記憶のかけら

Yonekoto8484

文字の大きさ
上 下
23 / 23

後書き

しおりを挟む
本当に不思議な時代になった。最近まで当たり前に行われていた,知人や友人との食事やイベントの開催,学校の授業や海外旅行は全部古い時代の思い出話に変わった。最初はそう思った。

しかし,長引くウイルスとの戦いに備えて,新しい生活様式の本当の意味を模索しつつ日常を営んでいると,我慢しているはずのことをいつからか我慢と感じなくなっている自分に気がついた。そして,この最初不思議に感じた感覚は,決して新しいものではなく,前にも味わっていたものなのだとふと思った。

祖父母と一緒に過ごした日々もこういう単調で刺激の少ない,我慢の連続の生活だった。しかし,その生活しか知らなかったから我慢や忍耐に感じたことはなかった。あの時の感覚に近づいていると最近思う。

祖父母が亡くなり,大学生になった私はこれまでできていなかった様々なことに挑戦した。コミュニケーション能力に欠けていると思い,発表やプレゼンを頑張り,疎いと危機感を抱いていた人間関係もいろんな人と付き合い,人間力を身につけようと必死で努力した。学習も際限なく自分の関心のあるものを勉強した。失敗を沢山重ねて,たまには成功を収めることもあった。

働き始めて,意気込みすぎては絶望するの繰り返しの生活をしばらく続けた。ややこしい人間関係で悩み,自分の感情に沢山振り回され,涙に暮れる時期もあった。悔しくて不甲斐ない時間を沢山過ごした。でも,どん底に陥り,もう頑張れないと思った,その度に祖父母を思い出し,また立ち上がる力をもらった。

そして,数年悪戦苦闘しながら踏ん張ってみると,良い人間関係も築けたし,気が付いたら振り回されているだけのはずだったのが自分もいつからか舵を取るようにはなっていた。豊かな自然や温かい人の心に癒され,少し成長した。仕事も軌道に乗り,僅かではあるが実績を残すことが出来た。仕事の赴任先で素敵な人と知り合い,交際を経て結婚した。子供も授かった。

しかし,今ではこの挑みと挫折の日々も,暖かい人の輪の中で過ごした日々も,全部遠い夢のようで,幻にまで感じてしまう。こういう自由で屈託なく過ごせた時代があったことの方が不思議で,信じられない感じがする。

そして,その時期に思い出すことが少なくなっていた祖父母と過ごした時間は、むしろこれまでのどの時間よりも近く感じ,しょっちゅう蘇るようになった。

祖父母と一緒の自分の思い出すと,最初窮屈に感じていた育児も楽しく,有り難く感じるようになり、気持ちが楽になった。

そして,その時に見たり聞いたり感じたりしたものは全部本物だったと改めて思い知った。会社の売り上げや経済の動向,浅い人間関係や余暇の過ごし方などこのウイルスのような伝染病で簡単に左右されたり壊れたり失われたりするような軽薄で儚いものではなく,むしろこういう時代にこそ一層心の中で輝きを増し,力をくれるものなのだと気付かされた。

物や地位や名誉を追求すること,こだわること,人によく見られようと好かれようと同調したり妥協したりすること,無理して人に合わせることで自分を失うこと,これらは全て浅はかなものだと祖父母から教わっていたのに,時間が経ってみれば,その虜になっていた。原点に立ち返るきっかけをいただき,感謝せずにはいられない。このウイルスが終息しても,祖父母との思い出を胸に,我が子と手を繋ぎ導きながら,今後の人生を歩んでいきたいと思う所存である。

このウイルスが世界中で猛威を振るう時代に,命があっけなく失くされていくこの尋常ではない現状を見つめて,自分や自分の大事な人が生きた証を残したくなるのは、私だけではないだろう。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

自称サバサバ女の友人を失った話。

夢見 歩
エッセイ・ノンフィクション
あなたの周りには居ませんか? 「私ってサバサバしてるからさぁ」が口癖の女の人。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから

白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。 まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。 でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。

処理中です...