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第8話 異世界散歩と賢者のコイン

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「う、上手く描けたんだな。も、もうそろそろいいんだな」

 コロッケにサンドイッチを食べて、絵も完成させた。
 夢ならそろそろ覚めてもいい頃だが、これは夢じゃない。
 清は他にやる事を思いつかないので、町の散歩に出かけたい。
 部屋に不必要な荷物を置いて、麦わら帽子だけを被って、外に出た。
 リコラに「ば、晩ご飯には戻るんだな」と伝えたから問題ない。

「ゆ、夢の中なのに、か、変わった所はないんだな。ふ、普通なんだな」

 石垣に囲まれた道を清は適当に歩いて行く。目的地を決めないのはいつもの事だ。
 猫や鳥でも居ればいいが、猫は会いたい時に会える生き物ではない。
 それにもしも出会えても、異世界の猫も鳥も日本と同じかもしれない。
 尻尾が2本だったり、額に角が生えているとは限らない。

「ぼ、冒険者ギルドなんだな。し、試験でも受けてみるんだな」

 今日通った道を清はそのまま引き返して、飯屋を通って、Fランク冒険者ギルドにやって来た。
 石垣の隙間を通り、平家の四角い建物の中に入った。受付にはさっきの若者がいた。
 さっきは筋トレ中だったが、今は木剣を振り回している。身体の鍛え過ぎで、逆に身体を壊しそうだ。

「ん? さっき来た人ッスよね? なんか用ッスか?」

 赤髪の若者ジャックは木剣を振り回すのをやめると、ギルドに入って来た清に話しかけた。
 クレア達と一緒に不審な男が居たから、当然覚えていた。

「ぼ、冒険者試験を受けに来たんだな。う、受ける事は、で、出来るのかな?」
「あー、その身体じゃ無理ッスね。試験官は騎士団員だから門前払いされるッスよ」

 チラッとジャックは清の身体を見た。特に腹回りを見た後に無理だと答えた。
 腹筋プヨプヨではなく、腹筋バキバキじゃないと相手にもされない。

「あ、頭は弱いけど、ち、力はあるんだな」
「必要なのは力だけじゃないッス。剣も扱えないと駄目ッス。それに人を傷つける覚悟も必要ッスよ」

 力こぶを見せて、清は自己アピールするが、無理なものは無理だ。
 ジャックは首を左右に振って、冒険者になれる人間の条件を言っていく。
 優しい人間に冒険者は向いていない。

「ひ、人を傷つけるのは悪い事なんだな。ぼ、僕は配達がしたいだけなんだな」
「チッチッチッ。甘いッス。配達の品を狙う悪い奴らがいるんッスよ。緊急の薬だったらどうすんッスか? 奪われたら死人が出るんッスよ。責任取れるんッスか?」

 ジャックは厳しい事を言っているが、下請けと言っても、騎士団の下請けだ。
 当然、人の命に関係する仕事が多い。街道の見回り依頼も同じだ。
 潜伏する野盗に気づかなければ、一般の通行人に被害者が出てしまう。
 必要なのはやる気じゃない。必要なのは実力だけだ。

「せ、責任は取れないんだな。む、無理言ってごめんなんだな」
「謝らなくてもいいッス。あんたの気持ちは立派ッス。でも、人には向き不向きがあるッス。一応魔力測定でもするッスか? その身体だと一般試験は無理そうッスからね」
「ま、魔力測定なんだな?」

 冷やかしに来た訳ではないが、清はジャックに謝罪した。夢の中でもやっていい事と悪い事がある。
 そう思ったから清は謝罪した。そんな清の誠実な気持ちに、ジャックは笑顔で許してくれた。
 ついでに受付の方を指差して、魔力測定をさせてくれると言ってきた。

 この異世界には魔力が存在する。クレアの白魔法のように、魔法は魔力がないと使えない。
 魔力とは魔法を使う為のエネルギーのようなものだ。電気やガソリンなどが無いと走れない車と一緒だ。

「知ってると思うッスけど、魔力があれば特別試験を受けられるッス。攻撃魔法は黒魔法、それ以外は白魔法に分類されるッス。騎士団は黒魔法使いを優遇してるッスよ。まあ、まずは魔力測定ッス」
「わ、分かったんだな」

 簡単な魔法の説明を終わらせると、ジャックは黒色の硬貨のような物を受付奥から持って来た。

「とりあえず握るッス。見て分かるように普通の人が持っても、黒いままッス」
「わ、分かったんだな」

 五百円玉よりも少し大きな硬貨を受け取ると、清は言われるままに右手の中に握り込んだ。
 ジャックが「30秒握るッス」と言った。体温計のような物らしい。
 ピッピッと音は鳴らなかったが、30秒以上は経ったので、清は右手を開いた。
 真っ黒な硬貨が真っ赤な硬貨に変わっていた。

「おおー! 凄いッス‼︎ 『賢者のコイン』が真っ赤ッス‼︎ 普通はちょっと白に変わる程度ッスよ!」
「そ、そうなんだな? な、何だか、う、嬉しんだな」

 賢者のコインが赤に変わって、ジャックはかなり驚いている。コインは黒→白→赤と色が変わる。
 だけど、コインにシミのような白斑点が少し付いたり、灰色っぽく変わる程度がほとんどだ。
 清のように真っ白を通り越して、真っ赤になるのは魔力が異常にある人間だけだ。

「魔法を使いたいなら、騎士団に行ってみるといいッス。『魔力紋まりょくもん』を身体に刻んでくれるッス。魔力紋が成長すれば、強い魔法が使えるようになるらしいッスよ。まあ、聞いた話なんッスけどね」
「き、騎士団なら場所を知っているんだな。あ、ありがとうなんだな。い、行ってみるんだな」
「凄い魔法なら、今度見せてくださいッスねぇ~」

 やっと夢らしくなって来たと、清は少し嬉しそうだ。
 夢から覚めるなら、魔法を使った後がいいと思っている。
 だが、魔力紋が入れ墨のようなものなら、かなり痛いはずだ。
 この世界は夢ではなく、現実だからだ。

 清は冒険者ギルドから騎士団を目指した。
 この世界の晩ご飯が何時からか知らないが、まだまだ空は暗くなりそうにない。
 魔力紋を刻んで貰った後にカイルの家に帰れば、ちょうど晩ご飯になりそうだ。

「何だ、さっきの男じゃない。何か思い出した事でもあるのか?」

 騎士団にやって来た清に、さっき話した騎士団員が気づいて話しかけてきた。

「ま、魔力があるから、ま、魔力紋を刻んで欲しいんだな。ぼ、冒険者ギルドで調べたんだな」
「へぇー、そうなのか。魔力持ちは魔力紋と冒険者登録の費用は無料だ。騎士団に所属すれば……いや、何でもない」
「ん?」

 強力な魔法使いには騎士団に所属してもらいたいが、騎士団員は清を見て勧誘するのをやめた。
 魔法使いなら誰でもいいわけではない。騎士団には規律と品格がある。
 鉄兜ではなく、麦わら帽子を被っている一般人を、騎士団に所属させるわけにはいかない。
 まずは冒険者ギルドで頑張ってもらおうと考え直すと、騎士団の中に案内した。
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