淫魔も惚れれば一途になる

春澄蒼

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 そんなこんなで、中間報告は終わった。

 おれとしては最終報告でもよかったくらいだけどね。理由がわからないとモヤモヤするけど、インキュバスってわかっちゃえば、なんか、いっかなって。

 能天気に伸びをするおれに比べて、レオはまだ納得していないみたい。熱心に、柳田先生へ質問をぶつける。


「あの、どうしてサキュバスとインキュバスはそんなに相性が悪いんですか?」
「血が混ざり合わないための、本能的な拒絶反応だと言われているね。サキュバスとインキュバスの間に子どもができると、女性だけ、男性だけに遺伝する性質が狂ってしまったり、力が強くなり過ぎてしまったり」

「狂うっていうのは……鈴玖の……?」
 おっと、自分の名前が出てきて、興味をそそられる。
「いや、リクくんはまた別で、突然変異的なものだけど……そうですよね?上田先生」
「そうよぉ。六間口むまぐち家は純粋なるサキュバスの家系ですものぉ。ねぇ、お母さま?」
「えぇ、中世までさかのぼっても、インキュバスの血は入ってませんわ。……それ以前はさすがに断言できないけど」

「中世って……大げさだなぁ」
 時代がかった母さんの言い方に笑うと、ジト目でにらみ返される。
「りっくん、もしかして淫魔のことだけじゃなく、うちの家系の話も冗談だと思ってたの?」

「……え?!ネタじゃないの?!」
 おれのリアクションに、諦めたようなため息。
 いや、いや!あんなのだれだってネタだと思うでしょ?!


「あの……その話、オレが聞いても大丈夫なやつですか?」
 遠慮と好奇心を天秤にかけて、レオは好奇心をとった。

「ええ、もちろん。ただ、うちはこれでもサキュバスの名家だっていう自慢なんだか自虐なんだかわからない話ってだけだからね」
「め、名家?」
「そうよ。うちのご先祖さまはスコットランドでなかなかの大活躍だったとか、あの本に書かれている『淫魔』はうちのご先祖さまだとか……そういう伝説をいっぱい聞かされたもんよ」

 そう、そう。
 あんまり交流はないけど、母方の親戚はそういう自慢話が大好きで、小さいころはおれもよく聞かされたな~。
 子どもながらに(この人、大丈夫かな~)と愛想笑いをしたもんだったけど……まさか、あれ全部、マジなの……?


 おれが過去の無礼を反省するかたわら、レオが気になったのはまた別の点だった。
「……え、じゃあ鈴玖って、ハーフかなんかなのか?」

「いや、ハーフでは──あれ?言ったことなかったっけ?」
「ない、ない!聞いてない!!」
「そうだっけ。まぁ、日常会話で出ない話題だしな。しかも外国の血が混じってるっていっても、えーと、なんだっけ?母さんの、おばあちゃんが──?」

「私の祖母が日本とスコットランドのハーフね。祖母が来日して、それからはずっと日本だから、私でもあまり向こうにはルーツを感じないくらいだし」
「だよねー、おれだって日本から出たことないし」

 あっけらかんと語る親子を、レオは(そんな軽くていいのか?!)みたいな目で見る。



「六間口家の変遷は『淫魔』の研究──ひいては『F.T.S』の研究において、とても興味深い一例ですよ」
 柳田先生がだれにともなく語る。薄々感じてはいたけど、この人……オタクだな。研究者っていうより『F.T.S』オタク!!

「ヨーロッパからの輸入種に対して、日本の在来種が反発する──かと思いきやそんなことはなく、すぐに受け入れた。サキュバス間に敵対意識はなく、むしろ仲間意識が強い。おもしろいですよね、テリトリー争いやターゲットの奪い合いなんかが起きそうなものなのに」

「在来種?そんなのがいるんですか?」
 オタク語りに食いついたのは、意外にもレオ。

「日本にもずっと昔から『淫魔』の一族はいたよ。主流はヨーロッパだけどね」
「てことは、『F.T.S』は日本だけじゃなくて、世界中に存在する……?」
「もちろん!日本は後発だよ。存在が認められたのは戦後のことだし、記録を取り始めてまだ五十年そこら。本格的な研究が始まって、まだ十年も経っていない」
「そんな最近のことなんですか……だから、まだわからないことも多いんですね」
「そうなんだよ。しかも医学界の中でもずっとイロモノ扱いされてきたから、なかなか研究者も育ってないんだ」
「本人の協力もなかなか得られなさそうですよね。隠すのが当たり前っていうか」
「実際、隠さなきゃ生きていけないからね。でも……難しいところだよ。市民権を得ておおやけになることが、必ずしもいいとは限らない。このまま、伝説やおとぎ話の中だけにとどめておく方が──」


 そこで、柳田先生ははたと止まる。目の前にご本人たちがいることを思い出したのだ。


「っと、申し訳ない。外野がごちゃごちゃと……」
「いえ、いえ。柳田先生のような方がいてくださって、私どもも助かります」
「『種』とか『テリトリー』とか、決してみなさんを軽視してるつもりはないのですが……」
「あはは、そんなのわかってますよ!柳田先生がそういう人たちとはちがうってことは、今までの態度で伝わってますから」

 母さんと先生のやり取りを聞いて、世の中にはの方が多いんだろうな、と解釈した。
 そして、真剣に話を聞いているレオの横顔を見て、おれってラッキーだ、と改めて思った。


***


 その後、おれは柳田先生から提案されて、もう一度インキュバスのフェロモンを体験することになった。

 やっぱり以前の実験の時にそうとは知らずに嗅いだことがあったみたいだけど、それは人工的に再現したものだったらしく、今度は本物、インキュバス本人から採取した匂いを体験してみようというのだ。


 レオは何度も「大丈夫かよ」と心配してくれたけど、バイトの時間が迫っていたために、一足先に退場。
「後で連絡しろよ」と事後報告を約束させて、病院を後にした。



「レオくんは、いいね」
 実験の準備をしながら、柳田先生がうきうきとそんなことを言うもんだから、おれは変な意味かと思ってギョッとした。

 けれどもちろん、そうではなく。
「論理的かつ、柔軟な発想もできる──研究者に向いてるよ」

 あ、なんだ、出来のいい生徒をほめる的な意味ね。
 ホッとすると同時に、レオをほめられてなぜかおれがうれしくなる。

「レオはさー、気になったらとことん調べちゃうタイプだし、即断・即決で迷わないんだよねー。でも現実的だからさぁ、『淫魔』なんてメルヘンな展開、もっと『ありえねー』って拒否すると思ったんだけど」
「現実的だからこそ、論理的に説明すればちゃんと理解してくれるんだよ」
「へへ、そっか」


 柳田先生は、おれにも教えてくれたプライベートの番号を交換するくらいに、レオを気に入ったみたい。
 レオもまだ聞きたいことがあるみたいな名残惜しい感じだったから、そのうちおれの知らないところで連絡を取り合ったりして。


 ──その場面を想像したら、なぜだかちょっぴりもやっとした。


******


「そんでさ、すんごいの!臭いとかそういうレベルじゃなくって、攻撃!まじで卒倒するかと思ったよ!」
『ってことは、ほぼ確定なのか?』
「たぶんね。ほとんど同じ感じだったし。まあ、あの時はもっと強烈だったけど」

 夜を待って、おれは約束通りレオに電話した。
 顔を見ない分ちょっとは落ち着いて話せるけど、電話は声が近いから耳だけはざわざわしてる。

『……今日の実験に使ったインキュバスのフェロモンって、だれの……つか、どういう人のなの?』
「匿名の、柳田先生の研究に協力してくれてる人。ちゃんと許可取ってるって」
『それってさ、もしかして鈴玖の、その……フェロモンもそうやって実験に使ったりしてんの?』
「たぶんね。あー、そう考えると、なんか変な感じ。知らない人にフェロモン嗅がれてるとか」

 今日のフェロモンの人もおんなじこと思ってるかも、と思ったら、ちょっとおもしろい。


『でも、そっか……つまり、あの時店にインキュバスがいたってことなのか……』
 そう言われて、おれはつい(だれだろう?)と店員さんやお客さんの顔をひとりひとり思い浮かべてしまった。

 っやめやめ!犯人探しみたいなことは、しない方がいい。そしてレオにも「探したりすんなよ!」と釘を刺す。

『……早く見つけた方がいいだろ』
 やっぱり探す気だったようで、レオはふてくされたように言い返した。

「ばか!危ないことすんな!先生たちに任せとけばいいんだよ。オーナーは柳田先生の知り合いなんだから、そっちに協力してもらえばすぐ見つかるよ」
 そう説得すると、いちおうって感じで『わかったよ』とは言う。

 むぅ……ぜんぜん納得してないじゃん!

『ってことはさ』レオはこれ以上うるさく言われる前にと,急いで話題を変える。『チョコレートとかも、関係なかったってことか』

「……そうじゃね?めっちゃタイミング悪かったけどなっ!」

 レオの言う『とか』には、ソウカさんがおれに渡したという水がふくまれるんだろう。
 やっぱりソウカさんは関係なかったじゃん!──と勝ち誇りたい気分でもなかったから、ここはスルーする。

 そしてレオもあまり突っ込まれたくなかったようで、深掘りはしない。



『……鈴玖ってさ、柳田先生と……仲良いよな』
「え、そお?」

 報告も終わったし、そろそろ──と思っていたから、レオが話題を広げてきたことと、そのチョイスに面食らう。
 おれとしてはもう少し話したかったからいいんだけどね。

『だって普通、薬剤師と患者が番号交換しないだろ』
「レオだって今日したじゃん」
『……まあ』
「柳田先生はそういう人なんだよ。だれにでもフレンドリーなの。プラス、おれが『淫魔』としては特殊だから、いろいろ気にかけてくれてんだよ」
『ふぅん』

 なんだ、今の『ふぅん』?!なんか、意味深なんだけど?!

「レオこそ、柳田先生と妙に馬が合ってたんじゃね?おれよりもよっぽど熱心に聞いてたし」
『鈴玖がテキトー過ぎんだろ』
「なにをぅ?!」
『……これ、本人に聞くのはさすがにどうかと思ったから保留したけどさ』
「え、なになに?」
『柳田先生は普通に一般人──べつに『F.T.S』じゃないんだよな?』
「……そんなん、考えたことなかった」
『まじかよ……普通、気にならねぇ?』
「ぜんぜん、ならなかった……えぇ?!でも今、めっちゃ気になってる!!」
って言い方からすると、そうだと思うんだけど』
「あー……ぽいな」
『そうなると逆に、なんで研究者になったのかとか、そもそもどうやって『F.T.S』のことを知ったのかとか気になってくるな』
「あんがい、レオと同じなんじゃね?知り合いにいた、とか」
『あり得るな……なあ、鈴玖』


 それまでと声音が変わったから、ちょっと警戒して「……なんだよ」

『鈴玖はさ、どんくらい知ってんの?』
「……なにが」
『だからさ……他に』
「他に?」
『他にどういう症例があるか、とか。『F.T.S』っていろいろなんだろ?もしかしてさ……あ、いや、こんなん非現実的ってわかってはいるんだけどさ、でも、もしかしたらって……思って……』

 おれはこの時点でレオの言いたいことをわかってたけど、あえて「具体的に」とあっちから言わせるように仕向ける。


『……吸血鬼』
「吸血鬼」
『っ、吸血鬼も実在すんのかって聞いてんだよ』


 最後、ぶっきらぼうになったのは、こんな非現実的なことをマジメに聞いている自分が恥ずかしくなったからだろう。
 そんなレオのことを、おれはなんだか……かわいいと思ってしまう。

 電話でよかった。
 たぶん今のおれの顔、やばい。
 たぶん、にやにや──いや、ほわほわ?ふわふわ?ぽわぽわ?……とにかく、人に見せられないくらい崩れてる。


「……ふ、」だめだ、感情がもれちゃう。
『……笑うんじゃねーよ』
「やっ、ちがう、笑ってない笑ってない」
『笑ってんじゃねーかよ』
「ば、ばかにはしてないからっ!だっておれも同じこと聞いたし。柳田先生に」
『……だよな?やっぱりそこ聞くよな?』
「聞く聞く!柳田先生いわく、み~んな気にするらしいよ」
『だよな。……そんで?』
「えーとですね、本来は他の症例については教えられないとのことですが……」


 たっぷり焦らして、反応を楽しんでから、おれは息を吸う。

「吸血鬼は、いません!」

『っいないのかよ……!』
「いません!おれもがっかりしましたっ!」
『すっげぇ残念だわ、これ……』
「うはは、やっぱレオも吸血鬼がいたら会ってみたかった?」
『そりゃあ、な』
「だよなー。でもしょうがないから『淫魔』でガマンしとけー」
『……いや、サキュバスもたいがいなんだけどな。なんか、感覚おかしくなってきた……』


 やばい、楽しい。
 ゴロンとベッドに寝っ転がる。
 こんなくだらない話がなんでこんなに楽しいんだろうと、自分が不思議なくらいだ。

 家族以外に、秘密を共有できる人がいるのはすごく心強い。
 家族にはできない話も、レオにはできるし。

 もしバレたのがレオじゃなかったら?──グラや佐野だったらどうだろうと想像してみる。
 同じように心強いだろうけど、レオとはまたちがう感じになりそう……ああ、今さらムリかも。グラや佐野にバレてるのに、レオに内緒にするシチュエーションがうまく想像できない。



 電話を切った後も、おれはレオのことを考え続けていた。

 そして遅ればせながら、気づく。
 あれ、柳田先生と仲がいいだのなんだののくだりってもしかして……探り入れられたのでは?
 うわ、おれ、どう答えた?!誤解を加速させるようなこと、言ってないよな?!


 それどころじゃなくてすっかり忘れていたけど、この問題はなにひとつ解決していないんだった……!


******


 昨日が土曜だったということは、今日は日曜日であるのが当然で、おれには一日の猶予が与えられたということでもある。

 この貴重な一日を使って、おれはじっくり今後の計画を考えるつもりだった。


 ──けれど、予定は唐突に狂うもので。


『これからレオくんのバイト先に行くんだけど、りっくんも行く?』
 いきなりかかってきた電話で、いきなりそんなことを告げるみー姉。

「えっ?!」
『行くなら最寄駅に集合ね。二十分後。じゃ』
「えっ?!」

 もう切れてるんだけど……?
 呆然とスマホを見つめて……カッと覚醒する。に、二十分って今から出てギリなんだけどっ?!

 あたふた着替え、上着とかばんを引っつかみ、母さんには「みー姉と」だけ言い残して、走って家を出た。
 電車に飛び乗り、そこでやっと無策な己に気づく。


 あれぇ?!来ちゃってよかったの、おれ??


 やばい、なんにも考えてないっ!
 レオに会って、どうすんの?!いや、べつにレオに会いに行くんじゃなくて、カフェに行くのが目的だしっ!ふつーに、お客さんとして行けばいいんだしっ!

 はっ!でもレオには「しばらく店には来るな」って言われたんだったぁ!!
 了承したつもりはなかったけど、なんやかんやレオと気まずかったから、謝りに行った日以来行ってないんだよ。

 いや、でも!あれはね、ほら、ソウカさんを疑ってたからで。疑いが晴れた今は、もう関係な──いことないな。むしろ敵(と言っていいかわからないけど)がだれだか予想もつかない現状の方が危ないのでは……?

 ん……?危ないってなんだ。べつにインキュバスさんはおれを狙ってフェロモンを振りまいたワケではあるまいし。
 うん、そうだよね。だっておれがサキュバスだってバレるはずないし。

 ……待てよ。あの時はバレてなかったとしても、今はどうなんだ?おれがインキュバスさんのフェロモンで気持ち悪くなったように、インキュバスさんも……?ってことは、あっちも気づいた可能性があるってこと?!


 考えがまとまらないうちに、電車は着いてしまった。


 みー姉はおれを見つけたとたんさっさと歩き出すから、あわてて引き止めて、今考えついたもろもろを聞いてもらう。

 すると一言。「わたしがついてるから大丈夫」
 え、なにその男前発言?つーか、根拠のない自信?!


「……いや!やっぱ、おれ、行かない!」
「ここまで来て?」
「だって、これ以上レオに心配かけたくねーし……」
「自分で言うのもなんだけど、わたしひとりで行かせていいの?」

 うっ……それは、たしかに。おれ抜きで二人が会うとか、なんかおかしい。
 そしてかなり心配。この話を聞かない姉がレオに迷惑かけるんじゃないか、という意味で。


 歩き出したみー姉につられて、おれの脚も自然と前へ進んでいた。
 駅を出て、交差点に差しかかって、ふと、道の向こうに知ってる顔──ドキッとしてその行方を目で追う。

 見かけるのはあの日以来。
 ソウカさんは何事もなかったかのように、そして当然のような足取りで『プーカ』へと入って行った。


 それを見て、おれの中に変な怒りが生じる。
 え、おかしくない?

 おれがこんなに悩んでるのに、なんでソウカさんは堂々と出入りできるの?
 おれがレオに会えない日に、なんでソウカさんは会えるの?
 おれはちゃんと薬を飲んでたのに、非常識なインキュバスのせいで行きたいお店に行けないとか、おかしくない?理不尽じゃない?


 ……よし、レオになんか言われたら、「みー姉に無理やり連れてこられた」って言おう。


 いい言い訳をゲットして、おれの足取りは断然軽くなった。


***


 久しぶりの来店に、最初に気がついてくれたのは木内さんだった。

「リクくん、久しぶりだね。ここで倒れたって聞いたけど、大丈夫だったの?」
「えーと……その節はご迷惑をおかけしまして」
「持病の発作だって?たしかにリクくん、病弱そうだもんな」
「……そうですか?」

 心配してくれてるんだろうけど、せめてもうちょいボリューム落として!って言いたくなる。
 ハラハラしていると、会話を聞きつけたレオがキッチンから顔を出した。

「鈴玖……」
 うぅ……微妙な顔された……!明らかに歓迎はされてないトーンだ。


「二人なんだけど?」空気を読まずにみー姉がピースをかかげる。「カウンター、いい?わたしアイスコーヒー。鈴玖は?レモンスカッシュ?メロンソーダ?」
「あ、レモンスカッシュで」
「いいお店。近くにこんなお店があるなんて知らなかった」

 ガンガン話と足を進めたみー姉は、ひとつ席を空けてソウカさんの右側に腰かけた。おれは姉を壁にするように、右隣にこそっと座る。

「……もしかして、彼女?」
 内緒話になっていない木内さんの問いかけに、ヒクヒク口許を引きつらせながら「姉です」
「お姉さんなんだ?ええー、美人だねー」

 なぜ、おれに言う?!リアクションに困って「そうですか?」と言うと、みー姉から「そこは同意しときなさい」とひじで小突かれる。


 そこから木内さんはスキあらばみー姉に話しかけ、みー姉は華麗に受け流し、おれはハラハラしっぱなし、レオは遠巻きに素知らぬ顔、そしてソウカさんは次第に機嫌を降下させていくという、地獄のスパイラル。

 ソウカさんも気に入らなければ帰ればいいのに、意地でも先に帰ってなるものかと居座っていた。


 結果、おれとレオは来店時のアレと退店時に「じゃあ」「明日、な」と言葉を交わしただけに終わった。


 徒労に終わった一時間を悔いているおれに、店を出て早々みー姉から質問が来る。
「ねぇ、わたしの隣に座ってたのが、例の、りっくにウィスキーボンボン渡した人?」

 肯定すると、「もしかしたら」と言いかけてから「やっぱ確認してから話す。あれ、どこやったかな……」などとよくわからないひとり言を置き土産に、さっさと帰って行った。


******


 その夜。
 おれは究極の二択を迫られていた。
 すなわち、してから寝るか、このまま何もせずに寝るか、である。


 木曜の夜にあの悪夢を見てから、金曜、土曜とは夢ナシで終わったのだが、本日日曜の夜、もしまたあの夢のパターンだった場合、明日学校に行ける気がしない。

 それを避けるためにもっとも効果的と思われるのが……自家発電だ。


 いや、ね、もちろんわかってるよ?
 最初からそうすればよかったやーん、というツッコミも甘んじて受けよう。

 けどね、おれにも事情があるんですヨ。
 だって夢ならまだ言い訳ができる。レオが出てこようが、夢だから~、おれの意思じゃないから~、願望なんて反映されてませんし~、と。

 でも!
 でもさぁ!
 万が一!万が一だよ?!スッキリの最中に夢のことを思い出して、レオの顔がよぎったりレオのフェロモン(仮)を思い出したりしたらさぁ!?


 ……もう、言い訳できないじゃん。


 知るのが、怖い。
 自覚しちゃったら、もう戻れない。友だちには戻れなくなっちゃう。


 逃げるor確かめる──おれが選んだのは……真っ暗にした部屋、タオルケットにくるまって……──。





 そして俗に言う賢者タイム。
 おれはひとつの確信を持った。

 夢じゃない。あれは現実に起こったことだ。

 証拠は匂い。
 おれはレオのフェロモンを嗅いだことがある。だって今思い出した匂いは、実験の人工的なフェロモンとも柳田先生のものともまったくちがう、そしておれの妄想力ではとても生み出せないシロモノ。

 妄想じゃなく、記憶。だから思い出せるのだ。

 記憶の中のレオのフェロモンは、申し訳ないけど(いや、謝られても困るだろうけど)柳田先生のものとは段違い。
 魂が抜けそうっていうか、昇天しそうっていうか……とにかく今まで経験したことのない至高の匂い。



 これではっきりした。
 おれにとってレオは、対象なのだ、と。


 けれど、ひとつの疑問が解決すると、またひとつちがう疑問が浮上する。
 ──これはフェロモンのせいなのか、それとも、おれがレオを好きだからか。

 柳田先生の時と同じ悩みだ。一周回って、初心に帰るってか?!



 また眠れない夜をもんもんと過ごすことになったおれだが、そんな中、ひとつだけ決意したことがある。
 ──誤解だけは解こう、と。

 おれが柳田先生を好きってレオに誤解されているとしたら、それはイヤだ。
 そして、誤解されてるかもとか探りを入れられたのかもとか、ひとりで勝手に気にするのももうイヤだ。無駄に疲れる。終わりにしたい。


 よし、そうと決まれば!
 おれは働かない頭で計画を立てた。

 どうやってその話題まで持っていこうか?
 まず、レオが誤解してるかどうかを確かめることから……あー、もー、いいや!そんなちまちまやるより、ドーンといこう、ドーンと!

 うん、自分から言っちゃおう。
 レオだけじゃなく、ついでにグラと佐野の誤解も解いちゃえ!
 みんながいるところで、「前にそんなこと言ったけど、あれ、まちがいでした!」って。「やっぱり恋愛じゃなかった」って!

 そんで後からレオには「『淫魔』のことを知った直後の混乱してた時に、実験で柳田先生のフェロモンを嗅いでかんちがいしただけだから!」と補足!

 そしたらきっとレオは「そうか、それはだれでもかんちがいするな!」と納得してくれるはず!!


 うん、うん、かんぺき!やっぱり正直が一番!!


 ──もちろん現実は、シミュレーション通りにうまくいくとは限らないけどね。

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