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第九章
『春氷』
しおりを挟むねんねこや風に流さる子守歌
ねんねこのくたびれた袖かぼそき手
寒梅や靑き枝萼あおき空
寒梅やちらほら綻び薫る庭
恋のひとしずく落ちたる寒紅や
寒紅の目元ほのかに熱を帯び
冬深むミスドのコーヒー三杯目
冬深し映画の余韻すぐに醒む
寒肥のごとき学びの夜の深み
寒肥を担ぐかけ声すくと伸び
札入れは寂し夕餉の千枚漬
老いらくの恋に千枚漬の茶話
柊を挿す門口にいけず顔
柊挿し逆さ箒の勝手口
そとは雪さして変わらぬ立春や
イヤリング春立つ風と踊りたり
寒戻る一輪の梅ゆらす風
人を世を恋うて怖れて寒戻る
水菜なきはりはり鍋や味気なし
遠かりきふる里おもひ京菜食む
春の日や豚は気にせず餌あさる
入管の異人ら春の日もなき
琵琶湖畔さざ波の音は春立つ譜
過ぎ去れば冬も愛しや春の雪
白き花散り消えるよに春の雪
夕東風や顔上げぬまま帰路の人
夕東風や塾ゆく子らへ平等に
恋やつれした猫も梅見かな
梅見する腕に抱かれし老犬や
料峭や鴨に餌やる老婆の目
遊び女の裾ひるがえす料峭や
蛤鍋や恋のかけひき始める夜
金婚を蛤鍋つつき祝ひけり
枯葦の春の氷や頑なに
春氷踏み割る顔の険し皺
パワハラに痛飲す夜の木の芽和え
恋の傷跡にも慣れて木の芽和え
凧うなり負わせて夕雲へ
もう天に凧なき風走る
やや冴え返る夕暮の春の燈や
春燈や憂ふ眸へと光さす
春満月の伽藍の影に猫二匹
春満月こぼれる光に交わりて
銃声のこだます夕の猟名残
犬と銃の世話を終えて猟名残
吾が修羅は雨水に解けぬ国境
なにもなき如月もはや雨水なり
肉珠の跡を残せり春の猫
嫋々と子なき夫婦に春の猫
トラクター耕馬のごとく身を振るう
ひと冬の哀切かたし春耕す
防人も摘みしかゆれる防風防風
防風を摘む足跡の白浜や
春遅し庭を濡らせる朝の雪
森さわぎ川唄う夜や春遅し
戦あり鬨の声して雉鳴く
逃げ惑う戦火の児らよ雉子の声
鞦韆の子の青眼に砲火あり
ヒトの世や鞦韆ごとく揺れるのみ
春兆すウクライナ散りぢりとなり
砲撃の炎は遠く春兆す
老幹の夜の梅匂ふこともなく
夜の梅やまだ見ぬ恋へ誘いけり
吹く向きに右往左往す風車
春北風は火薬の臭い運びたり
難民の姿に疼く春北風
戦況に春帽子抱き空見上ぐ
陋巷の険し眼や春帽子
口すぼみ何を怖れる磯巾着
「おっかあは磯巾着や」と漁師笑む
よなぼこり戦火は笑みを覆ひたり
破壊さる街の枯芝よなぼこり
ゲームす児紙風船に見向きせず
紙風船あきて豆しば咬みちぎり
不穏なる世の春の蟻よぎりたり
吾が影の中で這ひたり出づ地蟲
凪ぐ琵琶の小さき帆影や暮れ遅し
暮れ遅し白鳥陵に一羽二羽
焼き捨てし卒業証書や街へ出ゆ
如月や寡作な人は夜勤終え
如月や自棄酒浴びす自惚れに
屍のあはれ小草の芽吹くそば
雪国の空ふゞきたり芽吹く野へ
受験子の幼き眉間しわ寄せて
受験子やどこへと向かふ乗車券
根分けする枯れた背に日のあたたかさ
物言わずよそ見もせずに根分せり
根分けする根もなく枯れて昏き午後
春濤や舟搏ちつけて傾けぬ
吾も巌の線も踊るる春怒濤
歔欷はなく卒業歌にも力なく
卒業歌これより厳し荒浪へ
植え替えす鉢より地蟲穴を出ず
日照り雨ぬれいろ地蟲穴を出ず
ツイッター春の愁に開けもせず
春愁や訳知り顔の講釈師
急逝へ接穂の言葉虚しけれ
接穂うつ雨の響きの昼くらし
蘆牙や水面の空を突き刺して
蘆牙や湖船の波にそよぎたり
白雲に列から離るる鶴帰る
乱獲の地にも飛来し帰る鶴
芽柳や少女は恋に惑ひたり
芽柳や高瀬川また色かへて
惜しみなき天つ光や春の嶺
むせるよな木の芽の香を分け春嶺へ
墓参道みちゆ陽気の中日や
あつかまし浄土を願ふお中日
軒下の燕や出稼ぎ者に鳴く
腹黒き者を見下ろす飛燕かな
勘定のできぬ角力士の春の星
舞の足袋ほのかに照らす春の星
旭の照らす靄に花鳥うたふ声
木々の間に微雨と囀る春の鳥
一望の田の面げんげふくらみて
紫雲英田や農夫ならびて飯を食ふ
淫蕩は隠しきれない春コート
おんなの意気よ春コートひるがえし
リビドーを始末す窓に残る雪
わだかまる恋の始末の雪間かな
初花や野花を陰に隠したり
初花や憂鬱の肩へさしのべる
鳴きあかし鳴きつくしをり初雲雀
地べた這う吾を残して揚げ雲雀
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