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第二章 カルゼア大森林とエルフたち

1 お城にてあの人と

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1・

カルゼア大森林のお城まで、瞬間移動して帰った。

迷宮から持ち帰った品々を売り払うかどうか悩んだものの、所持金が少なすぎる現在の状況をどうしても変えたい為に、泣く泣く手放すことにした。

死守した宝石も荷物係をしてくれたタンジェリンに預けて、他の物と共に売りに行ってもらった。

俺の部屋に残ったのは鉄の棒だけだ。これ、大事にしよう。

お城の部屋で眠って疲れが取れた、翌日の朝。

俺は生後七日目で、ようやくこの世界にやって来て一週間となった。

まだまだ分からない事ばかりで、なのに俺には迷宮の魔物のレベルアップ問題やカルゼア大森林内の内政などの問題もあって、普通の子供として遊んでいられない状況だ。

立場の高い人って傍から見ればただ得しているような気がするが、実際は忙しいようだ。立場が返上出来ればなあ……と、楽したいから少しだけ思った。

朝食の後でタロートと椅子に座って雑談していると、魔物などを売り払って来てくれたタンジェリンが部屋に入ってきて、お金を机に並べてくれた。

「えーと、どうやって分けます?」

「我々は必要ありませんよ。昔に築いた一財産を持っていますので」

「ええっ、でも面倒見てもらってるのに、タダって訳には」

「我らは金持ちです」

タンジェリンが輝く笑顔できっぱり断言したので、俺はそれなりの金額を一人でそのまま頂く事にした。

本当は奪われたテントなどの代金を払おうと思っていたのに、正直にこんな現実を突き付けられたら断れない。しょうがないからその分、精霊王として働こう。

それで、これから自分が具体的にどう行動して良いかを二人にも相談して考えてみた。

まずカルゼア大森林の問題への対処は、とにかく精霊の知り合いを増やすことと基本的情報を勉強して覚えること。それと実際に大森林を巡って、実際にどんな場所か知ることが必要だろう。

迷宮の魔物の問題は、世界に数多くある迷宮に実際に行って現状と過去の比較ができれば良いものの、現役時代がとても長かったらしいタンジェリンやタロートでも行ったことがない迷宮の方が多いらしい。

そこは誰か他の人から情報を集めるとしても、ツテを作らなきゃその誰かにすら到達しない。

部下というか知り合いを増やさねばと悩むと、世界樹の世話係の一人が持って来てくれた世界地図を前に、タンジェリンが南部大陸を指さした。

「南部大陸は特に調査に入りづらい場所です。特殊な一時期以外は、過去の精霊王様方もあまり立ち寄らなかったそうです」

「普通に、北部大陸にあるこの世界樹から遠いからですか?」

「それもありますが、南部大陸には竜の国があります。迷宮にいる者以外の竜は一応精霊の区分に属しておりますが、精霊王様と竜たちは……常に一定の緊張状態にあるといえます」

「う……」

また敵? が増えた。

「ええ? 仲が悪いんですか?」

「私が説明するのも何ですが、精霊王様は竜たちを大変お好きなのです。けれど、世界の理において決して自分たちが最強の位置にいれない竜たちが、精霊王や精霊たちと距離を置いています」

「ああ……」

竜というからには、プライドがバリバリにありそうだ。こんなボヤーッとしたのが常に上司にいれば、そりゃ嫌にもなるだろう。

「でもその、無視する訳にいきませんよね?」

「ええ。実は、ツテがあります。世話係の者に竜族の者もいるのです。彼らに連絡を取ってもらい、南部大陸の情報を得ましょう」

「是非ともお願いします!」

タンジェリンの笑顔が神様仏様に思えたから、手を合わせておいた。

やれやれ一仕事終えたぞ、と思ってゆるーくなったところで、部屋の木の扉がノックされた。

「どうぞ」

他の世話係の誰かかなと思って、何も考えずに返事をした。

扉がギイと音を立てて開いた。

そこに、紫色の髪で赤い縁メガネをかけるあの彼、ユーリシエスが立っていた。

2・

「不用心にも程があります」

何だか黒い妖気を放ちつつ、そんな言葉も放ってユーリシエスは部屋に踏み込んできた。

タロートが椅子を立ち、彼に場所を譲った。

俺は決して望んだ訳じゃないものの、小さな木のテーブル越しにユーリシエスと対峙した。

タロートとタンジェリンが、部屋の壁際にまで引いてしまった。

嫌だ、助けてくれ!

「問題がありましてですね」

ユーリシエスは挨拶もなく、無表情で仕事然として話し始めた。

「カルゼア大森林内部で採取された草木や石、動物の毛皮や骨などが少量ではありますが、人間たちの国やエルフたちに流れているのですが」

「えっ、それって、密猟ですか!」

喋りたくなかったのに、思わず声が出てしまった。

しかしユーリシエスの態度も表情も、全く変わらない。

「違います。冒険者として生きる精霊の糧になるよう、外貨獲得の手段として精霊王様が認めなさった取り引きの一環です。ただ個人の裁量で、取り引きをする品や量が変化します。そして、その者が正当に入手したといえ貴重品として大森林から持ち出すのを禁じる品もあります」

「はあ」

「貴重品の輸出の許可書作成は、貴方様が再びお生まれになるまで私の仕事でした。しかし貴方様が復活された今、任期が終了したのです。貴方様が元通りに許可書の作成をなさって下さい。許可待ちの品が既にいくつかあります」

「……はあ、うん。いや、お、わ、私には、まだ責任がある仕事をするのは、早いかな~っと……」

怖ず怖ずと言ってみても、位置的に一メートルも離れていないユーリシエスは微動だにしない。

「まだその、貴方が許可を出して下さいませんか? 私が精霊王の自覚が出来るまで……何年か」

「何年間ですか? はっきりなさって下さい」

威嚇しながら真顔で責めてくる。怖い。

「じゃあ、十年でお願いします」

「了解しました。では十年後にまた報告に上がります」

十年後に来ちゃうのかと思うと、げっそりした。でもこれは仕事だ。

帰ろうとして腰を浮かせたユーリシエスに、俺は話しかけた。

「今の、私でも、出来そうな仕事はありませんか?」

「……」

ユーリシエスは一瞬動きを止めたものの、すぐ椅子から立ち上がってどこからか書類を取り出した。

「この千年で、価値と現存数が大きく変動した大森林産の貴重品リストです。引き続いて輸出を認めるかどうか、貴方様が出来る限りお早く判断なさって下さい。では」

ユーリシエスは俺に書類を押し付けると、サッサと動いて部屋から出て行った。

すると、タンジェリンが彼の後を追うように部屋を出た。

俺は書類を手に、しばらく呆然とした。

タダ飯喰らいはもう嫌だし、役立ってみたい気持ちがあって申し出てみたが、リストの品を何一つとして知らない。早まり過ぎたか。

いや、俺には味方の二人がいる!

とりあえずタロートに書類を見せて、知っている品はないか聞いてみた。

タロートは百年ほど前に引退したので現在の価値がどう変動したか知らないらしいけれども、品自体はいくつか知っていてくれた。どこにあるかも知っていた。

俺は部屋にあった、漂白していない和紙みたいな紙に面相筆のような筆で、タロートが教えてくれる情報を細かく書き込み始めた。

こちらの文字が書ける不思議が楽しくなりつつあったところに、タンジェリンが部屋に戻って来てくれた。

「タンジェリンさん、無事でしたか」

「はい? いや、殴り込みに行った訳ではないですからね」

「俺は話すだけで緊張しましたよ」

「……そうですか。でもユーリシエスも緊張していましたよ」

「えっ、そう? って、呼び捨てでも怖くないんですか?」

「問題ありません。ユーリシエスと私は、幼なじみなんです」

それを聞いた瞬間、何故タンジェリンが俺の世話係の代表として来てくれたか理解した。

優れた武人である上に同じ風属性というだけでなく、ナンバーツーに顔が利くからだ。なんて役立つ人なんだ。……しかし。

「ユーリシエスさんは、前の精霊王を知っているんですよね? その命令で、精霊王が復活するまで代行として働いていたんでしょう?」

「はい」

「じゃあ……タンジェリンさんは、タロートさんより年上ですね?」

「はい。三百年ほど年上です」

「……」

イメージの問題だが、外見が若々しいのでタロートさんの方が年上に見える。

「外見の問題ですか?」

タンジェリンが察知した。俺はギクッとしたが、彼は普通に語り始めた。

「通常は、強い力を持つ精霊ほど長命です。精霊王様ともなれば、子供の姿から大人に成長するまで千年かかったという前例もあります」

「それ嫌です。早く大人になりたいです」

「では、頑張ってみましょう。魔力操作が上手くなれば、成長も速まるようですから」

朗報だ!

「修行頑張りますよ! 早速迷宮に……あ、でも、仕事をもらったんでした」

数分前の自分、アウト。

しょうがないから仕事に専念しようと、輸出品目のリストをタンジェリンに見せて、心当たりを聞いてみた。

タンジェリンは、他の世話係にも聞きましょうと言ってから、少し顔をしかめた。

「リストアップされた品の一部は……エルフの国でしか取り引きされない物です。大森林内部の、彼らの生活圏の中で採れる薬草などです。現場に赴きますか?」

「そうした方が良いですよね? 現地を視察して、エルフのみなさんに話を聞いたり、何故個数が減少したか確認したいです」

答えると、何故か物凄く雰囲気が重くなった。

タンジェリンもタロートも、嫌に真剣に俺を見る。

重苦しい雰囲気の中で、タンジェリンは言った。

「思い出しておられないようですので、私がお教えします。先代の精霊王様は寿命で亡くなられたのではなく、命を奪われてお亡くなりになりました。千年前のエルフ王族の者のせいです」

「え……」

それを聞いたら、胸がざわついた。
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