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第9話 魔力紋と絵から出せるおにぎり

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「いいか。魔力紋を打っても、魔法の種類は分からないからな。魔力紋というのは……いや、これはいいか」
「ん?」

 騎士団員は歩きながら説明していたが、清の顔を見て説明をやめた。話しても無駄だと思ったからだ。
 失礼な奴だが、おそらくその通りだ。清は魔力紋を身体に刻めば、魔法を使えるとしか理解していない。

 魔力紋とは簡単に言えば、赤ん坊のようなものだ。
 刻まれる魔力紋の形と大きさは、みんな同じだが、魔法使いの能力によって複雑に成長していく。
 一般的に優秀な魔法使い程、複雑で大きな魔力紋になると言われている。

「よし、ここでちょっと待っていろ。準備してくる」

 騎士団の敷地内にある、複数の建物の中の入り口の一つまで行くと、団員は木扉の外で待つように言った。
 清はキョロキョロと辺りを見回して待っている。男の団員は青銅色の服を、女の団員は赤銅色の服を着ている。
 服の色は違うがデザインは同じだ。革鎧のような見た目の半袖の上着に、長ズボンを履いている。
 腰に差している剣は両刃の長剣が多いが、日本刀のような片刃の反りがある剣を持っている団員もいる。
 剣ならば、自前の物を使用してもいいようだ。

「待たせたな。上着を上げて、胸を見せろ。早くしないと消えてしまう」
「な、何なんだな⁉︎」

 扉を開けて騎士団員が出て来た。
 両手に黒い革手袋を嵌めて、先端から白い冷気を放つ、青白い短い杖を持っている。
 突然、上着を上げろと言われて、清は動揺している。
 明らかに服を上げたら、杖の先端を押し当てられるのは確定だ。

「安心しろ。死にはしない。かなりヒヤッとするだけだ」
「ち、ちょっとじゃないんだな⁉︎」
「コラ、テメェー! 逃げるんじゃねえ! 高いんだからな!」

 看護師に「かなりチクッとしますよ~」と言われたら、誰も注射は打ちたくない。
 清は逃げ出そうとしたが、団員に左腕を掴まれた。ジャックに力はあると言ったが人並み程度だ。
 グイッと団員に軽々と引き寄せられると、剥き出しの左腕の二の腕に、杖の先端を押し当てられた。
「あ、熱ッ‼︎」と清が声を上げた。冷たくはないようだ。ジュ~と二の腕から音が聞こえてくる。

「よし、終わったぞ。触ったり、爪で掻いたりするなよ。あと今日は風呂に入るなよ」
「い、痛たたたなんだな。ちゅ、注射だったんだな。ちゅ、注射は嫌いなんだな」

 団員が清の左腕を離すと注意を始めた。
 根性焼きではないが、完全にハンコ注射の注意事項だ。
 それに魔力紋は、本来は心臓の近くに打つのが基本だ。
 心臓に近い場所の方が効果的だと言われているからだ。

 この団員は明らかに、清は大した事ないと思っている。
 賢者のコインが真っ赤だと教えていれば、左乳首に押し当てて、グリグリしていただろう。
 清の二の腕にはハッキリと、蒼色の円と植物の根のようなシワが刻まれた。

「ほら、特別冒険者許可証だ。これがあれば魔法の内容次第だが、ランクに関係なく依頼が受けられるようになる。それと魔法が思い通りに使えるようになるには時間がかかるからな。身体を鍛えながら、どんな魔法が使えるのか調べるんだな」
「わ、分かったんだな。い、色々とお世話になったんだな」

 丸坊主の清が頭を下げると、まるで刑務所からの出所だ。
 清は騎士団の玄関まで戻ると、団員から黒いカードを渡された。
 魔力持ち専用の冒険者許可証だ。普通の冒険者は白い許可証が貰える。

「さ、覚める場所を間違えたんだな。さ、サンドイッチだったんだな」

 カイルの家に帰りながら、清は反省している。
 夢から覚めるベストタイミングは、飯屋で「ごちそうさま」した時だった。
 左の二の腕の魔力紋は良く言えば、ガラスで出来た綺麗なおはじきだ。
 悪く言えば綺麗な根性焼きだ。

「ど、どんな魔法が使えるんだな? お、おにぎりが出せる魔法がいいんだな。お、お寿司でもいいんだな」

 清は立ち止まると、両手でおにぎりとお寿司を握るフリをしてみた。
 おにぎりは両手でギュギュ、お寿司は人差し指と中指でキュキュしている。
 残念ながら、どちらも魔法で作れないようだ。空気を握る空しい手応えしか感じなかった。

「や、やっぱり、だ、駄目なんだな。そ、そんな美味い話はないんだな」

 上手いと美味いをかけて、清は一人でちょっと苦笑いしている。
 そもそも魔法が使えると言われても、人によって魔法のイメージは様々だ。
 不老不死や不死身、金のなる木や触れたものを黄金に変える手など……人の欲望を叶える力が魔法だ。

 清の欲望はコンビニの品揃え豊富なおにぎりが安く叶えてくれる。
 もちろんカレーおにぎりだけは許せない。五目チャーハンおにぎりはギリ許せる。
 カレーはカレーのまま食べた方が絶対に美味しいからだ。

「た、ただいまなんだな」

 無事ではないが、カイルの家に清は帰る事が出来た。
 家の中に入ると煮物料理のような匂いがしてきた。
 ソース味のスープに野菜とコマ切れ肉を投入した料理で、肉じゃがのような料理だ。

 清は茶色のカーテンを抜けて部屋に入ると、土の床に座禅した。
 目を閉じて、「浮け浮け」と念じているが、身体は全然浮かばない。

「そ、空は飛べないんだな。ほ、他の魔法は思い付かないんだな」

 浮遊魔法が使えない事は分かった。
 あと試してないのは、日曜の朝にある魔法少女の変身魔法だが、清は少女じゃないから諦めた。

「や、やっぱり絵なんだな。よ、欲張ったら駄目なんだな」

 魔法が使えると言われて、清は頑張って魔法を使おうとした。
 だが、自分が好きなのは絵を描く事だと思い出した。
 どんなに凄い事でも好きでないなら、頑張る必要はないと思った。

「お、おにぎりを描くんだな。お、おにぎりを教えるんだな」

 清はスケッチブックを取り出すと、カイル達の知らないおにぎりの絵を描こうと決めた。
 鮭、昆布、おかか、梅と海苔を巻いた三角のおにぎりを半分に割って、中身を見せるように描いていく。
 丸皿や笹の葉の入れ物に、黄色いたくあんも忘れずに付ける。おにぎりとたくあんは永遠の相棒だ。

「お、美味しいそうな……さ、触れるんだな」

 色鉛筆で色を着けると、リアルなおにぎりの絵が完成した。
 清は思わず、絵のおにぎりを掴もうとしたら、スケッチブックの中に左手が入った。
 まるで水の中におにぎりが沈んでいるような感覚だ。
 この場合は紙の中に沈んでいるになるが、清は紙の中から、半分に割れた昆布を取り出した。

「え、絵からおにぎりが出たんだな。た、食べられるのかな?」

 清の左手には割れたおにぎりが握られている。絵の中にあった割れたおにぎりは消えている。
 本当に絵からおにぎりを取り出したように見える。名前を付けるなら『おにぎり召喚』だろうか。

「むぐむぐっ……お、美味しんだな。お、おにぎりなんだな」

 昆布おにぎりに齧り付くと、口の中に鉛筆味ではなく、おにぎり、海苔、昆布の味が広がった。
 正真正銘のおにぎりだ。清は最後の一粒まで食べると、また絵の中に左手を入れておにぎりを取り出した。
 もうすぐ晩ご飯だという事を忘れている。清は描いたおにぎりを全部食べてしまった。
 スケッチブックに残されたのは皿だけだ。
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