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幼少期編
絶望の獣
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家族愛という文化を持つ種族は多い。
人型の生命体はどのような種族であろうとも多少は家族の愛を持つ。
もちろん緑鬼種や性濁豚などの亜人と魔物の中間にいるような種族は、他種よりも多少気にかけるといった程度ではあるがそれでも食糧難にでもならない限り殺しはしない。
一見野蛮で知性のかけらもないように感じられる彼らですら、家族を尊び守ろうとする意志はあるのだ。
ではここで気になるのは最も家族愛が強い種族はなんなのだろうか。
人間? それは違うだろう。残念なことに社会性を手に入れた人間は、もはや家族という小さな単位ではなく国という単位で暮らし始めてしまっている。
家族愛は確かに強いが、それは数ある愛の内の一つに過ぎない。
ある程度の知恵者であれば最も家族愛を持つ種族と聞かれれば、おそらく一瞬の躊躇いすらなくこう答えるだろう。
それは混霊種であると。
混霊種とは森妖種と窟暗種達の間に生まれるハーフの名称なのだが、彼等が家族愛を持つ種族だと周知されているのは森妖種と窟暗種の仲の悪さが起因している。
森妖種達はその種族的視点から窟暗種達を見下しており、窟暗種達はそんな森妖種達を考えの浅いもの達だと蔑んでいた。
自らの種族に迫害されることを理解しながら、それでも家族となった森妖種と窟暗種の間に生まれた子供は何よりも大切にされるという。
さて、こうしてわざわざ長々と家族愛について語った理由はただ一つ。
そんな家族を世界で一番愛する種族である混霊種の末裔が、今日この日に、家族が死んだ命日であるまさにその日に家族を殺した憎き生物を絶滅させんとしているからである。
「どうだエラ、緊張してるか?」
ガタガタと揺れ続けている馬車は今日で二日目。
下を向きながらただじっとしているエラに言葉をかけたのはフィトゥス。
馬車の中にいるのはフィトゥスから始まりヘリアとメチルにティスタ達召使組。
それとクリムにイロアスで最後にエラだ。
八人乗りの馬車なので七人乗っていてもある程度空間に余裕はあるが、空気が重たい為かどこか部屋も狭く感じる。
「いいえ、緊張はしませんよ。ただ自分のなすべき事をなすだけです」
フィトゥスの言葉に対して努めて冷静に言葉を返したエラだったが、その姿が無理をしている事は傍目から見ても明らかだ。
自分の両親を殺した生物を自分の手で殺せることに気持ちが昂るのは仕方のない事だが、暴走して勝てる相手に相討ちにされでもしたら目も当てられない。
だからこそ過剰とも呼べるほどの戦力をここに投入しているわけであり、エラもそれを分かっているからこそなんとかこの馬車でゆっくりと揺られ続けているいまを耐えている。
ちなみにリリィがこの場にいないのは屋敷を留守にさせると調子に乗った森の弱い生物が襲ってくるからであり、リリィから自分の分も頼んだとフィトゥスも託されていた。
「エルピス様も私のためにありがとうございます」
エラが声をかけたのは馬を操るために御者として馬車の外に取り付けられた専用の運転席にいるエルピスだ。
よくしつけられてはいるがそもそも御者としての経験が圧倒的に不足しているエルピスでは運転もおぼつかないが、経験豊富な馬にアシストされながらなんとかこうにか手綱を握っているのにはもちろん理由がある。
「そんな他人行儀な事言わないでよ、それに俺は今回直接戦闘に参加しないんだしさ」
「それでもです。着いてきてくれるだけでも何よりも嬉しいんですよ」
「……そっか」
エルピスが戦闘に参加できない理由は、エラがエルピスが戦闘に参加する事を拒んだからだ。
当初の予定ではエルピスを軸に戦闘を行う予定だったが、エラがどうしてもエルピスに危険な事をさせられないと戦闘に参加する事を拒否したのである。
それに対してエルピスはそれならばせめて道中の移動くらいはと、慣れない馬車の運転をしているのだ。
とはいえこれでも相当に粘った結果であり、最初は頑なについていくのを認めてくれなかったものである。
これほどの面子が居てもまだ何かがあるかもしれないとエラにそう思わせる相手、エルピスとしては気になっているが来ないでと言われている手前、下手に手を出すこともはばかられる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数時間ほどが経過した。
道中も重たい空気が馬車の中を流れていたが、ときおりフィトゥスが話題を振ったりイロアスとクリムが他愛もない会話をする事で少しではあるがマシなものへと変わっていく。
馬車の中にいてもゆっくりと陽が沈んでいくのが感じられ、ついには完全に陽が落ちてしまっても馬車が止まる事はない。
この馬車に乗っているのは気配を隠しているとはいえ超一線級の実力者ばかり。
たとえ野盗に襲われようともどうこうなるようなメンバーではないのだ。
実際何度か魔物による襲撃があったが、エルピスが馬車を覆うようなして展開している障壁すら打ち破れずに尻尾を巻いて逃げているような状況である。
そうやって時刻は真夜中になり、月もゆっくりと頂点から傾き始めた頃。
エルピス達は目的の場所へとようやく到着した。
「9年……いえ、10年ぶりですか」
辺りに広がっているのはただっぴろい平原だけであり、まるでそこに突然村が湧いたように異物感の拭えないその村はかつてエラが住んでいた場所だ。
混霊種は生まれつき身体能力が非常に高いので、近くに人間であれば生活に必要な川や森などが必要にならない。
「当初の予定通りメチルとティスタは対象を村から逃さないように展開、俺達は村の中心部にいる対象を殲滅に向かう。問題ないな?」
「早く行きましょう。エラちゃんがいつまでも我慢できるとは思えないし」
「エルピス様はここでお待ちください。私達で終わらせてきますので」
「うん、分かってるよ」
敵を前にして努めて冷静に振る舞うエラ達と、それよりも少し感情を表に出してしまう他の面々。
そんな面々を前にしてエルピスは務めて冷静であった。
エラの中に渦巻く尋常ではないほどの怒りや怨み、苦しみといった感情はエルピスの様々な権能に反応している。
それはさもすればエルピスすらも害しかねないほどの尋常ではない激情。
所詮エルピスには復讐をしたい相手などおらず、彼女の気持ちを完全に理解すると言う事はできないだろう。
だからこそエルピスはエラの感情に共感しつつも、いまの自分の立場を客観視して見ることができていたのだ。
(父さんと母さんが居れば危険度は限りなく0に近い。だけど妙に胸が騒めく……どんな状況にも対処できるように身構えていないと)
未来視の力を完全に扱えないとはいえ所有しているエルピスの胸騒ぎは、回避できない未来がそこにあることの証明でもある。
盗神の権能を魔法を用いて疑似的に再現した能力を使用し、エルピスはそんな胸騒ぎの元を確かめるためにゆっくりと後を追いかけるのだった。
場面は変わってエラ達村の中を移動する一行は、奇妙な違和感を感じていた。
そもそも混霊種の村はそれほど広くはない。
農作物を育てるための畑から何からを考えれば確かに人の村よりは広いだろうが、それでも歩けば大体20分もあれば横断できるような距離である。
そんな村の中で不思議なことにエラはどれだけ歩いても前に進んでいないような奇妙な感覚を覚えていた。
「これは……どういうことでしょうか」
「考えられるのは魔法的な何かだが……空間の拡張術式か?」
「どうやら外敵排除用の物のようですね。空間拡張と結界の応用でしょうか、術を解除しない限りここにずっと閉じ込められるでしょうね」
「そういう事ならあまり時間を取らせてると逃げられるかしら」
基本的にクリムが自分の縄張りに入ったことを知った動物は逃げるか、一か八かで特攻するかの二択の選択肢のどちらかを取る。
事前に数人ほど逃げた場合に監視できるように忍ばせておいたので後者の線は断ち切ったつもりだが、いまこの罠にクリムたちが引っかかる事を待っていた可能性も考えられるのだ。
だがそんなクリムの心配に対してエラは強い口調で否定する。
「いえ。それはないと思います」
「というと?」
「あの獣は確かに意思を持って私たちの村を襲いに来ました、とてもではありませんが自然発生した獣とは思えません。この村をいまだに占領しているのは何か意味があるはずです」
混霊種はこの世界でも種族としては相当上の方に位置している。
人間の村を襲ったのであればまだ理解はできるが、平地に住むような魔物がわざわざ混霊種の村を襲うと言うのは異常とも言える状況だ。
さらにはそんな魔物がわざわざ村があった場所を自分のものとしているのだから、村のあった場所に何らかの重要なものだったりなんなりと理由があるだろうと考えられる。
「ならとりあえずこの魔法を解除しないといけないけれど……どうかしらイロアス」
「いますぐは無理だな。最速で解けて30分ってところか、単純な構築術式だがなにぶん特殊な魔法陣だ。フィトゥスはどうだ?」
「わ、私ですか!?」
「どうした?」
珍しくフィトゥスが意識を逸らしていたが、声をかければすぐにいつも通り集中した状態に戻る。
「あ、いえなんでもありません。おそらく解除できると思うので少々お待ちください」
イロアスの声に対して驚いたフィトゥスはゆっくりと地面へ手を差し伸べると魔法陣を構築し始める。
普段の自信に満ち溢れたフィトゥスを見ているエラとしてはその格好からなんだかいつもとは違う雰囲気を感じるのだが、そんなことを気にしている余裕は残念ながらない。
数秒もすれば周囲の空間にピシピシと亀裂が入っていき、そうして目的の獲物はその姿を表す。
いまこの日この時まで一分一秒、刹那に満たない時間ですら目の前の獲物の姿を忘れる事はなかった。
「あれが──」
「混霊種の村を壊滅させた魔物?」
その獣には顔と呼べる物がなかった。
造形としては蛙が近いのだろうか。
体長はおよそ6メートルほど、体高は5メートルほど。
ずんぐりとした身体の全面は巨大な口で出来ており、無数に生えた歯には犠牲になった者達の血肉がいまもなをこびりついている。
幹のように太い手足には龍の鱗のようなものがついており、長く伸びている尻尾は刺激臭のする液体を分泌していた。
突如として現れ、現在冒険者組合ではその登録名を暴食と呼ばれる最高位冒険者しか相対することを許されていない化け物。
その姿を見れば見るほどにエラは改めて理解できる。
目の前の生物は人工的に作られた生物である事を、自分が何をすべきかと言うことを。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
「──ッ!」
咆哮と同時に飛び出したのはエラ。
もはや彼女の目には憎き暴食の姿しか映ってはいない。
事前の予定などすべて無視して相手の命に一直線に向かっていくその姿は
そうなる事を予想していたイロアスが、後方で予定通りに援護を開始したのすらエラは気づいてもいないだろう。
「フィトゥスとヘリアはエラに支援を! 攻撃は俺が全部弾く!!」
はっきりと口にしてしまうのであれば、エラが単身で暴食を殺す事は不可能だ。
混霊種の成人数十人を簡単に食らってしまった暴食が、あろうことかどれだけ才能に溢れ英雄二人から英才教育を施された子供であっても殺されてしまうような事はない。
それを分かっているからこそエラは自分一人で殺したかった気持ちを押し殺してイロアス達に援護を頼んでいたのだ。
地面を踏み締めて喉を震わせながら怒りをあらわにすれば、地面が揺れて暴食は目にも留まらぬ速度で弾け飛んでいく。
だが殴れば殴るほど、蹴りつければ蹴りつけるほど、エラの中にある憎悪の感情は爆発していった。
「なぜ貴方は口を聞けないのですか」
投げ飛ばした暴食の上でエラは押し殺した声でそう口にする。
その間にも暴食は身体を起こそうともがいたりエラに攻撃を仕掛けたりするが、それら全てはイロアスやその他の行動によって無情にも弾き飛ばされた。
「叫ぶこともままならぬ生き物でなければ、私は貴方にこの心の全てを押し付けて殺すことができるのに」
苛立ちからエラが暴食の上で地団駄を踏むと、暴食の体を覆い隠すほどの土煙が巻き上がる。
怒りを理解する知性も持ち合わせていない相手に本気で怒りを見せたところで意味がない事は理解していながらそれでも許せないのだ。
思いのまま何度も何度も暴食を踏みつけ、皮膚を貫通した足が筋肉に突き刺さり血で膝上まで汚れされたことにさらにエラは踏みつける力を強くする。
「弱肉強食は世の理だとしても、作られた存在であるお前が踏み躙ってよかった命なんてここには無かった!!」
叫びながら大量に流れ落ちる大粒の涙はエラの後悔の証だ。
どれだけ自分を悔いようとも起きてしまった事は変えられない。
「あの日、あの時本当ならお前なんかに私の両親も村の人も殺されるはずがなかった。お前の後ろにいる誰かを私は許さない」
ゆっくりとエラが構えている武器を上段に持ち上げる。
そこに込められるのは彼女がいま使える全ての魔力と万感の思い、そしてようやく暴食の獣は自分の死を明確に意識した。
「Gyasaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
短剣をエラが暴食の頭部に突き刺すと、短剣はまるで意志を持つかのようにずぶずぶと暴食の体の内側へと侵食していく。
エラが持つ能力の一つ、混霊種の特徴である莫大な魔力と窟暗種譲りの呪いは、自我を持たない獣に対して絶大な力を発揮する。
相手が死ぬまでこの世のものとは思えないほどの苦痛を与え続ける最悪の力をエラは短剣に与えたのだ。
「──エラちゃん油断しないで!」
ふとそんな声がクリムからかけられる。
死に絶えていく暴食の上で両膝をついて一族の仇を打った喪失感から膝を折ってしまっていたエラは、何を言っているのかと視線だけをクリムの方へと向けた。
見てみれば焦った顔をするのはクリムだけでなくこちらを見ている面々の顔が聞きを教えてくれる。
(何か分からないけど逃げなきゃ──っ!)
本能がそう叫ぶが一度に大量の魔力を消費したことでエラの体はその反動をモロに受けていた。
力を込めようとしても力が篭らず、逆にまるで自分が二足歩行で立っていたのを忘れてしまったように抜けていく始末。
冷静な頭は自分がこれから数秒後に高確率で死ぬだろう事を予測し、両親の仇を撃てたのだからこれでよかったのかもしれないなどとまで考え始めていた。
思い浮かぶのはアルヘオ家の面々の顔だ。
死にかけの自分を拾ってくれ、暴食を殺すための訓練をつけてくれたイロアスとクリム。
自分を末の義妹だと甘やかしてくれたフィトゥス、ヘリア、リリィの三人の先輩に屋敷を管理している大勢の使用人。
そして最後に思い浮かぶのはまだまだ小さな子供のエルピスの姿。
家族を亡くして全てが無意味になっていた自分の指を強く握り締め笑いかけてくれた彼はエラが初めて家族だと──そう思った相手だ。
「エラッッ! 飛べッ!!!」
耳に聞こえるのはそんな彼が自分を呼ぶ声だ。
先程まではあんなにも力が出なかったのに、驚くほどに簡単に動いた体は暴食の体からほんの少しだけの距離をとる。
攻撃を仕掛けてくる相手を前にしてその距離は未だ不安な距離ではあるのだが、幸運なことにこの場にはこの世界で最高の魔法使いが二人も揃っている。
「国家級空間断絶魔法〈亜空〉」
エラの後ろで自分の命を犠牲に大爆発をしようとしていた暴食は、イロアスが発動させた魔法によって異空間へと消し飛ばされる。
本来ならば一国が長い年月をかけて下準備を重ねてようやく発動できる魔法を発動できるのはさすが英雄。
そしてその魔法の余波を完全に抑えきったエルピスもまた──
「よかった、大丈夫みたいだね」
暴食の上から飛び降りたエラは気がつけば空中に浮遊していた。
エルピスの姿をも見えず、声もどこからするのか分からないが、エラを引っ張って空中にとどめているのは確かにエルピスだ。
イロアスが緊急時であるとはいえ一歩間違えばエラまで異空間に飲み込まれかねない魔法を使用したのは、エルピスの声が聞こえて使用しても問題ないと即座に判断したからだろう。
もしエルピスが来なくてもクリムがエラを助けはしただろうが、先程までの魔力を完全に失ってしまったエラではその反動を受ければ多少の怪我は覚悟しなければならない。
「エルピス様……っ、私待っていてくださいと……そういいましたのに」
「ごめんね約束破って。本当は手を出さないつもりだったんだけど、嫌な予感がしたからさ」
エラがエルピスに涙を浮かべながら言葉をかけると、景色を塗り直すようにしてエルピスの姿が現れる。
その表情からは余裕というものは感じられず、彼からしてみればわずかな運動量でしかないのに肩を使って呼吸を整えようとする姿からは、どれだけ先程のエラの状況に危機感を覚えていたのか教えてくれるようだ。
「エルピス様っ、私やりました……っ私ようやくお父さんと…お母さんを殺したあいつを……っ!!」
先程までの怒りと理不尽さからくる涙ではなく、ようやく家族の思いを晴らすことができた嬉しさからエラは涙を流す。
最初は言葉を話せる程度だった涙は次第に大きくなっていき、エルピスが抱きしめながら身体を軽く叩いてあげればついには言葉にすらならないほど泣き始める。
紆余曲折はあったが、こうしてエラの故郷を破壊した暴食という化物退治は終了した。
その発生原因から含めて問題は山積みだが、いまは束の間の休息を楽しむことだろう。
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そうしてエラの長年にわたった復讐も終わり、無事に家へと戻ってきたエルピス達はイロアスの執務室に家族で集まっていた。
いつも通り椅子に座るのはイロアス、そしてその対面にある椅子に腰かけているのがエルピスであり扉の出入り口に立っているのはクリムである。
「まったく……お前はいつもいいタイミングで来てくれるな」
「ごめん父さん。待っていろって言ってたのに」
「怒るつもりはないんだ、そう落ち込まないでくれ。むしろ良かったよお前が助けに来てくれて。正直危なかったしな」
最後の暴食の攻撃はいままで自分が食らった生物の魔力を暴走させて自爆するというもの。
もしあの力が十分に振るわれていたとすればあの場に居た全員が致命傷とは言わずとも重症クラスの攻撃を受けてしまった事だろう。
あの魔獣がどうやって作られたのかをある程度考察していたイロアスとしては万が一あり得るかもと事前に術式を用意する余裕があったが、あの場でエルピスがイロアスの魔法を抑えるようにして結界を張ってくれていなければ、イロアスたちは無事にしてもエラには相応のダメージが入っていたことは間違いがない。
「それにもともとお前には戦ってもらうつもりだったんだ、エラちゃんがそれを拒んだからおいてきたが、こっちとしては正直あれでよかったとも思って居る」
「僕に最初から戦わせるつもりで……?」
「そうだ。冒険者としてお前は見知らぬ相手の為に命を賭けなければいけないところがくるだろう。そんな相手の為に命を賭けることができるように誰かを助ける経験を積んで欲しかったんだ。
家族のために力をふるえるのは素晴らしいが、お前はちょっと不安定なところがあるからな」
冒険者になりたいという夢をエルピスが語ったのは5歳以前のことである。
そのためにイロアスが活動してくれているのだからエルピスとしては納得するに十分だ。
「……エルピス、英雄の咎をお前に背負わせてしまう愚かな俺を許してくれ」
「どうしたんですか父さん」
「俺はお前の人生を生まれる前から決めてしまった。お前に俺と同じ英雄になれと教える事しかできないんだ。どれだけ自由に生きようとも、どのような仕事に着こうともお前には英雄であってくれと頼むことしかできないんだ」
顔を伏したイロアスの顔はエルピスの方から覗き見ることはできない。
一代で英雄になり、多数の国で貴族位を借名したイロアスの子供はどうやったって全世界から同じほどの力を求められる。
頭では親と子供が同じ力を持つとは限らないなど誰しもが知っている。
だが英雄と呼ばれるような人物の子供であれば自分達とは同じではないとなぜだか考えてしまうのだ。
イロアスはエルピスにそんな重責を背負わせてしまう事を心の底から申し訳ないと考えていた。
だがそんなイロアスの言葉に対してエルピスはにこやかな笑顔を見せて言葉を返す。
「構わないよ。だってそんな期待も父さんが凄い人だからだよ、僕は父さんの子供であることを誇りに思って居るし、だからこそみんなの期待に応えようと思えるから」
「そうか。そうか……」
感傷的になっているのは家族を失って孤独になっていたころのエラを思い出したからだろうか。
椅子から立ち上がりゆっくりと自分の方へと歩いてきたエルピスを抱きしめ、どうしようもない程にエルピスが自分の子供であるという事を自覚したイロアスは最後に嬉しそうに笑うのだった。
人型の生命体はどのような種族であろうとも多少は家族の愛を持つ。
もちろん緑鬼種や性濁豚などの亜人と魔物の中間にいるような種族は、他種よりも多少気にかけるといった程度ではあるがそれでも食糧難にでもならない限り殺しはしない。
一見野蛮で知性のかけらもないように感じられる彼らですら、家族を尊び守ろうとする意志はあるのだ。
ではここで気になるのは最も家族愛が強い種族はなんなのだろうか。
人間? それは違うだろう。残念なことに社会性を手に入れた人間は、もはや家族という小さな単位ではなく国という単位で暮らし始めてしまっている。
家族愛は確かに強いが、それは数ある愛の内の一つに過ぎない。
ある程度の知恵者であれば最も家族愛を持つ種族と聞かれれば、おそらく一瞬の躊躇いすらなくこう答えるだろう。
それは混霊種であると。
混霊種とは森妖種と窟暗種達の間に生まれるハーフの名称なのだが、彼等が家族愛を持つ種族だと周知されているのは森妖種と窟暗種の仲の悪さが起因している。
森妖種達はその種族的視点から窟暗種達を見下しており、窟暗種達はそんな森妖種達を考えの浅いもの達だと蔑んでいた。
自らの種族に迫害されることを理解しながら、それでも家族となった森妖種と窟暗種の間に生まれた子供は何よりも大切にされるという。
さて、こうしてわざわざ長々と家族愛について語った理由はただ一つ。
そんな家族を世界で一番愛する種族である混霊種の末裔が、今日この日に、家族が死んだ命日であるまさにその日に家族を殺した憎き生物を絶滅させんとしているからである。
「どうだエラ、緊張してるか?」
ガタガタと揺れ続けている馬車は今日で二日目。
下を向きながらただじっとしているエラに言葉をかけたのはフィトゥス。
馬車の中にいるのはフィトゥスから始まりヘリアとメチルにティスタ達召使組。
それとクリムにイロアスで最後にエラだ。
八人乗りの馬車なので七人乗っていてもある程度空間に余裕はあるが、空気が重たい為かどこか部屋も狭く感じる。
「いいえ、緊張はしませんよ。ただ自分のなすべき事をなすだけです」
フィトゥスの言葉に対して努めて冷静に言葉を返したエラだったが、その姿が無理をしている事は傍目から見ても明らかだ。
自分の両親を殺した生物を自分の手で殺せることに気持ちが昂るのは仕方のない事だが、暴走して勝てる相手に相討ちにされでもしたら目も当てられない。
だからこそ過剰とも呼べるほどの戦力をここに投入しているわけであり、エラもそれを分かっているからこそなんとかこの馬車でゆっくりと揺られ続けているいまを耐えている。
ちなみにリリィがこの場にいないのは屋敷を留守にさせると調子に乗った森の弱い生物が襲ってくるからであり、リリィから自分の分も頼んだとフィトゥスも託されていた。
「エルピス様も私のためにありがとうございます」
エラが声をかけたのは馬を操るために御者として馬車の外に取り付けられた専用の運転席にいるエルピスだ。
よくしつけられてはいるがそもそも御者としての経験が圧倒的に不足しているエルピスでは運転もおぼつかないが、経験豊富な馬にアシストされながらなんとかこうにか手綱を握っているのにはもちろん理由がある。
「そんな他人行儀な事言わないでよ、それに俺は今回直接戦闘に参加しないんだしさ」
「それでもです。着いてきてくれるだけでも何よりも嬉しいんですよ」
「……そっか」
エルピスが戦闘に参加できない理由は、エラがエルピスが戦闘に参加する事を拒んだからだ。
当初の予定ではエルピスを軸に戦闘を行う予定だったが、エラがどうしてもエルピスに危険な事をさせられないと戦闘に参加する事を拒否したのである。
それに対してエルピスはそれならばせめて道中の移動くらいはと、慣れない馬車の運転をしているのだ。
とはいえこれでも相当に粘った結果であり、最初は頑なについていくのを認めてくれなかったものである。
これほどの面子が居てもまだ何かがあるかもしれないとエラにそう思わせる相手、エルピスとしては気になっているが来ないでと言われている手前、下手に手を出すこともはばかられる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数時間ほどが経過した。
道中も重たい空気が馬車の中を流れていたが、ときおりフィトゥスが話題を振ったりイロアスとクリムが他愛もない会話をする事で少しではあるがマシなものへと変わっていく。
馬車の中にいてもゆっくりと陽が沈んでいくのが感じられ、ついには完全に陽が落ちてしまっても馬車が止まる事はない。
この馬車に乗っているのは気配を隠しているとはいえ超一線級の実力者ばかり。
たとえ野盗に襲われようともどうこうなるようなメンバーではないのだ。
実際何度か魔物による襲撃があったが、エルピスが馬車を覆うようなして展開している障壁すら打ち破れずに尻尾を巻いて逃げているような状況である。
そうやって時刻は真夜中になり、月もゆっくりと頂点から傾き始めた頃。
エルピス達は目的の場所へとようやく到着した。
「9年……いえ、10年ぶりですか」
辺りに広がっているのはただっぴろい平原だけであり、まるでそこに突然村が湧いたように異物感の拭えないその村はかつてエラが住んでいた場所だ。
混霊種は生まれつき身体能力が非常に高いので、近くに人間であれば生活に必要な川や森などが必要にならない。
「当初の予定通りメチルとティスタは対象を村から逃さないように展開、俺達は村の中心部にいる対象を殲滅に向かう。問題ないな?」
「早く行きましょう。エラちゃんがいつまでも我慢できるとは思えないし」
「エルピス様はここでお待ちください。私達で終わらせてきますので」
「うん、分かってるよ」
敵を前にして努めて冷静に振る舞うエラ達と、それよりも少し感情を表に出してしまう他の面々。
そんな面々を前にしてエルピスは務めて冷静であった。
エラの中に渦巻く尋常ではないほどの怒りや怨み、苦しみといった感情はエルピスの様々な権能に反応している。
それはさもすればエルピスすらも害しかねないほどの尋常ではない激情。
所詮エルピスには復讐をしたい相手などおらず、彼女の気持ちを完全に理解すると言う事はできないだろう。
だからこそエルピスはエラの感情に共感しつつも、いまの自分の立場を客観視して見ることができていたのだ。
(父さんと母さんが居れば危険度は限りなく0に近い。だけど妙に胸が騒めく……どんな状況にも対処できるように身構えていないと)
未来視の力を完全に扱えないとはいえ所有しているエルピスの胸騒ぎは、回避できない未来がそこにあることの証明でもある。
盗神の権能を魔法を用いて疑似的に再現した能力を使用し、エルピスはそんな胸騒ぎの元を確かめるためにゆっくりと後を追いかけるのだった。
場面は変わってエラ達村の中を移動する一行は、奇妙な違和感を感じていた。
そもそも混霊種の村はそれほど広くはない。
農作物を育てるための畑から何からを考えれば確かに人の村よりは広いだろうが、それでも歩けば大体20分もあれば横断できるような距離である。
そんな村の中で不思議なことにエラはどれだけ歩いても前に進んでいないような奇妙な感覚を覚えていた。
「これは……どういうことでしょうか」
「考えられるのは魔法的な何かだが……空間の拡張術式か?」
「どうやら外敵排除用の物のようですね。空間拡張と結界の応用でしょうか、術を解除しない限りここにずっと閉じ込められるでしょうね」
「そういう事ならあまり時間を取らせてると逃げられるかしら」
基本的にクリムが自分の縄張りに入ったことを知った動物は逃げるか、一か八かで特攻するかの二択の選択肢のどちらかを取る。
事前に数人ほど逃げた場合に監視できるように忍ばせておいたので後者の線は断ち切ったつもりだが、いまこの罠にクリムたちが引っかかる事を待っていた可能性も考えられるのだ。
だがそんなクリムの心配に対してエラは強い口調で否定する。
「いえ。それはないと思います」
「というと?」
「あの獣は確かに意思を持って私たちの村を襲いに来ました、とてもではありませんが自然発生した獣とは思えません。この村をいまだに占領しているのは何か意味があるはずです」
混霊種はこの世界でも種族としては相当上の方に位置している。
人間の村を襲ったのであればまだ理解はできるが、平地に住むような魔物がわざわざ混霊種の村を襲うと言うのは異常とも言える状況だ。
さらにはそんな魔物がわざわざ村があった場所を自分のものとしているのだから、村のあった場所に何らかの重要なものだったりなんなりと理由があるだろうと考えられる。
「ならとりあえずこの魔法を解除しないといけないけれど……どうかしらイロアス」
「いますぐは無理だな。最速で解けて30分ってところか、単純な構築術式だがなにぶん特殊な魔法陣だ。フィトゥスはどうだ?」
「わ、私ですか!?」
「どうした?」
珍しくフィトゥスが意識を逸らしていたが、声をかければすぐにいつも通り集中した状態に戻る。
「あ、いえなんでもありません。おそらく解除できると思うので少々お待ちください」
イロアスの声に対して驚いたフィトゥスはゆっくりと地面へ手を差し伸べると魔法陣を構築し始める。
普段の自信に満ち溢れたフィトゥスを見ているエラとしてはその格好からなんだかいつもとは違う雰囲気を感じるのだが、そんなことを気にしている余裕は残念ながらない。
数秒もすれば周囲の空間にピシピシと亀裂が入っていき、そうして目的の獲物はその姿を表す。
いまこの日この時まで一分一秒、刹那に満たない時間ですら目の前の獲物の姿を忘れる事はなかった。
「あれが──」
「混霊種の村を壊滅させた魔物?」
その獣には顔と呼べる物がなかった。
造形としては蛙が近いのだろうか。
体長はおよそ6メートルほど、体高は5メートルほど。
ずんぐりとした身体の全面は巨大な口で出来ており、無数に生えた歯には犠牲になった者達の血肉がいまもなをこびりついている。
幹のように太い手足には龍の鱗のようなものがついており、長く伸びている尻尾は刺激臭のする液体を分泌していた。
突如として現れ、現在冒険者組合ではその登録名を暴食と呼ばれる最高位冒険者しか相対することを許されていない化け物。
その姿を見れば見るほどにエラは改めて理解できる。
目の前の生物は人工的に作られた生物である事を、自分が何をすべきかと言うことを。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
「──ッ!」
咆哮と同時に飛び出したのはエラ。
もはや彼女の目には憎き暴食の姿しか映ってはいない。
事前の予定などすべて無視して相手の命に一直線に向かっていくその姿は
そうなる事を予想していたイロアスが、後方で予定通りに援護を開始したのすらエラは気づいてもいないだろう。
「フィトゥスとヘリアはエラに支援を! 攻撃は俺が全部弾く!!」
はっきりと口にしてしまうのであれば、エラが単身で暴食を殺す事は不可能だ。
混霊種の成人数十人を簡単に食らってしまった暴食が、あろうことかどれだけ才能に溢れ英雄二人から英才教育を施された子供であっても殺されてしまうような事はない。
それを分かっているからこそエラは自分一人で殺したかった気持ちを押し殺してイロアス達に援護を頼んでいたのだ。
地面を踏み締めて喉を震わせながら怒りをあらわにすれば、地面が揺れて暴食は目にも留まらぬ速度で弾け飛んでいく。
だが殴れば殴るほど、蹴りつければ蹴りつけるほど、エラの中にある憎悪の感情は爆発していった。
「なぜ貴方は口を聞けないのですか」
投げ飛ばした暴食の上でエラは押し殺した声でそう口にする。
その間にも暴食は身体を起こそうともがいたりエラに攻撃を仕掛けたりするが、それら全てはイロアスやその他の行動によって無情にも弾き飛ばされた。
「叫ぶこともままならぬ生き物でなければ、私は貴方にこの心の全てを押し付けて殺すことができるのに」
苛立ちからエラが暴食の上で地団駄を踏むと、暴食の体を覆い隠すほどの土煙が巻き上がる。
怒りを理解する知性も持ち合わせていない相手に本気で怒りを見せたところで意味がない事は理解していながらそれでも許せないのだ。
思いのまま何度も何度も暴食を踏みつけ、皮膚を貫通した足が筋肉に突き刺さり血で膝上まで汚れされたことにさらにエラは踏みつける力を強くする。
「弱肉強食は世の理だとしても、作られた存在であるお前が踏み躙ってよかった命なんてここには無かった!!」
叫びながら大量に流れ落ちる大粒の涙はエラの後悔の証だ。
どれだけ自分を悔いようとも起きてしまった事は変えられない。
「あの日、あの時本当ならお前なんかに私の両親も村の人も殺されるはずがなかった。お前の後ろにいる誰かを私は許さない」
ゆっくりとエラが構えている武器を上段に持ち上げる。
そこに込められるのは彼女がいま使える全ての魔力と万感の思い、そしてようやく暴食の獣は自分の死を明確に意識した。
「Gyasaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
短剣をエラが暴食の頭部に突き刺すと、短剣はまるで意志を持つかのようにずぶずぶと暴食の体の内側へと侵食していく。
エラが持つ能力の一つ、混霊種の特徴である莫大な魔力と窟暗種譲りの呪いは、自我を持たない獣に対して絶大な力を発揮する。
相手が死ぬまでこの世のものとは思えないほどの苦痛を与え続ける最悪の力をエラは短剣に与えたのだ。
「──エラちゃん油断しないで!」
ふとそんな声がクリムからかけられる。
死に絶えていく暴食の上で両膝をついて一族の仇を打った喪失感から膝を折ってしまっていたエラは、何を言っているのかと視線だけをクリムの方へと向けた。
見てみれば焦った顔をするのはクリムだけでなくこちらを見ている面々の顔が聞きを教えてくれる。
(何か分からないけど逃げなきゃ──っ!)
本能がそう叫ぶが一度に大量の魔力を消費したことでエラの体はその反動をモロに受けていた。
力を込めようとしても力が篭らず、逆にまるで自分が二足歩行で立っていたのを忘れてしまったように抜けていく始末。
冷静な頭は自分がこれから数秒後に高確率で死ぬだろう事を予測し、両親の仇を撃てたのだからこれでよかったのかもしれないなどとまで考え始めていた。
思い浮かぶのはアルヘオ家の面々の顔だ。
死にかけの自分を拾ってくれ、暴食を殺すための訓練をつけてくれたイロアスとクリム。
自分を末の義妹だと甘やかしてくれたフィトゥス、ヘリア、リリィの三人の先輩に屋敷を管理している大勢の使用人。
そして最後に思い浮かぶのはまだまだ小さな子供のエルピスの姿。
家族を亡くして全てが無意味になっていた自分の指を強く握り締め笑いかけてくれた彼はエラが初めて家族だと──そう思った相手だ。
「エラッッ! 飛べッ!!!」
耳に聞こえるのはそんな彼が自分を呼ぶ声だ。
先程まではあんなにも力が出なかったのに、驚くほどに簡単に動いた体は暴食の体からほんの少しだけの距離をとる。
攻撃を仕掛けてくる相手を前にしてその距離は未だ不安な距離ではあるのだが、幸運なことにこの場にはこの世界で最高の魔法使いが二人も揃っている。
「国家級空間断絶魔法〈亜空〉」
エラの後ろで自分の命を犠牲に大爆発をしようとしていた暴食は、イロアスが発動させた魔法によって異空間へと消し飛ばされる。
本来ならば一国が長い年月をかけて下準備を重ねてようやく発動できる魔法を発動できるのはさすが英雄。
そしてその魔法の余波を完全に抑えきったエルピスもまた──
「よかった、大丈夫みたいだね」
暴食の上から飛び降りたエラは気がつけば空中に浮遊していた。
エルピスの姿をも見えず、声もどこからするのか分からないが、エラを引っ張って空中にとどめているのは確かにエルピスだ。
イロアスが緊急時であるとはいえ一歩間違えばエラまで異空間に飲み込まれかねない魔法を使用したのは、エルピスの声が聞こえて使用しても問題ないと即座に判断したからだろう。
もしエルピスが来なくてもクリムがエラを助けはしただろうが、先程までの魔力を完全に失ってしまったエラではその反動を受ければ多少の怪我は覚悟しなければならない。
「エルピス様……っ、私待っていてくださいと……そういいましたのに」
「ごめんね約束破って。本当は手を出さないつもりだったんだけど、嫌な予感がしたからさ」
エラがエルピスに涙を浮かべながら言葉をかけると、景色を塗り直すようにしてエルピスの姿が現れる。
その表情からは余裕というものは感じられず、彼からしてみればわずかな運動量でしかないのに肩を使って呼吸を整えようとする姿からは、どれだけ先程のエラの状況に危機感を覚えていたのか教えてくれるようだ。
「エルピス様っ、私やりました……っ私ようやくお父さんと…お母さんを殺したあいつを……っ!!」
先程までの怒りと理不尽さからくる涙ではなく、ようやく家族の思いを晴らすことができた嬉しさからエラは涙を流す。
最初は言葉を話せる程度だった涙は次第に大きくなっていき、エルピスが抱きしめながら身体を軽く叩いてあげればついには言葉にすらならないほど泣き始める。
紆余曲折はあったが、こうしてエラの故郷を破壊した暴食という化物退治は終了した。
その発生原因から含めて問題は山積みだが、いまは束の間の休息を楽しむことだろう。
/
そうしてエラの長年にわたった復讐も終わり、無事に家へと戻ってきたエルピス達はイロアスの執務室に家族で集まっていた。
いつも通り椅子に座るのはイロアス、そしてその対面にある椅子に腰かけているのがエルピスであり扉の出入り口に立っているのはクリムである。
「まったく……お前はいつもいいタイミングで来てくれるな」
「ごめん父さん。待っていろって言ってたのに」
「怒るつもりはないんだ、そう落ち込まないでくれ。むしろ良かったよお前が助けに来てくれて。正直危なかったしな」
最後の暴食の攻撃はいままで自分が食らった生物の魔力を暴走させて自爆するというもの。
もしあの力が十分に振るわれていたとすればあの場に居た全員が致命傷とは言わずとも重症クラスの攻撃を受けてしまった事だろう。
あの魔獣がどうやって作られたのかをある程度考察していたイロアスとしては万が一あり得るかもと事前に術式を用意する余裕があったが、あの場でエルピスがイロアスの魔法を抑えるようにして結界を張ってくれていなければ、イロアスたちは無事にしてもエラには相応のダメージが入っていたことは間違いがない。
「それにもともとお前には戦ってもらうつもりだったんだ、エラちゃんがそれを拒んだからおいてきたが、こっちとしては正直あれでよかったとも思って居る」
「僕に最初から戦わせるつもりで……?」
「そうだ。冒険者としてお前は見知らぬ相手の為に命を賭けなければいけないところがくるだろう。そんな相手の為に命を賭けることができるように誰かを助ける経験を積んで欲しかったんだ。
家族のために力をふるえるのは素晴らしいが、お前はちょっと不安定なところがあるからな」
冒険者になりたいという夢をエルピスが語ったのは5歳以前のことである。
そのためにイロアスが活動してくれているのだからエルピスとしては納得するに十分だ。
「……エルピス、英雄の咎をお前に背負わせてしまう愚かな俺を許してくれ」
「どうしたんですか父さん」
「俺はお前の人生を生まれる前から決めてしまった。お前に俺と同じ英雄になれと教える事しかできないんだ。どれだけ自由に生きようとも、どのような仕事に着こうともお前には英雄であってくれと頼むことしかできないんだ」
顔を伏したイロアスの顔はエルピスの方から覗き見ることはできない。
一代で英雄になり、多数の国で貴族位を借名したイロアスの子供はどうやったって全世界から同じほどの力を求められる。
頭では親と子供が同じ力を持つとは限らないなど誰しもが知っている。
だが英雄と呼ばれるような人物の子供であれば自分達とは同じではないとなぜだか考えてしまうのだ。
イロアスはエルピスにそんな重責を背負わせてしまう事を心の底から申し訳ないと考えていた。
だがそんなイロアスの言葉に対してエルピスはにこやかな笑顔を見せて言葉を返す。
「構わないよ。だってそんな期待も父さんが凄い人だからだよ、僕は父さんの子供であることを誇りに思って居るし、だからこそみんなの期待に応えようと思えるから」
「そうか。そうか……」
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椅子から立ち上がりゆっくりと自分の方へと歩いてきたエルピスを抱きしめ、どうしようもない程にエルピスが自分の子供であるという事を自覚したイロアスは最後に嬉しそうに笑うのだった。
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