家に帰りたい狩りゲー転移

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2章

(3)過去の片鱗

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「創設者カイゼルの能力は十二年前においても凄まじかった。憎たらしい。いっそ恨んでしまいたいぐらいだ」

 エトロは瞳を伏せて俺から顔をそむけた。
 だらりと下がった両腕の先でエトロの拳が震えているのが見える。

 俺はエトロの中で荒れ狂う激情が落ち着くまで、じっと息をひそめて待っていた。

 やがてエトロは薄く唇を開いて、身振り手振りもなしに話し出した。

「スタンピードが起きた時、ヨルドの里は真っ先にドラゴンに蹂躙された。私たちヨルドの民は這う這うの体で別の村へと避難したが、その先でもドラゴンに襲われた。……リョーホは知らないだろうが、スタンピードのドラゴンたちは執念深く、獲物の匂いを覚えてどこまでも追いかけてくる」

 その先は言われずとも俺でも想像できた。
 だがエトロは声色に全く感情を乗せずに、わざわざそれを口にした。

「奴らは私たちの匂いを辿って、避難先の村まで追いかけてきた。後はネズミ方式で、村から避難すればまたその先でスタンピードが起きて、人間がバラバラに避難すれば被害は一気に拡大する。そして、最終的にヨルドの里の傘下で生き残った村は、バルド村だけになった」

 それが、先ほどの言葉に繋がるのだろう。

 バルド村は初代村長カイゼルの能力のお陰で、避難した村人たちの匂いを追いかけられなくなった。だからバルド村だけは、ヨルドの里の崩壊に巻き込まれることなく現存しているのである。

「最初からバルド村に全員で逃げていれば、他の村も今頃、以前のように狩りに明け暮れていただろう。もしヨルドの民が、あのとき……」

 エトロは息が尽きたように言葉を途切れさせ、擦り切れるような深呼吸をして再び歩き出した。
 俺も無言で彼女の後を追い、樹海の足元に映るエトロの菌糸模様を見つめる。純粋な雪の影に生まれる真っ青な色合いと同じで美しいが、夏の残滓が残る季節では不安になった。

「バルド村はヨルドの里所属の最前線中の最前線だった。だがスタンピードで里を失い、支拠点となる村もすべて消えて、バルド村は孤立した」

 続いたエトロの話に俺は目を見開いた。

 その言葉が意味するのは、戦場で補給路と退路を断たれたという絶望だ。

 シンビオワールドでの里は、通常定義されている里とは違い、複数の村の集合体で出来上がった領地である。
 大雑把に例えるなら里が東京都となり、村が二十三区に当てはまる形だろうか。

 本来なら、村は狩人の前線基地として扱われるものだ。
 食料や日用品といったものは、ほとんどが大本営たる里から配達され、逆に狩人たちが集めた素材は里へ送られる。そのような物々交換で村人たちの生活は成り立っていた。バルド村のように素材を取ってその場で加工するというのは、あくまでも例外的な話だ。

 ドラゴンが跳梁跋扈するこの世界で、人間の生活圏は地球のように広大ではない。

 じわじわと森を開拓してドラゴンの危険が及ばぬ安全な地域を探さなければ、あっという間に人間は淘汰されてしまう。

 そこで狩人たちは非戦闘員を一か所に集めて里を置き、先駆者たちで村という支拠点を作りながら徐々に安全圏を広げていった。

 里の中央は里長が統治し、里の外周の村々は狩人の拠点として少人数が衣食住を提供する。
 そのさらに外側では狩人が安全な地区を見つけ出し、またそこに村を作る。

 それを繰り返して人間の生活範囲を広げていった生存戦略の形が、里というものだ。

 バルド村はスタンピードでヨルドの里を失ったことで、里から供給されるはずだった食料を絶たれた。

 それが如何に恐ろしい事なのか、異世界にいきなり放り出された俺には想像に難くない話だった。地球に帰れず、当たり前に甘受していた生活がすべて奪われ、ドラゴンに殺されるかもしれない事態。
 もしレオハニーが拾ってくれなかったら、俺はとっくの昔に死んでいた。

「……バルド村は、その後どうしたんだ?」

 沈鬱な面持ちのまま問いかけると、エトロは淡々と述べた。

「……スタンピードの元凶だったドラゴンの首領を討伐し終えた後、バルド村はエラムラの里から食料を融通してもらうことになった。ただ、それだけではバルド村に逃げ込んだ避難民たちを支えきれない。そこで急遽、避難民の大多数をエラムラの里に預けることにしたんだ。膨大なドラゴンの希少部位と、狩人を対価にしてな」
「エラムラの里が、バルド村を助けてくれたのか?」

 疑わし気に眉を顰める俺に、エトロはほんの少しすねたように言った。

「なんだ、意外な話でもないぞ。ヨルドの里とエラムラの里は以前から同盟を組んでいたからな」
「同盟?」
「ああ。古くから親交のある狩人同士が里長になったから、里同士の中も良くてな。いざという時は共同前線を張る約束もしてた。避難民の受け入れもその一環だ」
「そうなのか」
「私も避難民だったから、一時期エラムラの里で世話になったんだぞ。狩人になるためにバルド村に舞い戻ってきたが」

 エトロは隣里の友人に会いに行くと言っていた。きっとその友人は、かのスタンビードの後に出会った人なのだろう。

 狩人たちは皆ドラゴンに対して並々ならぬ感情を抱いていると常々思っていたが、エトロが経験した災厄は俺が想像していた以上に重く、また彼女が狩人たりえる十分すぎる動機であった。故郷に帰りたいというだけの俺より、エトロの方がよほど真剣に狩人らしい。いつまでも弱いままの俺にエトロが憤慨する理由も、今なら分かる気がする。

「大変……だったな」
「ああ。でも生きてる。それで十分だと納得したい」

 彼女の返答は空気のように軽い調子だったが、逆にそれが俺の胸の中に圧し掛かった。

 エトロは過去の苦しみを隠しているわけではないのだろう。
 ただ、客観的に説明できてしまうぐらいに割り切っているだけである。

 嫌な話をほじくり返した俺に当たり散らせばいいのに、それすらもしない。

 彼女の内側に押し込められた歪な悲劇から目を逸らすように、俺は俯いたままエトロの後ろを歩くしかできない。

「別にお前が気にする話じゃない」

 先頭を行くエトロは、すっかり普段通りの調子に戻っていた。
 俺が恐る恐る顔を上げれば、小憎たらしい猫っぽい顔が侮蔑的な笑みを浮かべていた。

「お前がいくら悩んだところで過去は変わらないんだ。気持ち悪い顔を晒すな」
「もっと言い方ってものがあるだろうよ」

 先ほどの俺の気持ち悪い発言の意趣返しのつもりか。
 そうだとしてもエトロの空元気に見えたので、俺は軽く彼女の言葉を受け流そうとした。

 しかし、エトロはわざわざ俺の前まで駆け寄ってくると、無駄に滑舌よく宣言した。

「誰がお前なんかに気を使うか。お前は私にいじめられて泣いてるぐらいがちょうどいい」
「なぁ……そろそろ怒るぞ?」

 こめかみを引くつかせながら俺が睨みつけると、エトロはあっかんべをしながら弾むように走り出した。

「ばーか。怒っても勝てないくせに。最弱狩人め!」

 子供っぽい仕草にあっけに取られたが、その後にじっくり言葉を吟味する冷静さが残っていたせいで、俺の中でふつふつと怒りが込み上げてきた。人がせっかく心配しているというのに、あの態度は流石に失礼すぎる。

「あーも゛ー! どいつもこいつも最弱最弱って! 待てやエトロ! ちょっとそこで正座しろ! 俺の心配返せ!」

 憤慨しながら勢いよく走り出すと、エトロはますます速度を上げて樹海の向こうへと離れていく。相変わらずエトロの身体能力に全く追いつけない。

 俺は自分の劣り具合に歯噛みしながら、隣を平然と走るアンリに叫んだ。

「おいアンリ! 『陣風』で連れてってくれよ!」
「やだよ。リョーホは一人で地べた走ってな」
「はぁ!?」
「じゃあお先。道の安全だけは保障してあげるよ」

 アンリはひらりと手を振ると、装備から『陣風』を解き放ってさっさと行ってしまった。

「ずるいって! つか、俺が逸れたらどうすんだ!」
「先にエラムラで待ってるよー!」

 ドップラー効果を残しながら遠ざかっていくアンリの声に、俺は渋面になりながら呟いた。

「いや、エラムラに行く気ないんだって! ……まぁいいか」

 俺は緩めていた速度をもう一度上げて、エトロたちが走っていた東の方角へと進み続けた。
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