黄昏史篇 アイオリア [ 1676 Common Era. Mystery. ] - 白い鍵と緑の書

仁羽織

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露に濡れつつ 君待つわれそ

第24話 白い塔

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 不思議な高い塔を前に、私達は夜を過ごす場所を見つけるため、あたりを探索することにした。ここがエイシャなんだろうか?私は崩壊した街を歩きながらそんなことを思っていた。
 すぐ隣をヨホさんが歩く。その手には不思議な棒を持っていて、その先端から灯りがあたりを照らしている。
 「もうずいぶんと昔に打ち捨てられた文明みたいですね。」
 そう言いながらヨホさんが、白い壁の建物に入り込んでいった。私もあわててそれに続いて、壊れた壁の間から建物に入る。
 するとそこには、ミカエラさんが白いコート姿で立っていた。
 「やあ、早かったね。」
 「ど、どうして…?」
 「驚くだけ無駄ですよ。その顔を見たくてこの方はそういうことをしているのですから。」
 驚く私にヨホさんはそう言うと、棒の先から照らされる灯りをミカエラさんの顔の前に掲げて言った。
 「まったく、いつの時代でも殿方というのは…。」
 ヨホさんの深いため息が辺りに響いていく。言われたミカエラさんはどこ吹く風のような表情だ。私はただ二人の顔を見比べるように見て、首を傾げるしかなかった。

 そうこうしているうちにヨホさんが、天井と壁が残る建物を見つけた。私達はそこで朝を待つことにする。
 「ミカエラ、私達が眠っている間、辺りを警戒しておいてくださいね。何かあれば大声を上げてください。」
 ヨホさんはそう言うと、壁際に膝を抱え座りこんだ。私もその隣に同じように座り、部屋の中を見回してみた。
 天井は不思議な装飾がされている。青い色の蔦が、緑色の板に這うように伸び、ところどころに青い葉が咲いている。壁を見るとそこには、やはり青の植物が床から天井まで伸びていた。
 「あれは、植物なんですか?」
 私がそう聞くと、ミカエラさんが答えてくれた。
 「いいや、あれは模様のようだね。どうやらここは、子供用の部屋かもしれない。」
 そう言ってミカエラさんは壁に手をついて調べ始めた。
 「…やはり、そうみたいだね。周囲の命素が嬉しそうに話している。こんなにも沢山集まっているとは驚きだ。」
 ヨホさんは既に眠っているのか、私の肩に頭を預けて寝息の音が聞こえている。
 「ここは…いつの時代の建物だ?それにこの建築様式…柱も壁も一体化していて、これはもともと命素を多く含む珪素を用いているのか。しかし珪素と命素の融合となると、オウニしか持たぬ技術…。とするとやはりここはオウニの…。」
 ぶつぶつとつぶやきながら、ミカエラさんは壁を行ったり来たりしていた。
 「エイシャとは…。そうなると色々と合点がいく。なるほどなるほど、面白いものよなあ。」
 「あの、ミカエラさん…。」
 エイシャという言葉に、私は思わず口を開いた。
 「ここが、そのエイシャ、なんですか?」
 ミカエラさんは振り返って私の顔を見た。ヨホさんの棒が淡い光であたりを照らしている。その光の中でミカエラさんの顔は、なんだかとても落ち着いている様子だ。
 「そうよな、そうかもしれぬ。だが、まだ断定はできん。」
 風もなく穏やかな空間に、ミカエラさんの優しい声が沁みとおるように響いた。
 「そもそも、エイシャなどという都市は余の知る限りこの星にはない。なのにあると、あのハバキの書庫はそう答えた…。」
 その答えに私は「え?」っとなる。
 「余はモリトの王として、今からおよそ一万年前よりこの星に存在している。それ以前のことも、余の先代であるミカエラ・ムーより受け継いでおる。およそこの星が生まれたときから、地上に幾千万もの文明が栄え、それらが築く都市の名もまたモリトの深書庫に蓄えてきた財産だ。」
 ミカエラさんは、その目を天井に向けて話を続けていった。
 「このような青い蔦など、余の知る世界には存在してはおらぬ。しかしこの模様が悪戯に描かれた模様ではないと、ここに満ちる命素達が告げておる。これらはかつて確かにこの地にあった、青い蔦を模して描かれたのだと。」
 そう言って今度は、壁に触れながら続けていく。
 「この壁の材質は珪素だ。かつてこれほどまでに見事に、珪素のみを抽出しそれに命素をのせた技術を余は知らぬ。もともとはこの壁も天井も、お主たちがあの乗り物で通ってきた道のように自分で自分を癒せる生命に満ちていたと見える。」
 ミカエラさんはそう言うと、床に膝をつき祈るような姿勢で言葉を続けていった。
 「これらはかつて、我らも目指した技術の到達点だ。そしてそれを成しえたのは唯一、オウニの彼らのみ。その御業に再びこうしてまみえようとは、奇縁よな。」
 背中しか見えないミカエラさんのその姿は、なんだか遠い昔に別れた恋人を想うような雰囲気に包まれている。私は話しかけるのが申し訳なくなって、そのまま寝たふりをした。
 たぶん、恋焦がれた人がいたんだろう。そうして、その人と別れるしかできなかったのだろうか。もしそうであったなら、いつかふたたび再会する日が来るといいね。時を経て生まれ変わって、そうしてまた巡り合えたならいいね。
 そんなことを考えていたらいつの間にか眠ってしまったみたいだ。気がつくと外が明るくなっているのが、少しだけ崩れた壁の間から見えていた。





 「この辺りに何かあるとネ・ベルゼは言っています。」
 「そうか。では探ろう。」
 私達は今、昨夜に見た塔の内側に入り込んで中を探索している。ヨホさんは手に持った棒を振って、その先から出ている紫の光があたりをなぞるように照らしていた。ミカエラさんは私の隣に立って、腕組みをして周りを見回している。
 「あの…、探るんですよ、ね?」
 ただ立っているだけに見えるミカエラさんに、私は思い切って声をかけてみることにした。
 「うむ。その方らがな。」
 帰ってきた言葉はそれだった。私はなんだかモヤモヤっとした気分で、ヨホさんの近くへと向かう。
 「仕方ないことですわ。そのミカエラは、そこに居てそこに居ないようなものなんですから。」
 近づく私にヨホさんは、そう言って笑いかけてきた。
 「それよりも、どこか気分でも悪いのですか?」
 私の様子を見てそう気遣ってくれるヨホさん。
 「ええ、その。そろそろなんです。」
 そう答えて私は、下腹に手をあてて知らせる。ヨホさんはなるほどという顔で、手にした棒を私の腰に触れてくる。
 「本当は自然のままが一番なんですが、ここではいろいろと入用なものがありませんから。これで少しは楽になると思いますよ。」
 その棒が触れたあたりから、おなかの内側にかけて、ボーっと熱いものを感じる。
 「先送りなんですが、これで様子を見ましょう。どうしても具合が悪くなるようでしたら、一つ前の都市まで戻りましょう。その時は言ってください。」
 「ありがとうございます。なんだかものすごく楽になりました。」
 こうして、私もまた探索に参加した。

 塔の内側は、ほとんど物がなく、内側にまた白い壁が広がり、外側は街が見えていた。入る前に見たときは真っ白な壁だったのに、中からは外が見える。不思議だなと私は思った。
 「なんだか不思議なつくりですよね。昨日いたあの都市とも違ってて、こんなに何もない空間を何に使っていたんでしょうか。」
 「集会場、とかではないですよね。」
 私は、なんとなく思ったことを口にしてみた。するとミカエラさんが真面目な声で返してくる。
 「この都市はおそらく、人々が去った後にできあがったものだろう。使う者がいないから、外側の部分しかない。だから中には何もないのだ…。」
 私にはミカエラさんの言う意味がわからなかった。
 「そんなことがあるのですか?」
 ヨホさんがそう聞くと、ミカエラさんは少し寂しそうに答えた。
 「そういうこともある。遥か昔にも、似たようなことがあった…。」
 あまりにも切ない声だったので、ヨホさんもそれ以上は聞かないでいた。私も口を開かずに、内側の壁に手を這わせ探索を続けていくことにした。

 そうして暫くたったころ、ミカエラさんがの声が聞こえた。
 「わかったぞ。ちょうどこの裏側になるらしい。上にあがる部屋があるそうだ。」
 先ほどよりも少し落ち着いた感じで、ミカエラさんはそう言うと私たちの先を歩きはじめていく。
 「あの、どうやってわかったんでしょうか…。」
 私が気になってそう聞くと
 「うむ。ここの命素達に聞いていたのだが、思考体形自体があまりにも違いすぎてな。片言でも通じる者に通訳をかって出てもらって、詳しい者に聞いてもらっていたのだ。それで時間がかかった。」
 私にはなんのことなのかまるでわからなかった。隣を歩くヨホさんに聞こうと思ったが、ヨホさんも首を傾げている。
 「ネ・ベルゼに聞いても何のことなんだか…。メイソというものが関わっているらしいんですけど、詳しいところはサッパリです。」
 ヨホさんはそう言って笑っていた。

 長い距離を歩いてようやく裏側にたどり着いた。その壁は、私達が近づくと音もなく開き、内側に私達を入れてくれた。
 「この場所が、目的の場所なのですか?」
 「いいや、この部屋で上に向かう。もう少し中央に行こう。そこにあるはずだ。」
 ヨホさんとミカエラさんがそう話して、私達は部屋の中央へと向かう。ずいぶんと広いこの場所も、家具や棚などはどこにも見当たらない。ここは内側から外は見えないみたいで、辺り一面が真っ白い所だった。
 「ここ、だな。」
 ミカエラさんがそう言った場所には、床に丸く線が引かれていた。うっすらとオレンジ色をして、少しくぼんでいるように見える。
 「この円の中に。」
 ミカエラさんに言われるがままに、私はヨホさんの後について円の内側に乗る。すると、オレンジ色の光が周囲を取り囲むように広がった。
 「ふむ。上へ。」
 ミカエラさんのその声に、辺りがシュッと変わった。実際にそんな音がしたわけではなく、それこそ一瞬で、それまで白かった部屋が突然真っ暗になり、そうしてオレンジ色の光がゆっくりと下がると、そこに満天の星空が浮かんでいた。
 着いた場所は、床と天井が白いまま、四方を囲むはずの壁に夜空が広がる場所だった。





 「やはりそうか。ここはオウニが遠い昔に築いた文明の名残りであったか…。」
 星に囲まれた部屋を進み、一画に白く壁が残る場所へと近づくと、その壁に手をあててミカエラさんが感慨深げにそう言うのが聞こえた。
 「ここでは意思により様々なことが可能だ。」
 そう説明して、ミカエラさんは次に私にこう告げた。
 「その方、試しに何か欲しいものはないか?あればそれを頭に思い浮かべてみよ。」
 そう言われても、私にはすぐにこれが欲しいと浮かぶものなどない。するとヨホさんが隣で小さく悲鳴をあげた。
 「この杖、以前に失ってしまって、二度と取り戻せないと思っていたのに…。」
 見るとヨホさんの手に、綺麗な光沢の黒い杖が握られている。
 「うむ。つまりはここは、そういう場所だ。次に…。」
 ミカエラさんはそう言うと、なにやらごそごそと自分のコートを探っている。
 「あった。これだこれ。」
 見るとその手には、私達と同じようにあの黒い端末が握られていた。
 「ここにある情報の、エイシャと言う場所に我らを送り届けて欲しい。」
 私達にもわかりやすくするためだろうか、ミカエラさんはそう言って右手の端末を掲げた。
 暫くすると、辺りにうっすらと霧が立ち込めてくる。私は驚いてヨホさんの腕をつかまえた。
 「…この霧、狭間の霧か。ということは、そういうことか…。」
 ミカエラさんはそう一人で納得していた。ヨホさんは少し驚いた表情で、私の手を握ってくれている。
 そうしているうちに霧は次第に濃くなり、やがて私達の視界を全て覆いつくしていった。


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