10 / 21
第十章
『きりぎし』
しおりを挟む紫木蓮からだにまとふ哀し女
一片の紫木蓮あり夜を明かし
四五尺に背伸びしてをり雪柳
厭ふ夜の身のひややかに雪柳
規則嫌ふ屈折の吾に糸遊や
糸遊やまだらの芝に踊りをり
蟲出しや吾の暴れ馬いななけり
あえかなる恋のよろめく蟲出しや
桜東風ながき列ある茶店前
涙する人それぞれに桜東風
廃屋の痴戯の肌さす春日影
春日影あまねく照らせ殺戮を
なしくずす怠惰にまみれ春眠し
春眠し身を立てる藝あらぬまま
底辺は清明見上げ舌打ちす
陋巷の清明しらぬ深夜勤
散る桜そうじ厭われ伐られたり
鳥風も餌に馴らされ知らん顔
この春に悲嘆の声し鳥風へ
花筏どこへと春は流れゆく
花筏きりぎしの夜に言絶えて
忘れ霜おのづと消えし煙草の火
雨に崖削がれて赭(あか)し奥千本
夕暮れの空と溶けゆく山桜
燕きて宝くじ買ひ祈り舞ふ
花過ぎのひとひらベンチの落つ肩に
花過ぎのうぐいす雨に濡れる声
花いちご農夫の影は背の曲がり
花いちご長き療養めばゆ恋
かへる道のこる陽射しに春の汗
おくれ毛の真白き肌の春の汗
吉野山ふぶく桜に春の汗
円き月かがやき増して抱卵期
抱卵期みだれる書架を整えし
謎めいた若き女と海市かな
戯れの二人くたびれ喜見城
老いて志のまだ奮い立つ光風や
光風にうぐいすの声のり来る
蝮蛇草たれの赤き血その実にす
この出会い毒か薬か蝮蛇草
病む友の無明に数珠子累々と
うつろひに数多の蝌蚪の黒き影
小町忌や膾炙されゆく虚しもの
文藝を侮る世なり小町忌や
才のなき者ほど語る啄木忌
どの道を選び生きるや啄木忌
息をつく風に苗代水の波
たちまちに田の貯えし苗代水
苗代水に白鷺の啄みし
買うてすぐ野良の合羽に穀雨かな
きりのなき仕事す顔に穀雨くる
浪寒く水漬く蘆若葉ふるえし
水底の足跡ゆれて蘆若葉
競漕のオールの截てし隅田川
まくり差すボートレースの醍醐味よ
なにもなし鹿の角落つ奈良の夕
老い痩せて木陰に角の落つ鹿や
光増す近江の大湖の稚鮎煮る
奔流の巖の濤へと上り鮎
暮れ色の静かにとけゆ白藤や
白藤や旅の愁ひを受けとめり
菜のなき夕餉に備え蜆取
宿酔にたたら踏みつつ蜆取
黄金の照りのべ花菜みだれたり
桃の紅さして花菜の艶やかさ
わさわさと愛を迫りしヒナギクや
そこここの枯れる雛菊つみし朝
小手毬や連休もなく野良仕事
小でまりや閑居の机邊の壺に咲く
北国は雪舞う夜きて弥生尽
夜の花も騒然として弥生尽
誰も来ず訪ねず独り黄金週間
もう疫病みなきことにした黄金週間
鰊きて朝里の浜は海猫さわぐ
銀の海ソーラン節と鰊曳く
独活和に白みそ使へと京生まれ
独活和を肴に回顧す手酌酒
眼に入るあらゆるものが暮春なり
餌づけされ暮春のぬるき水の鴨
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
まみはらまさゆきの短編小説館
まみはらまさゆき
現代文学
在宅ワークのさなかに気分転換したい時。
休日の午後になんとなく暇つぶししたい時。
仕事帰りの電車の中でとりあえずなにか活字を読みたい時。
そんな瞬間・瞬間に、短編小説はいかがですか?
「小説家になろう」に投稿した短編の中から、一定の評価をいただいた作品をまとめました。
★印は1,000文字以下のショートショートです。
◎印はSFもしくはファンタジー要素を含みます。
■印はホラー(怪談)要素を含みます。
無垢で透明
はぎわら歓
現代文学
真琴は奨学金の返済のために会社勤めをしながら夜、水商売のバイトをしている。苦学生だった頃から一日中働きづくめだった。夜の店で、過去の恩人に似ている葵と出会う。葵は真琴を気に入ったようで、初めて店外デートをすることになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる