黄昏史篇 アイオリア [ 1676 Common Era. Mystery. ] - 白い鍵と緑の書

仁羽織

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露に濡れつつ 君待つわれそ

第23話 未踏の地

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 「これ以上先は命素が深くて、その影響で都市と連絡が取れなくなるワン。」
 「え、それってどういうことなのホワイティ。」
 ルミネさんと別れて、私達はエイシャを目指して進んでいる。ヨホさんがガンマさんにお願いしたら乗り物が迎えに来てくれた。赤い色の平べったい馬車。馬車なのに引く馬がいない。
 「都市との接続が切れると…。」
 それきり、ホワイティさんが消えた。ザーッザーッっと変な音がする。
 「ヨホさん、ホワイティさんが!」
 慌てて隣のヨホさんにそう言うと、ヨホさんは自分の端末を見せてくれた。そこにガンマさんの姿は既にない。
 私達は迎えに来た乗り物のドアが自動で開いたので、その中に乗りこんだ。意外に座り心地のいいシートに体を預ける。
 「この先にはメイソと呼ばれるものがずいぶん多くあるらしいわ。それでこの箱も都市と繋がることができないそうで『御免』って言いながら消えたところよ。」
 ヨホさんがそう話している間に、ヨホさんの前にグィィンと音がしながら車輪のように丸いものが突き出してきた。それに手をかけて、ヨホさんはこう言った。
 「それと、この先はこの車も自分達で動かさなきゃいけないそうよ。」
 何を言われているのか、私にはまるで理解できない。

 「ミカエラさん、いますか?」
 車を動かしはじめてから、暫くしてヨホさんがそう辺りに声をかける。でもミカエラさんはルミネさんと別れる時に「ちょっと用事がある。」と言っていなくなったまま、置いてきてしまっている。
 「ヨホさん、あの街で別れたミカエラさんが、ついてきているって言うんですか?」
 「ええ、おそらく。今もどこか近くにいるみたい。…頭の中でずいぶんと煩いのが騒いでいるから。」
 なんだか、ヨホさんの様子も少しおかしい。ルミネさんがいなくなって話し方もガラリと変わってしまった。
 いくら呼んでもミカエラさんは現れないまま、ヨホさんの運転する車は道を走り続けていく。その間に私は、この乗り物が車と呼ばれるものだと教わり、走っている道が今も綺麗に整備されているわけを聞いていた。
 「…以前の文明で見たことがあるそうです。道自体に生命の素になる命素というものが働きかけを続けていて、要はこの道は生き物なんですって。それにしてはずいぶんと大人しい生き物ですね。油断させておいて口元まで引き寄せて、そこでガブっと食べちゃう気でしょうか。」
 ヨホさんの話し方がなんだか怖い。どうしたんだろう。見たことがあるそうですって、ガンマさんはいないはずなのに、いったい誰に聞いたんだろう。
 「とにかく用心はしておいてください。何かあった時に、己の身を守るのは自分なんですから。」
 その後もずっと怖い話が続いていた。いわゆる万物に霊は宿るといった話が中心なのだけども、ヨホさんは目についたもの全部が、私達の隙をついて襲い掛かってくるものとして話をしてくる。
 草が生えていればその横を通り抜けようとした時に「キャー!その草は旅人を頭から丸呑みする危険な草…でしたら怖いですね。」だとか、「いきなり空を飛ぶ鳥が、くちばしをグワッと広げながら真上から来ますよ。気を付けてください。」だとか。
 そのたびに急に大きな声をあげるものだから、私もいよいよ驚き疲れてきていた。
 そうしたらそれを見てだろうか、ヨホさんが道沿いにある建物を指さして言う。
 「あそこでとりあえず一休みしましょう。」
 見るとそこは真っ白い建物が平屋で置かれている。今私達が乗っているような車が、その建物の前に何台も並んでいるのが見えた。





 表に車を停めて、白い建物の中に入ると、そこはたぶん食事処だったのだろうか、いくつものテーブルが並び、赤い色のソファーがその脇に置かれている。私たち以外に誰もいない様子で、なのに埃一つ落ちていない綺麗なところだった。
 「表に停まっている車、ずいぶんありましたね。」
 ヨホさんがそう言ってテーブルの一つに座る。私もその向かいのソファーに腰かけると、それは意外と硬くて座りやすかった。
 「ええ。私達みたいに誰かが乗ってきたんでしょうか?」
 そんな会話をしていると、突然声がした。
 「イラッシャイマセ。ゴ注文ハナニニシマショウ。」
 「きゃ!」
 見ると、テーブルのすぐ傍に、つるっと丸みを帯びたものがいる。真っ白な体に赤い目がふたつ。口は見えないけれど、どこから声を出したんだろう。
 「飲み物をお願いします。私は温かいのを、ミゼリトさんはどうしますか?」
 「え、えっと、私も温かいものを…お願いします。」
 「カシコマリマシタ。シバラクオマチクダサイ。」
 私達が答えると、その赤い目をした子はスーッと音もたてずに、建物の奥の方へと消えていった。
 「な、なんなんでしょうか、ここは…?」
 「古い時代の遺跡みたいですね。これも以前の文明でみたことがあると言ってますわ。」
 「ど、どなたがなんですか?」
 まただ。また、誰かに聞いたような言い方でヨホさんが話す。
 「説明が難しいのですが、私の中にいる誰かと答えておきますわ、今は…。」
 「ヨホさんの中に?だ、だれかがヨホさんの中にいるって言うんですか?」
 「ええ、そうです。」
 驚いて口が塞がらない。いったい何がいるっていうのだろう。
 「私には、ヨホ・マジノ以外にも名前がもうひとつあります。マーリン・ネ・ベルゼ・マルアハ。そして私の中に巣くっているもう一人の存在を、ネ・ベルゼと言います。」
 ヨホさんの話は、すぐには信じられないものだった。
 「話すと長くなるんですが…。先にこれを見ていただけたらわかりやすいかもしれないですね。」
 そう言うとヨホさんは、席に立ち上がってクルリと一回転する。そこに居るヨホさんは、さっきまでの年上の落ち着いた感じから、今は背も一回り小さくなって十代のはじめくらいに見える。
 「ど、どうして?」
 思わず驚いて声が大きくなってしまった。
 「これが本当の私。私の中に住んでいる悪魔が、私の年齢を奪い取って、代わりに不思議な力を貸してくれているんです。どうです、驚きました?」
 私は思わず首を上下にブンブンと動かして、そうしてヨホさんを見た。
 「…呪い、なんだと思います。もうずいぶんと昔にかけられて、そのせいでずいぶんと沢山のことを見てきましたわ。」
 そう言って私の目の前にその、可愛い十代のヨホさんが座った。





 「なるほどねぇ。それで君は、その『ネ・ベルゼ』に憑かれたままもう千五百年以上を生きてきたってことか。…大変だったねぇ、相手がネベルゼじゃ。僻んだり恨んだりそんなのばっかりだったろう。」
 ヨホさんが自分の本当の姿になってすぐに、ミカエラさんが私達の前に戻ってきた。彼がカランカランと建物に入ってきたとき、私はとても驚いた。
 「ええ、まったくです。ただおかげで、そうしたネガティブな思考について長い時間をかけて学ぶことができました。」
 「ほほう、ということは君は、いつ如何なる時にも前向きに対処ができるというところかな?」
 「あらやだ、モリトのお方らしくない。誰だってどうにもならない時には自己否定や責任転嫁は当たり前だってことを学んだということですわ。」

 今、私達は食事処らしい建物の中で、席を囲んでお茶を飲んでいる。ヨホさんは十代の姿で、ミカエラさんはいつの間に着替えたのか、白のコートに身を包んでいる。
 私達はミカエラさんと別れて、あの馬のいない車でずいぶんと走ってきていた。ミカエラさんはその車が現れる前に、私達の前から姿を消していた、はず…。でも今目の前で、ヨホさんの隣でお茶の入ったカップを持ち上げて美味しそうに飲んでいる姿が、ある…。
 「それはそうと、どこへ行ってらしたんですか?」
 ヨホさんが私の疑問を察したかのような素晴らしい質問をしてくれた。
 「ん?余が、か?余は先に説明したとおり、そちらの者が手に持つモリトの道具、『銀の鈴』だからな。言うようにどこかへ行くなどということは不可能だ。常にその道具とともにある。」
 ミカエラさんにそう言われて、私は服の中にしまっていた銀の鈴を手に取りだした。
 「では、どうして呼びかけに答えてはくれなかったのですか?」
 ヨホさんが更に聞いた。
 「答える必要がないと感じたからだ。そもそも、余にはこの場所がどこなのか、この先に何があるのかなど知りもしない。」
 「…ネ・ベルゼが、文句を言いはじめました。ああ、煩い。」
 ヨホさんはそう言うと、頭を抱えるようにミカエラを睨む。
 「そうは言われてもな、余も直接はお会いしたことがないから何とも言えん。」
 「ネ・ベルゼは、あなたが原因ですべてがはじまったと喚いてます。ものすごい剣幕…。」
 「原因か…。確かに原因は余なのかもしれぬ。しかしあの時に何もせずにいれば、おそらくは今の我らはこの世界にはいない。」
 「なんのことだか、意味が解りません、私には。できれば私抜きで話をしてはもらえませんか?」
 「わはははは、それは無理だろう。ここに『銀の鈴』の契約者であるルミネがおらん。あれがおらねば、鈴は使えぬ。あれの内在する命素の力が鈴のエネルギーだからな。」
 「どういうことですか?」
 「ん?難しいことなのだ。自分で作った時にはそのような制約は設けていなかったのだがな。おそらくは次に使ったあ奴のせいだろう。まったく、心配性め。」
 まるでわけのわからない話がトントンと進んでいく。私はしかたないので、温かい飲み物をもう一つお願いすることにした。

 しばらくその場で休むと、私達は車へと戻った。ミカエラさんがまた「用事がある」と言って別行動になる。ヨホさんはそれを見て「あなたも大変ね。」と言っていた。
 「なに、本来なら二千年以上昔に失われた姿だ。この地に来て命素が濃くなったせいか、こうして姿を現せておる。これも一興と言えるできごとだろう。」
 ミカエラさんはそう言って、私達の乗る車を見送る。走り出す車内から後ろを振り返って見ていたのだけれど、いつまでもいつまでもそこに立って、手を振っていた。





 丸い輪を手に、ヨホさんはまた少し歳を重ねた姿でいる。乗りこむときに「この格好じゃ足が届かないわね。」と言っていたからそれが原因なんだろう。私と同じくらいの年齢になったヨホさんが、遠くを見ながら言った。
 「あと少し行くと、見えてくるそうです。」
 たぶん、ヨホさんの中にいるネ・ベルゼさんからそう教わったのだろう。
 ヨホさんの言葉に前方を見ると、遥か先に夕焼けを背景にして細長い高い塔が見え始めていた。
 「あの塔、なんだかおかしくありません?」
 ヨホさんがそうつぶやいた。私も目を凝らして、その塔をよく見てみる。
 まっすぐに続く道の両側は、ゴツゴツした岩が転がる荒野だ。その道のずっと先に、細長く丸いものが浮かんで見えている。塔はその下から少しづつ伸びるようにそびえ建っている。
 「ネ・ベルゼが、ここまでの時間から距離を割り出してくれました。それによると私達は、およそ三千キロという距離を進んで来たみたいです。わかりやすく言えば、あなたの生まれた国の南北がおおよそ五百キロ強ですから、そのざっと六倍。…なんて乗り物なんでしょうかこれは。あっという間ですね。」
 ヨホさんの説明に私も目を瞠る。リスボンのあるポルトガルの南北がどれくらいかなんて考えたこともなかった。でも、その距離が果てしないということだけはよくわかった。
 「この乗り物に乗ってから、だいたい六時間というところでしょうか。途中途中で休憩もしていますからそれを差っ引いたとして、それでも時速五百キロから六百キロくらい出てますね。…信じられません。揺れもしませんし、風も感じません。どうなっているんでしょう…。」
 そう話すヨホさんの横顔は驚きに満ちていた。
 そうして、陽が落ちるころになってようやく、ずっと先に見えていた高い塔が全貌をあらわす。塔は白い光に包まれていて、その内から発光しているようだ。
 車はそのまま塔の下に広がる街の中へと入り込んでいく。前方から照らされる灯りに、街並みは美しく煌めいている。どれも形状はほとんど留めていない。屋根がなかったり、壁が崩れていたりと。瓦礫が転がっている道を車は音もなく進んでいく。ひょっとするとこの乗り物は、空に浮かんでいるのだろうか…。
 「さて、着きました。」
 ヨホさんがそう言うと車が停まった。目の前にあの塔が、はるか上空まで伸びて建っている。
 「本当に大きな塔ですね。この中に街がひとつ入ってしまいそうですね。」
 ドアをあけて降りるヨホさんが、そう言って左右を見回している。私も車を降りて、辺りをうかがってみる。目の前に広がる白い壁は、左右のどちらにもずいぶんと長く広がっているようだ。上を見るとこれが確かにあの塔だとわかる。どこまでも真っ直ぐにそそり立つ白い壁が、なんとなくだが怖れを感じさせてくる。辺りがあれほど崩壊しているにもかかわらず、この塔にはそういった損傷が見られない。何か神がかったものを目にして、私は畏怖する気持ちに肌寒さを感じていた。


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