家に帰りたい狩りゲー転移

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2章

(2)里と村

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 ソウゲンカに焼き尽くされた高冠樹海は、すっかり元通りの蒼々とした暗さを取り戻していた。むしろ前よりも木々がのびのびとしているように見えるのは、燃え尽きた木々の灰に加え、ネガモグラの残した肥沃の源が莫大な養分になったおかげだろう。

 ただし、以前の通りの植生が完全に帰ってきたわけではない。ソウゲンカで燃えた区域だけは幹が白い樹木ばかりに置き換わっており、樹海の中に新たな彩を添えていた。こうも景色が変わると、本当に同じ樹海なのかと心配になってくる。

 それにしても、高冠樹海の樹木はどうして地表から根っこを出しまくるのか。せっかく平らにならされた地面が再び高低差ばかりの歩きにくさに戻ったことだけが解せない。

 そして、俺の後ろからついてくる二つ分の足音も解せない。
 俺は単独依頼を発注したはずなのに、なぜCランク狩人と守護狩人が勝手についてきているのか。

「なんでお前らも一緒に来るんだよ!」

 後ろに向かって思わず吠えると、エトロとアンリがきょとんとした顔で俺を見た。エトロの驚いた顔が珍しくて思わず見入りそうだったが、アンリの死ぬほど殴りたい顔が一緒に視界に写っているだけで腹がむかむかする。

 この二人はつい数分前まで村の下層で密会に興じていた。もしや俺が一人で出かけるのを見計らって、よからぬ企みに巻き込もうとしているのではあるまいか。

 そんな疑念に満ちた俺の視線を受けて、アンリは茶髪のポニーテールを揺らしながらにっこり笑い、

「俺はメルク村長のお使い。お酒切れそうなんだって」

 と最低な任務内容を明かしてきた。
 次にエトロはくらげっぽい空色の髪を揺らしながら、

「隣里の友人に会いに行くだけだ」

 と意外と可愛らしい理由を告げた。

 それらを統合して俺が出した結論は、

「俺とぜんっぜん関係ないじゃねーか! 俺は薬草取るだけで、エラムラの里に行かねーよ!? いや一緒に来てくれるのは心強いんだけども!」

 という心からの叫びだった。

 ついさっきカーヌマの任務に守護狩人が二人同行すると聞いて、確かに俺は羨ましいと思った。強い狩人の戦い方はかなり参考になるしかっこいいので、きっと一生の思い出になるだろう。

 でもそれとこれとは話が別だ。

 何が悲しくてアンリとエトロを連れて行かなければならないのか。

 俺を虐め倒すことに関してこの二人の右に出るものはいない。エトロ単体でもメンタルがごりごり削られていくというのに、人を煽り倒すのが大得意なアンリがセットでは闇の化学反応が起きて俺が死ぬ。

 せめて中位ドラゴンの討伐であれば二人からの精神攻撃もまだ我慢できる。

 なのに最低ランクの依頼の同伴?

 労力と評価が釣り合っていないではないか。

「帰れ! お前らと遊んでる暇はない! 今日だけは放っておいてくれ!」

 追い詰められた獣のように歯を剥き出しにする俺。
 対してアンリは鼻の穴を膨らませながら腹の立つ笑みを浮かべた。
 イケメンの煽り顔は、この世の何よりも助走をつけて殴りたいものである。

「つれないこと言わないで、もっと喜んだらどうだいリョーホ。その双剣が一体誰のおさがりなのか、もう一度よく思い出してみなよ」
「おい、おい! ここで重い話をぶっこんでくるな! つか今日は使う予定ないからな! 薬草取るだけだかんな!?」
「何言ってんだよ。薬草の群生地が隣里にあるんだよ? だったら俺も一緒に行くしかないでしょ」
「そりゃ合理的だけどさ、なんか嫌なんだよぉ! 分かるかこの気持ち悪さ! 分かれ!」

 刹那、首元に季節外れの冷気が忍び込んできて俺は咄嗟に立ち止まった。

 恐る恐る視線を下げてみると、俺の顎の下に氷から削りだしたような美しい槍が突きつけられていた。

「気持ち悪いとはなんだ」

 まさに絶対零度。
 声だけで心臓を凍り付かせるほどの静かな怒りが、エトロの瞳の中で青く燃えている。美人ほどキレると怖いとよく言うが、怖いなんてものではない。

「た、たた多分エトロの気持ち悪いと別物だから武器しまってくれる?」

 もつれる舌を必死に動かして説得すると、エトロはすぐに槍を引っ込め、鼻を鳴らしながら先に行ってしまった。

 呆然としたままエトロを見送っていると、後ろから追いついてきたアンリが爽やかに告げた。

「おちょくられたね」
「今のが? 冗談ヘタクソすぎない?」

 間違いなく本気で怒っていた。絶対に俺の気のせいではなかった。

 そもそも冗談ならば武器を持ち込む時点でレッドカードだ。
 距離感の詰め方があんまりにも稚拙なので、もしかしたらエトロは陰キャなのかもしれない。

 そんな思考が顔に出ていたのか、エトロの方から小さめの氷晶が飛んできて顔の横を掠めていった。

 やはり彼女は陰キャである。
 内心で結論をつけたはいいが、これ以上話を突き詰めると俺の脳みそが吹っ飛びかねないので自重することにした。

「しかし、エトロに友達かぁ……ちゃんと友達いたんだなぁ……」
「君はエトロのことをなんだと思ってるんだ?」
「今のアンリが怒るところだったか?」

 ブルータスに裏切られた気分でさっとアンリから距離を取ると、彼はしらっと目を背けてエトロを追いかけていった。俺が先導をしていたはずなのに、すっかりチームの主導権がエトロに移ってしまっている。

 最初から俺に合流せずに二人で行けばよかったものを、と思いはするが、チームから抜け出そうとしない俺も俺だ。なんだかんだ言って、二人と外出できるのが楽しいのである。

「寂しがり屋の兎かよ、全く」

 自分に悪態をつきながら、俺は二人に追いつくべく足を速める。

 それからアンリの隣に並んで、先ほどの任務の件をほじくり返した。

「村長の酒の任務って、もしかして毎回やってる?」
「もちろん。酒を切らした村長はかなり恐ろしいからね。バルド村の皆にとっては死活問題だよ」
「どれぐらい怖い?」
「暴れまわって村が半壊するぐらいかな。酒を渡せば大人しくなるよ」
「ただの最低親父じゃないか」

 アンリの冗談だと思いたいところだが、メルクはレオハニーの次に強い討滅者だという事実が話に信ぴょう性を与えてくる。あのロリババア、もといショタババアが暴れまわって物を壊すなんて想像もつかないが、実年齢を考えたら多分、やる。

 一度だけ、怖いもの見たさでメルクの酒を切らしたらどうなるだろう。
 降って湧いた悪戯心を今後の予定に書き加えた後、俺は疑問に思ったことをアンリに聞いてみた。

「でもわざわざ余所から持ってこなくても、酒なんてバルド村で作ればいいだろ」
「残念ながら、うちの村の辺りはドラゴンの侵攻が激しいからね。穀物を育てるために崖の外に出たら、一瞬で中位ドラゴンに踏み荒らされちゃうよ。だからどうしてもエラムラの里から取り寄せないといけないんだよね」

 それもそうだ、と俺は納得した。

 酒を造るには米や麦、トウモロコシが必要で、それらを育てるためには広大な農地が必要だ。しかしドラゴンの襲撃を考慮すれば、バルド村で酒を造れないのも当然だった。

 であれば、俺たちが普段から食べているパンや白米も、すべてエラムラの里から取り寄せたものということになる。バルド村の食料自給率がかなり壊滅的で不安になるが、その分ドラゴンを殺すマンパワーは十二分にあるので、最悪肉で凌ぎ切れば生き残れるのかもしれない。バルド村にはドミラスがいるので、非常時の際の食糧問題についてはすでに対策済みだろう。

 改めて考えてみると、バルド村の立地は人間が生活する上でかなりよろしくない。上層へ移動する手段が階段しかないのもさることながら、日当たりは悪く、川が流れているので湿っぽい上、窓もないので部屋はキノコライトしか光源がない。賃貸マンションとして売り出したら破格の値段になること間違いなしだ。

「なんだってバルド村は変な場所に建てられたんだ?」
「そりゃもちろん、ドラゴンから隠れるためさ」

 アンリは睫毛の長い目を半ばまで伏せた後、水面のように揺らめく樹海の葉を瞳に映した。

「あの崖はね、バルド村の創設者カイゼル様の菌糸が宿っていて、ドラゴンが忌避する匂いを出しているんだよ」

 ドラゴンが嫌う匂いなら、シンビオワールドでも実装されていた菌糸能力だ。

 名前はそのまま『忌避』。一定距離までドラゴンと能力者の距離が近づくと、ドラゴンがフィールドから逃走するか、別の狩人に敵意ヘイトが逸れるのだ。戦場の治療をメインにした狩人がよく設定していた能力だが、発動には制限時間があり、無理をすれば体力が削られてしまう。

 それを、創設者カイゼルは常時能力を発動したままバルド村の絶壁に付与してみせたという。

「……ちなみに、カイゼルさんって今も生きてらっしゃる?」
「もう百年以上前のことだよ。死んだって記録もないけど、生きてるって話もない」

 要するに、カイゼルは死んだも同然の人なのだ。
 彼の化け物級の遺志と体力には、俺も一狩人として感服するしかない。

「そのカイゼルさんの菌糸能力って、まだ効果は続いてるのか?」
「続いてるよ。最悪な方法で実証されたけど」

 ふいに樹海の中にそよいでいた風が止み、辺りが静まり返った。

 耳を澄ましてもドラゴンの鳴き声や重々しい足音は感じられず、三人分の歩く音が樹海の闇に吸い込まれていく。空が全く見えないせいで、まるで樹海の中は時が止まってしまったかのようだ。

 不気味な孤独感に指先が冷えていくのを感じながら、俺はじっとアンリの端正な横顔を見つめた。彼の首筋には、風属性の菌糸模様が淡く瞬いていた。
 
「──十二年前、バルド村の下流にはヨルドの里があったんだ。海沿いで発展した結構大きな里でね。そこでは毎日竜王の討伐隊が組まれていて、リデルゴア国のあちこちから集まった腕自慢の狩人たちで溢れかえっていたよ」
「……あった、ってことは、今は……」

 アンリが口を開くより早く、数メートル前を歩いていたエトロが密やかに告げた。

「スタンピードに飲み込まれて、ヨルドの里は地図から消滅した」

 俺は思わず息を呑んで足を止めた。
 エトロの表情はここからでは距離があるせいで全く見えない。それをまるで察したかのように、エトロは足を止めて身体ごと俺を振り返った。

 底冷えするような瞳が俺を見つめていた。
 怒りも悲しみもない、しかし虚無とも言い難い感情を向けられて、俺の喉が凍えていく。

「ヨルドの里は、私の生まれ故郷だ」

 知りたかったエトロの過去。まさかなんの心構えもなしに放り込まれるとは思わず、俺は何も言えずに彼女の声を待つしかない。

 彼女の臍やひじの辺りにある菌糸模様が、雪の結晶を象りながら月光のように暗い道を照らしていた。
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