上 下
1 / 247
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

プロローグ

しおりを挟む


プロローグ


 俺、ランド・コールは競技場へと向かう通路を歩いていた。
 タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。その王都タイミョンの軍事訓練場に、俺はいる。
 王都というだけあって、インムナーマ王国の中でも最大の都市だ。人口は平民だけで約三万人、騎士団や兵士の数は二万を超えている。
 通路の壁にある縦長の姿見の前で立ち止まった俺は、改めて身だしなみを確認した。
 邪魔にならない程度にほったらかしにした、ヘーゼルブラウンの髪。目はブルー系だが、やや赤みが混じっているのか、光の加減では紫に見えるらしい。
 今は愛用している簡素なブリガンダインという鎧に、サレットと呼ばれる兜、ガントレットに金属で補強したブーツ。得物は長剣だ。
 軍に志願した俺が訓練場に入ったのは、十二の頃だ。それから五年、一七歳になった俺は今、最終試験を受けるところまで来た。


「今から試合?」


 腰まである艶やかな金髪の少女が、壁に肩を預けた姿勢で佇んでいた。
 同じ訓練兵のレティシア・ハイントだ。どういう縁なのか、訓練中に話をすることが多い。気が合うというか、なんでも言い合える間柄で、友人として、これ以上に最適な存在はない。
 レティシアは意味ありげな笑みを浮かべると、綺麗なブルーアイを俺に向けた。


「組み合わせは見た? 相手は《ダブルスキル》のゴガルンよ。ご愁傷様よね。《トゲ男》じゃ無理じゃない?」


 この世界には学び、修練で会得する技術の他に、生まれついての身に宿る《スキル》が存在する。生まれつき神から授かった――という説が主流だが――、能力のことだ。
 ただこの《スキル》、その内容を選ぶことはできない。
 俺が持つ《スキル》は――左手から出るトゲ一本だ。訓練で練習用の人形にしか使ってこなかったが、指の第一関節程度の長さしかないトゲには、大した殺傷能力はない。
 神と言っても多種多様。インムナーマ王国では、万物の神アムラダが国教だ。他国では風の神だったり、遠方ではドラゴン信仰なんていうのもあるらしい。

 対するゴガルンは、その異名の通りに《スキル》を二つも持っている。拳や剣の威力を飛ばす〈遠当て〉と、筋肉の力を増す〈筋力増強〉――数千人に一人の逸材だ。
 生まれ持つ《スキル》が役に立たない分、俺は剣技を鍛え抜いた。訓練のない日は山に籠もって、野生動物を相手に修練を積んできた。


「庶民なのに訓練所に入れてくれた親には、報いたいしな。ゴガルンだろうと、俺が砕いてやるまでさ」


「相変わらず、飢えた狼みたいな目ね。友人として、期待をせずに応援はしてあげる。もし負けても、わたしの下働きとして雇ってあげるわよ」


「そうかい。だけどな、その心配はいらねぇよ」


 俺はレティシアと拳を合わせてから、競技場へと入った。
 競技場には観客の姿はなく、六名の審査員がいるだけだ。あと試合を見るのは、レティシアだけのようだ。
 半径八マーロン(約一〇メートル)の競技場の中央には、すでに身長二マーロン(約二メートル五〇センチ)の大男――ゴガルンがいた。頭髪を剃り上げ、俺より一つ上には見えないごつい顔つき。完全鎧に大剣を手にしたゴガルンは、面頬を上げると俺に歯を剥くような笑みを見せた。


「いよお、《トゲ男》。糞《スキル》しか持ってねぇ貴様なんざ、とっとぶちのめしてやっからな。ホント、俺が相手とは運が悪かったなぁ」


「なあに、大したことじゃないさ。勝つのは俺だしな」


 俺の挑発じみた宣言を最後に、お互いに口を閉ざした。
 そこへ、審査員の一人が乳白色の石盤を持っていた。目で合図をされ、ゴガルンが石版に触れた。
 ゴガルンの筋肉が膨らみ、そして足元の土が舞い上がる。〈筋力増強〉と〈遠当て〉を使った――その直後、石版に薄い青色で、〈筋力増強〉と〈遠当て〉の文字が浮かび上がった。


「最終試験、一人目は〈筋力増強〉と〈遠当て〉のゴガルン! 《スキルは》それぞれ、八等級」


 ゴガルンの名を高らかに告げた審査員が、今度は俺を見た。
 俺は溜息を吐きながら、左手にトゲを出しながら石版に触れた。石版に出た薄い灰色の文字に、審査員は眉を顰めた。


「ん……測定不能? なぜ……いやまあ、形状からただのトゲだな、うん。ええ――最終試験、二人目は〈トゲ〉のランド! 《スキル》は十等級」


 いつものことなので、慣れっこだけどな。
 俺が左手から出るトゲは、この《スキル》を測定する石版、《鑑識の目》では、毎回〈判断不能〉と出る。
 等級は色と色の濃さで決まり、灰色、青、緑、橙、赤の順に等級が上がる。
 薄い灰色というのは、最低ランクだ。
 ゴガルンの見下した目を睨み返していると、俺たちから離れた審査員が、右手を真上に挙げた。


「ハイント国王の名の元に、古来より伝わる一騎打ちの試練を行う――始めっ!」


 その短い宣言と同時に、俺たちは動いた。
 俺は素早く間合いを詰めると、鞘から抜き払ったばかりの長剣で斬りかかった。突進の勢いと身体の回転が乗った、渾身の一撃だ。
 大剣で受けたって、身体が蹌踉めくはず――。
 そんな俺の予想は、軽々と受け止めた挙げ句、そのまま押し返されたことで覆された。

 くそ、〈筋力増強〉か!

 大剣の威力を利用して、俺は後方へ跳んだ。しかし、ゴガルンは構わずに大剣を振った――やばいっ!!
 俺が飛び退いた直後、さっきまで立っていた場所が吹き飛んだ。これが、ヤツの《スキル》の一つ、〈遠当て〉だ。


「さっきの威勢はどうしたよ!」


 俺は言い返さないまま、初撃よりも速度を増しながらゴガルンへと迫った。
 同時使用は難しいのか、ヤツは二つの《スキル》を同時には使ってこない。〈遠当て〉を使う気だったなら、すぐに切り替えは出来ないはずだ。


「そーだよなぁ! 《トゲ男》は、そう来るしかねぇよなぁ!!」


 ゴガルンは振り上げた長剣を右腕一本で持った大剣で受けると、左手で俺の喉を掴んできた。しっかりと〈筋力増強〉を使ってやがるのか、俺の左手なんかじゃビクともしなかった。
 そのまま俺がつま先立ちになるまで、強引に身体を浮かせてきた。


「ほらほら、どーしたよ《トゲ男》!! さっきの威勢は何処へ行った? てめぇみたいな屑《スキル》しかねぇ屑野郎は、ボロ屑になるのが宿命だっ!!」


 俺は苦し紛れに、左手からトゲを出した。そのまま、小指ほどの長さの深紅のトゲを、ヤツの籠手の隙間に突き刺す。


「はっは――トゲか? チクッとしかしねぇな!」


 このとき俺は、ゴガルンの嘲笑を聞いていなかった。
 俺の頭の中に、様々な情報が流れ込んで来ていたからだ。それは視覚的なイメージを伴っており、剣技や拳闘術だけでなく、〈筋力増強〉や〈遠当て〉という文字も知覚できた。
 文字の一つ一つは濃さが異なり、例えば剣技より拳闘術のほうが色が濃かったり、〈遠当て〉に比べると〈筋力増強〉はかなり濃く見えていた。
 もしかしたら、このトゲは相手のスキルを見る《スキル》なのか? なら、やっぱり役に立たねぇっ!! 
 俺も……こいつみたいに〈筋力増強〉や〈遠当て〉を使えたら――。
 そう思った瞬間、脳内に流れ込む情報から、〈筋力増強〉や〈遠当て〉がほぼ見えなくなった。


「な――っ!?」


 俺の耳に、狼狽えるゴガルンの声が聞こえてきた。腕の力が弱まり、俺の身体を支えられないのか、俺の両脚が地に着いた。
 即座に地を蹴って、ゴガルンの手から逃れた俺は、自分の頭の中に〈筋力増強〉と〈遠当て〉の文字が残っていることに気づいた。

 これは……もしかして。

 俺は期待と少しの興奮を抱きつつ、ゴガルンを睨めた。


「さあ……今度はこっちからいくぜ。てめえを砕いてやるから、覚悟しろ!!」


 どうせやるなら、最大火力。俺は〈筋力増強〉と〈遠当て〉を同時に使った。
 長剣を振ると、身体の芯からごっそりと力が抜ける感覚――同時に、強化された両腕に、ドンッという衝撃を感じた。
 恐らく――強化された筋力によって威力の増した剣撃が、そのまま数マーロン先にいるゴガルンへと放たれた。
 俺の〈遠当て〉による衝撃波を受けたゴガルンは、鎧の胴体部分を大きくへこませながら、二、三マーロンは吹っ飛んだ。
 これが、《スキル》か……今まで使えてなかっただけに、俺は歓喜に身震いしていた。
 だけど――。


「こいつ――ランドの野郎が、俺の《スキル》を奪いやがったっ!!」


 上半身を起こしたゴガルンの絶叫が、競技場内に響き渡った。
 審査員の一人が「試験は中断する」と宣言したあと、無表情な目で俺を見た。


「ランド・コール訓練兵。貴殿の調査を行い、先の言葉が真実であれば、査問会を開くことになるだろう。神の与えた《スキル》を奪う――そのような《スキル》は、悪魔の力である可能性が高い」


 審査員の言葉に、俺は血の気が引いた。査問会なんて、宗教裁判に等しい。嫌疑をかけられたら最後、無罪での解放は望めない。
 先ほどまでの歓喜はどこへ――俺が焦りと恐怖で愕然としていると、レティシアが競技場に入ってきた。
 庇ってくれるのかと希望を抱いた俺を一瞥もせずに、レティシアは審査員へ告げた。


「神の与えた《スキル》を奪うなど、到底許されるものではありません。この……〈スキルドレイン〉を持つ者は、即刻、王都より追放すべきです」


 あっさりと、見捨てられた。絶望感を抱いた俺を見もせずに、レティシアは競技場から去って行った。

 そしてこの日……俺は、王都から追放された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

父に虐げられてきた私。知らない人と婚約は嫌なので父を「ざまぁ」します

さくしゃ
ファンタジー
それは幼い日の記憶。 「いずれお前には俺のために役に立ってもらう」  もう10年前のことで鮮明に覚えているわけではない。 「逃げたければ逃げてもいい。が、その度に俺が力尽くで連れ戻す」  ただその時の父ーーマイクの醜悪な笑みと 「絶対に逃さないからな」  そんな父を強く拒絶する想いだった。 「俺の言うことが聞けないっていうなら……そうだな。『決闘』しかねえな」  父は酒をあおると、 「まあ、俺に勝てたらの話だけどな」  大剣を抜き放ち、切先で私のおでこを小突いた。 「っ!」  全く見えなかった抜剣の瞬間……気が付けば床に尻もちをついて鋭い切先が瞳に向けられていた。 「ぶははは!令嬢のくせに尻もちつくとかマナーがなってねえんじゃねえのか」  父は大剣の切先を私に向けたまま使用人が新しく持ってきた酒瓶を手にして笑った。  これは父に虐げられて来た私が10年の修練の末に父を「ざまぁ」する物語。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

天才高校生プログラマーは今日もデイトレードで稼ぎ、美少女からの好意に戸惑い続ける。

たかなしポン太
青春
【第7回カクヨムコンテスト中間選考通過作品】  本編完結しました!  "変人"と呼ばれている天才高校生プログラマー、大山浩介。  彼が街中で3人の不良から助けた美少女は、学校で一番可愛いと噂されている"雪姫"こと桜庭雪奈だった。 「もし迷惑でなければ、作らせてもらえないかな、お弁当。」 「大山くん、私をその傘に入れてくれない?駅まで一緒に行こ?」 「変人なんかじゃない…人の気持ちがわかる優しい人だよ。」  その他個性豊かなメンバーも。 「非合法巨乳ロリ」こと、山野ひな  ゆるふわお姉さん系美人、竜泉寺葵  イケメン校内諜報員の友人、牧瀬慎吾  彼らも巻き込んで、浩介の日常はどんどん変化していく。  孤高の"変人"高校生が美少女と出会い、心を開き、少しずつ距離を縮めていく。  そんな青春学園ラブコメです。 ※R15は保険です。 ※本作品ではデイトレードを題材の一部として取り上げておりますが、決してデイトレードを推奨するものではありません。また本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。 ※カクヨムと小説家になろうにも同時掲載中です。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...