僕は美女だったらしい

寺蔵

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荒れた高校

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「おっかねぇなぁ、あの人……」
「すげーけど、こえー……」

 先輩達は鼻血の噴出す鼻や、歯の飛んだ口を押さえてようように立ち上がり、「くそ!!」と机にやつあたりをして、ますます教室を滅茶苦茶にしてからようやく出て行った。

 机……もとに戻さなきゃ。

「大丈夫?」
 机を片している僕に、低い鼻が特徴的な前の席の男が手を貸してくれた。

「ごめん、ありがとう」
「お前、何をやらかしたんだよ、いきなり怒らせるなんて」

「電車の中で目が合ったのを、ガン付けたっていわれちゃって……」
「げ、それ最悪じゃん。完全に目ぇ付けられてるぞ」
「どうしよう……」

 こんな怖そうな上級生さえ一撃で吹っ飛ばす男と喧嘩になったら、僕なんか軽く捻り潰されてしまう。

「あの人の機嫌が直るまで用心して接するしかねぇんじゃねーの?」
「うん、そうだね……」

 もともと僕は空気みたいな人間だった。憎悪の的になるのに慣れてない。
 どうすればいいかなぁなんて悩んでいたけど、悩んで悩んで悩んだ挙句、「傍に寄らない」「刺激しない」といった消極的な方法しか思いつかなかった。

 僕の危惧を他所に、その日一日、八鬼は姿を現さなかった。


 翌日は、クラス委員の選抜と、学校案内、部活の説明だった。

 適当に流している間に時間はどんどん過ぎ去っていく。幸いなことに、どの委員にも選ばれることはなかった。隣の席の八鬼白夜君は欠席だ。このまま登校してこずに辞めてくれないかな。なんて密かに願ってしまう。

 部活の説明が終わり、体育館から列になって退出する。
 ぎょっ、と足を止めた。

 体育館の入り口に座り込んだり、木や壁にもたれかかったりして、結構大人数が僕らを見ていた。しかも皆柄が悪い。上級生達だ。
 これはあれだぞ、勧誘だ。
 この学校は、偏差値が低く乱暴者が多く、両親が持て余した子供を入れる学校としても知られていた。

 僕はそこまで成績は悪くなかったのだが(良いともいえなかったけど)、何しろ父親がこの学校で揉まれて根性がついたという逸話があるので、兄さんも僕も当たり前のように入学させられた。

 きっと、暴走族やらチーマーやらって連中が、新人を獲得しようと品定めをしてるに違いない。
 口喧嘩さえ満足にしたことのない僕は、俯き加減に通り過ぎようと早足になった。

「おい、あいつすげーぞ」
「マジだ。かーわいい。今年の新入生には女の子が混じってるぜ」
「一回やらして!」

 口々に野次が上がる。へー、そんな可愛い子がいるんだ。
 誰のことだろ。見回すが、別段、可愛い子はいなかった。それなりに貧相だったりごつかったり悪そうだったりする男ばっかり。

 この中に、ヤンキーから見たら「可愛い子」が混じってんだな。ヤンキーも同じ人間のはずだけど、僕には到底理解できない世界だ。

 どかり、と肩に腕が降ってきた。

「おい、シカトすんなよ」
「え?」

 歯の所々抜け落ちた、トウモロコシの髭のような髪をした男が僕を引き寄せる。

 うそ、僕だったのか!?

「あの、その、えと」
「放課後の予定とか決まってる?」
「ご、ごめんなさい、映画研究部の部室に見学に行こうかと思ってて」

 嘘だ。中学校で部活をやりつけなかったので、高校生になっても部活はやらずにいようと思っていた。だけど、映画は好きで、研究部はちょっと面白そうかもって思っていたんで、出任せだけど、すらりと口から出てくれた。

「そんな部活、面白くないって。うちに来いよ。心配しなくても取って食いやしねえから。なぁ、あんた何組?」
 僕に聞くんじゃなくて、僕の前の奴に尋ねる。
「え? 三組ですけど……」
「そう、三組ね」

 返事は僕にだった。やられた。僕が聞かれたんだったら何とかはぐらかせたのに、一見関係ない生徒に振るだなんて。縦列になって退場しているんだから、僕の前と後ろの奴は同じクラスの男だ。僕のクラスがいきなりばれてしまった。まぁ、五クラスしかないんだから、この男がその気になって調べれば、さほど難しくなく見付かってしまったんだろうけど。

「終ったら迎えに行くからな。おれ、村里聖羅。セラって読んでくれ。な?」
 かけた歯を覗かせて笑う。

「でも、僕」
「いいから、こいよ」

 どっ、てお腹を殴られて前のめりになる。本気で殴られたわけじゃないものの、充分すぎる脅しだった。

 ホームルームが終わるより早く、男、セラさんは教室前に立っていた。
 僕と視線が合うと手を振ってくる。

 行きたくない。行きたくない。繰り返し思えども、廊下で待たれているんじゃ逃げも隠れもできはしない。覚悟を決めて今日一日付き合おう。

 僕が喧嘩や口喧嘩どころか、ハッタリも利かせない人畜無害の人間とわかれば、役立たずとして放り出してくれるはずだ。

「羽鳥、大丈夫? 呼び出しくらったんだろ?」
 終礼が済むと、前日手を貸してくれた前の席の野山君が心配そうに眉を下げた。

「うん、大丈夫。どっちにしたって僕は喧嘩なんかできないんだから、あっちが愛想を付かして放り出してくれるよ」
「でも、その…………」

 野山君はいい淀む。

「あいつら、多分、お前が喧嘩するのなんて望んでないんじゃないかな……。喧嘩要因としてスカウトしたんじゃないと思うぞ……」

「え? じゃあ、あの人達、本気でどこかの部に所属してて、真面目に新入部員を獲得してるってこと?」

 それはないと思うけどなぁ。髪を金色に染めている所といい、部活に燃える生徒って感じじゃない。
 あ、ひょっとしたらロック研究部とか?

「違うよ。その…………ここ、男子校だろ? ひょっとしたら、女の子の変わりになる新入生を捜していたのかもしれないじゃないか」

 顔を染めながらいう野山に驚いてしまうが、すぐに苦笑いで答えた。

「そんなことありえないって。僕はどっからどう見たって男だしさ」
「なにいってんだよ」

 思いも寄らない、野山の強い口調と強い視線に一歩足を引いてしまう。

「鏡の前に立って、よく自分の顔を見ろよ。お前ってなんていうか…………、変な顔、してる。変に、綺麗に、整ってる顔してる。女みたいって、それだけじゃない……変な……」
「……そうかな?」
 変な顔っていうのは、つまり綺麗じゃないって意味じゃないのかな?
 綺麗といわれても、綺麗じゃないといわれても、男にとっては切ない。

 ホームルームが終わると僕はとにかく上級生――セラさんについていった。

「セラさんたちって、何をしているグループなんですか?」

 そもそも、グループなのかどうかも判らなかったが、予備知識もなく突っ込んでいくのは勇気がいったんで、疑問をぶつける。

「特に何にもしてねえな。ただダベったりするだけでさ。ほら、この学校って山のてっぺんにあるじゃん? 一番近くのコンビニでも片道二十分はかかるしさ……。なんも面白いことないから、暇つぶしに話すかってだけの集まりなんだ。ここがオレらの溜まり場な?」

 到着したのは校舎からかなり離れた場所に建ててある体育館の、そのまた奥にある第二体育倉庫っていうこじんまりとした建物だった。

「ちわーっす、新入生一人連れてきました~」

 セラさんが挨拶をしながらドアを開ける。
 僕は体に電流を流されたみたいに、ビクっとして背筋を伸ばした。

 考えていたより人数が多い。十人はいるだろうか。跳び箱の上やら、マットの上に寝そべり、R18な雑誌を読んだりしている。セラさんが普通の人間に見えるほど、誰もかれも柄が悪い。セラさんは下っ端だったんだろう。

「へぇ、今年の新入生は、やたら美人が入ってきたんだな」
 均整は取れてないけどやたらとがっちりした体をした男が僕の前に立ちふさがる。
「あ、の…………」
「へー、こりゃいいな。女と変わりねえや」
「でしょう。俺にも早めの順番で回してくださいよ」
「三番な、三番」
「やった」

「あの……僕…………」

 いってる意味はわからないけど、凄く嫌な感じだ。やっぱり帰ろう。

「やっぱり、帰りたいんですけど……」
「そりゃできねえな」

 入り口に二人の男が立ち塞がる。
 この学校にきてから、血の気の下がることばかりだ。
 いきなり肩を鷲掴みにされて、マットの上に引きずり倒された。

「いっ……!」

 間髪居れず、でかい男が足の上に馬乗りになる。
「何するんだ……!」
 振り払おうとあげた手を、別々の男たちが踏みつけた。抵抗は呆気なく、簡単に押さえつけられた。

「いた……、いたい……!」
 学ランを着てても、革靴で踏みつけられれば痛い。暴れるのに、踏みつけた男達は全く微動だにもしない。

「痛くなるのはこれからだぞ」
 男の手が僕のベルトに掛る。

 なんだ、この展開!?

「斉藤さんの、デケーからな」
 腕を踏みつけた男が笑う。斉藤……、僕が好きだった人と同じ名前だ。麻痺した思考がぜんぜん関係のない場所へ飛んで霧散した。
 ベルトを外されると、ズボンは一気に膝まで引き摺り下ろされる。下着と一緒に。

 え?
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