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第四章 本当の親子
135 牢屋の中のマキトたち
しおりを挟む「――スター、マスターッ!」
段々と意識が覚醒してくる。聞き慣れた甲高い声によって、微睡から徐々に呼び起こされていく。
やがてゆっくりと目が開いていくと、小さな妖精が必死に呼びかけてきていた。
「ラ、ティ……?」
「マスター!」
かすれた声でマキトが呼ぶと、ラティが嬉しそうな表情で抱き着く。それは確かに分かるのだが、自分の状況がいまいち把握できない。
少なくともベッドでないことは確かだ。ゴツゴツと固くてとても冷たい――まるで石の上に直接寝ているようだった。
そしてマキトが起き上がり、ぼんやりとした頭で周囲を見渡す。
どう見ても最後に見た屋敷の部屋ではない。石の床にレンガの壁、そして目の前には扉ではなく鉄格子――それの正体を理解するのに、マキトはたっぷり数秒ほど要してしまった。
「……なにこれ、牢屋?」
「なのです」
呆然としながら呟くマキトに、ラティがコクコクと頷く。
「昨夜、マスターが誰かに眠らされて、ここに連れてこられたのですよ」
「そういえば……あぁ、なんとなく思い出してきたぞ」
額を抑えながらマキトが顔をしかめる。
「アリシアと話していたら、急に煙みたいなのが広がってきたんだよな。それで力が抜けて眠くなって……そういえば、他の皆は?」
「いえ、わたしたちだけなのです」
ラティが首を左右に振り、そして何かを思い出したような反応を示した。
「あ、正確に言えば、連れてこられたのはマスターだけなのです。恐らくノーラやロップルたちは、無事だと思うのです」
「そうか……てゆーか、なんでラティも一緒に?」
ラティだけがここにいる理由が、マキトには分からなかった。もしかして妖精だけを狙って、自分は巻き添えを喰らったのではと予測する。
しかしラティは、えっへんと胸を張りながら、得意げな笑みを浮かべた。
「マスターが眠らされたのを見て、咄嗟にポケットの中に潜り込んだのです」
「ポケットの中……」
それを聞いたマキトは、自身が履いている寝間着用のズボンを見る。確かに両サイドにポケットが付いており、ラティの体なら余裕で入れる。大人しく隠れるだけならば楽勝だろう。
それ自体は確かに納得できるのだが、そもそも分からない部分もあった。
「何で一緒に来ちゃったんだよ? 捕まるのは俺だけでも……」
「そんなの決まってるのです。マスターを一人にさせないためなのですよ!」
不満そうな表情を浮かべるマキトに対し、ラティは力強く言い切る。
「わたしと一緒なら百人力なのです。絶対に抜け出して帰るのです!」
その有無を言わさない態度に、マキトは押されていた。しかしそれと同時に、ラティらしいとも思えていた。
なんてことをしてくれたんだという気持ちと、ありがたいという気持ちが入り混じっており、表情を作るのが難しい。
「……そうだな」
結局マキトは、小さく笑いながらそれしか言えなかった。しかしラティはそれで十分であり、満足そうに大きく頷いていた。
すると――
「随分と賑やかだねぇ。全く呑気な子供たちだこと」
どこからか、聞いたことのある女性の声が聞こえてきた。
マキトとラティが鉄格子の外を見るが、誰もそこには立っていない――否、厳密に言えば確かにいる。
向かいの牢屋にその人物はいた。
昨日、屋敷の入り口で殆どすれ違っただけだが、妙に印象に残っていたため、マキトもラティも覚えていた。
「あれって確か……お坊ちゃま執事の母親、じゃなかったっけ?」
「メイベルの親戚でもあるのです。確か名前は、えっと……」
「ディアドリーだよ。まぁ、別に覚えなくてもいいさ」
肝心の名前が思い出せなかったマキトとラティに、ディアドリーが自虐的な笑みを漏らしながら答える。
化粧が崩れて人様に見せるような顔とは言えないその姿を、彼女は堂々とさらけ出していた。
まるでもう、どうでもいいと言わんばかりに。
「……なぁ、ラティ? あのオバサン、なんか昨日と全然違くない?」
「わたしもそう思ったのです。口調もまるで違うのです」
小声で話すマキトとラティであったが、声が反響するため、向かいの牢屋にもしっかり筒抜け状態であった。
ディアドリーは目を閉じながら小さく笑う。
「これが私の本当の姿ってヤツさ。客人の前では淑やかにする。常識の一つだろ」
つまり先日、彼女が見せていた姿もまた、作り物だったということだ。その見事な仕上がりに驚きはしたが、マキトからしてみれば、今はそれについてはどうでもいいことでもあった。
「なぁ! アンタも悪いヤツに捕まって入れられてるのか?」
ガシャン、と鉄格子の柵を握り締めながら、マキトが声をかける。
「何か知ってたら教えてくれよ! もしかして別の牢屋に、アンタの息子も……」
「その息子によって、私たちはこうなってるのさ」
言葉を叩き割るように、ディアドリーが言い放つ。マキトはすぐに意味を理解することができず、ポカンと呆けてしまう。
「え、それ、どーゆーこと?」
「言葉のとおりだよ。息子が……フェリックスが裏切ったんだ!」
忌々しそうにディアドリーが叫ぶ。マキトとラティは理解が追い付かず、無意識に顔を見合わせる。
そしてラティが飛びあがりながら問いかけた。
「あのあの! なんかよく分からないので、ちゃんと説明してほしいのです!」
「……仕方ないね。ちょっとした退屈しのぎにはなりそうだ」
どうせ助けなんか来ないし――そう呟きながら、ディアドリーは語る。
「私は子供の頃からずっと、当主の座に就くつもりでいたんだ。家をもっと大きくするプランも、念入りに考えてきていた。それをセアラは掠め取った。私よりもほんのちょっとだけ、魔法の才能が高かったというだけで!」
ディアドリーは憎しみを込め、ギリギリと爪を噛む。
「当主の座は奪われたけど、私は諦めるつもりはなかった。そのために私は、血の繋がらない息子をも利用しようとしてたってワケさ」
「えっ……血の繋がらない息子?」
そのワードに、マキトが首を傾げる。
「息子って、あのお坊ちゃま執事のことだよな?」
「あぁ、そうさ。あの子は私の夫の連れ子。血の繋がりは全くないんだよ」
「……そうだったのか」
「驚きなのです」
明かされた事実に、マキトとラティは驚きを隠せない。もっともディアドリーからしてみれば、もはやどうでもいいことであった。
「ずっと利用価値のある子でしかなかった。でもそれは私の思い違いだった。潜ませていた牙に気づくこともできず、結果はこの有様さ」
「つまり、あのお坊ちゃま執事の情けない姿も、全部演技だったってことか」
「まんまと騙されたのです」
マキトとラティの率直な言葉に、ディアドリーは改めて思い知らされる。
見事な不意打ちを喰らい、反撃すらできなかった。フェリックスの演技にまんまと騙されたことで、ディアドリーは体から力が抜けてしまったのだ。
あれだけ野望を抱いていたというのに、今ではやる気が全く出てこない。
どうしてこんなにも馬鹿馬鹿しくあがいていたのだろうと、今更ながら疑問に思えて仕方がないほどだ。
(……あぁ、そーゆーことか)
不意にディアドリーは、思い当たる節に辿り着く。
彼女の脳裏に浮かんできたのは、ずっと憎み続けてきた妹の笑顔だった。皆から愛されてきたその笑顔を潰してやりたいと――そう思い続けてきた。
(私はただ、あの子に……セアラに一泡吹かせたかっただけだったんだ)
そう考えれば、全てがしっくり来てしまう。なんとも子供じみた下らない復讐心だったのだろうと思えてしまい、思わず笑えて来てしまった。
「でもさぁ――」
ここでマキトが疑問を呈する。
「そうだとしたら、お坊ちゃま執事の狙いって何だろ?」
「簡単な話さ」
ディアドリーがため息交じりに答えた。
「フェリックスの狙いは、家の全てを乗っ取ること。身から出た錆とでも言うんだろうかねぇ。私はあの子の想いを、盛大に爆発させてしまったのさ」
そして淡々と、ディアドリーは語っていく。説明しているというよりは、物語を聞かせているかのようであった。
まるで、自分を主役とした悲劇の物語を。
「私がどんなことをしでかしたのかは、流石に分かっている。それでも全ては、この家とお父様のためだった。宿命には逆らえないよ」
目を閉じながら、弱弱しく首を左右に振るディアドリー。声からしても、自分は可哀想なのだということを表現していた。
しかし、マキトとラティは、どこまでも冷めた表情を浮かべていた。
「……ただの言い訳にしか聞こえないんだけど」
「同感なのです。非を認めているようで、ちっとも認めてないと思うのです」
その声はよく通っており、ディアドリーの耳にも入っているはずであったが、彼女は何も反応を示すことはなかった。
救いようがないなと思いつつ、マキトは汚らしい天井を見上げる。
「なんつーか……また面倒なことになってきたもんだよなぁ」
「ホントなのです」
ラティとマキトは顔を見合わせ、これ見よがしに大きなため息が、それぞれの口から同時に漏れ出るのだった。
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