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3、変革のシトリン

189、二百八十三歳の日記。どなたかあててみせましょうか

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 しおりがはらりと落ちて、ページがめくられる。

 客船『ラクーン・プリンセス』の内部。
 あてがわれた自室で、フィロシュネーはサイラスと一緒に日記を読んでいた。

「魔法がかけられていますね。見た目のページ数よりも、何十倍もページがありますよ」

 サイラスは面白そうに言ってページをぱらぱらとめくる。そして、「俺の嫌いな名前が書いてあるではないですか」と顔をしかめた。

 見せてくれたページには、呪術師オルーサの名前があった。

『オルーサ様は、教えてくれました。オルーサ様の受けていた孤独の呪いのせいで、誤解が生じている可能性もある情報ですが』
 
 その日記は、アレクシア・ブラックタロンという名前の人物によって記されていた。
 
『まだ青国と空国がひとつの国だったころ。オルーサ様の国がひとつだった時代、オルーサ様は王族と王の補佐を創り、ご自分は影からその王朝を支配する方針を決められたそうです』
 
 それは、呪術王の時代――歴史書にもない時代、神話のように語られる時代の話だった。
 
『オルーサ様は、フィロソフィア様が転生する血統を王族と定め、その血統の当時の家長であったノルディーニュという男を国王にしました』
 
『そして、優秀な者を選んで、選んだ者を王の補佐役として改造すると発表しました。国外にいる生き物、フェニックスやエルフの因子を混ぜ、魔法的な能力を高めたり、不老長寿、あるいは不死の体質にするというのです』
 
 特に優秀だったのが、モンテローザ家の祖先とブラックタロン家の祖先だった、と文章がつづいている。
 
「これはとても貴重な歴史のお話ですね、姫?」
「そうね……」

 フィロシュネーは日記の筆跡にとても覚えがあった。この文字は、ダーウッドの字だ。
 そしてこの日記は恐らく、『死霊が私の部屋のものを盗んでいきましたぞ』と言っていた盗難物だ。
  
「この日記、勝手に読んで大丈夫?」

(でも、気になっちゃうのよね……)
 サイラスが「ではやめますか」と日記を閉じようとする。

「で、で、でも。死霊くんは、これでなにかを伝えたいのではなくて?」
「では読みますか」

 選択肢はフィロシュネーにあるのだ。サイラスの目は、ちょっと意地悪な気配でそう告げていた。

(シュネー、決めるのよ)
 フィロシュネーは両手で頭を抱えるようにして数秒間、脳内ひとり会議をした。

(読まなくてもいいものじゃなくて? 臣下のプライベートよ。相手から見せてくれるならいいけど、勝手に読むのはだめでしょう、シュネー?)

(でもシュネー、死霊くんは「読んで」って言ってるのよ。あのダーウッドは、目を離したらすぐ死のうとしたり死にかけたりするじゃない?)

(シュネー! この日記にはとっても貴重な情報が詰まっているのよ。だって、二百八十三歳の日記だもの。その情報を使うかどうかはさておき、知っておいて損はしないわ。政治、外交の場では情報になによりの価値があると知っているはずよ)

(でもでも待って。かわいそうよ。どうするの、恥ずかしいことが書いてあったら。自分だったら嫌でしょう?)

(そういうのは、見てしまっても知らないふりをしてあげましょう……)

 ぐるぐると巡る思考にウンウンと唸っていると、サイラスはくるりと背を向けて肩を震わせた。
「サイラス?」
「く……っ、口に出ています……っ」

 笑うのを必死に堪えているサイラスの背中をみて、フィロシュネーは真っ赤になって結論を下した。
  
「ええい、――よ、……読みますわよっ」
   
 
 * * *
 
 日記は、膨大な量だった。これはとても全部は読んでいられない。

 フィロシュネーとサイラスは死霊に「どのあたりを知ってほしいのか」とページをめくって確認しつつ、情報の海を探索した。
 
『モンテローザ家の祖先は、ブラックタロン家の祖先に敗れました。しかし、悔しがるモンテローザ家の祖先に声をかけてきた人物がいました。国王と犬猿の仲であった王妹エリュタニアです』

『同じように偉大なる父に敬愛を捧げ、尽くしてきた。
 なのに、選ばれない自分が悔しい。ライバルに頭を垂れるより、自分が嫌う他者の下に就くより、この国を出て行って自分たちの国を創ろうぞ――彼らは、意気投合して国を出ました』
 
 ……王妹エリュタニアとモンテローザ家の祖先は手を結び、東の土地にてサン・エリュタニア青国せいこくという独立国をつくった。

 これは、建国の話だ。
 フィロシュネーは興味深くつづきを読んだ。

『オルーサ様は自分も父であるカントループ様に愛されなかったので、二人の心情に奇妙なほど共感と同情を抱いたようです。そのため、青国の建国をお許しになり、空国と青国の両方の国を支配するようになったのです』
 
「姫。これは姫のお友だちの日記なのでしたね。どなたかあててみせましょうか」

 サイラスが思い当たった様子で言うので、フィロシュネーは「密偵さんと言うのでしょ」と先回りしてつづきを読んだ。

「そのとおり。ところで、密偵さんはアレクシア・モンテローザ公爵令嬢なのですね、姫?」
「そ……」

 ページをめくる手を止めて、フィロシュネーははっとした。

(そうよね、そうよね。この日記はダーウッドの文字で『アレクシア・モンテローザ』の名前で書かれているのよね、シュネー? 内容的にも、ダーウッドの日記よね?)

「……え~~っ!!」

 脳内で二人の人物がつながった瞬間、フィロシュネーははしたない声をあげていた。
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