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天下泰平なれど外憂在り
天下泰平なれど外憂在り12 ビッグセブンは、諸国漫遊す
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皆さんは、ご存じだろうか、「長門」「陸奥」という戦艦のことを、世界中で海軍の安寧を守った、7隻の巨大戦艦である。
国際連盟で取り交わされた、海軍軍縮条約は、様々な紆余曲折の中で、世界の七大戦艦が決定された。イギリス、アメリカ、日本、フランスが保有する七大戦艦は、海軍の休日ともいえる時代を築いたのであった。
七大戦艦
イギリス「ネルソン」「ロドニー」
アメリカ「コロラド」「メリーランド」
日本 「長門」「陸奥」
フランス「ダンケルク」
ビッグセブンは、各国にとって、超弩級戦艦に相応しい威容を持ち、「長門」「陸奥」は、世界中へ閲兵に向かって歓迎されていた。日本の「長門」「陸奥」は、優美な美しさもあって、インドや東南アジアでは、人気を博していた。
海軍の艦隊派遣による閲兵を可能としたのは、大陸油田と護衛総体の設立にあった。大陸との販売競争に晒されたオランダが、廉価での販売を行ったことで、原油価格が減少傾向になっていた。このため、大陸油田の価格も高くはできず、価格は低めに抑えられたのである。日本の3000トン級の油槽艦や貨物船は、統制型高速艦であり、統制型長10センチ速射砲四門30mm連装機銃4門爆雷10基搭載の2000トン級護衛艦群が、郵便配送の護衛としてついたのである。
「長門」「陸奥」を基幹とする連合艦隊は、シンガポールやゴア、メルボルンといった地域を巡り、観閲式を遂行すると共に、護衛艦群のアジア派遣と駐留を、オランダやポルトガルに認めさせたのである。
護衛艦群は、兵装は陸海共通で、武装の脅威はないが、無線設備、水中聴音機、試作電探を搭載していて、技術兵装としては、実験艦の意味合いを持たせていた。特に、工兵大学校の連中は、様々な実験を護衛艦群で実施していて、帝国海軍潜水艦との演習までおこなっていたのである。水上観測機の搭載運用を始めたのも、護衛艦群であった。護衛艦群は、海軍省の所属ではなく、郵政省の所属で在り、郵便配達業務を主要業務としていた。
郵便配達業務は、信書奉書から鉛筆戦車まで、配達事業を担当していた。日本国内だけでなく、南洋庁を主導として、アジア全域を配達圏内としていた。
「物流の確保は、交易国家の宿命だよ、風間君」
「首相。コストは宜しいのですか」
「距離が遠くなれば、輸送コストは高くなる、当然だろ、風間君」
「支払いは大丈夫なのでしょうか」
「だからこそ、風間君。「長門」と「陸奥」には、アジアを周遊してもらってるんだ。年に一回、アジア各国を表敬訪問という形でね」
「世界最強の7隻ですから、敵対はし難いということですか、首相」
「イギリスの「ネルソン」も年に一度営口定期便で、帰りには横浜に寄っている。フランス「ダンケルク」も大連まで表敬訪問に来ているだろ」
「「コロラド」は、黄海から動きませんね、首相」
イギリスは、営口に「ネルソン」を旗艦とする輸送艦隊を率いて、オーストラリア軍の輸送業務を担当していた。営口のオーストラリア軍は、1年で一個師団づつ交代して、本国へと帰還するローテーションを築いていた。
アメリカは、「メリーランド」を旗艦に艦隊を編成し、青島へと派遣し、駐留艦隊となっていた。圧倒的な戦力を見せつけ、アメリカからの物資搬送の護衛としていた。しかしながら、戦場は広大な大陸であり、物資の護衛は、困難な状況が続いていたのである。
アメリカの大陸への介入は、莫大な戦費をつぎ込みながら、成果らしい成果を上げることができずにいたのである。つまり、大陸からの収益以上に、大陸での損失しているというのが、議会側の判断であった。
大陸のように、敵にまとまりなく、潰しても潰しても、そこら中に涌いて出て来て、市民の殺害や強姦と言った被害が発生するような状況は、アメリカとしては、歓迎できるようなものではなかった。
治安回復できない米国陸軍へ、議会の風当たりは、かなり厳しいものがあったのである。
アメリカ陸軍は、増員の要求を、議会へ通すことができず、消耗する現行戦力の補充も、厳しい状況が続いたのである。
「米軍への働きかけは、上手くいかないか、風間君」
「張学良を義勇兵にですか、首相」
「あぁ、戦力五万、「走竜」「火竜」を主力とする、私兵集団の主力だよ」
「山海関を越えさせないのでは、首相」
「アメリカ軍への援軍なら構わんさ」
「天津ですか」
「あぁ、アメリカとドイツは、天津を失うことはできん。天津の市長に、張学良を推薦する」
「首相がですか」
「まさか、提案は、内務大臣の床次君に頼んだ」
「アメリカが飲みますか、首相」
「青島の租借権と天津-山海関の鉄道利権、アメリカはどっちを取る」
「青島-天津-北京はドイツの利権ですが、首相」
「日本は、山海関-天津だ。邪魔はせんよ」
国際連盟担当大臣石井菊次郎への援護射撃でもあった。金銭の支払いを渋るアメリカとの交渉材料であった。最終的に、アメリカの支払金額は、750万ドルで決着した。こうして、日本の国民皆保険制度は、全国展開されることとなったのである。
国際連盟で取り交わされた、海軍軍縮条約は、様々な紆余曲折の中で、世界の七大戦艦が決定された。イギリス、アメリカ、日本、フランスが保有する七大戦艦は、海軍の休日ともいえる時代を築いたのであった。
七大戦艦
イギリス「ネルソン」「ロドニー」
アメリカ「コロラド」「メリーランド」
日本 「長門」「陸奥」
フランス「ダンケルク」
ビッグセブンは、各国にとって、超弩級戦艦に相応しい威容を持ち、「長門」「陸奥」は、世界中へ閲兵に向かって歓迎されていた。日本の「長門」「陸奥」は、優美な美しさもあって、インドや東南アジアでは、人気を博していた。
海軍の艦隊派遣による閲兵を可能としたのは、大陸油田と護衛総体の設立にあった。大陸との販売競争に晒されたオランダが、廉価での販売を行ったことで、原油価格が減少傾向になっていた。このため、大陸油田の価格も高くはできず、価格は低めに抑えられたのである。日本の3000トン級の油槽艦や貨物船は、統制型高速艦であり、統制型長10センチ速射砲四門30mm連装機銃4門爆雷10基搭載の2000トン級護衛艦群が、郵便配送の護衛としてついたのである。
「長門」「陸奥」を基幹とする連合艦隊は、シンガポールやゴア、メルボルンといった地域を巡り、観閲式を遂行すると共に、護衛艦群のアジア派遣と駐留を、オランダやポルトガルに認めさせたのである。
護衛艦群は、兵装は陸海共通で、武装の脅威はないが、無線設備、水中聴音機、試作電探を搭載していて、技術兵装としては、実験艦の意味合いを持たせていた。特に、工兵大学校の連中は、様々な実験を護衛艦群で実施していて、帝国海軍潜水艦との演習までおこなっていたのである。水上観測機の搭載運用を始めたのも、護衛艦群であった。護衛艦群は、海軍省の所属ではなく、郵政省の所属で在り、郵便配達業務を主要業務としていた。
郵便配達業務は、信書奉書から鉛筆戦車まで、配達事業を担当していた。日本国内だけでなく、南洋庁を主導として、アジア全域を配達圏内としていた。
「物流の確保は、交易国家の宿命だよ、風間君」
「首相。コストは宜しいのですか」
「距離が遠くなれば、輸送コストは高くなる、当然だろ、風間君」
「支払いは大丈夫なのでしょうか」
「だからこそ、風間君。「長門」と「陸奥」には、アジアを周遊してもらってるんだ。年に一回、アジア各国を表敬訪問という形でね」
「世界最強の7隻ですから、敵対はし難いということですか、首相」
「イギリスの「ネルソン」も年に一度営口定期便で、帰りには横浜に寄っている。フランス「ダンケルク」も大連まで表敬訪問に来ているだろ」
「「コロラド」は、黄海から動きませんね、首相」
イギリスは、営口に「ネルソン」を旗艦とする輸送艦隊を率いて、オーストラリア軍の輸送業務を担当していた。営口のオーストラリア軍は、1年で一個師団づつ交代して、本国へと帰還するローテーションを築いていた。
アメリカは、「メリーランド」を旗艦に艦隊を編成し、青島へと派遣し、駐留艦隊となっていた。圧倒的な戦力を見せつけ、アメリカからの物資搬送の護衛としていた。しかしながら、戦場は広大な大陸であり、物資の護衛は、困難な状況が続いていたのである。
アメリカの大陸への介入は、莫大な戦費をつぎ込みながら、成果らしい成果を上げることができずにいたのである。つまり、大陸からの収益以上に、大陸での損失しているというのが、議会側の判断であった。
大陸のように、敵にまとまりなく、潰しても潰しても、そこら中に涌いて出て来て、市民の殺害や強姦と言った被害が発生するような状況は、アメリカとしては、歓迎できるようなものではなかった。
治安回復できない米国陸軍へ、議会の風当たりは、かなり厳しいものがあったのである。
アメリカ陸軍は、増員の要求を、議会へ通すことができず、消耗する現行戦力の補充も、厳しい状況が続いたのである。
「米軍への働きかけは、上手くいかないか、風間君」
「張学良を義勇兵にですか、首相」
「あぁ、戦力五万、「走竜」「火竜」を主力とする、私兵集団の主力だよ」
「山海関を越えさせないのでは、首相」
「アメリカ軍への援軍なら構わんさ」
「天津ですか」
「あぁ、アメリカとドイツは、天津を失うことはできん。天津の市長に、張学良を推薦する」
「首相がですか」
「まさか、提案は、内務大臣の床次君に頼んだ」
「アメリカが飲みますか、首相」
「青島の租借権と天津-山海関の鉄道利権、アメリカはどっちを取る」
「青島-天津-北京はドイツの利権ですが、首相」
「日本は、山海関-天津だ。邪魔はせんよ」
国際連盟担当大臣石井菊次郎への援護射撃でもあった。金銭の支払いを渋るアメリカとの交渉材料であった。最終的に、アメリカの支払金額は、750万ドルで決着した。こうして、日本の国民皆保険制度は、全国展開されることとなったのである。
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