24 / 228
Chap.2 ちいさなアリス
Chap.2 Sec.10
しおりを挟む
「あれ? セト君、まだ起きてたの?」
深夜の静寂のなか、光量の絞られた仄暗いリビングに、ひとりの青年の声が響いた。
ディスプレイの前に設置された、漆黒のリクライニングチェアが少し回ったかと思うと、もうひとりの青年の狼のような眼が鋭く光った。
「お前こそ、なんでここにいるんだよ」
「なんでって……のど渇いたから。水でも飲もうかと思って。そうしたら、サクラさんじゃなくてセト君がいるなぁって」
「……あいつは?」
「……あいつって?」
乾いた舌打ちが鳴る。
「ウサギは。お前が貰ってっただろ」
「表現が悪いね。物じゃないんだからさ、連れていった、とでも言ってよ」
「お前が貰うって言ったんだろが」
「そうだっけ?」
とぼけたように首をひねってみせる青年を、イスに座ったままの青年が睨め上げる。
その眼光を受け止めて、紫色の宝石のような目がすぅっと細まった。その下で、口唇が薄く曲がる。
「じゃ、訂正しよう。僕が連れていったアリスちゃんなら、今はもう眠ってるよ。……疲れただろうしね」
「………………」
「あの子、可愛いね。面白いくらい反応するから、つい遊んじゃった」
「……そうかよ」
「あれ? その感じだと、セト君はあまり気に入らなかった?」
「別に」
「それはどっち? 気に入ったってこと?」
「別にどっちでもねぇよ」
「ふぅん……そっか。……じゃあさ、あの子、僕が独り占めしてもいい?」
「あ?」
白磁のような顔の青年が、微笑む。
「だってさ、ハウスに戻ったら、みんなでシェアすることになるでしょ? かわいそうじゃない?」
「……そんなの慣れてるんだろ。お前が心配しなくても問題ねぇよ」
「娼婦だって知ったら、ロキ君とか、けっこう容赦ないと思うんだよね……」
「知るかよ。嫌だったら出て行けばいいだろ」
「出ていくって、どこへ? 帰る場所もないのに?」
「そう思うなら、お前が住めるとこでも探してやれよ」
「え~? やだよ。僕はわりと気に入ってるんだから。手許に置いておきたいな」
「物じゃねぇんだろ……手許に置くとか言ってんじゃねぇよ」
「ん? ……そうだね。あの子、静かでお人形さんみたいだから、つい。無意識ってこわいな」
「……べらべらとしゃべってねぇで、さっさと水飲んで寝たらどうだ?」
「冷たいね。なんか僕に怒ってる?」
「怒ってねぇよ。なんでお前に怒るんだよ」
「なるほど。つまり、アリスちゃんに怒ってるんだ?」
「は?」
「——俺だけ拒絶しやがって、みたいな」
暗い琥珀の眼に、火がついた。
「……喧嘩売ってんのか」
低く、怒りが押し込められた声音。獣のうなり声にも似た、それ。
(気づくのが、遅いね。はじめから挑発してたんだけど)
微笑したままの青年は、胸中だけでつぶやく。
「やだな、そんな怖い顔しないでよ。冗談だって」
「………………」
「ごめんね? ところでサクラさんは? 今夜はセト君が見張り?」
「……シャワー。戻ったら交代して俺は寝る」
「そっか。じゃ、お先に。おやすみ」
片方の青年が、その場を立ち去ろうとした——が、背を向けてから、思い出したように顔だけ振り返り、
「さっきの話も、本気にしないでね」
「……あ? どの話だよ」
「あの子を独り占めするっていう話。あれも冗談だから」
「本気にしてねぇよ」
「そう? ならよかった。あの子のこと、気に入ってるけど……サクラさんと対立する気は、ないしね」
琥珀の眼が、ゆれる。
それを、もうひとりの青年は捉えた。
青紫の宝石は最初から、薄灯のもと、その琥珀の眼だけを、じいっと観察している。
「サクラさんは、あの子を娼婦として連れて帰りたいみたいだから。セト君も、うっかり逃がさないようにね? ……ま、きみに限っては……サクラさんを裏切るようなこと、しないか」
長い指をゆらして手を振る青年が、今度こそおやすみ、と。刺すような目つきの青年に背を向けた。
「……しねぇよ」
独り言のような返答。
月明かりも入らない、機械じかけの箱の中で。
それは誓いにも似た響きをしていた。
深夜の静寂のなか、光量の絞られた仄暗いリビングに、ひとりの青年の声が響いた。
ディスプレイの前に設置された、漆黒のリクライニングチェアが少し回ったかと思うと、もうひとりの青年の狼のような眼が鋭く光った。
「お前こそ、なんでここにいるんだよ」
「なんでって……のど渇いたから。水でも飲もうかと思って。そうしたら、サクラさんじゃなくてセト君がいるなぁって」
「……あいつは?」
「……あいつって?」
乾いた舌打ちが鳴る。
「ウサギは。お前が貰ってっただろ」
「表現が悪いね。物じゃないんだからさ、連れていった、とでも言ってよ」
「お前が貰うって言ったんだろが」
「そうだっけ?」
とぼけたように首をひねってみせる青年を、イスに座ったままの青年が睨め上げる。
その眼光を受け止めて、紫色の宝石のような目がすぅっと細まった。その下で、口唇が薄く曲がる。
「じゃ、訂正しよう。僕が連れていったアリスちゃんなら、今はもう眠ってるよ。……疲れただろうしね」
「………………」
「あの子、可愛いね。面白いくらい反応するから、つい遊んじゃった」
「……そうかよ」
「あれ? その感じだと、セト君はあまり気に入らなかった?」
「別に」
「それはどっち? 気に入ったってこと?」
「別にどっちでもねぇよ」
「ふぅん……そっか。……じゃあさ、あの子、僕が独り占めしてもいい?」
「あ?」
白磁のような顔の青年が、微笑む。
「だってさ、ハウスに戻ったら、みんなでシェアすることになるでしょ? かわいそうじゃない?」
「……そんなの慣れてるんだろ。お前が心配しなくても問題ねぇよ」
「娼婦だって知ったら、ロキ君とか、けっこう容赦ないと思うんだよね……」
「知るかよ。嫌だったら出て行けばいいだろ」
「出ていくって、どこへ? 帰る場所もないのに?」
「そう思うなら、お前が住めるとこでも探してやれよ」
「え~? やだよ。僕はわりと気に入ってるんだから。手許に置いておきたいな」
「物じゃねぇんだろ……手許に置くとか言ってんじゃねぇよ」
「ん? ……そうだね。あの子、静かでお人形さんみたいだから、つい。無意識ってこわいな」
「……べらべらとしゃべってねぇで、さっさと水飲んで寝たらどうだ?」
「冷たいね。なんか僕に怒ってる?」
「怒ってねぇよ。なんでお前に怒るんだよ」
「なるほど。つまり、アリスちゃんに怒ってるんだ?」
「は?」
「——俺だけ拒絶しやがって、みたいな」
暗い琥珀の眼に、火がついた。
「……喧嘩売ってんのか」
低く、怒りが押し込められた声音。獣のうなり声にも似た、それ。
(気づくのが、遅いね。はじめから挑発してたんだけど)
微笑したままの青年は、胸中だけでつぶやく。
「やだな、そんな怖い顔しないでよ。冗談だって」
「………………」
「ごめんね? ところでサクラさんは? 今夜はセト君が見張り?」
「……シャワー。戻ったら交代して俺は寝る」
「そっか。じゃ、お先に。おやすみ」
片方の青年が、その場を立ち去ろうとした——が、背を向けてから、思い出したように顔だけ振り返り、
「さっきの話も、本気にしないでね」
「……あ? どの話だよ」
「あの子を独り占めするっていう話。あれも冗談だから」
「本気にしてねぇよ」
「そう? ならよかった。あの子のこと、気に入ってるけど……サクラさんと対立する気は、ないしね」
琥珀の眼が、ゆれる。
それを、もうひとりの青年は捉えた。
青紫の宝石は最初から、薄灯のもと、その琥珀の眼だけを、じいっと観察している。
「サクラさんは、あの子を娼婦として連れて帰りたいみたいだから。セト君も、うっかり逃がさないようにね? ……ま、きみに限っては……サクラさんを裏切るようなこと、しないか」
長い指をゆらして手を振る青年が、今度こそおやすみ、と。刺すような目つきの青年に背を向けた。
「……しねぇよ」
独り言のような返答。
月明かりも入らない、機械じかけの箱の中で。
それは誓いにも似た響きをしていた。
20
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる