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国興し

44 ナントン領主邸の乱

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 早朝の時間ではあるが、中央砦のナントン領側の門は既に開いていて、多くの入構者が列をなしていた。
ナントン領側の門の脇には大きな鍋が並べられていて、多くの子供ずれや傭兵までもが食器をもって並んでいた。

 タイガーは以前の入構時、今と同じぐらいの行列している人数に閉口したが、その日はたまたまだと思っていたが、おそらくこの状態は毎日の出来事だろう理解した。
チャップリ隊長は、幌馬車の操舵席で唖然として行列を眺めているタイガーにすごんだ。
「おい。お前はクレイジーと呼ばれているらしいが、女神様に何かあったら、地獄の果てまで、追いかけるから、覚悟していろ。」
「あの方を、俺らが如何にか、、、出来ると?」
「だな。」
と、チャップリとタイガーが互いににらみ合っていると、
「奴隷首輪を発見!」
と列の後ろで叫ぶ声がした。

 チャップリと守備兵が列の後方へ駆け出した。
「待ってくれ!きちんと所有権利書は有る。」
チャップリはそれ以上の歎願を聞くつもりがないようで、所有権利書をかざす男を一刀両断した。
「馬鹿な奴隷商人だ。」
「新天地には、農奴や奴隷が逃げ込んでくる場所なのに、わざわざ連れてくるなど、あほだろう。」
と、守備兵たちのささやく声が、タイガーの耳にも入ってきた。

 タイガーは、炊き出しの横に奴隷首輪をした列を見出した。
奴隷首輪をした列の先頭にはローブを着た若い娘が三人いて、奴隷首輪に呪文を唱えると、歓喜の声が響いていた。

 一刀両断された男の所有荷車には、奴隷首輪をした三人の男と若い娘二人が乗っていた。
荷車に乗った奴隷首輪をした五人は列の先頭に行くと、優先的にローブを着た娘によって奴隷首輪を外された。
荷車の荷物は五等分されて、荷車の脇に置かれた。
「お前たちは自由だ。死んだ男の懐にあった貨幣と荷物は五等分にした。それぞれがお前たちのものだ。後は、前に進むなり引き返すなり自由だ。」
五人の奴隷たちは、いまいち理解できてない様子である。
「この妖精国では、奴隷も農奴もいない。各自が自由だ。俺らの国の民となるなら、国是である、個人の尊厳を守ると女神様に祈り誓え。」
チャップリから国是の言葉が出ると、並んでいる群衆から拍手が起きた。
タイガーも群衆につられたのか、いつの間にか拍手をしていた。
拍手しだしたタイガーは、
「個人の尊厳を守るとは、ましてや国是に掲げるなど、洒落た国と兵たちだ。」
と微笑んで馬に鞭を当てた。

 陽が落ちだすころ、ミミズ街のナントン領主屋敷門前でタイガーは操舵席から飛び降りると、三人でたむろしている兵とは思えないまだ十四、五才の衛士兵に声がけした。
「ナントン領主に、依頼の仕事を終えたと連絡してくれ。」
「お前は?クレイジー.タイガーか?」
「そうだ。」
「この前の戦で、生き残ったとの噂は、本当だったのか。」
「そうだ。」
タイガーはめんどくさそうに返事をするだけである。

 まだ子供の面影のある衛士兵は、タイガーの不機嫌な態度に威圧感を感じたのか、その場から逃げるように屋敷玄関の方向へとかけていった。

 ナントン領主は執務室の机に向かっていて、商業ギルド長イカレと冒険者傭兵ギルド長アッホレー二人がソファーにくつろいでいた。
「で、無法侵略者の街では、俺の領地の商人は取引ができないと?」
「取引はできるのですが、ほかの領地の商人よりも、三倍の値段を提示されたそうです。」
「わざわざ、無法侵略者どもから買わなくても良いだろう!」
「売り物は、穀物から、薬に酒類、砂糖に胡椒、何故か海沿いでもないのに岩塩と称した塩までもがあり、すべての商品は半値だそうです。」
「半値だとしても、三倍だと利益が出ないだろう。」
「ですので、領主様の力で交渉していただきたいのです。」
商業ギルド長イカレは、上目遣いでナントン領主を覗き込んだ。

 冒険者傭兵ギルド長アッホレーも懇願するように、
「領主様のご慈悲で、傭兵たちの手当を無法侵略のところと、同じ給料でお雇ください。そして、魔獣や猛獣の討伐金額を倍にして頂きたいのです。でないと、冒険者傭兵たちが集まりません。」
「まともな衛士兵さえも集めきれないくせに、金、金、金。いつもいつもお前は金の懇願ばかりだ。金がなくても、人を集めるのが、それがお前の才覚だろう。」
ナントン領主の剣幕に、アッホレーは何も言えなくなってしまった様子である。

 子供の面影のある衛士兵は、部屋の中の怒鳴り声に気後れしたのか静かにノックした。
衛士兵は中から何の返事もないことで、更に強くノックした。
「うるせぇ!ノックは静かにするものだ。それで何用だ!」
と返事が帰ってきた事で、タイガーの要件よりも印象深かった鎮守様の印象を述べた。
「綺麗な、、、いえもっと、麗しい女性が尋ねてきました。」
「麗しい女性?入って来て、詳しく話せ!」

 子供の面影のある衛士兵は委縮した状態で部屋に入ると、険しい顔をした偉い連中にさらに委縮しただした。

「麗しい女性とは?」
「見目、麗しい女性です。」
「誰だそいつは?」
「女神様のようにきれいな方です。」
ナントン領主の呆れ顔に、イカレとアッホレーも蔑むような顔で、子供の面影のある衛士兵をにらみつけた。
「で、その女は何用で来たのだ?」
アッホレーは要件さえも説明できない衛士兵を紹介した負い目もあり、要件を引き出すように尋ねた。
「クレイジー.タイガーが連れてきた女性です。」
「ばっきゃ~ろう。」
とナントン領主は傍にあった重しに使う文鎮を、衛士兵の顔にぶち当てた。
「クレイジーが返ってきたと、先に伝えろ!」
と額から血を流して呻いている衛士兵に、さらに蹴りを入れた。
「サッサと連れてこい!」
と、うずくまっている衛士兵に又もや蹴りを入れた。
衛士兵はふらつきながらも、なんとか部屋から出ていった。
「冒険者傭兵風情がナントン領衛士兵などと、役にも立たないくず野郎だな。」
と、商業ギルド長イカレは、ナントン領主の機嫌を取るように、冒険者傭兵ギルド長アッホレーに言葉を吐き捨てた。

 ヨレヨレで出て来た衛士兵はやっとの思いで、
「領主様が呼んでいます。」
といって倒れ込んだ。

 鎮守様は倒れた衛士兵に向かって、
「回復魔法。」
と唱えると、痛みもなくなり傷も完治した衛士兵は、驚いたように手のひらを握っては開きを繰り返した。

 別の最年少衛士兵の案内で鎮守様が部屋に入ると、ナントン領主は微笑んだが、イカレとアッホレーは魂が抜けたように鎮守様を見つめていた。
「ガマガエル殿久し振りです。五箇条の御文覚えていますか?」
と、鎮守様は但し書きを取り出した。

「1、妖精国の最高指導者に対して、一方的に暴力をふるった。
2、妖精国の最高指導者の拉致を部下に指示した。
3、妖精国の最高指導者の付添いに対して、配下の者たちに剣を向けさせた。
4、妖精国は、これを宣戦布告と受け取った。
5、カイワレは、自分で落馬して足を骨折したので、治療者に足の骨折を治してもらう対価は、父親に金貨百貨を支払わせる。
これはガマガエル領主が払うと言って逃亡したが、やっと会えたので、支払っていただきます。」
「この状態で、今更ながらどうだというのだ?」
「治療代は元より、私への慰謝料と国への無法な攻撃に対して、追加として五百金貨を追加する。払ってもらいます。」

 冒険者傭兵ギルド長アッホレーは名誉挽回と思ったのか、鎮守様につかみかかってきた。
「無礼者!」
鎮守様の一声で、アッホレーは窓を突き破り庭の立木をへし折ると、そのまま切り株跡に刺さった。
乱切りに引きちぎられた切り株トゲ跡には、服のはがれた腹を上にした無残な死の光景が全員の眼に焼き付いた。

 冒険者傭兵ギルド長アッホレーの残酷なさらし死体に、恐怖で唖然としている部屋の空気を引き裂くように、
「私の精算を先にして頂きたい。」
と、タイガーが声がけした。

 ナントン領主は椅子に座ってはいるが、両膝は震えを止めきれぬまま、
「おお~。もちろん払う、が、シーザーはどうした?」
「執事殿は、不具の事故で死んだ。」
「金を持っていたはずだ。」
「誘拐班の、盗賊たちの手間代で使ったのだろう。」
「誘拐班、、、?盗賊たちは、今どこにいる。」
「何人かは死んだが、あとは知らないし、俺には関係ない。おれは対象者を届けるだけだ。」
「分かった。約束の二金貨は払う。その女を捕縛しろ。」
「先に、届ける約束の金貨を払え!」
と言って手を伸ばした。
ナントン領主は机の引き出しから二金貨を机の上に乗せた。
「ではいただく。これで契約は終わりだ。」
と言って部屋のドアに向かうと、ナントン領主は立ち上がることなく、
「追加を払う。その女を捕縛しろ。」
「無理。人智を超えた女神様には、指一本触れ、、きれない。」
「衛士兵!その女を捕縛しろ。」
最年少衛士兵は腰を抜かしたのか、座り込んだまま首を左右に振るだけである。

 鎮守様がタイガーに声がけした。
「タイガー殿、私の付添い護衛は?」
「はい。そのつもりですので、ドアの外で待つ予定です。」
「中にいてもいいです。」
「畏まりました。」
「オオ、お前は!裏切るのか!」
「お前との契約は完結済みだ。新たなる契約は、私の場合は女神様なので、五箇条の御文覚えの約束を守ってください。」
「三百金貨なら払えるが、あとの三百は無理だ。」
タイガーは静かに商業ギルド長イカレをにらみつけて、
「そこにいる商業ギルド長イカレどの、残りの三百金貨ならすぐにでも用意できるだろう。」
言葉を振られた商業ギルド長イカレは、へたり込んだまま狼狽して、
「ななななな、、。」と震えるだけである。
「ななな?とは。」
「なな、何で?おっ、おっ、俺が用意しなければならないのだ!」
「ナントン領が戦時債券を発行するのだ。その買上げ義務は、その地区の商業ギルドだろう。義務を果たせ。でないと、義務を果たせない商業ギルド長は、確か死刑だったか?」
と言って更にナントン領主に向き直した。
「領主様。三百金貨債券を発行してください。私が受け取ってきます。」
タイガーがナントン領主をにらむ顔は、鬼か夜叉とも思える有無をも言わせない形相である。
ナントン領主は蛇に睨まれた蛙のごとく、ガマガエルの顔がさらに渋柿を食べた汗顔カエルになった。

 ナントン領主は無言の横顔で、三百金貨債券を震える手で商業ギルド長イカレに向けた。
商業ギルド長イカレは這うように机に近づくと、机の角を頼りに立ち上がり三百金貨債券を矢張り無言で受け取ったのは、諦めた心境か、それとも、冒険者傭兵ギルド長アッホレーの、無残な死に方からの恐怖から来ているのかは不明である。

 商業ギルド長イカレが元気なくドアに向かう後ろからタイガーは静かについていくと、
「女神様。俺はこいつから金を受け取ってくるが、女神様はどうしますか?」
「私は、ガマガエル殿と、五箇条の始末をつけたいので残ります。それに、何の用事で呼び出したのかを聞きたいので、返事次第で、あれの二の舞よ。」
と、窓に向かって顎をしゃくった。
「わかりました。金貨の代わりに生首になるかもしれませんが、ご了解ください。」
「三百金貨の価値ある生首なら、よいでしょう。」
「じゃ~、一つ首ではなくて、一族郎党の大量になりそうだぜ。」
と言って高笑いしだすと、商業ギルド長イカレは恐怖に駆られる言葉に体中が震えだした。

 商業ギルド長イカレは窓の外にさらされている串刺し死体を又もやちらりと目にして、懇願の目をナントン領主に向け直したが、既にナントン領主は絶念としているのが感じられた。
やるせなしにも、同じ立場になっているナントン領主に憐れみの目を向けたが、踏み出す足はぎこちなくなってしまった。
周りの誰の目にも商業ギルド長イカレの足が地面に着くまでは、頼り気無しに震えているのも見て取れた。

 タイガーはドアの前に立ち止まった商業ギルド長イカレの背中を押すと、
「ほら、早くいかんか。」
と凄み、
「ではお願いします。」
と、鎮守様の言葉に、満面笑顔を向けた。

 鎮守様はソファーに腰掛けると、ナントン領主の方を向いて、「紅茶を所望する。」とつぶやいた。
ナントン領主はヘタレ込んでる衛士兵に、
「すぐに紅茶を用意しろ。」と命じると、ヘタレ込んでる衛士兵はすぐに起きだし駆け出していった。

 ティーセットを運んできたのは、鎮守様の回復治療魔法を受けた衛士兵であった。
衛士兵は鎮守様の前にあるテーブル上に紅茶セットを置くと、ニコリと微笑み軽く頭を下げた。
鎮守様の「ありがとう。」との言葉は、衛士兵から感謝の気持ちを受け取ったとの意味をも含んでいた。

 鎮守様はソファーに沈み、優雅に紅茶を飲んでいるが、ナントン領主は対照的に真っ青な顔をして、鎮守様の挙動に注意を集中させていた。
「で、私を誘拐した理由は?」
と、目はカップに向けたまま尋ねた。
ナントン領主は五箇条の話題ではなく、誘拐した理由なら弁明できると考えていた。
「はい。あなた様を、オハラ王国皇太子殿下の妃候補として、推薦したいと思ったのです。」
「そんなことでは、王都などに行きたいとは思わない。ほかに何か、王都に行かなければならない理由を考えなさい。」
「瘴気病から、村を救った聖女様として、王様に謁見することは?」
「そうね~。私を祀った、教会の建設許可をいただこうかしら?」
「それはいい考えです。私はいろんな方面に顔が利きます。」
「では、それですすめて。」
「畏まりました。」
「では私の部屋と、タイガー殿の部屋を用意しなさい。」
「すぐに用意します。」
「無礼はなしだぞ。」
「まさか!」
「王都までの期間は、タイガー殿は私の従者なので、あなたは、自前の従者を用意した方が良いでしょう。」
「承りました。」
「了解ではなく、承るだけ?」
「承知しました。」
「うん。」
鎮守様は無表情で再び紅茶に口をつけた。
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