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終章

最終戦 Ⅲ

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──これが本当に戦時中の潜水艦なのか。あまりにも改造が施されている。
 そう思いながら、俺は長い螺旋階段を降り、大理石の床に立つ。
 美術館のホールの如くこの広間は、どうやら《紫苑》のエントランスといったところか。

……それにしては、誰1人として見当たらない。よもや、《紫苑》は少数派の組織、なのか?
 
そう首を傾げながら、しかし、警戒は怠らないまま──俺は、艦内を縦横無尽に駆け巡る。書斎のような部屋もあれば、大浴場、聖堂、人工芝広場など。明らかに改造に改造を重ねたような造りを目の当たりにした。


(……居ない)


胸中で呟きながら、肩で息をするように上下させ、荒い呼吸を繰り返しつつ酸素を供給させる。
 すると、ふと、呼吸音しか聞こえない俺の耳に、僅かな物音が聞こえた──気がした。聞き間違えかもしれないけれど。

その方向へと視線を向ければ、そこは──地下への階段。これが何処へ続くのかは定かではないが、ここから聞こえてきたのだろう。
 そう判断した俺は、銃を構え、その奥へと進んでいく。

しばらくして、『ATTENTION』と書かれた金属製の大きな扉が見えてきた。そこに近付けば、機械音を立てて扉は開き、辺りは鉄格子の床に変わる。
 何事かと見渡せば、魚雷や弾道ミサイル、当時の戦闘機などが置かれている巨大倉庫のような場所へと……来てしまったらしい。
 

「──鷹宮清光。お前を、逮捕しに来た」


俺から相対して数メートルの場所に立っているのは、奥に彩乃を控えている鷹宮清光。
 肝心な彩乃は清光に何をされたのか……微塵も、こちら側に来る気配がない。


「……清十郎の件か。それは早計というモノだよ、志津二くん」
「何が早計だ。堂本充に清十郎を事故死させたのも、井納欽三に俺の情報を流したのも、《雪月花》の月ヶ瀬美雪に『面白い情報が眠っている』と伝えたのも、全ては──俺たちを、ここまで来させるためだったんだろう?」
「……ふむ。実に筋の通った推理だね。君の言っていることは全て正解だ。とある1つを除いてね」


とある1つ──?  そう小首を傾げる俺に、清光は淡々と告げる。


「君が彩乃くんとここまで来たのは事実だが、彩乃くんを探しにここまで来たのは、恋心の力とは言い難い。本来の恋心というモノは──」


──守るべき対象として見ることだと、僕は思うのだが。


「生憎だが、清光。そんな言葉は聞き飽きたな。彩乃を守ることなんか……俺にとっては当たり前なんだから。何度も言わせるな」
「……ふむ。なら、こうなったら、君はどうするかね?」


笑みを浮かべた清光は、背後に控えさせていた彩乃の腕を取り、即座に腰に吊らしていた軍刀の切っ先を、首元に突き付けた。
 それと同時に、容赦なく俺の額へと銃の照準を定める。


「君が死ねば、彩乃くんは助かる。万が一、君が生の欲に溺れれば……僕は彩乃くんを斬り殺す。さて、どうするかね?」


コイツは、喩えの1つだとしても……考え方が歪んでいる。だからこそ、どうにも俺とは気が合わないらしい。
 もとより答えが決まっていた俺は、それを口にした。


「勿論、自らが死のう。彩乃が助かるのなら、な」


──ただし。


「それはあくまでも喩えにすぎない。だから、彩乃は返してもらおうか」


言い終えるやいやな、俺は異能を適応させていたベレッタの銃口を、清光が手にしている軍刀の刀身へと向ける。
 当たれば御の字、避ければ……まぁ、彩乃の首へと貫通するだろうが──そんなことは、有り得ない。

金属音が響き渡り、放たれた銃弾は真っ二つに切断され、艦内の壁にめり込んでいく。
 その瞬間、自由が効くのを彩乃は見逃していなかった。即座にバックステップで清光から距離を置いた彼女は、腕を虚空に掲げ、


「──鉄時雨てつしぐれ


そう呟いた瞬間、清光の周囲だけ、ハッキリと目指できる程に影が差す。
 何事かと上を見上げた清光が目にしたのは、


「……武器、か」


そう。どの決戦に於いても猛威を奮った、《万物創造》による武器林。
 この一連の流れは、ずっと近くに居た俺たちだからこそ成しえたこと。互いを信用していなければ、出来ない動作。

清光は想定内、といった感じでその範囲外に出ると、振り落ちてくる武器を避けながら、俺へと肉薄してくる。
 振りかぶられた軍刀の刀身に逆らうようにして、俺は抜いたナイフの刀身を合わせる。
 
澄んだ金属音と共に、火花が散った。


「生憎、僕は君に捕まるつもりはないんだよ。君と僕とでは力量差がありすぎる。幾ら、《仙藤》の《長》と言えどもね」


散った火花が虚空に霧散すると同時に、清光は手にしていた銃の口を、俺の腹部へと当て、容赦なくその引き金を引いた。彩乃の悲痛な叫びが谺響こだまするが──それは、こちらとて想定内。

むしろ、感謝したいくらいだよ。……にさせてくれてな──と。
 清光は僅かな気配の違いを察知したのか、俺と彩乃から一定の距離を置き、警戒するように見詰める。  

そんな中、俺は彩乃にアイコンタクトを送り……久世戦の時のように、即時回復を頼んだ。
 直後、目を凝らさなければ見えないであろう程に微小で淡い光の粒子が、患部の周辺を漂っていく。即座に痛みは引き、血は止まり、癒えた。

何事も無かったかのように立ち上がる俺を見て、清光は何やら訝しげな表情を浮かべている。


「何故……立てる? 確実に腹部を撃ち抜いたハズなのだが」
「……さぁ、どうしてだろうねぇ?」


この発言に既視感さえ覚えるが……成程。流石の清光でも、これは想定外だったということか。
 そんな俺の思考を読み抜いたように、清光は冷笑を浮かべてから、


「これはあくまでも状況確認プロローグにすぎない。君たちの力量差は把握した。だから──今からは、本気で向かう」
「そうこなくっちゃあ、面白くないな」


言い、俺と彩乃は清光を挟み込むようにして、駆ける。
 止むことのない『鉄時雨』によって振り落ちてくる武器の数々に《魔弾の射手》を適応させた俺は、その対象を清光へと指定し、無慈悲な雨と変貌させる。 

清光も武器を手にし、応戦していく。
 どちらかが攻撃し、防ぎ、カウンターを入れ、というような局面。どちらかが間違えれば、その時点で勝敗は決まる。

しかし、これらの武器は《魔弾の射手》とは非常に相性がいい。良すぎる、といっても過言ではない。
 何故なら──攻撃の手を緩めなければ、相手を圧倒させることが出来るからだ。

清光は振るわれる武器を防ぎつつ、後退していく。それは、やはりこちらが押しているという証左に他ならない。

日本刀、西洋大剣、薙刀、鈍器──多様な武器を駆使して、俺は清光を追い込んでいく。その度にフィールドは俺好みに変えられていく。久世との1戦での経験がある限り、こちらが有利だ。

──俺が振りかぶった鈍器を避けた清光は、流石に不利かと判断したのか。
 武器林を創造している彩乃目掛けて、方向を変え、肉薄していく。
 ……だが、それは悪手というモノだぞ。


「……背中を見せれば、狩られるぞ?」


その隙を見逃さず、俺は致命傷を与えない程度に位置を指定した銃弾を放つ。
 発砲音に気が付いた清光は、振り返りざまに──例の古めかしい銃を、横凪に振るう。

澄んだ金属音が響く。銃弾は鉄格子の床に吸い込まれていった。
 ──なんて芸当だ。およそ90代の人間とは思えない。銃弾を、自らの銃弾で相殺させるとは。
 射撃精度が、異様に高い。普通の人間なら不可能だろう。

──異能だな。それも。身体強化タイプか、若しくは……俺のような、武器そのものに、性能を底上げさせるタイプか。

主に遠距離攻撃を主とする彩乃に、清光の相手は難しい。
 それを分かった上で、ヤツは……俺でなく、彩乃を狙ったのか。当たり前とはいえ、姑息なヤツだ。

といっても、清光もどちらを狙うのか決めかねているらしい。
 彩乃に手を出せば俺が邪魔をし、俺に手を出せば、無慈悲な雨が襲い掛かる。


「……ならば」


小さく呟いた清光は、自身の周囲に幾何学文様の陣を展開させ、
 

「──四重結界」


創られたのは、言葉通り、四重に張られた結界。それが、彼の周りを覆っているのだ。
 ……守護タイプの異能。コイツは、どれほど異能を持っている? 全てが自分のモノとは考えにくい。恐らくは、何らかの要因で手に入れたのか。


「……マジか」


コイツは、強い。圧倒的に。力量差がありすぎる。
 銃剣術に於いても隙は無く、あまつさえ、異能でさえも使う始末。こんなバケモノを……どう、攻略しろというんだ。
 アゴニザンテの俺でさえも苦戦する、こんなヤツに。


「……思い知ったろう? これが力量差というモノだ」
「まだ諦めない。この程度では、な。……彩乃っ!」
「はいっ!!」


元気の良い掛け声と共に、結界を四方八方から囲むように創られたのは──結界破りの、霊札。
 ……あぁ、そういうことか。清光の結界は物理的なモノではなく、霊的な力によって創られたモノだと。彩乃はそう考えたワケか。

そして、そんな彩乃の読み通り。結界は1枚目を破り、2枚目へと亀裂を入れていく。
 清光もそれに応対する。破られたぶんだけ、張り直す。最早、持久戦といっても過言ではない。

異能も、霊能も、種類としては同じだと俺は思っている。
 だからこそ、そのデメリットも同じであり──長くは、持たない。強力な技なら、尚更。

ピシッ。ピシッ、ピシッ。
 破滅の音を間近に聞く清光は、2対1では守りきれないと腹を括ったのか。
 新たな幾何学文様の陣を、今度は己自身に展開させ……額に浮き出た脂汗を滲ませながら、


「……ろく、ごぉ、よん、──」


何かのカウントダウンを呟き始めた。
 それがゼロへと近付いていくにつれて、文様は紅みを帯びていく。
 それが『いち』を指す直前に危険を察知した俺たちは、持てる限りの力を以て、その場から少しでも離れようと試みる。

そんな俺たちを嘲笑うように「──無駄だ」と呟いた清光は、いや──清光の身体自身は、炎の如く紅くなっていく。
 刹那、轟音と共に爆風が吹き荒れ、俺たちの身体も、それによって吹っ飛ばされる。


「ってぇ……」


痛みを堪えながら、煙に覆われた空間に俺たちは立つ。恐らく、範囲型の爆発攻撃。清光自身も巻き添えを喰らっているとは思うが、さて、どうなのだろうか。
 俺たちの症状──軽い火傷が多少──から推測するに、清光はそこそこの痛手を負っているハズだ。
 
そんな中で、聞き馴染みのある──しかし本来、ここには居ることはないであろう──声が、耳に入った。

澄んだ、少女の声と。凛とした、声と。何処か気だるげな、それでいて、力の篭った声が。
 それを聞き止めると同時、士気の高さをハッキリと感じさせる声が、まるで1つとも聞き間違えるほどに、響く。

──《仙藤》の桔梗と、《鷹宮》の結衣さんと、《雪月花》の月ヶ瀬美雪に、他ならなかった。


~to be continued.

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