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1章 入部
9話 流し練習
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「じゃあ次流しやります! 1本目、はいっ!」
ストレッチを終えて体がほぐれてくると、次は流しだ。
陸上部独自の練習方法だが、7~8割程度のスピードで走って体に刺激を与えつつ、微細なバランスを整える。
「綾乃先輩! 流しのペースが分かりません!」
「気持ちよく、どこまでも走れるくらいのペースで走りな!」
「ゼェゼェ……どこまでも走れると思って走ったペースでも苦しいです……」
「それは……これから体力つけような」
傍目から見ても爆速で飛ばしているように見えた花火が息を切らしている。
人の話を聞いていないのか、はたまた本当に彼女の『気持ちいいペース』はあの速さなのか……。
どちらせによ、体力はあまりないことが分かる。
そして実際、流しは難しいのだ。
ウォーミングアップなので、ここで疲れて果てているようでは本練習についていけない。
かといって力を抜いてはその日の調子も分からないし、筋肉に刺激も入らない。
結局のところ、ある程度の体力をつけて練習量をこなせるようになるしかない。
「おっいい走りだねー。中盤からのストライドの長さがいい」
麻矢が関心して陽子に声を掛ける。
「今日、事前に体育の授業でも走ってたからか調子いいみたいです」
少し謙遜するが、満更でもない。
実際、陽子だってこの手の練習に自信はあるのだ。
本気を出さずとも本番に近い走りをし、フォームやコンディションを確認する。
大会で1日に予選、準決勝、決勝と走るなら調整は必須で、これまでも日常でやってきた動きだ。
何より、勝てると確信したレースで体力を使わないよう、終盤に綺麗に流す技術が勝ち上がるためには必要なのだ。
「おぉー……。なんというか、綺麗だよな。洗練されて美しいというか」
瑠那が走ると、全員の目が釘付けになる。
本気で走っている訳ではない。
全力疾走ではない。
フォームに気を遣い、余裕あるペースの中で理想的な”いい走り”をすることで全力疾走に備える。
そんな流しでフォームが綺麗なのは、一定レベルの選手なら普通だ。
しかし瑠那のそれは、加えて”華”があった。
地面を蹴り、体を前に進める。ただそれだけの動き。しかし、陽子のものとは流れのなめらかさに大きな差があった。
横から見ていた者も前から見ていた者も、瑠那の走りについて聞かれれば同じように「体がブレないよね」と言うだろう。
しかし片足で地面を蹴って、飛ぶように進んでいるのだ。
バランスを崩さないよう、逆の腕を振って体をねじることで地面に対して真っ直ぐの姿勢を維持する。
そんな動きをしていれば、左右か上下、あるいは前後。いずれかの方向にブレが生じて普通なのだ。
ブレないのはむしろ異常……しかし、瑠那の走りはそれを達成していた。
あらゆる方向への無駄な力の発散、それを完全に抑え込むことで力を100%推進力に変えている。
「速く走るにはさ、地面を強くたくさん蹴らなきゃいけない。けど、その分疲れることになるし制御も難しい。だから基礎体力をつけようって話になるんだが……あの子は精巧なフォームでそれを補っているんだな。こりゃ聞いてた以上だ」
「えぇ。『磁器人形』と呼ばれるのも分かりますね。滑らかで精巧、そして華がある。これが我流の……持って生まれたものとは未だに信じられません」
50m程度じゃ表現し切れない、中盤以降の伸びやかさを見て、改めてロリ先生と蒼も真面目な顔で感心している。
「伊緒、どうだよ。あれが天才ってやつだな」
「陽子、私、生きててよかった……」
「泣いてる!?」
伊緒は目を潤ませながら両手を握って祈るように瑠那の走りを見ている。
自分に陸上を捨てさせた走り。
今まで後ろからしか見てこなかったそれを、陽子は初めて客観的に見た。
あの頃はただ怖ろしいと思えば姿も、こうして見れば美しく感じる。
(……もっと間近で見たい。いや、感じたい。美しさの片鱗を、目だけじゃない。もっと自分の体で感じたい。流しじゃない、全力の、本気の舞台で。きっともっと美しい、それが地上の最高の走りのはずだから)
おそらく、このとき陽子は瑠那の走りに惚れてしまったのだろう。
気付けば、一緒に走りたいという欲求を抱いていた。
(本練習、一緒に走る機会あるかな)
流しを終えてウォーミングアップ後の集合をする。
今日の本練習は一体なんだ。
全力走か? インターバル走か? 突然タイムトライアルもありえるな。
陽子がそう思っていると、蒼が意外な練習を発表する。
「今日の練習は実戦です。上級生と新入生、そして他の部活の代表チームを交えた本気の対抗戦を行います。種目は……4×150mリレー!」
いきなり本気の実戦、それもリレー!? そう思ったのは陽子だけではないらしい。
上級生を含め、ロリ先生以外の全員……いや瑠那も表情が読めないが。それ以外の全員があんぐりと口を開け、驚いた表情をしていた。
するとタイミング良くピンポーンパンポーンとチャイムが鳴り、校内放送が流れる。
「生徒会よりお知らせです。これよりグラウンドでレースが開始されます。繰り返します。レースが開始されます。エントリー受付はグラウンド特設会場まで」
ストレッチを終えて体がほぐれてくると、次は流しだ。
陸上部独自の練習方法だが、7~8割程度のスピードで走って体に刺激を与えつつ、微細なバランスを整える。
「綾乃先輩! 流しのペースが分かりません!」
「気持ちよく、どこまでも走れるくらいのペースで走りな!」
「ゼェゼェ……どこまでも走れると思って走ったペースでも苦しいです……」
「それは……これから体力つけような」
傍目から見ても爆速で飛ばしているように見えた花火が息を切らしている。
人の話を聞いていないのか、はたまた本当に彼女の『気持ちいいペース』はあの速さなのか……。
どちらせによ、体力はあまりないことが分かる。
そして実際、流しは難しいのだ。
ウォーミングアップなので、ここで疲れて果てているようでは本練習についていけない。
かといって力を抜いてはその日の調子も分からないし、筋肉に刺激も入らない。
結局のところ、ある程度の体力をつけて練習量をこなせるようになるしかない。
「おっいい走りだねー。中盤からのストライドの長さがいい」
麻矢が関心して陽子に声を掛ける。
「今日、事前に体育の授業でも走ってたからか調子いいみたいです」
少し謙遜するが、満更でもない。
実際、陽子だってこの手の練習に自信はあるのだ。
本気を出さずとも本番に近い走りをし、フォームやコンディションを確認する。
大会で1日に予選、準決勝、決勝と走るなら調整は必須で、これまでも日常でやってきた動きだ。
何より、勝てると確信したレースで体力を使わないよう、終盤に綺麗に流す技術が勝ち上がるためには必要なのだ。
「おぉー……。なんというか、綺麗だよな。洗練されて美しいというか」
瑠那が走ると、全員の目が釘付けになる。
本気で走っている訳ではない。
全力疾走ではない。
フォームに気を遣い、余裕あるペースの中で理想的な”いい走り”をすることで全力疾走に備える。
そんな流しでフォームが綺麗なのは、一定レベルの選手なら普通だ。
しかし瑠那のそれは、加えて”華”があった。
地面を蹴り、体を前に進める。ただそれだけの動き。しかし、陽子のものとは流れのなめらかさに大きな差があった。
横から見ていた者も前から見ていた者も、瑠那の走りについて聞かれれば同じように「体がブレないよね」と言うだろう。
しかし片足で地面を蹴って、飛ぶように進んでいるのだ。
バランスを崩さないよう、逆の腕を振って体をねじることで地面に対して真っ直ぐの姿勢を維持する。
そんな動きをしていれば、左右か上下、あるいは前後。いずれかの方向にブレが生じて普通なのだ。
ブレないのはむしろ異常……しかし、瑠那の走りはそれを達成していた。
あらゆる方向への無駄な力の発散、それを完全に抑え込むことで力を100%推進力に変えている。
「速く走るにはさ、地面を強くたくさん蹴らなきゃいけない。けど、その分疲れることになるし制御も難しい。だから基礎体力をつけようって話になるんだが……あの子は精巧なフォームでそれを補っているんだな。こりゃ聞いてた以上だ」
「えぇ。『磁器人形』と呼ばれるのも分かりますね。滑らかで精巧、そして華がある。これが我流の……持って生まれたものとは未だに信じられません」
50m程度じゃ表現し切れない、中盤以降の伸びやかさを見て、改めてロリ先生と蒼も真面目な顔で感心している。
「伊緒、どうだよ。あれが天才ってやつだな」
「陽子、私、生きててよかった……」
「泣いてる!?」
伊緒は目を潤ませながら両手を握って祈るように瑠那の走りを見ている。
自分に陸上を捨てさせた走り。
今まで後ろからしか見てこなかったそれを、陽子は初めて客観的に見た。
あの頃はただ怖ろしいと思えば姿も、こうして見れば美しく感じる。
(……もっと間近で見たい。いや、感じたい。美しさの片鱗を、目だけじゃない。もっと自分の体で感じたい。流しじゃない、全力の、本気の舞台で。きっともっと美しい、それが地上の最高の走りのはずだから)
おそらく、このとき陽子は瑠那の走りに惚れてしまったのだろう。
気付けば、一緒に走りたいという欲求を抱いていた。
(本練習、一緒に走る機会あるかな)
流しを終えてウォーミングアップ後の集合をする。
今日の本練習は一体なんだ。
全力走か? インターバル走か? 突然タイムトライアルもありえるな。
陽子がそう思っていると、蒼が意外な練習を発表する。
「今日の練習は実戦です。上級生と新入生、そして他の部活の代表チームを交えた本気の対抗戦を行います。種目は……4×150mリレー!」
いきなり本気の実戦、それもリレー!? そう思ったのは陽子だけではないらしい。
上級生を含め、ロリ先生以外の全員……いや瑠那も表情が読めないが。それ以外の全員があんぐりと口を開け、驚いた表情をしていた。
するとタイミング良くピンポーンパンポーンとチャイムが鳴り、校内放送が流れる。
「生徒会よりお知らせです。これよりグラウンドでレースが開始されます。繰り返します。レースが開始されます。エントリー受付はグラウンド特設会場まで」
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