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或る騎士たちの恋愛事情(完結)
16話 エピローグ(完)
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エピローグ
あれはリカルドが9歳の時。エスタツィオーネの屋敷で働き始めて半年くらいたった頃。
その日はリカルドが働いている屋敷で夜会が開かれ、近隣や遠方から沢山の貴族とその家族たちが招かれていた。
下働きのリカルドは表に出してもらうことはなく、料理の下ごしらえの手伝いや、洗い物を担当していた。
いつもの何倍もの量の料理を出さなくてはならなくて、厨房内ではコックたちが忙しそうに働いている。リカルドは隅の方で指示されたジャガイモの皮剥きをしながらその様子を眺めていた。コック長がコックたちに怒鳴りながら指示を出している。
「今日はオーエンベルクの何とかっていう貴族様がいらっしゃっるようだから、北の方の好みに合わせて塩は多めに入れてくれ」
オーエンベルクか。確かパレシアよりもっと北の寒いところだってメイドのサーラが言ってた気がする。今はまだお金もないし、体も小さいから遠くには行けないけど、いつか国中を旅してみたい。
そんなことを考えながらリカルドはひたすら芋の皮と格闘する。
芋の皮むきが終わったら次は夜会の会場である広間まで料理のワゴンを運ぶよう指示された。
配膳は執事やメイドがやるからと、リカルドが運ぶのは広間のドアの前までだった。
そっとドアの隙間から広間をのぞくと、中では明るく煌びやかなドレスや正装に身を包んだ人たちが楽し気に話しながら食事をしていた。優雅な音楽も聞こえて来て、なんだか自分のいる場所とは違う世界のようだった。
キッチンと広間を何往復もした後、ちょっと休んでいたら次は皿の片付けだと言われてすぐに空き皿の乗ったワゴンを取りに広間へ向かう。
仕事は大変だったが、この屋敷の使用人たちはみんな公平で親切だ。
ご飯は食べさせてもらえるし、一生懸命働けばちゃんと評価してくれた。それに小さなころから母親を手伝って家事などをしていたので、リカルドは誰かのために働くことは嫌いではなかった。
食事が終わると夜会はダンスの時間になり、皿洗いを終えたリカルドはコック長からもう寝ていいぞと許しをもらったので自室に向かった。
自室は屋敷の端にある小さな一人部屋でベッドしか置けないような広さだが、お気に入りの拾った綺麗な石や面白い形の木なんかをベッドボード飾って、自分のお城のようで気に入っている。
いつも近道に使っている真っ暗な中庭を通っていると子供のすすり泣きのようなものが聞こえて、リカルドはギョッと驚く。もしかしてお化けかな?と怯えつつも好奇心に勝てず、そっと声のする方へ向かう。
声を頼りにたどり着いた植込みの先にいたのは長い金髪に白いドレスを着た、自分と同い年くらいの女の子だった。
リカルドに気づくとビクリと怯えて、後ずさる。大きなアーモンド形の青い目に涙が浮かんでて、まるで宝石のようにキラキラしていた。鼻がツンと尖っていて、口も小さくてピンク色で、昔教会で見た絵に描かれた天使みたいだった。
こんなかわいい子を見たのは初めて見てリカルドの胸がドキッとときめく。あまりに完璧すぎてもしかして本当に天使かなとリカルドがジロジロ見ていると少女が怯えた顔で口を開く。
「だ、誰?」
「ああ、怖がらなくてもいい、ここの使用人だよ」
「……子供が使用人なの?」
「うん、おれ親いないからさ、働かないと……って、君こそこんなところで何してんだ?その恰好からすると、今日の夜会のお客さんだろ?」
「……大人たちは踊ってて退屈で……」
「うん」
「花を見ていたら、ここのバラのツタに髪の毛が……」
「ああ、絡まっちゃったのか」
「引っ張ると痛いし、ツタにもトゲがあって触れないし……」
「それで泣いてたのか」
「泣いてない!」
眉を吊り上げて思いっきり反論する。顔は可愛いのに結構気が強くてリカルドは少し驚く。
意外だったが弱々しいよりかはよっぽどいい。貴族のお嬢さまって皆こんな感じなのだろうか。興味津々のリカルドが面白くなって少女をからかう。
「いや、泣いてただろ」
「泣いてないって!」
「はいはい、取ってやるからじっとしてろ」
「……お前、使用人のくせに生意気……」
「君の使用人じゃないもん。君がお金くれるって言うならもう少していねいにしてあげてもいいけど?」
にやりとリカルドが笑うと、少女はかっと顔を赤くして目をそらす。
「……お金は持ってない……お父様なら持ってるけど……」
「だろ?じゃあおとなしく俺の言う事聞いとけ」
「…………」
少女は黙るとおとなしくリカルドがからまった髪を蔦からほどくのを見つめる。
蔦に触れた時、リカルドの指に棘が刺さる。
「いてっ……トゲが刺さった……」
「大丈夫?」
「これくらい平気、慣れてるし」
指から少し血が出たが大した傷ではない。リカルドはその指を使わないようにして再び絡んだ髪に手をのばして作業を再開する。
「そうなの……?使用人って大変だね……」
「まあ、その代わり住む部屋やご飯をもらってるから文句は言えないよ。でも早く大人になって自分で稼げるようになりたいな」
「ふーん。将来、何になりたいの?」
「それはまだ分かんないけど……ほら、取れたぞ」
髪を痛めることなく綺麗に蔦から外すことができてリカルドはホッと安堵の息を吐く
「ありがとう……」
「どういたしまして」
「手、貸して」
少女のいわれるがままにリカルドが手を差し出すと、ポケットから綺麗なレースのハンカチを取り出し、血が出ているリカルドの指に巻く。
「別にこれくらい良いのに……」
「傷をばかにしたらだめだよ。ばい菌が入ったら腫れたり熱が出たりするって本に書いてあった」
「へえ、かしこいんだな」
「……勉強は好き……」
「そっか。ありがとう」
リカルドは立ち上がるとケガをしていない方の手を少女に差し出す。
「暗いし、広間まで送るよ」
「別に、一人で立てる」
そう言うと少女はツンと立ち上がってスカートについた土や葉っぱを払う。
さっきまで泣いていたのになかなかプライドが高いなあとリカルドはますますこの少女が気に入った。
先導するリカルドから少し後ろを長いドレスに慣れていないのか、裾を持ってモタモタと少女が付いてくる。
広間に向う途中、無言が気まずくて少女が口を開く。
「さっき話してたことだけど」
「ん?」
「将来何かになりたいっていう……」
「ああ」
「その……使用人は、使用人にしかなれないんじゃない?」
「そんなことないよ。おれ次第だろ?おれが頑張れば、騎士にだってなれるかもしれない」
「それはムリだと思う……」
「ムリじゃない!」
今度はリカルドが反論する番だった。その勢いに少し少女は怯んだが、言い負かされるのはプライドが許さないのか強気に言い返す。
「でも、お父様が貴族に生まれれば貴族になれるけど、平民は一生平民だって……」
「おれが諦めたらムリかもしれないけど、おれは諦めない!」
「絶対ムリだよ」
「ムリじゃない!じゃあ、もし俺が騎士になったらおれと結婚してくれる?」
「は、はあ?な、何を言って……?!」
急に予想外の事を言われて少女が顔を真っ赤にして慌てふためく。
「君が絶対ムリっていう事を叶えたんなら、それくらいのご褒美があってもいいんじゃない?」
「いや………それに私は……」
言いかけたところで広間の方から、綺麗なドレスを着た女性が駆け寄ってくる。多分この子の母親だろう。
使用人の自分と一緒に居ると、この子があの人にいろいろ言われそうだなとリカルドは少女からそろそろと離れる。
「じゃあな、約束したからな」
「ちょ、ちょっと!」
そう言うとリカルドは駆け出して暗闇に消えていった。
近づいてきた母親が少女に声をかける。
「ノクス、今の子は誰?ああ、もう、折角綺麗にしたのにドレスをこんなに汚して……髪の毛もボサボサ……はぁ、やっぱり男の子はダメね……」
母親は文句を言いつつ汚れた髪やドレスを整える。
そう言えば名前を聞いていなかった。
自分も将来騎士になればまたあの子と出会うことができるだろうか?
そんなことを思いながらノクスは面白そうに少年が去っていった方を見つめて母親に答える。
「あの子は将来、騎士になるそうです」
後日リカルドは昨日夜会に来た貴族の中に娘はいないと聞かされ、自分の初恋の少女はやっぱり天使だったのかとしばらく落ち込んだ。
Fin
あれはリカルドが9歳の時。エスタツィオーネの屋敷で働き始めて半年くらいたった頃。
その日はリカルドが働いている屋敷で夜会が開かれ、近隣や遠方から沢山の貴族とその家族たちが招かれていた。
下働きのリカルドは表に出してもらうことはなく、料理の下ごしらえの手伝いや、洗い物を担当していた。
いつもの何倍もの量の料理を出さなくてはならなくて、厨房内ではコックたちが忙しそうに働いている。リカルドは隅の方で指示されたジャガイモの皮剥きをしながらその様子を眺めていた。コック長がコックたちに怒鳴りながら指示を出している。
「今日はオーエンベルクの何とかっていう貴族様がいらっしゃっるようだから、北の方の好みに合わせて塩は多めに入れてくれ」
オーエンベルクか。確かパレシアよりもっと北の寒いところだってメイドのサーラが言ってた気がする。今はまだお金もないし、体も小さいから遠くには行けないけど、いつか国中を旅してみたい。
そんなことを考えながらリカルドはひたすら芋の皮と格闘する。
芋の皮むきが終わったら次は夜会の会場である広間まで料理のワゴンを運ぶよう指示された。
配膳は執事やメイドがやるからと、リカルドが運ぶのは広間のドアの前までだった。
そっとドアの隙間から広間をのぞくと、中では明るく煌びやかなドレスや正装に身を包んだ人たちが楽し気に話しながら食事をしていた。優雅な音楽も聞こえて来て、なんだか自分のいる場所とは違う世界のようだった。
キッチンと広間を何往復もした後、ちょっと休んでいたら次は皿の片付けだと言われてすぐに空き皿の乗ったワゴンを取りに広間へ向かう。
仕事は大変だったが、この屋敷の使用人たちはみんな公平で親切だ。
ご飯は食べさせてもらえるし、一生懸命働けばちゃんと評価してくれた。それに小さなころから母親を手伝って家事などをしていたので、リカルドは誰かのために働くことは嫌いではなかった。
食事が終わると夜会はダンスの時間になり、皿洗いを終えたリカルドはコック長からもう寝ていいぞと許しをもらったので自室に向かった。
自室は屋敷の端にある小さな一人部屋でベッドしか置けないような広さだが、お気に入りの拾った綺麗な石や面白い形の木なんかをベッドボード飾って、自分のお城のようで気に入っている。
いつも近道に使っている真っ暗な中庭を通っていると子供のすすり泣きのようなものが聞こえて、リカルドはギョッと驚く。もしかしてお化けかな?と怯えつつも好奇心に勝てず、そっと声のする方へ向かう。
声を頼りにたどり着いた植込みの先にいたのは長い金髪に白いドレスを着た、自分と同い年くらいの女の子だった。
リカルドに気づくとビクリと怯えて、後ずさる。大きなアーモンド形の青い目に涙が浮かんでて、まるで宝石のようにキラキラしていた。鼻がツンと尖っていて、口も小さくてピンク色で、昔教会で見た絵に描かれた天使みたいだった。
こんなかわいい子を見たのは初めて見てリカルドの胸がドキッとときめく。あまりに完璧すぎてもしかして本当に天使かなとリカルドがジロジロ見ていると少女が怯えた顔で口を開く。
「だ、誰?」
「ああ、怖がらなくてもいい、ここの使用人だよ」
「……子供が使用人なの?」
「うん、おれ親いないからさ、働かないと……って、君こそこんなところで何してんだ?その恰好からすると、今日の夜会のお客さんだろ?」
「……大人たちは踊ってて退屈で……」
「うん」
「花を見ていたら、ここのバラのツタに髪の毛が……」
「ああ、絡まっちゃったのか」
「引っ張ると痛いし、ツタにもトゲがあって触れないし……」
「それで泣いてたのか」
「泣いてない!」
眉を吊り上げて思いっきり反論する。顔は可愛いのに結構気が強くてリカルドは少し驚く。
意外だったが弱々しいよりかはよっぽどいい。貴族のお嬢さまって皆こんな感じなのだろうか。興味津々のリカルドが面白くなって少女をからかう。
「いや、泣いてただろ」
「泣いてないって!」
「はいはい、取ってやるからじっとしてろ」
「……お前、使用人のくせに生意気……」
「君の使用人じゃないもん。君がお金くれるって言うならもう少していねいにしてあげてもいいけど?」
にやりとリカルドが笑うと、少女はかっと顔を赤くして目をそらす。
「……お金は持ってない……お父様なら持ってるけど……」
「だろ?じゃあおとなしく俺の言う事聞いとけ」
「…………」
少女は黙るとおとなしくリカルドがからまった髪を蔦からほどくのを見つめる。
蔦に触れた時、リカルドの指に棘が刺さる。
「いてっ……トゲが刺さった……」
「大丈夫?」
「これくらい平気、慣れてるし」
指から少し血が出たが大した傷ではない。リカルドはその指を使わないようにして再び絡んだ髪に手をのばして作業を再開する。
「そうなの……?使用人って大変だね……」
「まあ、その代わり住む部屋やご飯をもらってるから文句は言えないよ。でも早く大人になって自分で稼げるようになりたいな」
「ふーん。将来、何になりたいの?」
「それはまだ分かんないけど……ほら、取れたぞ」
髪を痛めることなく綺麗に蔦から外すことができてリカルドはホッと安堵の息を吐く
「ありがとう……」
「どういたしまして」
「手、貸して」
少女のいわれるがままにリカルドが手を差し出すと、ポケットから綺麗なレースのハンカチを取り出し、血が出ているリカルドの指に巻く。
「別にこれくらい良いのに……」
「傷をばかにしたらだめだよ。ばい菌が入ったら腫れたり熱が出たりするって本に書いてあった」
「へえ、かしこいんだな」
「……勉強は好き……」
「そっか。ありがとう」
リカルドは立ち上がるとケガをしていない方の手を少女に差し出す。
「暗いし、広間まで送るよ」
「別に、一人で立てる」
そう言うと少女はツンと立ち上がってスカートについた土や葉っぱを払う。
さっきまで泣いていたのになかなかプライドが高いなあとリカルドはますますこの少女が気に入った。
先導するリカルドから少し後ろを長いドレスに慣れていないのか、裾を持ってモタモタと少女が付いてくる。
広間に向う途中、無言が気まずくて少女が口を開く。
「さっき話してたことだけど」
「ん?」
「将来何かになりたいっていう……」
「ああ」
「その……使用人は、使用人にしかなれないんじゃない?」
「そんなことないよ。おれ次第だろ?おれが頑張れば、騎士にだってなれるかもしれない」
「それはムリだと思う……」
「ムリじゃない!」
今度はリカルドが反論する番だった。その勢いに少し少女は怯んだが、言い負かされるのはプライドが許さないのか強気に言い返す。
「でも、お父様が貴族に生まれれば貴族になれるけど、平民は一生平民だって……」
「おれが諦めたらムリかもしれないけど、おれは諦めない!」
「絶対ムリだよ」
「ムリじゃない!じゃあ、もし俺が騎士になったらおれと結婚してくれる?」
「は、はあ?な、何を言って……?!」
急に予想外の事を言われて少女が顔を真っ赤にして慌てふためく。
「君が絶対ムリっていう事を叶えたんなら、それくらいのご褒美があってもいいんじゃない?」
「いや………それに私は……」
言いかけたところで広間の方から、綺麗なドレスを着た女性が駆け寄ってくる。多分この子の母親だろう。
使用人の自分と一緒に居ると、この子があの人にいろいろ言われそうだなとリカルドは少女からそろそろと離れる。
「じゃあな、約束したからな」
「ちょ、ちょっと!」
そう言うとリカルドは駆け出して暗闇に消えていった。
近づいてきた母親が少女に声をかける。
「ノクス、今の子は誰?ああ、もう、折角綺麗にしたのにドレスをこんなに汚して……髪の毛もボサボサ……はぁ、やっぱり男の子はダメね……」
母親は文句を言いつつ汚れた髪やドレスを整える。
そう言えば名前を聞いていなかった。
自分も将来騎士になればまたあの子と出会うことができるだろうか?
そんなことを思いながらノクスは面白そうに少年が去っていった方を見つめて母親に答える。
「あの子は将来、騎士になるそうです」
後日リカルドは昨日夜会に来た貴族の中に娘はいないと聞かされ、自分の初恋の少女はやっぱり天使だったのかとしばらく落ち込んだ。
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