136 / 252
第四章 本当の親子
136 フェリックスとウォーレス
しおりを挟む(まさか……こうも早く潮時がやってくるとはな)
カンテラの光だけの薄明るい部屋に、フェリックスは立っていた。
ズボンのポケットから、小さなペンダントを取り出す。亡き父親の形見であり、心の支えでもあった。
ペンダントに仕込まれた写真を開いて見つめ、彼はわずかに表情を歪める。
(でも、僕は絶対に諦めないよ……仇は取るからね、父さん)
フェリックスの父親は、彼が小さい頃に亡くなっている。
殺されたといっても差し支えない。少なくとも彼は、そう思い続けてきた。そしてそれは今でも変わらないし、変えるつもりもないと断言するほどだ。
そうでもしなければ生きていけなかった、とも言えるだろう。
彼も、そして彼の父親も、ディアドリーにとって、否――この家にとっては、単なる都合の良い『駒』でしかなかったのだから。
もっとも、それ自体は別に、彼も珍しいことだとは思っていない。
貴族やそれに準ずる名家ともなれば、結婚や子供が家を保つための手段や道具でしかないことが基本。そこに愛があるほうが珍しいほうだと、彼もよく分かっているつもりではいた。
しかしそれでもやはり、父親に対する気持ちに嘘は付けない。
彼にとって、父親はそれだけ大きな存在だったのだ。
(自分の人生を投げ捨ててでも、父さんは僕のことを考えてくれていた)
彼の父親はヴァルフェミオンの優等生だった。しかし戦う魔導師としては二流止まりでしかなかった。魔法教育者として、面倒見のいい先生として慕われても、所詮は裏方としか見なされず、名前が表に出ることもなかった。
そんな父親を、彼の実母は手酷く見放した。
学生時代からの幼なじみであり、そのよしみで結婚し、子供を授かった。しかし彼の母親は、それだけで満足することは全くできなかったらしい。
とある王宮に勤める先輩魔導師と不倫し、手紙一つ残して姿を消した。その時の父親の憔悴しきった表情は、今でもよく覚えている。
忘れそうになったら必死で思い出す――そう胸に誓っているほどであった。
息子の自分が苦しまなければ、神様から天罰が下されると、心の底からそう思っていたのだった。
そしてその後、父親は今の母親であるディアドリーと出会ってしまう。
なんとも言えない女運の悪さに、彼は思わず苦笑してしまった。しかしそれに易々とついていった自分もまた、同罪だと思っていた。
いくら子供とはいえ、何も知らなさ過ぎるにも程があったと彼は思っている。
そして、そこから逃げ出す勇気すらない弱虫であることもまた、彼は自覚しているつもりであった。
(なんだかんだで僕も、父さんの息子ということだろう。堕ちるところまで堕ちてしまった。もう引き返すことはできない)
もう少し上手いやり方があったのかもしれない。闇に染まらずに済む方法は、いくらでもあったのかもしれない。
けど所詮は『もしも』のことでしかない。
現実はどこまでも闇に染まっている――それは間違いないと、彼はちゃんと認識していた。
ディアドリーの思惑など、フェリックスは何年も前から気づいていた。
彼女からすれば、自分も父親も都合のいい駒でしかなく、使うだけ使ってポイ捨てするつもりであることぐらいは、軽く予想していた。
しかし彼は、ただそれに対して大人しく従う選択肢を選んでしまっていた。
父親がディアドリーを愛し、そして信じ続けていたからだ。
(結局、父さんは最後の最後まで独りよがりな愛を貫き通して、あの女に使い潰されて死んでしまった……哀れ過ぎて涙も出ないな)
妻であるディアドリーを信じ続けた。そうすればいつか、本当の愛を築き上げられるはずだと、心の底から願っていたのだ。
それは夫としての愛情とは違う。もう二度と捨てられたくないという恐怖から来るものでしかないことは、フェリックスも気づいていた。
その上で彼は何も言わなかった。
父親を追い詰めるような真似をしたくなかった――今となってはそれも、単なる逃げ口上でしかない。
本当は彼も怖かったのだ。父親から見放されることが。
下手なことを言って見向きもされなくなり、一人ぼっちになることを恐れた。実に哀れで弱い子供だと、彼は後々になって自覚する。
確かにずっと演技をしてきた。
ディアドリーを出し抜く一瞬の隙をつくべく、徹底的に落ちこぼれのフェリックスを貫き通していた。
しかし心のどこかで思ってもいた。これも一種の自分であると。
あり得たかもしれない自分を、第三者視点で見ている――何故か彼は、そう思えてならなかった。
「っと……つい余計なことを考えてしまったな」
自虐的な笑みを浮かべつつ、フェリックスは呟いた。
(本来はアリシアを攫ってくる予定が、まさかあの魔物使いのガキを連れてくるとは思わなかった……まぁ、計画の遂行には使えるだろうし、別にいいか)
珍しい妖精も一緒にくっ付いてきたことは、既に彼も把握している。それに対して興味深いと思わなくもないが、今回においては妖精をどうこうするつもりは、今のところ一切なかった。
何故なら計画上、明らかにどうでもいい存在だからである。
こんな状況でなければ、少年を人質に妖精を捕らえて、色々と調べたのに――やはり少し残念に思ってしまったことも確かだ。
しかし優先度は大事だと、フェリックスは気を引き締め直していた。
なにより余計なことをして計画に支障をきたそうものなら、それこそ本末転倒もいいところである。
だから今回は放っておくに限ると、そう思うのだった。
「さて、そろそろ連絡が――来たみたいだな」
テーブルに設置してある魔力装置から音が鳴り響く。フェリックスがその装置を作動させた瞬間、壁に四角く淡い光が灯り、そこに一人の老人が映し出された。
『久しいな、フェリックスよ』
「ご無沙汰しております、ウォーレス様」
跪きながら挨拶をするフェリックスに、ウォーレスは苦笑する。
『そう堅苦しくせんでもいいぞ? 義理とはいえワシはお前の祖父。そう呼んでくれても構わんというに』
「いえ。これは僕のケジメでもありますから」
『……まぁ、別に構わんがな。そんなことよりも、本題に入らせてもらおう』
ウォーレスはコホンと咳ばらいをしつつ、表情を引き締める。
『お前のレポートを読ませてもらった。やはりセアラに後を継がせたのは、失敗だったと判断せざるを得んな』
「えぇ。そう思っていただけて、なによりでございますよ」
フェリックスはニヤリと笑った。
「僕が度々申し上げていた意見は、間違っていなかった……そう判断しても?」
『うむ。セアラは確かに魔導師としては優秀――だが当主としては、力量不足だったということか』
頬杖をつきながら、ウォーレスは深いため息をつく。
『まさにディアドリーとは正反対だな。姉妹を足して二で割れば、本当にちょうどいい人材となるのだが……まぁ、今更言っても仕方あるまい』
名家の当主として野心を持ってほしかった。しかしセアラにそれがない。加えて今の彼女は、十六年前に手放した赤子のことに首ったけ状態――もはや威厳すらないと言わざるを得ないとすら、ウォーレスは思っていた。
『魔導師としての実力に加えて野心もある者こそが、我が家の当主に相応しい。ワシが言えるのはそれだけだ』
「えぇ。そのお言葉が聞けただけで、僕としても十分にございます」
『ならば動いてみろ。そして成果を叩き出してみせよ』
「お任せを!」
フェリックスが返事をするなり、ウォーレスの姿が消えた。元の薄明るい部屋に戻って数秒が経過すると、クスクスという小さな笑い声が響き渡る。
「恐らくあの人は、僕の狙いに気づいてるんだろうなぁ……それを知った上で僕を利用しようとしているってことか。これは面白い♪」
そしてゆっくりと立ち上がり、部屋のカーテンを開けようとした瞬間――
「フェリックス様あぁーっ! 大変でございますうぅーっ!!」
見張りの兵士らしき叫び声が聞こえてきた。どうにも情けなく聞こえたそれに、折角の気分が台無しにされたフェリックスは顔をしかめる。
やがてノックもせずに、一人の兵士が部屋に飛び込んできたのだった。
「どうしたんだ? 騒々しいぞ」
「も、申し訳ございません。あぁいえ、それどころではないんですってば!」
謝罪もそこそこに、兵士が事態を報告する。
「例の捕らえた少年が、地下牢から脱走しました! 見張り役として派遣した狼の魔物たちが、何故かこぞって反逆し、大暴れしている状態です!」
「なんだと!?」
フェリックスは目を見開く。少し目を離した隙に何が起こったのか、いくら考えても理解することは、全くできなかった。
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記
スィグトーネ
ファンタジー
ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。
そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。
まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。
全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。
間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。
※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています
※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。
それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。
唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。
なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。
理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!
【完結】エルモアの使者~突然死したアラフォー女子が異世界転生したらハーフエルフの王女になってました~
月城 亜希人
ファンタジー
やりたいことを我慢して質素に暮らしてきたアラフォー地味女ミタラシ・アンコが、理不尽な理由で神に命を奪われ地球から追放される。新たに受けた生は惑星エルモアにある小国ガーランディアの第二子となるハーフエルフの王女ノイン・ガーランディア。アンコは死産する予定だった王女に乗り移る形で転生を果たす。またその際、惑星エルモアのクピドから魔物との意思疎通が可能になるなどの幾つかのギフトを授かる。ところが、死産する予定であった為に魔力を持たず、第一子である腹違いの兄ルイン・ガーランディアが魔族の先祖返りとして第一王妃共々追放されていたことで、自身もまた不吉な忌み子として扱われていた。それでも献身的に世話をしてくれる使用人のロディとアリーシャがいた為、三歳までは平穏に過ごしてきたのだが、その二人も実はノインがギフトを用いたら始末するようにと王妃ルリアナから命じられていた暗殺者だった。ノインはエルモアの導きでその事実を知り、またエルモアの力添えで静寂の森へと転移し危機を脱する。その森で帝国の第一皇子ドルモアに命を狙われている第七皇子ルシウスと出会い、その危機を救う。ノインとルシウスはしばらく森で過ごし、魔物を仲間にしながら平穏に過ごすも、買い物に出た町でロディとアリーシャに遭遇する。死を覚悟するノインだったが、二人は既に非情なルリアナを見限っており、ノインの父であるノルギス王に忠誠を誓っていたことを明かす。誤解が解けたノイン一行はガーランディア王国に帰還することとなる。その同時期に帝国では第一皇子ドルモアが離反、また第六皇子ゲオルグが皇帝を弑逆、皇位を簒奪する。ドルモアはルリアナと共に新たな国を興し、ゲオルグと結託。二帝国同盟を作り戦争を起こす。これに対しノルギスは隣国と結び二王国同盟を作り対抗する。ドルモアは幼少期に拾った星の欠片に宿る外界の徒の導きに従い惑星エルモアを乗っ取ろうと目論んでいた。十数年の戦いを経て、成長したノイン一行は二帝国同盟を倒すことに成功するも、空から外界の徒の本体である星を食らう星プラネットイーターが降ってくる。惑星エルモアの危機に、ノインがこれまで仲間にした魔物たちが自らを犠牲にプラネットイーターに立ち向かい、惑星エルモアは守られ世界に平和が訪れる。
※直接的な表現は避けていますが、残酷、暴力、性犯罪描写が含まれます。
それらを推奨するものではありません。
この作品はカクヨム、なろうでも掲載しています。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
SSS級宮廷錬金術師のダンジョン配信スローライフ
桜井正宗
ファンタジー
帝国領の田舎に住む辺境伯令嬢アザレア・グラジオラスは、父親の紹介で知らない田舎貴族と婚約させられそうになった。けれど、アザレアは宮廷錬金術師に憧れていた。
こっそりと家出をしたアザレアは、右も左も分からないままポインセチア帝国を目指す。
SSS級宮廷錬金術師になるべく、他の錬金術師とは違う独自のポーションを開発していく。
やがて帝国から目をつけられたアザレアは、念願が叶う!?
人生逆転して、のんびりスローライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる