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15話 誰にだって苦手な事がある

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 プリプリと怒るカリーナの後ろで怖々と首を引っ込めつつ、殴られた頬を押さえる太助がいた。

 怒られた事は分かっているが殴られるほどの事を言ったのだろうかと首を傾げる辺りは雄一の孫というべきかもしれない。

 ズンズンと若干、大股でゴブリンがいる場所へと戻ろうとするカリーナに声をかける。

「あの~、カリーナ? 戻ろうとしてるみたいだけど、どうやって戦うか考えてる? 何も得物を持ってないみたいだけど……まさか、拳系!?」
「何か言った!?」

 太助を殴った事で危険色の赤い瞳から青い瞳に戻ったカリーナであったが一瞬で赤くなった瞳で睨まれ、太助はビクッと後ずさる。

 その気迫に当てられたティカとリンは太助のズボンに縋りついて引っ張る。

 ちなみにタヌキはカリーナに向かって毅然とした表情でお腹を見せて降伏のポーズを取っている。ある意味、男前なアライグマであった。

「た、タスケ兄ちゃん! 駄目デシ! カリーナ姉ちゃんが怖いデシ!」
「そ、そうなのだ、タスケ、ここは『いのちだいじに』に作戦を切り替えるのだ! アタチ達も危ないのだ……」

 円らな瞳に涙を浮かべて見上げる2人にウンウンと頷く太助であるが、油断もしてたし不意打ちだったとはいえ、あの拳なら有り得るだろう? と思うが目の前のカリーナを見て頷く。

「えっと、特殊な特技や魔法辺りが出来るのかな?」

 当たり障りのない質問に切り替える太助。とどのつまり、『いのちだいじに』を選択した。

 訝しげに見つめるカリーナはあたふたする太助を見て嘆息すると瞳の色を戻す。

 太助達から目を逸らしてツインテールの毛先を弄りながら言ってくる。

「私は氷の魔法を使えるわ……使いこなしてるとは言い難いけどね」
「氷……つまり水系統か。ジッちゃんと同じ系統か」

 太助に言われて、少し驚いた様子を見せたカリーナが太助に詰め寄る。

「本当!? 『救国の英雄』と言われたアンタのお爺さんが水系統? 教えを乞えない? この際、アンタのツテでも何でも使って!?」

 急に目を輝かせたカリーナに鼻が当たりそうな程に近寄られた太助は目を白黒させて後ずさる。

 後ずさる太助を追撃するように近寄るカリーナの両肩を掴んで止める。

「待って、待って、落ち着いて! ジッちゃんに教わるのは難しくないよ。真摯にお願いすれば教えてくれるとは思うけど……」
「本当!……どうして残念そうに私を見るの?」

 カリーナが綺麗な眉を寄せて太助を見て分かったように太助は酷く残念、いや、遠い目をしながら被り振る。

「確かにジッちゃんは凄い。もっというとジッちゃんだけでなく水の精霊のアクアさんもいるし、水の精霊獣のレンもいるから習う価値は絶大だよ」
「良い事じゃない?」
「そう思うのは分かるよ? でも、誰でも真摯に教えを乞えば指導してくれるジッちゃん、レンさんに今、現在、教えを受けている者は1人もいないんだ。どういう事か分かるかい?」

 太助が額に汗を滲ませ、緊張から生唾を飲み込む姿を見ながら分からないようで首を傾げて頬に人差し指を当てるカリーナ。

 うーん、と困ったようにする様子から普段の強気な言動と行動が目立つが素は年相応、いや、やや幼いところがあるのが見える。

 大人ぶりたい年頃のカリーナの隠しておきたい秘密が目の前に露呈されているがその場にいるの鈍感のサラブレッドの太助と幼女の2人ティカとリン。

 しかし、必死に説明しようとしてる太助の足を前足で叩いてカリーナに空いてる前足で指し示すタヌキの姿があったが太助は頬を掻きながらタヌキを見つめる。

「どうしたんだい? タヌキ。カリーナがどうしたの?」
「――ッ!」

 太助はタヌキが言いたい意味が理解出来なかったようだが、当のカリーナは気付いたらしく頬に当てた指をマッハの動きで離す。

 そして、太助の足下にいたタヌキの首根っこを掴んで持ち上げる。

 眼前に持ち上げられたタヌキはカリーナの赤い瞳に睨まれてガチガチに固まって震えあがる。

「何もないわよね?」
「クキュ、クキュ!」

 問われたタヌキは首が千切れるのではないだろうかという勢いで頭を上下させるのを見てティカとリンがタヌキを取り戻そうとする。

 フンッと鼻を鳴らすとタヌキをティカの木箱に放り込むカリーナにティカが駄々っ子パンチを一発入れ、リンがタヌキを木箱から抱き抱えた。

 リンに抱っこされるタヌキが涙目のように見えた太助が頬に伝わる汗を意識してカリーナに問う。

「えっと、タヌキは何に気付いたのかな?」
「何にもないわ。それより、どうしてアンタのお爺さんに習っちゃ駄目なの?」

 言い知れない圧力に太助は質問を完封され、目を逸らすとタヌキが見つめていた。


『俺っちの仇を取ってくれよ、マイブラザー!』


 そう言われた気がした太助であったが誰にも聞こえないように「無理、ごめん」と呟く。

 しかし、さすがは獣であるタヌキはその声を拾ったようで絶望した表情で見つめられ、太助はタヌキからも逃げるように目を逸らした。

 そして、何事もなかったようにカリーナに向き直るとタヌキの事はなかった事にしたようだ。

「簡単に言うとジッちゃん達の訓練は死と隣り合わせなんだ。ジッちゃんの訓練が終わった後、真っ先に思うのが『明日を迎えられる……』だし、レンさんのは精神的なダメージが凄いうえに時折、加減がアクアさん仕様になるからヤバいんだ……」

 遠い目をする太助は幼い頃に数々の訓練、雄一は勿論、四大精霊、四大精霊獣、そしてホーラやテツを始めとした雄一に鍛えられた者達の指導、いや、ある意味、地獄の日々を思い出す。

「バアちゃんが一番ヤバかった……孫だからと手加減をする気がなかった。俺、よく生き残れたな、と思うよ」

 過去のトラウマからか、ポロポロと泣きだす太助にドン引きしたカリーナであったが思い出したようで声をかけてくる。

「もう1人は? アクアさんって言ったっけ?」
「ああ……あの人は残念な人なんだ……よっぽど優秀な人が相手、例えばダンテさんのような……そうだ、ダンテさんがいた!」

 思い出して顔を輝かした太助は掌に拳をポンと叩いて頷く。

「そうそう、ダンテさんなら教える加減も分かるからいいよ。とても優秀な魔法使いで全属性持ちで特に水魔法が得意なんだけど……」
「何よ、そんな良い人いるならケチケチしないで紹介してよ!」

 太助がダンテの事を説明を聞いて表情を明るくしたカリーナであったが言葉尻が萎むようにするのを聞いて不機嫌そうにする。

 再び、不機嫌になったカリーナに苦笑いを浮かべる。

「紹介してあげたいけどダンテさんは今、世界を旅して、いつ帰るか……」
「アンタ、本当に使えない!」

 プイっと頬を膨らませたカリーナは再び、ゴブリンがいた場所へと戻るように歩き始める。

 参ったな、と呟く太助がティカとリンを連れて後を追う。

 そして、森に入った太助達はゴブリンから隠れられる場所から2匹いるゴブリンを見つめる。

 まだ不機嫌そうなカリーナを刺激しないように話しかける。

「それで魔法で片を付けるのかい?」
「私にはそれぐらいしか倒す方法はないわよ」

 そう言うカリーナを見ている太助はカリーナは拳でも倒せそうだと思うが我が身が可愛いのでソッと胸に仕舞う。

 口を真一文字にする太助を見て、何やら感づいた様子のカリーナが半眼で見つめるが嘆息して流すと魔力を練り始める。

 カリーナの隣にいる太助はその魔力の練り具合とその力の大きさから漏れ出す冷気を感じて、少し驚きを見せる。

「想像以上に魔力が高いね? 発動前に冷気の漏れ具合からすると制御力に課題がありそうだけど」
「シッ! 黙って。気が散るから!」

 慌ててティカとリンが太助の口を押さえるので太助はティカとリンの口を塞ぐ。

 集中するカリーナの頭上に男の腕ぐらいの氷柱が2本、現れる。

 更に冷気が漏れ、獲物と見つめていたゴブリン達もその冷気に気付いて辺りを見渡して、ギャギャと騒ぎ始める。

 しかし、太助は思う。5mと離れてない距離から不意打ちを放てば負けはないと。

「カリーナ、それだったら倒せるよ。逃げ出す前に!」
「ええ、そうね。当たれば倒せるわ」
「へっ!? 当たれば?」

 不穏な言葉に気付いた太助が目をパチクリさせるのを無視してカリーナが氷柱を放つ。

 凄まじい速度で放たれた氷柱は上空へとロケットのように飛んで行くのをカリーナ、太助達、そして標的にされていたゴブリン達と見送る。

「「「……」」」

 僅かな沈黙と共に見送っていたが最初に立ち直ったのはカリーナであった。

「逃げるわよ!」
「えっ!?」

 迷いも見せずに踵を返して逃げるカリーナを追う為に太助は両脇にティカとリンを抱えて走り始める。

 カリーナに並走する位置まで戻るとタヌキもいるのを見て安堵した太助は問う。

「カリーナ、君ってノーコンなの!!」
「ノーコンって言うな! 誰にでも苦手な事はあるわ!」

 自分は悪くないとばかりにプイッとするカリーナを見て太助は項垂れる。

 これでは多少、魔力が高かろうが意味がない。当たらない攻撃はないのと同じだからである。

 後ろをチラリと見ると先程のゴブリンが追いかけてくるのを見て嘆息すると提案してみた。

「君はジッちゃんに習うとか以前にノーコンを直すべきだと思うよ!」
「だから、ノーコンって言うな!」

 怒るカリーナをいなしながら太助達はゴブリン達を振り切るまで走り続けた。
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