
朝に瑞樹の機嫌を損ねてから、まともにその顔を見ていないのだ。
強くなる為にと離れていた時期があったが、あの頃よりも瑞樹の顔を見ていない気がすると、優士は思った。
(同じ屋根の下に居るのに、こんなのは嫌だ…)
「瑞樹、顔を見せてくれ…」
(…瑞樹欠乏症でおかしくなりそうだ)
◇
布団の中で、瑞樹は身体を丸めて額に汗を浮かべていた。
(…うう…どうしよう…)
優士の顔は見えなくても、彼が猛省している事は、その声から解った。いや、声音はいつも通りの塩なのだが、その塩が微妙に湿気っているのが瑞樹には解った。
が。
意地を張り過ぎて、どうすれば良いのか瑞樹には解らなくなっていたのだ。
昼休憩の時に、何かを察したのか星が付いて…いや、星に引き摺られて外へと食べに行った際に言われたのだ。
『喧嘩してんか?』
と。
普段はアレなくせに、星は鋭い。
まあ、朝から優士と会話はおろか、視線も合わせなかったのだから、見る人が見れば解るのだろう。
だから、瑞樹は素直に朝の出来事を星に話した。
『ばっかだなあ、みずきは!』
それが、星の第一声だった。しかも、笑いながら竹箸を手に、鰻重の蓋を開けながら。
『喧嘩すっほど仲が良いって言うけどな! けど、ゆきおがゆきおのせいでみずき達が喧嘩してるって知って喜ぶと思うか? んん?』
『…思わないです…』
そうだ。雪緒は自分達の記念日を祝われる事を良しとしても、それが原因で喧嘩になったと知ったらどうするだろう?
(…悲しむに決まってる…)
『んじゃ、どすればいっか解るな!』
鰻に山椒を振りかけながら笑う星に、瑞樹は小さく頷いた。
しかし『天の川が見えないぐらい』は、無いと思うのだ。ここ数日、晴れの日が続いていたから、それを期待していたと思う。縁側に座り、それを二人で見る事を楽しみにしていたのではないか。そう思うと、どうしても朝の優士の発言を瑞樹は許せなくて。だからといって、喧嘩したままでは、何れ高梨経由で雪緒に伝わり、心配をかけさせてしまう。
(うう~…)
昼休憩後の警邏で優士と一緒だったなら、まだ何とか会話の糸口を掴めたと思う。が、こんな時に限って、相方は白樺だった。しかし、それにほっとしてしまったのも事実。そんな自分が情けなくて。
(今まで喧嘩した時はどうしてたっけ? いや、そもそも喧嘩をした事があったか?)
と、過去を遡ってみたら、優士に心配を掛けていた事しか思い出せなくて、そんな自分がまた一層情けなく思えた。結局、終業時まで優士との会話は無く、優士が高梨に捕まった時は、これ幸いとばかりに飛んで帰り、さっさと食事と風呂を済ませ、布団の中へと逃げ込んだのだった。
(何も言わずに寝てくれます様に…っ…!!)
互いの布団の間に天の川もとい、客用の布団を置いたのは、ちょっとした意思表示だ。『一人にして』との。
(朝になったら謝るから! だから、寝てくれ!)
それなのに。
渾身の寝たふりをしていたのに、優士は話し掛けて来た。
いや、うっかり返事をしてしまったから、もう寝たふりは通じないのだが。
「…声を聞かせてくれ…」
顔を見せて、と。
声を聞かせて、と。
湿気に湿気った塩の声が胸に痛くて、瑞樹は布団の中で更に身体を丸めて片手で胸元を押さえた。
(ううぅ~…優士の頭に、ぺたりと垂れ下がった犬耳が見える…。尻尾も生えているかも…)
それは、瑞樹の妄想だ。
実際に優士の頭に耳は生えていないし、尻に尾も生えてはいない。
…生えているのは、磨きに磨き抜かれた牙だ。
「…そうか、解った」
(あ、諦めた?)
大人しく引いてくれて、嬉しい様な寂しい様な相反する感情を瑞樹は覚えた。
(…うん、明日は早起きして優士の好きな物を作って、怒ってごめんって謝ろう)
ぎゅっと胸元を押さえながら、ふっと頬を緩めた時、信じられない優士の言葉が届いた。
「今日は雨で天の川は渡れないから、次の七夕まで、僕は瑞樹に触れない。瑞樹もそうだろう?」
(…………………は…?)
「はあっ!?」
想像もしていなかった優士の言葉に、瑞樹はそれまで考えていた事を彼方へと放り投げて、布団を跳ね除けて上半身を起こした。
大きく目を見開く瑞樹に、優士はふっと塩な目に金平糖を滲ませて微笑む。
「…近くに居るのに…寂しいな…。ああ…雪緒さんと隊長も同じ想いなんだろうな…」
「あっ、あの、ゆ、優士…」
(謝らなきゃ、謝らなきゃ…っ…!!)
瑞樹は天の川もとい布団に両手を置いてそれを越えようとしたが。
「雨だ。ああ、カツ丼美味しかった。ご馳走様。お休み」
と、優士は金平糖が零れる程の笑みを浮かべてから、布団へと潜り、目を閉じてしまった。
「あ、お、おぉおおおおおぉぉおぉおぉぉ…っ…」
一人残された瑞樹は両手で頭を抱え、そのまま一晩中呻いていたとかいないとか。
さて。
(…来月、八月には旧暦の七夕があるのだが、瑞樹が気付いているのかいないのか…)
そんな事を優士が思っていた事等、瑞樹は当然気付く筈も無かった。
ただ、間が、日が悪かっただけだ。
◇
七月に入り、梅雨もそろそろ明けるだろうと云う頃。丁度、梅雨の晴れ間が続いていて、その日も晴れが予想された日。
その日は、朝から見事な土砂降りだった。
「うわ…本降り…」
朝の通勤路にて、青い傘を差した瑞樹がそうぼやいた。
整備された道ではあるが、それでも雨により水溜りが出来る。出来る限りそれを避け、着物の裾や足袋に染み込まない様にしながら歩いていた優士が、何時もの淡々とした声と表情で答える。
「ここ数日は暑かったから、丁度良いだろう。恵みの雨だ」
それは、何時もの何気ない遣り取りだった筈だ。
「はあっ!? 今日は七夕だぞ!?」
しかし、優士の言葉に、瑞樹は目と口を大きく開いた。
「それがどうかしたか? 別に天の川が見えないぐらい良いだろう」
何故、瑞樹が驚き、更には怒りを滲ませているのか、優士には皆目見当がつかなかった。
(今日は雨のお蔭で過ごし易い)
だから、思ったままを口にしたのだが、それが更に火に油を注いでしまうとは、誰が予想出来ただろうか?
「優士の馬鹿っ、あんぽんたん! 俺、先に行くからなっ!」
瑞樹は大きく身体を震わせ、顔を真っ赤にしてそう怒鳴り付けたかと思うと、優士を置いて徐に走り出した。
「何? 待て瑞樹、走ったら水が撥ねる。染みになるぞ」
優士の忠告に、瑞樹は上半身を捻って答えた。
「いーっ、だっ!!」
そして、そのまま走って行く。
「…何歳だ、あいつは…」
バシャバシャと、水溜りを蹴りながら去って行く瑞樹の背中を見ながら、優士は額を軽く押さえて息を吐いた。
(まあ、瑞樹の機嫌なんて、帰る頃には直っているだろう)
と、優士は思っていた。この時は、まだ。
◇
「あーあ、こりゃ夜も雨だな~」
「彦星ならぬ、高梨星はお預けかあ~?」
昼休憩の食堂にて、そんな会話が優士の耳に流れて来た。
カウンターでレバニラ定食を受け取り、空いている席を探すふりをしながら、会話をする人物達の脇をすり抜けて行く。
瑞樹はまだご立腹で『外で食べて来る!』と、星を引き連れ…いや、そう口に出した途端に『おいらもおいらも!』と、星に引き摺られて出て行った。
「お預けって、お前なあ。あすこは、今日結婚記念日だろうが。優しい伴侶樣があれやこれや美味い飯や酒を用意しているだろうさ。天の川なんか見えなくても、あの二人にゃ関係ないさ」
(あ…)
「それもそうだな~」
(そうだ。今日は、隊長と雪緒さんの結婚記念日だ)
「…だから、あいつ…」
(怒ったのか)
めでたい日なのだから、晴れであればなお良い。瑞樹はそう思ったのだろう。他人の事なのに、自分の事の様に期待していたのだろう。今日と云う日を、あの二人が楽しく過ごせる様にと、望んでいたのだろう。
「だが…」
(僕を蔑ろにして良い訳ではない)
レバニラ定食が乗った盆を持つ手に、優士は力を込めた。ミシッと云う音が聴こえたが、優士は気に止める事は無かった。ただ、その周囲の席に座る隊員達が『高梨を呼んで来い』と、震えながら囁いていたのには、気付いた方が良かったのかも知れない。
◇
そんな一日の事を思い返しながら、優士は布団の上で腕を組み、胡座をかいて言った。
「何だ、これは」
「あっ、天の川だ。今日は雨だから渡れないぞ!」
(…何だ、それは…)
何故か互いの布団の間にある、もう一組の布団へと顎をしゃくれば、頭からすっぽりと布団を被った瑞樹から、謎の返答があった。
帰りも帰りで、瑞樹は優士を置いて先に帰ってしまった。まあ、優士が高梨に『むやみやたらと殺気を飛ばすな』と、注意を受けていたからだが。
食事も風呂も用意してあった。
あったが、瑞樹はそれらをさっさと一人で済ませていた。
瑞樹の怒りは、未だ続いている様だ。
しかし、優士も優士で我慢の限界が来ている。
「…今朝の事は、僕に非がある。それは認めよう。悪かった。だが、雪緒さんや隊長を軽く見た訳では無いと云う事を知って欲しい」
布団の中にいる瑞樹からは見えないのだが、胡座をかいた両膝に手を置き、優士は頭を下げた。
「だから、いい加減に機嫌を直してくれないか」
布団の膨らみに頭を下げ、話し掛ける優士の姿は、傍から見れば滑稽だろう。しかし、本人は至って真面目なのだ。
朝に瑞樹の機嫌を損ねてから、まともにその顔を見ていないのだ。
強くなる為にと離れていた時期があったが、あの頃よりも瑞樹の顔を見ていない気がすると、優士は思った。
(同じ屋根の下に居るのに、こんなのは嫌だ…)
「瑞樹、顔を見せてくれ…」
(…瑞樹欠乏症でおかしくなりそうだ)
◇
布団の中で、瑞樹は身体を丸めて額に汗を浮かべていた。
(…うう…どうしよう…)
優士の顔は見えなくても、彼が猛省している事は、その声から解った。いや、声音はいつも通りの塩なのだが、その塩が微妙に湿気っているのが瑞樹には解った。
が。
意地を張り過ぎて、どうすれば良いのか瑞樹には解らなくなっていたのだ。
昼休憩の時に、何かを察したのか星が付いて…いや、星に引き摺られて外へと食べに行った際に言われたのだ。
『喧嘩してんか?』
と。
普段はアレなくせに、星は鋭い。
まあ、朝から優士と会話はおろか、視線も合わせなかったのだから、見る人が見れば解るのだろう。
だから、瑞樹は素直に朝の出来事を星に話した。
『ばっかだなあ、みずきは!』
それが、星の第一声だった。しかも、笑いながら竹箸を手に、鰻重の蓋を開けながら。
『喧嘩すっほど仲が良いって言うけどな! けど、ゆきおがゆきおのせいでみずき達が喧嘩してるって知って喜ぶと思うか? んん?』
『…思わないです…』
そうだ。雪緒は自分達の記念日を祝われる事を良しとしても、それが原因で喧嘩になったと知ったらどうするだろう?
(…悲しむに決まってる…)
『んじゃ、どすればいっか解るな!』
鰻に山椒を振りかけながら笑う星に、瑞樹は小さく頷いた。
しかし『天の川が見えないぐらい』は、無いと思うのだ。ここ数日、晴れの日が続いていたから、それを期待していたと思う。縁側に座り、それを二人で見る事を楽しみにしていたのではないか。そう思うと、どうしても朝の優士の発言を瑞樹は許せなくて。だからといって、喧嘩したままでは、何れ高梨経由で雪緒に伝わり、心配をかけさせてしまう。
(うう~…)
昼休憩後の警邏で優士と一緒だったなら、まだ何とか会話の糸口を掴めたと思う。が、こんな時に限って、相方は白樺だった。しかし、それにほっとしてしまったのも事実。そんな自分が情けなくて。
(今まで喧嘩した時はどうしてたっけ? いや、そもそも喧嘩をした事があったか?)
と、過去を遡ってみたら、優士に心配を掛けていた事しか思い出せなくて、そんな自分がまた一層情けなく思えた。結局、終業時まで優士との会話は無く、優士が高梨に捕まった時は、これ幸いとばかりに飛んで帰り、さっさと食事と風呂を済ませ、布団の中へと逃げ込んだのだった。
(何も言わずに寝てくれます様に…っ…!!)
互いの布団の間に天の川もとい、客用の布団を置いたのは、ちょっとした意思表示だ。『一人にして』との。
(朝になったら謝るから! だから、寝てくれ!)
それなのに。
渾身の寝たふりをしていたのに、優士は話し掛けて来た。
いや、うっかり返事をしてしまったから、もう寝たふりは通じないのだが。
「…声を聞かせてくれ…」
顔を見せて、と。
声を聞かせて、と。
湿気に湿気った塩の声が胸に痛くて、瑞樹は布団の中で更に身体を丸めて片手で胸元を押さえた。
(ううぅ~…優士の頭に、ぺたりと垂れ下がった犬耳が見える…。尻尾も生えているかも…)
それは、瑞樹の妄想だ。
実際に優士の頭に耳は生えていないし、尻に尾も生えてはいない。
…生えているのは、磨きに磨き抜かれた牙だ。
「…そうか、解った」
(あ、諦めた?)
大人しく引いてくれて、嬉しい様な寂しい様な相反する感情を瑞樹は覚えた。
(…うん、明日は早起きして優士の好きな物を作って、怒ってごめんって謝ろう)
ぎゅっと胸元を押さえながら、ふっと頬を緩めた時、信じられない優士の言葉が届いた。
「今日は雨で天の川は渡れないから、次の七夕まで、僕は瑞樹に触れない。瑞樹もそうだろう?」
(…………………は…?)
「はあっ!?」
想像もしていなかった優士の言葉に、瑞樹はそれまで考えていた事を彼方へと放り投げて、布団を跳ね除けて上半身を起こした。
大きく目を見開く瑞樹に、優士はふっと塩な目に金平糖を滲ませて微笑む。
「…近くに居るのに…寂しいな…。ああ…雪緒さんと隊長も同じ想いなんだろうな…」
「あっ、あの、ゆ、優士…」
(謝らなきゃ、謝らなきゃ…っ…!!)
瑞樹は天の川もとい布団に両手を置いてそれを越えようとしたが。
「雨だ。ああ、カツ丼美味しかった。ご馳走様。お休み」
と、優士は金平糖が零れる程の笑みを浮かべてから、布団へと潜り、目を閉じてしまった。
「あ、お、おぉおおおおおぉぉおぉおぉぉ…っ…」
一人残された瑞樹は両手で頭を抱え、そのまま一晩中呻いていたとかいないとか。
さて。
(…来月、八月には旧暦の七夕があるのだが、瑞樹が気付いているのかいないのか…)
そんな事を優士が思っていた事等、瑞樹は当然気付く筈も無かった。
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鞠子様に怯えるみく(笑) 何だかんだで、鞠子様は最強ですからね(笑) 二人の女(?)同士の友情は奥が深いです。
こちらこそ、嬉しいお言葉ありがとうございました(*´∀`*)