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14話 三代目も赤点です
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カリーナの冒険者登録の後にも冒険者ギルドで一悶着があった。その場にいた冒険者達がミラーの悪ノリに便乗するという太助が頭を抱える事態が起こった。
カリーナを万歳で称えたり、それに項垂れる太助をテツの門下の女性冒険者達に慰められるのをティカとリンが怒ったりといった馬鹿騒ぎが許容される冒険者ギルドの日常の風景が展開される。
今日はカリーナの同行だけで疲れるような要素が一切ないはずの太助はゴブリンがいる森に到着する前で既に疲労困憊な有様で北門を抜けたと同時に魂が抜けるような溜息を零す。
そんな太助を情けないと目で訴えるカリーナが嘆息する。
「何? 街を出るぐらい歩いただけで疲れたとか言いたい訳?」
「あのね、君とミラーさんが……もう、いいよ……」
反論しようとした太助であったがすぐに疲れたように項垂れて諦める。
そんな煮え切らない太助にフンッと鼻息を鳴らすカリーナであるが太助の隣で木箱に乗っているティカとタヌキを見て首を傾げる。
「それはそうと……どうして木箱が浮いてるの? 朝から思ってたけどアンタも街の人も驚いた様子もなかったから言い出せなかったんだけど?」
「ふっふふ、よくぞ聞いてくれたのだ! これは選ばれた女神に与えられる神の英知、アーティファクト……」
「ああ、これ? ホルンさんが言うには女神の力の制御出来ない子が垂れ流す力が悪さしないように消費させるモノらしいよ。漏れ出すといっても元であるティカの力が弱いからたいした事はないそうだけどね」
意気揚々と語り始めていたティカの言葉を遮り、あっさりとネタばらしをする太助を信じられないとばかりに大きな瞳を見開いて見上げる。
街の人達も最初は驚きはしたが、どんなに頑張っても大人が歩く程度にしか速度は出ないし、高さも30cm程度が限界と分かった時点で特殊な子供な玩具として受け入れた。
ダンガであったからこれで終わったが、他であれば、もう少し受け入れるのに時間がかかったであろう。
涙目にして口をへの字にするティカがタヌキを片手で抱っこしたままで空いている手で太助を叩くがペチペチと音をさせるだけで苦笑させるしかできない。
ダメージが与えられてない事が悔しいティカはタヌキを両手で頭上に掲げる。
「伝家の宝刀、タヌキミサイルスペシャルなのだ!」
「げはっ!」
見事に太助の顔にタヌキが命中して引っ繰り返る太助であったが抱えているリンだけは守るように地面に倒れる。
顔を振りながら立ち上がる太助がリンを抱え直しながらティカを見つめて眉を寄せる。
「痛いじゃないか。それにタヌキが可哀想だろう?」
そう言う太助の足下で目を廻すような様子を見せるタヌキを指差すとさすがにバツが悪い思いがあるのか唇を尖らせる。
「仕方がないのだ……だいたいタスケがデミグラスがないのだ!」
「えっと……デリカシーかな?」
太助に指摘されたティカは「もうなのだ! もうなのだ!」と『駄々っ子パンチ大車輪』を繰り出す。
それを食らって、何やらしでかしたらしい程度には気付いて困っている太助を呆れた顔で見るカリーナが納得した様子で言ってくる。
「ああ、つまり木箱はオムツと同じなのね?」
「お、お、オムツは卒業したのだ!!」
「うそデシ。3日前、タスケ兄ちゃんの上でオネショをしたデシ」
太助は乾いた笑いを洩らす。慣れるほど体験している訳ではないし、それが初めてという訳ではなく朝からびっくりする目覚めを何度かさせられるからであった。
そんな困った表情をする太助を見て、今まで黙ってたリンが突っ込みを入れてきたので口をパクパクさせるティカが指を突き付ける。
「り、リンもこないだしたのだ!」
「ち、違うデシ! ギリギリだったデシ!!」
太助の腕から飛び降りたリンと木箱から飛び降りたティカががっちりと組み合って睨み合うと地面に転がり出す。
本人達は本気で取っ組み合いをしてるつもりだろうが、傍目で見てる太助とカリーナには遊んでるとの違いが見分けが付き辛い。
喧嘩はそれなりに吐き出すまではさせるという雄一の教育方針を体に叩きつけられている太助は怪我をしない程度の辺りまでは静観するつもりのようで苦笑いを浮かべる。
そんな太助に近づくカリーナが幼女の喧嘩を眺めながら聞いてくる。
「何がギリギリだったの?」
「本人の名誉の為にはっきりした事は言えないけど、ベッドじゃなかったね」
「なるほどね、まあ、そんな事はどうでもいいのだけど……」
呆れたように綺麗な片眉を上げて太助を見上げるカリーナが指で呼ぶようにして「耳を」と小声で言ってくる。
素直に耳を寄せる太助の耳に口を近づけるカリーナが呟く。
「いつまで、この子達を連れてくるの? 話で聞いてる限りでは最弱のモンスターのゴブリンらしいけど万が一があったらどうするの?」
「ああ、それだったら2人を覆うように電磁でシールドを張ってるからゴブリン100匹に囲まれても触れる事も出来ないよ」
そう言う太助の言葉に眉間に皺を作るようにして眉を寄せるカリーナにも見えるように2人を覆うようにしているシールドを可視化させる。
そして腰に差している太助の小太刀を抜いて手渡す。
「試しに思いっきり斬りかかってごらん?」
「ちょっと待って! アンタが自信満々に言うから大丈夫だとは思うけど、本当に万が一があったらと思うと……」
「なるほど……俺に同じシールド張るから俺にしてみてくれていいよ?」
太助がそう言うとブゥンと言う音と同時に太助にも同じように覆うようにシールドが張られる。
それを目視で確認したカリーナが納得したように頷くと躊躇なく太助の腹を突き刺すように全体重を載せるように突っ込む。
しかし、太助と10cmぐらいのところで寸止めしたように止まるとカリーナは舌打ちをする。
「ちぃ!」
「大丈夫でしょ……えっと、今、舌打ちしなかった?」
「気のせいよ。そんな便利なのがあるなら私にもかけてよ。無駄に危険を背負う必要はないでしょ?」
シレっと言ってのけるカリーナに深い溜息を零させられる太助。
「外からの攻撃だけでなく、こちらからの攻撃を防ぐから無理かな?」
「アンタ、使えない」
「えええっ!!」
問答無用に駄目だしされて驚愕する太助を置いて、カリーナはスタスタと森がある方向へと歩き始める。
今日、これで何度目だろうと思わされる溜息を洩らして振り返ると肩で荒い息を吐いて疲れ切った様子のティカとリンは戦いから新たな友情が芽生えたらしく抱き締め合い健闘を称え合う姿があった。
「少し目を離した間に何があった?」
「キュー?」
眺める太助の足下で太助と同じように首を傾げるタヌキ。
称え合いが終わったらしいティカとリンが太助の下に来て両手を上げて抱っこを要求してきたので抱えあげる。
抱っこすると2人は太助を睨むようにして言ってくる。
「だいたい、タスケが悪いのだ!」
「そうデシ! タスケ兄ちゃんが悪いデシ!」
「えっ!? 俺?」
さっぱりどういう繋がりでそういう結論に至ったか分からない太助は目を白黒させる。
そんな理解が追い付いてない太助に畳みかけるようにしてティカとリンが言ってくる。
「だから、タスケには慰謝料としてオヤツを要求するのだ!」
「ホットケーキがいいデシ!」
「い、慰謝料って……こんな要らない事を教えるのはシホーヌさんだな? はぁ……分かったよ、ロス姉に頼んであげるよ」
やったー、と諸手を上げる調子の良い2人に苦笑しか出来ない太助の足に体全体を擦り付けるような感触に気付いて足下を見つめるとタヌキが見上げていた。
その瞑らな瞳と視線が交差した瞬間、太助の耳、いや、胸に直接届くような声を聞いた気がした。
『ボウズ、ワイがおる。ワイはボウズの味方やでぇ?』
思わず、ウルッときた太助はジッとタヌキを見つめ返す。
「よろしくな?」
そう言う太助の言葉に返事をするように右足を上げるタヌキがサムズアップしているような錯覚を受けて胸を震わせる太助。
どうやら、ここでも雄同士の友情を深め合うイベントが発生したようだ。
▼
先行したカリーナに追い付き、ゴブリンの姿が多数発見されている森、主にカリーナのように冒険者登録時の実力テストで良く使われる森に到着した。
森の入口の辺りで太助がカリーナを止める。
「ちょっと待って、カリーナ」
「何よ、さっさと済ませたいんだけど?」
妙に太助に突っかかるようにしたり不機嫌そうにするカリーナに苦笑しながら「まあまあ」と落ち着かせるように言った後に続ける。
「ちょっと、初めてゴブリンと戦う子にありがちな事があるから説明するよ。見た目が中途半端に人に似てるから嫌悪感とその醜さに……」
「見た目なんてどうでもいいのよ! コミュニケーションも取らずに襲ってくるような危険なモンスターは迷わず倒せばいいわ!」
太助の言葉を途中で遮ったカリーナは森の中にズンズンと入って行くのを太助も追う。
抱っこされるティカとリンが太助を見つめる。
「確か、テルル姉ちゃんは……大変だったデシ?」
「あはは、そうだったね」
「テルル、泣いてたのだ」
カリーナを追う太助は困った顔をしながらも、いざとなればカリーナを連れて逃げる算段をしながら歩く。
しばらく歩くと太助がカリーナを呼び止める。
「カリーナ、止まって!」
「何よ?」
不機嫌そうに振り返るカリーナが進んでいた方向に指を指して告げる。
「その茂みの奥にゴブリンが3体いるから静かに確認してみて」
「そう、さっさと倒すわ」
ズンズンと進んで茂みを掻き分けるのを見て太助が慌てて止めようとするが茂みの奥に顔を突き出したカリーナは息を飲むのが背後から分かる。
顔だけ突き出したカリーナは少し拓けたカリーナがいる場所から一番、離れた場所で集まるゴブリン3匹の姿を確認した。
ぼろい布を纏い、老婆のように皺くちゃの顔に犬歯が目立つ大きな口を見て悲鳴を上げそうになったカリーナの口を片手でティカとリンを抱き抱える太助に押さえられる。
「シッ! 基本は不意打ちだよ。一旦、退くよ」
そう言うと目尻に涙を浮かべるカリーナがウンウンと頷く姿を見てゆっくりと後ろに下がる。
そして、大丈夫だと太助が判断する距離まで来ると押さえていた手を離す。
呼吸がし辛かったせいか、プハァと息を吐き出すカリーナは太助の甚平の胸倉を掴んで揺らす。
「あんな気持ち悪い顔をしてるって聞いてないわ!」
「説明しようとしたのを聞かなかったのはカリーナだよ?」
太助にそう言われて黙るしかなくなったカリーナは目尻に涙を盛り上げつつもそっぽ向く。
そんなカリーナを困った風に見つめる太助であったが突然、掌の上に拳を叩いて短く声を上げる。
太助の行動に少し驚いた様子を見せたカリーナは嫌々、太助を見上げてくる。
「そういえば、女の子って涙を浮かべるぐらいに驚くと緩くなって……洩らしちゃうってジッちゃんが言ってたけど大丈夫?」
「あ、アンタって……ッ!」
太助の言葉で顔だけでなく首まで真っ赤にするカリーナ。
そんなカリーナの様子を見た太助は訳知り顔で頷く。
「まだ陽は高いから、一旦、コミュニティに戻って帰っても今日中に済ませる事は出来るよ!」
ナイスな提案が出来たとばかりに満足そうに頷く太助を見上げるティカとリンは駄目だこりゃと言いたげに首を横に振ると太助の腕から飛び降り、既に避難していたタヌキがいる場所に移動する。
顔を真っ赤にして俯くカリーナと遠くから見守るようにするティカとリンとタヌキに挟まれるようにする太助が首を傾げていると正面にいるカリーナが感情が籠った声で呟かれる。
「アンタって……」
「えっ、何か言った? 帰るなら早く帰ったほうが」
そう言いつつ近寄ると突然、伏せてた顔を上げたカリーナの普段は薄い青色の瞳を赤くして牙を覗かして睨んでくる。
「あれ? 赤? もしかして危険色!?」
「ほ、本当にアンタって……」
繰り返すカリーナはギョッと固まる太助に右拳を振り上げてタメをしっかり使って殴りかかる。
「デリカシーないわっ!!」
「ぐはっ!!」
まったく避ける事なく綺麗に左頬に拳を入れられた太助はカリーナに引っ繰り返される。
太助も万年、この教科は赤点のようです。
カリーナを万歳で称えたり、それに項垂れる太助をテツの門下の女性冒険者達に慰められるのをティカとリンが怒ったりといった馬鹿騒ぎが許容される冒険者ギルドの日常の風景が展開される。
今日はカリーナの同行だけで疲れるような要素が一切ないはずの太助はゴブリンがいる森に到着する前で既に疲労困憊な有様で北門を抜けたと同時に魂が抜けるような溜息を零す。
そんな太助を情けないと目で訴えるカリーナが嘆息する。
「何? 街を出るぐらい歩いただけで疲れたとか言いたい訳?」
「あのね、君とミラーさんが……もう、いいよ……」
反論しようとした太助であったがすぐに疲れたように項垂れて諦める。
そんな煮え切らない太助にフンッと鼻息を鳴らすカリーナであるが太助の隣で木箱に乗っているティカとタヌキを見て首を傾げる。
「それはそうと……どうして木箱が浮いてるの? 朝から思ってたけどアンタも街の人も驚いた様子もなかったから言い出せなかったんだけど?」
「ふっふふ、よくぞ聞いてくれたのだ! これは選ばれた女神に与えられる神の英知、アーティファクト……」
「ああ、これ? ホルンさんが言うには女神の力の制御出来ない子が垂れ流す力が悪さしないように消費させるモノらしいよ。漏れ出すといっても元であるティカの力が弱いからたいした事はないそうだけどね」
意気揚々と語り始めていたティカの言葉を遮り、あっさりとネタばらしをする太助を信じられないとばかりに大きな瞳を見開いて見上げる。
街の人達も最初は驚きはしたが、どんなに頑張っても大人が歩く程度にしか速度は出ないし、高さも30cm程度が限界と分かった時点で特殊な子供な玩具として受け入れた。
ダンガであったからこれで終わったが、他であれば、もう少し受け入れるのに時間がかかったであろう。
涙目にして口をへの字にするティカがタヌキを片手で抱っこしたままで空いている手で太助を叩くがペチペチと音をさせるだけで苦笑させるしかできない。
ダメージが与えられてない事が悔しいティカはタヌキを両手で頭上に掲げる。
「伝家の宝刀、タヌキミサイルスペシャルなのだ!」
「げはっ!」
見事に太助の顔にタヌキが命中して引っ繰り返る太助であったが抱えているリンだけは守るように地面に倒れる。
顔を振りながら立ち上がる太助がリンを抱え直しながらティカを見つめて眉を寄せる。
「痛いじゃないか。それにタヌキが可哀想だろう?」
そう言う太助の足下で目を廻すような様子を見せるタヌキを指差すとさすがにバツが悪い思いがあるのか唇を尖らせる。
「仕方がないのだ……だいたいタスケがデミグラスがないのだ!」
「えっと……デリカシーかな?」
太助に指摘されたティカは「もうなのだ! もうなのだ!」と『駄々っ子パンチ大車輪』を繰り出す。
それを食らって、何やらしでかしたらしい程度には気付いて困っている太助を呆れた顔で見るカリーナが納得した様子で言ってくる。
「ああ、つまり木箱はオムツと同じなのね?」
「お、お、オムツは卒業したのだ!!」
「うそデシ。3日前、タスケ兄ちゃんの上でオネショをしたデシ」
太助は乾いた笑いを洩らす。慣れるほど体験している訳ではないし、それが初めてという訳ではなく朝からびっくりする目覚めを何度かさせられるからであった。
そんな困った表情をする太助を見て、今まで黙ってたリンが突っ込みを入れてきたので口をパクパクさせるティカが指を突き付ける。
「り、リンもこないだしたのだ!」
「ち、違うデシ! ギリギリだったデシ!!」
太助の腕から飛び降りたリンと木箱から飛び降りたティカががっちりと組み合って睨み合うと地面に転がり出す。
本人達は本気で取っ組み合いをしてるつもりだろうが、傍目で見てる太助とカリーナには遊んでるとの違いが見分けが付き辛い。
喧嘩はそれなりに吐き出すまではさせるという雄一の教育方針を体に叩きつけられている太助は怪我をしない程度の辺りまでは静観するつもりのようで苦笑いを浮かべる。
そんな太助に近づくカリーナが幼女の喧嘩を眺めながら聞いてくる。
「何がギリギリだったの?」
「本人の名誉の為にはっきりした事は言えないけど、ベッドじゃなかったね」
「なるほどね、まあ、そんな事はどうでもいいのだけど……」
呆れたように綺麗な片眉を上げて太助を見上げるカリーナが指で呼ぶようにして「耳を」と小声で言ってくる。
素直に耳を寄せる太助の耳に口を近づけるカリーナが呟く。
「いつまで、この子達を連れてくるの? 話で聞いてる限りでは最弱のモンスターのゴブリンらしいけど万が一があったらどうするの?」
「ああ、それだったら2人を覆うように電磁でシールドを張ってるからゴブリン100匹に囲まれても触れる事も出来ないよ」
そう言う太助の言葉に眉間に皺を作るようにして眉を寄せるカリーナにも見えるように2人を覆うようにしているシールドを可視化させる。
そして腰に差している太助の小太刀を抜いて手渡す。
「試しに思いっきり斬りかかってごらん?」
「ちょっと待って! アンタが自信満々に言うから大丈夫だとは思うけど、本当に万が一があったらと思うと……」
「なるほど……俺に同じシールド張るから俺にしてみてくれていいよ?」
太助がそう言うとブゥンと言う音と同時に太助にも同じように覆うようにシールドが張られる。
それを目視で確認したカリーナが納得したように頷くと躊躇なく太助の腹を突き刺すように全体重を載せるように突っ込む。
しかし、太助と10cmぐらいのところで寸止めしたように止まるとカリーナは舌打ちをする。
「ちぃ!」
「大丈夫でしょ……えっと、今、舌打ちしなかった?」
「気のせいよ。そんな便利なのがあるなら私にもかけてよ。無駄に危険を背負う必要はないでしょ?」
シレっと言ってのけるカリーナに深い溜息を零させられる太助。
「外からの攻撃だけでなく、こちらからの攻撃を防ぐから無理かな?」
「アンタ、使えない」
「えええっ!!」
問答無用に駄目だしされて驚愕する太助を置いて、カリーナはスタスタと森がある方向へと歩き始める。
今日、これで何度目だろうと思わされる溜息を洩らして振り返ると肩で荒い息を吐いて疲れ切った様子のティカとリンは戦いから新たな友情が芽生えたらしく抱き締め合い健闘を称え合う姿があった。
「少し目を離した間に何があった?」
「キュー?」
眺める太助の足下で太助と同じように首を傾げるタヌキ。
称え合いが終わったらしいティカとリンが太助の下に来て両手を上げて抱っこを要求してきたので抱えあげる。
抱っこすると2人は太助を睨むようにして言ってくる。
「だいたい、タスケが悪いのだ!」
「そうデシ! タスケ兄ちゃんが悪いデシ!」
「えっ!? 俺?」
さっぱりどういう繋がりでそういう結論に至ったか分からない太助は目を白黒させる。
そんな理解が追い付いてない太助に畳みかけるようにしてティカとリンが言ってくる。
「だから、タスケには慰謝料としてオヤツを要求するのだ!」
「ホットケーキがいいデシ!」
「い、慰謝料って……こんな要らない事を教えるのはシホーヌさんだな? はぁ……分かったよ、ロス姉に頼んであげるよ」
やったー、と諸手を上げる調子の良い2人に苦笑しか出来ない太助の足に体全体を擦り付けるような感触に気付いて足下を見つめるとタヌキが見上げていた。
その瞑らな瞳と視線が交差した瞬間、太助の耳、いや、胸に直接届くような声を聞いた気がした。
『ボウズ、ワイがおる。ワイはボウズの味方やでぇ?』
思わず、ウルッときた太助はジッとタヌキを見つめ返す。
「よろしくな?」
そう言う太助の言葉に返事をするように右足を上げるタヌキがサムズアップしているような錯覚を受けて胸を震わせる太助。
どうやら、ここでも雄同士の友情を深め合うイベントが発生したようだ。
▼
先行したカリーナに追い付き、ゴブリンの姿が多数発見されている森、主にカリーナのように冒険者登録時の実力テストで良く使われる森に到着した。
森の入口の辺りで太助がカリーナを止める。
「ちょっと待って、カリーナ」
「何よ、さっさと済ませたいんだけど?」
妙に太助に突っかかるようにしたり不機嫌そうにするカリーナに苦笑しながら「まあまあ」と落ち着かせるように言った後に続ける。
「ちょっと、初めてゴブリンと戦う子にありがちな事があるから説明するよ。見た目が中途半端に人に似てるから嫌悪感とその醜さに……」
「見た目なんてどうでもいいのよ! コミュニケーションも取らずに襲ってくるような危険なモンスターは迷わず倒せばいいわ!」
太助の言葉を途中で遮ったカリーナは森の中にズンズンと入って行くのを太助も追う。
抱っこされるティカとリンが太助を見つめる。
「確か、テルル姉ちゃんは……大変だったデシ?」
「あはは、そうだったね」
「テルル、泣いてたのだ」
カリーナを追う太助は困った顔をしながらも、いざとなればカリーナを連れて逃げる算段をしながら歩く。
しばらく歩くと太助がカリーナを呼び止める。
「カリーナ、止まって!」
「何よ?」
不機嫌そうに振り返るカリーナが進んでいた方向に指を指して告げる。
「その茂みの奥にゴブリンが3体いるから静かに確認してみて」
「そう、さっさと倒すわ」
ズンズンと進んで茂みを掻き分けるのを見て太助が慌てて止めようとするが茂みの奥に顔を突き出したカリーナは息を飲むのが背後から分かる。
顔だけ突き出したカリーナは少し拓けたカリーナがいる場所から一番、離れた場所で集まるゴブリン3匹の姿を確認した。
ぼろい布を纏い、老婆のように皺くちゃの顔に犬歯が目立つ大きな口を見て悲鳴を上げそうになったカリーナの口を片手でティカとリンを抱き抱える太助に押さえられる。
「シッ! 基本は不意打ちだよ。一旦、退くよ」
そう言うと目尻に涙を浮かべるカリーナがウンウンと頷く姿を見てゆっくりと後ろに下がる。
そして、大丈夫だと太助が判断する距離まで来ると押さえていた手を離す。
呼吸がし辛かったせいか、プハァと息を吐き出すカリーナは太助の甚平の胸倉を掴んで揺らす。
「あんな気持ち悪い顔をしてるって聞いてないわ!」
「説明しようとしたのを聞かなかったのはカリーナだよ?」
太助にそう言われて黙るしかなくなったカリーナは目尻に涙を盛り上げつつもそっぽ向く。
そんなカリーナを困った風に見つめる太助であったが突然、掌の上に拳を叩いて短く声を上げる。
太助の行動に少し驚いた様子を見せたカリーナは嫌々、太助を見上げてくる。
「そういえば、女の子って涙を浮かべるぐらいに驚くと緩くなって……洩らしちゃうってジッちゃんが言ってたけど大丈夫?」
「あ、アンタって……ッ!」
太助の言葉で顔だけでなく首まで真っ赤にするカリーナ。
そんなカリーナの様子を見た太助は訳知り顔で頷く。
「まだ陽は高いから、一旦、コミュニティに戻って帰っても今日中に済ませる事は出来るよ!」
ナイスな提案が出来たとばかりに満足そうに頷く太助を見上げるティカとリンは駄目だこりゃと言いたげに首を横に振ると太助の腕から飛び降り、既に避難していたタヌキがいる場所に移動する。
顔を真っ赤にして俯くカリーナと遠くから見守るようにするティカとリンとタヌキに挟まれるようにする太助が首を傾げていると正面にいるカリーナが感情が籠った声で呟かれる。
「アンタって……」
「えっ、何か言った? 帰るなら早く帰ったほうが」
そう言いつつ近寄ると突然、伏せてた顔を上げたカリーナの普段は薄い青色の瞳を赤くして牙を覗かして睨んでくる。
「あれ? 赤? もしかして危険色!?」
「ほ、本当にアンタって……」
繰り返すカリーナはギョッと固まる太助に右拳を振り上げてタメをしっかり使って殴りかかる。
「デリカシーないわっ!!」
「ぐはっ!!」
まったく避ける事なく綺麗に左頬に拳を入れられた太助はカリーナに引っ繰り返される。
太助も万年、この教科は赤点のようです。
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