一なつの恋

環流 虹向

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俺は静かに寝ている夢衣を起こさないようにベッドから出て、昨日永海と電話で約束した学校の屋上に向かいながらまずは中庭の自販機で牛乳を買い水分補給をする。

永海はこの学校から少し遠いところに住んでるからこのぐらいゆったりしても大丈夫だろうと、だらけながら牛乳を飲み終えて最上階の体育館へエレベーターで向かうと途中の階で夏が乗ってきた。

その夏の腕の中には一昨日から大切そうにしていたトートバックがあり、何か大切な画材か絵が入っているのか予想する。

一「自習?」

これから貸し教室で1人作業するのか質問してみた。

夏「ううん。J ORICONNの絵を提出しに来た。」

一「おー。俺も今日完成させて月曜に提出する予定。」

夏「お互い提出が間に合ってよかったね。栄美先生から聞いたけど、天の川をテーマにしたんだよね?」

一「そうそう。天の川と織姫と彦星描いた。」

夏「どのくらいの大きさ?」

一「大体黒板2つ分ぐらいだと思う。」

夏「え!?…すごい、大きいね。」

と、夏はすごいびっくりした表情で見てもない俺たちの作品に驚く。

一「夏はテーマなに?」

夏「実は俺も天の川なんだ。」

そうだったのか。
だから栄美先生が話題に出したんだろう。

一「絵は学校?」

夏「ううん。これに入ってる。」

そう言って夏は自分の腕の中にあるトートバックを指す。

一「…それ、一昨日から持ってたよな?」

夏「うん。完成させるためにちょっと持って行ってた。」

一「持って行ってた?」

あの日、桃汰さんが夏と悠に『旅行楽しかった?』と聞いていたことを思い出し、俺は夏のJ ORICONNの作品にすごく興味を持ってしまった。

俺が夏の作品を気にしてると、エレベーターはあっという間に夏が行く予定の職員室がある階についてしまった。

夏「うん。ちょっと描くの手伝ってほしい人がいたから。」

そう言って夏はエレベーターを降りてしまう。

俺はその“手伝ってほしい人”の存在がとても気になり、夏と一緒にエレベーターを降りた。

夏「…あれ?体育館行くんじゃないの?」

一「…俺、見てもいい?」

夏「いいよ。学校の作品じゃないから見せてOKって栄美先生言ってた。」

夏はそのまま日当たりがいいサンルームに行き、トートバックの中に大切にしまわれていた絵を取り出し、俺に手渡してくれる。

俺は夏が描いた見開き雑誌1枚分の天の川に視界を奪われた。

透明なフィルムで大切に保護されている中にたくさんのブルーたちで星空を描かれた上に、口紅のように細いものを這わせたのかラメの入ったパウダー状のもので天の川の星屑を表している夏特有の星空。

しかもその絵の上に何か水を垂らしたのか、雨粒が落ちたような跡があり晴れ渡って見えるはずの天の川なのに、雨の香りもする天の川の絵だった。

俺はその表現力に驚き、自分の指が邪魔に感じてしまい、キャンバスの裏に手を置くと後ろに何か貼ってあるのか凹凸を感じた。

それを確認するために裏返してみると、そこにはあの日姐さんと見た朝空みたいな色がついた桜吹雪が舞っている便箋の形になった裏面が現れた。

一「…両面?」

夏「ううん。こっちが正面。」

と言って、夏は雨の天の川がある方に裏返してしまう。

俺はその天の川にも感激したけれど、朝焼け色の桜
がとても気に入ってしまい、そちらの面を向ける。

一「…けど、この裏のフィルムに彫られてる桜吹雪は?しかも便箋みたいな形になってるじゃん。」

俺はこんなに凝ったものを何故裏面と言うのかが不思議でしょうがない。

夏「…桜吹雪じゃなくて、桜の天の川を流れてるんだ。」

一「しかもこれ、彫った花びら一枚一枚に色ついてるじゃん。これを壁に向けて置くなんておかしいだろ。」

俺はもう1度、その絵に目を落として見ると俺がこの絵を見るきっかけを作った凹凸の正体に目がいく。

この天の川の上を優雅に流れる桜の花びらの上には封蝋ふうろうで封が閉じられていて、俺はその封蝋のマーブルになった2色を見て夏が俺の憧れる“Sun”だと確信した。

夏「ううん。こっちは見えなくていいんだ。この天の川がずっと残ればいいんだ。」

そう言って夏は俺の手元から天の川をそっと取り、箱の中にしまった。

俺はその夏の表情があの日やっと本音を出してくれた時と似たような顔をしているのを見逃さなかった。

一「…夏ってなにを思って、この絵を描いた?」

俺は付近に誰もいないのにも関わらず、夏にだけ聞こえるよう小さく言った。

夏「…自分の思いを伝えるためとこの天の川を見てほしい子がいたからそのために描いた。」

夏が言う、“裏面”に描かれた桜の天の川は自分だけしか知らない風景を閉じ込めるために描いたのか?

夏が大切そうに雨の天の川を便箋のフィルムに入れたのは、桜の天の川を見せたい子の思い出を隠すためなのか?

一「まだ見てほしい子いるだろ。」

俺は夏がまだ隠しているはずの本音を引き出すために聞いてみる。

夏「なんで…、そんなこと聞くの。」

俺は自分の知ってる情報の点と点が繋がり、夏が描いた桜の天の川と封蝋の2色の意味について腑に落ちる答えが導き出せた。

一「俺、この封蝋の色知ってるぞ。」

そう言うと夏は表情も体も固まり、俺の言葉を身構えた。

一「ここの学生が描いた中で俺が1番好きな『微睡まどろみ』って絵に描かれた夕焼けと女の2つの色と同じ色してる。」

その『微睡』は俺たちが入学したての頃、校外学習で鎌倉に行き様々な景色の写真を撮る授業をした。

その自由な鎌倉散策は班行動で永海と特に仲良くなったイベントの1つでもある。

その日は永海のお団子頭が海風でよく崩れる日で、いつのまにか永海は持ってきていたピンを全てなくし、癖っ毛でカールが不揃いな髪の毛をとても気にしていた。

俺はコンビニに行ってピンを買ったらいいと提案したけれど、永海が使っているピンはデパートのヘアケア専門店でしか売っていない特別なピンらしくてそれじゃないとまとまりが悪いと教えてくれた。

俺は夢衣に教えてもらった三つ編みを永海のポニーテールに施し、髪の毛の広がりを何度も防いでいたからとてもよく覚えてる。

その後、その校外学習で撮った写真を絵に起こしたものを展示会で奏たちと一緒に見たとき、この間永海が夏をまた好きになったきっかけと話してくれた夕日と思われる絵があった。

その夕日はステンドグラスのように細かい“Sun”独自の夕空色たちを敷き詰めた絵で、奏たちと一緒に見て一瞬で“Sun”のファンになった1枚だ。

その“Sun”の夕日はたくさんのピンク色を敷き詰めたもので、その夕日を主役にするために影になった海や柵、車や公園の遊具があったのに、あの女は真っ黒な影ではなく夕日に溶け込む綺麗な淡い枝垂れ桜のような色合いをしていて、1度見つけると何度見返しても1番にその子に目が行くような絵になっていた。

その色が今また俺の目に飛び込んできたことをさっきは驚いたけれど、夏と永海のことを知ったら全ての意味に納得がいった。

夏「…そうなんだ。たまたま似たんだね。」

と、夏は俺に何度試しても真似出来なかった色合いを『たまたま』と言う言葉で片付けてた。

一「俺、“Sun”の絵すごい好きなんだ。ああいう、人が温かみを感じる絵を描きたいってずっと思ってた。」

この間の稲穂の雨のような絵も、校外学習の夕空の絵も、今箱にしまわれてしまった2つの天の川も俺には創造出来ない。

だから、俺は“Sun”に思いが届くように空に思いを放つ。

夏「そっか…。“Sun”が聞いたら喜ぶね。」

学校の規則があるから認めてはくれないけれど、夏はちゃんと俺の言葉を受け取ってくれたみたいだ。

俺は次に“夏”として箱の中にある絵を見せたいと思っている人に見せてもらうため、枝垂れ桜の子の事を話す。

一「…あの校外学習の時、お団子頭の子がピンなくして拗ねてたのよく覚えてるんだ。」

夏「一くんはその子のことよく見てるんだね。」

そう冷たく俺の話をあしらう夏が俺には不思議でしょうがない。

一「癖っ毛がバレるのが嫌で、班行動中ずっと気にしてたから。」

夏「コンビニで…、買えばよかったのに。」

と、何か知ってるように夏は言葉を詰まらせた。

一「コンビニのピンは癖っ毛のせいですぐどこかに飛んでいくって言ってた。だから次の日、学校近くのデパートにあるヘアケア専門店でしか売ってないピン買うって教えてもらった。」

夏「一くんはその子のこと、いっぱい知ってるんだね。」

そう言った夏は手早く絵をトートバックにしまい、この場から逃げようとする。

一「それ、その子にも見せようよ。」

俺は逃げかけた夏の腕を掴み、もうひと押しする。

夏「…俺が見せたいのはリリだけだよ。」

そう言うと夏は俺の手を振り払って階段を3段飛びしながら駆け上がってしまい、その足の速さに追いつけなかった俺は夏を見失ってしまった。

俺は最上階の体育館も、教室や屋上も探したけれど夏を見つけられずにいると永海から電話がかかってきた。

一「ごめん。今から行く。」

永海『ううん。大丈夫。』

一「でも…」

永海『屋上で一のこと待ってたら夏に会えたんだ。』

そう言った永海は昨日より声が明るくなった気がしたけれど、どうしてか寂しげに聞こえる。

永海『それでJ ORICONNに提出するっていう絵見せてもらったの。』

なんだ。
俺が探し回ってる間に見せてたのか。

永海『朝焼けの桜吹雪綺麗だった。』

一「…桜の天の川だって。」

永海『そう、なんだ…。なんでそうしたんだろうね。』

一「本人に聞かないと本当のことは分からないよ。」

俺の絵もそうだから夏が何を思ってあの桜を描いたのかは分からない。

永海『そうだよね…。今度、聞いてみよっかな。』

一「そうしてみるといいよ。」

永海『うん。そうしてみる。じゃあまた明日の夜ね。』

一「分かった。」

俺は永海との電話を終えて、瑠愛くんの家でまだ寝ている夢衣を起こしに戻った。




→ SAKURA
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