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幼少期編
脅威の子
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まずそもそもアルヘオ家とはどういった家なのだろうか。
一般人に聞けば英雄と龍の家、貴族に聞けば他国に籍を置く油断ならない家、王族などに聞けば人類の最期の防波堤とでも答えるのだろう。
亜人種達からしてみればアルヘオ家は食いっぱぐれた時の最後の駆け込み寺であり、そういった意味合いを考えれば治安貢献に一役買っていると言ってもいいのかもしれない。
なんにせよそんなアルヘオ家で数年前、第一子の誕生という大きなニュースがあった。
これは一般市民や村に住む農民すら知り得るほどの大きなニュースになり、どのような子供に育つのか世界の注目が向けられていると言ってもよい。
強い子で生まれてくるのか、知恵ある子供で生まれてくるのか、容姿はどうだろつか、教養はどうだろうか。
あるものは利用する為に、あるものは純粋な興味から、またあるものはアルヘオ家を陥れる目的で。
そうやって監視されているエルピスだが、彼の持つ知能というのはそう問題ではなかった。
確かに同年代に比べれば圧倒的に賢いが、所詮は子供の範疇に収まった程度の知恵である。
問題はその力の方だ。
生まれ持った実力ですら冒険者の中でも上位の方、5歳を過ぎた頃からは最高位冒険者と呼ぶことに抵抗を感じさせないほどの力を見せている。
一つの街を単身で滅ぼすことのできる存在、つまりは一夜にして万の屍を築くこともできる存在であるということだ。
理性があり自分に富をもたらしてくれる存在であれば受け入れられるかもしれないが、力を持ち過ぎた人間の多くは迫害される傾向にある。
冒険者組合が街の離れに造られていたり、高位の冒険者ほど宿泊地が寄せ集められていたりするのは、誰かが暴れ出した時に対抗戦略として他のものが動いてほしいから。
つまり最高位冒険者を相手に戦える者は同じ最高位冒険者だけとなるのだが、最高位冒険者同時が争えばどちらにせよその都市は滅びる事が間違いない。
なので基本的に最高位冒険者達は街に入らないし、街によっては立ち入り事態を禁止している場所もある。
英雄と呼ばれるイロアスが辺境の森のそばで生活をしているのもひとえにそれが理由にあるからだ。
「分かった、そのままの手筈で進めてくれ。分かってるとは思うがエラちゃんに気取られるなよ」
部屋の中からそんな声が聞こえクリムがなんのことだろうと聞き耳を立てていると、部屋の中からペディがなんとも言えない顔をしながら出てくる。
聞き耳を立てている人物がいることに気がつき注意をしようと考えていたのだが、相手がクリムであった為に言い出すに言い出せないのだろう。
そんな状況をなんとなく察したクリムは微笑みを携えてペディをさっさと見送ると、自分のするべきことをする為に扉をノックする。
「どうぞ」
中からイロアスの声が聞こえるとクリムは部屋の扉を開け中に入る。
書類から顔を上げクリムが来たことをイロアスが理解すると同時に、部屋の中全体を魔法が這っていくような感覚を覚えた。
クリムは魔法に関してはほとんど使用する事ができないが、龍の優れた知覚により魔法を使われると気配として感じ取る事ができるのだ。
使用された魔法は消音と外部からの探知魔法などを妨害するような魔法、それと同時に〈気配察知〉と〈魔力察知〉を同時に使用して警戒に努める。
戦場ですらイロアスがここまでの警戒を見せるのは珍しいことだ、クリムでもここまでされればイロアスの探知を搔い潜るのは難しいだろう。
それくらいの事をし終わって、ようやくクリムの方から口を開く。
「話は大体フィトゥスの方から聞いたよ。お疲れ様」
「あら、後をつけさせていたの? 私が気がつけなかったなんてやるようになったわねあの子も」
「ここ数年のフィトゥスの成長は目を見張るものがあるからな。それでどうだった? クリムの口からどう感じたか聞いてみたい」
「……正直な話危ういわ。私のやり方は間違えていた、エルピスの開けてはいけない扉を開けてしまったの。あの子の心に深い傷をつけてしまった……ごめんなさいイロアス」
普段の自身で全身を構成したようなクリムの面影はなく、そこに居たのは息子の人生をより良い物へと変えてあげたいと願う母親の姿である。
イロアスはエルピスが生まれた時からずっとエルピスの力について観察を続けていた。
時と場合によってはエルピスに嘘をついてでもその力を盗み見たし、そのことについてエルピスにほんの少したりとも説明すらしていない。
父としては良くない行動だ、息子を欺いているのだからそれでいいはずがない。
「なぁクリム、この際だ腹を割って話そう。あの子をこれからどうするか」
イロアスは未だに迷っていた。
自分達の子供は転生者だという事をイロアスもクリムも知っている。
だがいままでイロアス達の間でエルピスの前世について話をしたことはない。
何故ならその話の結果次第によっては、エルピスへの対処を考えなければいけない可能性があったからだ。
しかしいまやエルピスは前世すら関係なく対処を考えなければいけないほどの力を手に入れていた。
力の扱い方を教えていただけでこれである、イロアスやクリムが本気で戦闘訓練を行なっていればどれほどのものになっていたか末恐ろしいものがある。
なんにせよこれからエルピスをどうするかを決めておかなければ、イロアスはきっと一番大切な決断を迫られた時に間違えた選択を取ってしまうかもしれないと考えていた。
「俺はあの子をこの世界で楽しく生きていけるようにしてあげたい。転生者だとしても俺の息子には変わりない、出来れば幸せに生きてほしい」
「私だってそうよイロアス。エルピスは私の可愛い子供、この世界で一番幸せにしてあげたいの」
少なくともこの時点でイロアスの想定していた一番最悪の結末──我が子を手にかけなければいけない可能性がここで消えた。
愛する我が子を常に手にかける用意をしながら過ごす日々は尋常ではないストレスをイロアスに与えており、それから解放された事で無意識のうちにイロアスの顔は少し柔らかい表情に変わっている。
「だけどきっとこのままじゃあの子はいつか人の世界で生きていけなくなる」
「人格に問題があるとは思えないんだが……甘えてくる仕草なんかも可愛いもんだぞ」
転生者ということは転生前の記憶もあるということであり、40代以上の年齢でいまのエルピスの様な行動をとっているのだとしたら少々考えなければいけないかもしれないが、普段の言動からしておそらくはエルピスの転生前は十数歳と言ったところだろう。
だとすれば身体に精神性がひっぱられてあのような性格になっていたとしてもおかしくはない。
「そっちじゃないわ、というよりなんで貴方にばかり甘えるのかしら。私の場合甘えられるというより頼りにされることの方が多いのよね」
頭の木に浮かぶのは昨日の森の中で服の裾を握るエルピスの姿である。
アレは怯えたエルピスが安全な場所を求めた結果の行動であり、別にクリムじゃなければいけなかったということもないだろう。
言いたいことはいくつかあるのだがそれをイロアスに言ったところで何かが変わるわけでもなく、クリムは話を本題へと戻す。
「私が心配しているのはエルピスの攻撃性よ」
「それこそ大丈夫だろう? フィトゥスから聞いた話では緑鬼種を殺すのにも躊躇するくらい心優しい子供って話じゃないか」
「自分が狙われているときはね。私が緑鬼種に弓を打たれそうになった時エルピスが守ってくれたのだけど、あの時は一瞬の躊躇いもせずに躊躇なく殺していたわ。アレが人に向けられないか心配なの。それに身体能力も同年代の半人半龍と比べても異常よ」
「なんでそんなに守られたってところを強調して言ってくるんだよ」
最近のイロアスはクリムの戦闘能力を信頼し多少危険な攻撃も間に入って助けるというような事がなくなってきており、それもまた信頼の証として嬉しくもあるのだが、女性としては言いたいことの一つくらいあるのだ。
クリムが思い出したのは緑鬼種を殺した時のエルピスの瞳、事務的な処理をこなすためだけに、まるで命を奪う事を作業だとでも言わんばかりのエルピスの瞳は狂気すら孕んでいるように思えた。
「家族を守る為に奮ったなら、それも良いんじゃないかな。俺だってクリムやエルピス、この家の奴らに害があるなら国だった相手にする」
「モロに貴方の悪いところを受け継いだんじゃないかと少し心配になってきたわ」
父親の影響を受けているのだとして、それでもあの目の中に映った苛烈な感情は転生前の影響が強く出ているのだろう。
考えることしかできない以上は造像ではなく妄想ばかりが頭の中をぐるぐる巡るが、そんな無駄な思考すらもいまのクリムには心を癒す大切な行動である。
「どちらにせよこれまで通り力の使い道をしっかりと教えないとな」
「そうね。そう言えばさっきペディと何を話していたの?」
「話してもいいんだけどお前顔に出るからなぁ」
「何よ失礼するわね! エルピス相手にしっかりと最後まで隠し通したのよ? もう大丈夫なんだから」
「それはエルピスが一瞬たりとも疑おうとすらしないからじゃ──まぁいいか、秘密だぞ?」
自信満々なクリムに対して言いたいことがなかったわけではないが、何を言ったところで無駄だろうと判断したイロアスは改めて部屋の周りに誰もいない事を確認してから話し始める。
「エラちゃんの村を滅ぼした合成獣の討伐許可がようやく降りたから近々討伐しに行くつもりなんだ。エラちゃんには秘密にしておかないといつ飛び出すか分からないからな」
「そうだったのね……もし良かったらエルピスをアイツに当てたらどうかしら?」
「エルピスを??」
「私がみてる限りエルピスのエラちゃんに対する感情は家族と知らない人の中間地点くらい。だからエラちゃんの為に頑張れれば見ず知らずの人の為にも戦えるようになると思うの」
見ず知らずの人のために戦うことは力を持つものの責任である。
エルピスにそれを望むわけではないが、そう言った心持ちが人間世界での平凡な日常生活を作り出す支えになるのは間違いがない。
「エラちゃん次第だが、まぁ聞いてみるよ。俺は今からエルピスと虫取りの約束があるからこれで」
慌ただしく部屋を出ていくイロアスの背中を追いかけながら、クリムも部屋を後にする。
長い廊下を歩きながらふとクリムは口を開いた。
「なんで男の子って虫が好きなのかしら」
誰に投げたでもない言葉は返ってくることもなく、クリムはどうでもいいかと頭を切り替える。
そうして季節はゆっくりと過ぎていくのだった。
一般人に聞けば英雄と龍の家、貴族に聞けば他国に籍を置く油断ならない家、王族などに聞けば人類の最期の防波堤とでも答えるのだろう。
亜人種達からしてみればアルヘオ家は食いっぱぐれた時の最後の駆け込み寺であり、そういった意味合いを考えれば治安貢献に一役買っていると言ってもいいのかもしれない。
なんにせよそんなアルヘオ家で数年前、第一子の誕生という大きなニュースがあった。
これは一般市民や村に住む農民すら知り得るほどの大きなニュースになり、どのような子供に育つのか世界の注目が向けられていると言ってもよい。
強い子で生まれてくるのか、知恵ある子供で生まれてくるのか、容姿はどうだろつか、教養はどうだろうか。
あるものは利用する為に、あるものは純粋な興味から、またあるものはアルヘオ家を陥れる目的で。
そうやって監視されているエルピスだが、彼の持つ知能というのはそう問題ではなかった。
確かに同年代に比べれば圧倒的に賢いが、所詮は子供の範疇に収まった程度の知恵である。
問題はその力の方だ。
生まれ持った実力ですら冒険者の中でも上位の方、5歳を過ぎた頃からは最高位冒険者と呼ぶことに抵抗を感じさせないほどの力を見せている。
一つの街を単身で滅ぼすことのできる存在、つまりは一夜にして万の屍を築くこともできる存在であるということだ。
理性があり自分に富をもたらしてくれる存在であれば受け入れられるかもしれないが、力を持ち過ぎた人間の多くは迫害される傾向にある。
冒険者組合が街の離れに造られていたり、高位の冒険者ほど宿泊地が寄せ集められていたりするのは、誰かが暴れ出した時に対抗戦略として他のものが動いてほしいから。
つまり最高位冒険者を相手に戦える者は同じ最高位冒険者だけとなるのだが、最高位冒険者同時が争えばどちらにせよその都市は滅びる事が間違いない。
なので基本的に最高位冒険者達は街に入らないし、街によっては立ち入り事態を禁止している場所もある。
英雄と呼ばれるイロアスが辺境の森のそばで生活をしているのもひとえにそれが理由にあるからだ。
「分かった、そのままの手筈で進めてくれ。分かってるとは思うがエラちゃんに気取られるなよ」
部屋の中からそんな声が聞こえクリムがなんのことだろうと聞き耳を立てていると、部屋の中からペディがなんとも言えない顔をしながら出てくる。
聞き耳を立てている人物がいることに気がつき注意をしようと考えていたのだが、相手がクリムであった為に言い出すに言い出せないのだろう。
そんな状況をなんとなく察したクリムは微笑みを携えてペディをさっさと見送ると、自分のするべきことをする為に扉をノックする。
「どうぞ」
中からイロアスの声が聞こえるとクリムは部屋の扉を開け中に入る。
書類から顔を上げクリムが来たことをイロアスが理解すると同時に、部屋の中全体を魔法が這っていくような感覚を覚えた。
クリムは魔法に関してはほとんど使用する事ができないが、龍の優れた知覚により魔法を使われると気配として感じ取る事ができるのだ。
使用された魔法は消音と外部からの探知魔法などを妨害するような魔法、それと同時に〈気配察知〉と〈魔力察知〉を同時に使用して警戒に努める。
戦場ですらイロアスがここまでの警戒を見せるのは珍しいことだ、クリムでもここまでされればイロアスの探知を搔い潜るのは難しいだろう。
それくらいの事をし終わって、ようやくクリムの方から口を開く。
「話は大体フィトゥスの方から聞いたよ。お疲れ様」
「あら、後をつけさせていたの? 私が気がつけなかったなんてやるようになったわねあの子も」
「ここ数年のフィトゥスの成長は目を見張るものがあるからな。それでどうだった? クリムの口からどう感じたか聞いてみたい」
「……正直な話危ういわ。私のやり方は間違えていた、エルピスの開けてはいけない扉を開けてしまったの。あの子の心に深い傷をつけてしまった……ごめんなさいイロアス」
普段の自身で全身を構成したようなクリムの面影はなく、そこに居たのは息子の人生をより良い物へと変えてあげたいと願う母親の姿である。
イロアスはエルピスが生まれた時からずっとエルピスの力について観察を続けていた。
時と場合によってはエルピスに嘘をついてでもその力を盗み見たし、そのことについてエルピスにほんの少したりとも説明すらしていない。
父としては良くない行動だ、息子を欺いているのだからそれでいいはずがない。
「なぁクリム、この際だ腹を割って話そう。あの子をこれからどうするか」
イロアスは未だに迷っていた。
自分達の子供は転生者だという事をイロアスもクリムも知っている。
だがいままでイロアス達の間でエルピスの前世について話をしたことはない。
何故ならその話の結果次第によっては、エルピスへの対処を考えなければいけない可能性があったからだ。
しかしいまやエルピスは前世すら関係なく対処を考えなければいけないほどの力を手に入れていた。
力の扱い方を教えていただけでこれである、イロアスやクリムが本気で戦闘訓練を行なっていればどれほどのものになっていたか末恐ろしいものがある。
なんにせよこれからエルピスをどうするかを決めておかなければ、イロアスはきっと一番大切な決断を迫られた時に間違えた選択を取ってしまうかもしれないと考えていた。
「俺はあの子をこの世界で楽しく生きていけるようにしてあげたい。転生者だとしても俺の息子には変わりない、出来れば幸せに生きてほしい」
「私だってそうよイロアス。エルピスは私の可愛い子供、この世界で一番幸せにしてあげたいの」
少なくともこの時点でイロアスの想定していた一番最悪の結末──我が子を手にかけなければいけない可能性がここで消えた。
愛する我が子を常に手にかける用意をしながら過ごす日々は尋常ではないストレスをイロアスに与えており、それから解放された事で無意識のうちにイロアスの顔は少し柔らかい表情に変わっている。
「だけどきっとこのままじゃあの子はいつか人の世界で生きていけなくなる」
「人格に問題があるとは思えないんだが……甘えてくる仕草なんかも可愛いもんだぞ」
転生者ということは転生前の記憶もあるということであり、40代以上の年齢でいまのエルピスの様な行動をとっているのだとしたら少々考えなければいけないかもしれないが、普段の言動からしておそらくはエルピスの転生前は十数歳と言ったところだろう。
だとすれば身体に精神性がひっぱられてあのような性格になっていたとしてもおかしくはない。
「そっちじゃないわ、というよりなんで貴方にばかり甘えるのかしら。私の場合甘えられるというより頼りにされることの方が多いのよね」
頭の木に浮かぶのは昨日の森の中で服の裾を握るエルピスの姿である。
アレは怯えたエルピスが安全な場所を求めた結果の行動であり、別にクリムじゃなければいけなかったということもないだろう。
言いたいことはいくつかあるのだがそれをイロアスに言ったところで何かが変わるわけでもなく、クリムは話を本題へと戻す。
「私が心配しているのはエルピスの攻撃性よ」
「それこそ大丈夫だろう? フィトゥスから聞いた話では緑鬼種を殺すのにも躊躇するくらい心優しい子供って話じゃないか」
「自分が狙われているときはね。私が緑鬼種に弓を打たれそうになった時エルピスが守ってくれたのだけど、あの時は一瞬の躊躇いもせずに躊躇なく殺していたわ。アレが人に向けられないか心配なの。それに身体能力も同年代の半人半龍と比べても異常よ」
「なんでそんなに守られたってところを強調して言ってくるんだよ」
最近のイロアスはクリムの戦闘能力を信頼し多少危険な攻撃も間に入って助けるというような事がなくなってきており、それもまた信頼の証として嬉しくもあるのだが、女性としては言いたいことの一つくらいあるのだ。
クリムが思い出したのは緑鬼種を殺した時のエルピスの瞳、事務的な処理をこなすためだけに、まるで命を奪う事を作業だとでも言わんばかりのエルピスの瞳は狂気すら孕んでいるように思えた。
「家族を守る為に奮ったなら、それも良いんじゃないかな。俺だってクリムやエルピス、この家の奴らに害があるなら国だった相手にする」
「モロに貴方の悪いところを受け継いだんじゃないかと少し心配になってきたわ」
父親の影響を受けているのだとして、それでもあの目の中に映った苛烈な感情は転生前の影響が強く出ているのだろう。
考えることしかできない以上は造像ではなく妄想ばかりが頭の中をぐるぐる巡るが、そんな無駄な思考すらもいまのクリムには心を癒す大切な行動である。
「どちらにせよこれまで通り力の使い道をしっかりと教えないとな」
「そうね。そう言えばさっきペディと何を話していたの?」
「話してもいいんだけどお前顔に出るからなぁ」
「何よ失礼するわね! エルピス相手にしっかりと最後まで隠し通したのよ? もう大丈夫なんだから」
「それはエルピスが一瞬たりとも疑おうとすらしないからじゃ──まぁいいか、秘密だぞ?」
自信満々なクリムに対して言いたいことがなかったわけではないが、何を言ったところで無駄だろうと判断したイロアスは改めて部屋の周りに誰もいない事を確認してから話し始める。
「エラちゃんの村を滅ぼした合成獣の討伐許可がようやく降りたから近々討伐しに行くつもりなんだ。エラちゃんには秘密にしておかないといつ飛び出すか分からないからな」
「そうだったのね……もし良かったらエルピスをアイツに当てたらどうかしら?」
「エルピスを??」
「私がみてる限りエルピスのエラちゃんに対する感情は家族と知らない人の中間地点くらい。だからエラちゃんの為に頑張れれば見ず知らずの人の為にも戦えるようになると思うの」
見ず知らずの人のために戦うことは力を持つものの責任である。
エルピスにそれを望むわけではないが、そう言った心持ちが人間世界での平凡な日常生活を作り出す支えになるのは間違いがない。
「エラちゃん次第だが、まぁ聞いてみるよ。俺は今からエルピスと虫取りの約束があるからこれで」
慌ただしく部屋を出ていくイロアスの背中を追いかけながら、クリムも部屋を後にする。
長い廊下を歩きながらふとクリムは口を開いた。
「なんで男の子って虫が好きなのかしら」
誰に投げたでもない言葉は返ってくることもなく、クリムはどうでもいいかと頭を切り替える。
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