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Chap.2 ちいさなアリス
Chap.2 Sec.10
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「あれ? セト君、まだ起きてたの?」
深夜の静寂のなか、光量の絞られた仄暗いリビングに、ひとりの青年の声が響いた。
ディスプレイの前に設置された、漆黒のリクライニングチェアが少し回ったかと思うと、もうひとりの青年の狼のような眼が鋭く光った。
「お前こそ、なんでここにいるんだよ」
「なんでって……のど渇いたから。水でも飲もうかと思って。そうしたら、サクラさんじゃなくてセト君がいるなぁって」
「……あいつは?」
「……あいつって?」
乾いた舌打ちが鳴る。
「ウサギは。お前が貰ってっただろ」
「表現が悪いね。物じゃないんだからさ、連れていった、とでも言ってよ」
「お前が貰うって言ったんだろが」
「そうだっけ?」
とぼけたように首をひねってみせる青年を、イスに座ったままの青年が睨め上げる。
その眼光を受け止めて、紫色の宝石のような目がすぅっと細まった。その下で、口唇が薄く曲がる。
「じゃ、訂正しよう。僕が連れていったアリスちゃんなら、今はもう眠ってるよ。……疲れただろうしね」
「………………」
「あの子、可愛いね。面白いくらい反応するから、つい遊んじゃった」
「……そうかよ」
「あれ? その感じだと、セト君はあまり気に入らなかった?」
「別に」
「それはどっち? 気に入ったってこと?」
「別にどっちでもねぇよ」
「ふぅん……そっか。……じゃあさ、あの子、僕が独り占めしてもいい?」
「あ?」
白磁のような顔の青年が、微笑む。
「だってさ、ハウスに戻ったら、みんなでシェアすることになるでしょ? かわいそうじゃない?」
「……そんなの慣れてるんだろ。お前が心配しなくても問題ねぇよ」
「娼婦だって知ったら、ロキ君とか、けっこう容赦ないと思うんだよね……」
「知るかよ。嫌だったら出て行けばいいだろ」
「出ていくって、どこへ? 帰る場所もないのに?」
「そう思うなら、お前が住めるとこでも探してやれよ」
「え~? やだよ。僕はわりと気に入ってるんだから。手許に置いておきたいな」
「物じゃねぇんだろ……手許に置くとか言ってんじゃねぇよ」
「ん? ……そうだね。あの子、静かでお人形さんみたいだから、つい。無意識ってこわいな」
「……べらべらとしゃべってねぇで、さっさと水飲んで寝たらどうだ?」
「冷たいね。なんか僕に怒ってる?」
「怒ってねぇよ。なんでお前に怒るんだよ」
「なるほど。つまり、アリスちゃんに怒ってるんだ?」
「は?」
「——俺だけ拒絶しやがって、みたいな」
暗い琥珀の眼に、火がついた。
「……喧嘩売ってんのか」
低く、怒りが押し込められた声音。獣のうなり声にも似た、それ。
(気づくのが、遅いね。はじめから挑発してたんだけど)
微笑したままの青年は、胸中だけでつぶやく。
「やだな、そんな怖い顔しないでよ。冗談だって」
「………………」
「ごめんね? ところでサクラさんは? 今夜はセト君が見張り?」
「……シャワー。戻ったら交代して俺は寝る」
「そっか。じゃ、お先に。おやすみ」
片方の青年が、その場を立ち去ろうとした——が、背を向けてから、思い出したように顔だけ振り返り、
「さっきの話も、本気にしないでね」
「……あ? どの話だよ」
「あの子を独り占めするっていう話。あれも冗談だから」
「本気にしてねぇよ」
「そう? ならよかった。あの子のこと、気に入ってるけど……サクラさんと対立する気は、ないしね」
琥珀の眼が、ゆれる。
それを、もうひとりの青年は捉えた。
青紫の宝石は最初から、薄灯のもと、その琥珀の眼だけを、じいっと観察している。
「サクラさんは、あの子を娼婦として連れて帰りたいみたいだから。セト君も、うっかり逃がさないようにね? ……ま、きみに限っては……サクラさんを裏切るようなこと、しないか」
長い指をゆらして手を振る青年が、今度こそおやすみ、と。刺すような目つきの青年に背を向けた。
「……しねぇよ」
独り言のような返答。
月明かりも入らない、機械じかけの箱の中で。
それは誓いにも似た響きをしていた。
深夜の静寂のなか、光量の絞られた仄暗いリビングに、ひとりの青年の声が響いた。
ディスプレイの前に設置された、漆黒のリクライニングチェアが少し回ったかと思うと、もうひとりの青年の狼のような眼が鋭く光った。
「お前こそ、なんでここにいるんだよ」
「なんでって……のど渇いたから。水でも飲もうかと思って。そうしたら、サクラさんじゃなくてセト君がいるなぁって」
「……あいつは?」
「……あいつって?」
乾いた舌打ちが鳴る。
「ウサギは。お前が貰ってっただろ」
「表現が悪いね。物じゃないんだからさ、連れていった、とでも言ってよ」
「お前が貰うって言ったんだろが」
「そうだっけ?」
とぼけたように首をひねってみせる青年を、イスに座ったままの青年が睨め上げる。
その眼光を受け止めて、紫色の宝石のような目がすぅっと細まった。その下で、口唇が薄く曲がる。
「じゃ、訂正しよう。僕が連れていったアリスちゃんなら、今はもう眠ってるよ。……疲れただろうしね」
「………………」
「あの子、可愛いね。面白いくらい反応するから、つい遊んじゃった」
「……そうかよ」
「あれ? その感じだと、セト君はあまり気に入らなかった?」
「別に」
「それはどっち? 気に入ったってこと?」
「別にどっちでもねぇよ」
「ふぅん……そっか。……じゃあさ、あの子、僕が独り占めしてもいい?」
「あ?」
白磁のような顔の青年が、微笑む。
「だってさ、ハウスに戻ったら、みんなでシェアすることになるでしょ? かわいそうじゃない?」
「……そんなの慣れてるんだろ。お前が心配しなくても問題ねぇよ」
「娼婦だって知ったら、ロキ君とか、けっこう容赦ないと思うんだよね……」
「知るかよ。嫌だったら出て行けばいいだろ」
「出ていくって、どこへ? 帰る場所もないのに?」
「そう思うなら、お前が住めるとこでも探してやれよ」
「え~? やだよ。僕はわりと気に入ってるんだから。手許に置いておきたいな」
「物じゃねぇんだろ……手許に置くとか言ってんじゃねぇよ」
「ん? ……そうだね。あの子、静かでお人形さんみたいだから、つい。無意識ってこわいな」
「……べらべらとしゃべってねぇで、さっさと水飲んで寝たらどうだ?」
「冷たいね。なんか僕に怒ってる?」
「怒ってねぇよ。なんでお前に怒るんだよ」
「なるほど。つまり、アリスちゃんに怒ってるんだ?」
「は?」
「——俺だけ拒絶しやがって、みたいな」
暗い琥珀の眼に、火がついた。
「……喧嘩売ってんのか」
低く、怒りが押し込められた声音。獣のうなり声にも似た、それ。
(気づくのが、遅いね。はじめから挑発してたんだけど)
微笑したままの青年は、胸中だけでつぶやく。
「やだな、そんな怖い顔しないでよ。冗談だって」
「………………」
「ごめんね? ところでサクラさんは? 今夜はセト君が見張り?」
「……シャワー。戻ったら交代して俺は寝る」
「そっか。じゃ、お先に。おやすみ」
片方の青年が、その場を立ち去ろうとした——が、背を向けてから、思い出したように顔だけ振り返り、
「さっきの話も、本気にしないでね」
「……あ? どの話だよ」
「あの子を独り占めするっていう話。あれも冗談だから」
「本気にしてねぇよ」
「そう? ならよかった。あの子のこと、気に入ってるけど……サクラさんと対立する気は、ないしね」
琥珀の眼が、ゆれる。
それを、もうひとりの青年は捉えた。
青紫の宝石は最初から、薄灯のもと、その琥珀の眼だけを、じいっと観察している。
「サクラさんは、あの子を娼婦として連れて帰りたいみたいだから。セト君も、うっかり逃がさないようにね? ……ま、きみに限っては……サクラさんを裏切るようなこと、しないか」
長い指をゆらして手を振る青年が、今度こそおやすみ、と。刺すような目つきの青年に背を向けた。
「……しねぇよ」
独り言のような返答。
月明かりも入らない、機械じかけの箱の中で。
それは誓いにも似た響きをしていた。
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