僕は美女だったらしい

寺蔵

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荒れた高校

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「じゃぁ、行ってくるからね」

 大きな旅行鞄を両手で抱え、笑顔で見送ってくれる母さんに列車の中から挨拶をした。いよいよ今日、京北台高校へ向かう。

 入学式は明日だけど、新入生は一日前には寮入りしておかないとならないのだ。

「頑張ってくるのよ」
「うん」

 S県の学校までは約二時間――。旅行気分でゆっくりするつもりだ。

 いくつ目かの駅で、僕と同じ制服を着た男が同じ車両に乗ってきた。
 真新しい制服で、僕と同じ一年生だろうなと思ったが、とても声はかけられなかった。
 見上げてしまう程規格外の長身だ。190cmはありそう。堂々と歩く姿勢で態度も大きいと覗えた。
 到底友達になれるような人種じゃない。

 僕は思わず呆気に取られて凝視した。同じ年なら十五か、恐ろしく早生まれだとしても十六。その程度で、ここまで成長できるなんて凄いな。羨ましいな。

 男は僕の横で立ち止まった。

 なんで僕を見るんだろう?
 硬直しつつ男を見上げて、そして気が付いた。最初に見ていたのは僕の方じゃないか。慌てて視線を逸らす。
 ひょっとして、ガンつけたとか思われたかな。因縁をつけられるかな?
 冷や汗の出る思いで男の挙動を待つ。が、男はやがて通り過ぎていった。

「ふぅ…………」

 詰めていた息を吐き出す。
 やたらと目つきの鋭い、怖い人だった。同じクラスになったら緊張で気も抜けなさそうだ。

 クラス数は一学年で五クラスと少ないが、同じクラスになる確率は五分の一。まずないだろうな。多分。

 京北台高校の寮は全て二人部屋だ。

 学校と同じ施設内に併設されていて、立て替えたばかりのA棟と古めかしいB棟がある。新入生は有無をいわせずB棟だ。

 僕の部屋は33号室。覚えやすい部屋だ。しかも、ラッキーなことに一人部屋だった!
 今年の入学数は奇数で、たった一人だけ一人部屋が貰えるらしかったが、まさか、僕がそれにあたるとは。

 幸先いいな。嬉々として部屋に入り、荷物を下ろした。

 それから、家では考えられないぐらいの豪華な食事をして、風呂に入り、一人部屋だったら作りにくいかなぁと危惧していた友人も何とか獲得することができ、僕の新生活は出だし良好に始まった。



 暗雲が垂れ込めたのは、次の日からだ。



 昨日知り合ったばかりの友人たちと校門でクラスを確認する。残念な事に、五人連れ立っていたその誰とも僕はクラスが違った。

「まぁ、ダチなんてすぐ出来るって」
 ガンバレよ、と背中を押されて教室のドアを開く。

 学校の作りは殆ど中学校と変わらない。日本全国そうなのかもしれなかったが、机や椅子にいたっては全く同じ物だ。

 だが、異世界が広がったような気がした。


 後ろの席に、電車の中で見た長身の男が座っていたんだ。


 う、同じクラスだったのか。

 またもバッチリ目があってしまい、しばらく視線を合わせたまま、ややあってまた僕はあたふたと視線を下げる。
 机の上には生徒手帳が置かれていた。自分の手帳が乗せてある席が自分の席だ。

(えーと、ここがは行だから……)

 免許証みたいなカードがクリアファイルから覗いている生徒手帳を確認しつつ机を移動していく。

 ――――うぅ。
 僕の机は、例の大男の隣だった。

(うぅう……、最悪だ……)

 逃げるわけにも行かず、自分の不運さを嘆きつつも席へ座る。
 いやいや、人を見かけで判断してはいけない。ひょっとしたら、怖いのは外見だけで、ひょっとしたら、結構いい人ってこともあるんだから――。

 前の人も横の人もまだ登校してない。僕のご近所さんはこの男だけだ。僕は、生活のしおりなんかを広げていたが、勇気を出して話しかけようとした瞬間に。

 ドガ!!

 僕の机の上に、重い音を立てて足が叩きつけられた。

 一気に真っ青になって、ぎぎ、と音がしそうなほど不自然に横を向く。男が仏頂面でこちらへ足を投げ出していた。

「あ、あの…………なにか?」

 相当不自然だったけど、何とか笑顔を向ける。
 男は当然ながらにこりともしない。

 それにしてもでかい男だ。小学生の時、水を一杯張ったビーカーに物を落として、溢れ出た水の量で体積を測る……って実験をしたけど、こいつと僕では、溢れ出る水の量は確実に二倍は違うぞ。

「なにニヤニヤしてやがる」

 外見を裏切らないどすの効いた声に、氷を背中に落とされたかのような寒気が襲ってくる。

「別に、ニヤニヤしてるわけじゃ……」
「電車の中でガンつけてきやがったろうが」
 か、顔を覚えられていたのか。

「ガンつけたつもりはないよ。身長が高かったから驚いて……」
「あぁ?」

 男が軽く足を振った。そう思った次の瞬間には、机はなぎ倒されて無人だった隣の席をなぎ倒し、その隣の席まで吹っ飛んでいった。

 なんて凄まじい脚力!

 別段力を入れたようには感じなかったのに。

 この人が本気を出したら、僕なんて簡単にへし折られてしまう。
 人種が違う。今更ながらに身の危険を察し硬直した。

 男はしばし僕を睨みつけていた。

「お、いたいた、ここだぜ」

 見るからに柄の悪い連中が教室に入ってくる。

 一瞬だけどやたらと長く感じた時間が流れ出してほっとする半面、恐らく上級生だろう彼等の登場に状況は悪くなる一方だった。

「早速弱い者いじめかぁ?」

 にやにや笑いながら、男を取り囲んでいく。男は別段微動だにせず、囲んでいく連中を、座ったまま釣り上がった目で見据えているだけだ。

 僕は心底逃げ出したくて仕方なかったのに、動いたらやられる、みたいな悪夢的状況にただ固まってしまう。

「お前なんて名前なん? あぁ、八鬼 白夜(やぎ びゃくや)君か」
 一人が置きっ放しの生徒手帳を確認して唇の端を吊り上げた。

「一年があんま目立つもんじゃないぜ? つっても、ただ歩いてただけだけどよ。そのガタイ目障りだよな。どうにかなんねぇか? なぁ一年」
「おい、何とかいえよ。怖くて返事もできないんでちゅか~?」

 からかったソバカス面の男の顔に、男――八鬼の拳が叩き込まれた。

 またも机をなぎ倒しながら男が吹っ飛んでいく。こ、ここにいたら確実に巻き込まれる、逃げなきゃ……。

 周りの席の連中が、危険を察して潮が引くかのように一斉に前の方へと非難していく。僕も波の一部となって逃げた。
「てめぇ、何しやがる!」
「このクソガキが!」

 男たちの怒声が幾つもあがり、八鬼に掴みかかっていく。が、八鬼は小うるさい虫でも払うように、表情も変えずに男たちを瞬殺していった。

 見かけだけじゃなくて八鬼の強さは圧倒的だった。

 クラス中の連中が呆気に取られて「すげぇ……」と溜息混じりに零す。

 全員を床に沈めてから八鬼が顔を動かさずに視線だけで教室を撫で回す。僕も含め、ぎくりと背筋を伸ばすのを尻目に――、八鬼は男達をほったらかして教室から出て行った。

「ふ――――――。」

 僕の溜息とあちこちから上がった溜息がかぶる。
 皆、緊張していたんだ。
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