上 下
21 / 104
第四章 ~空手家という名の闘神、大草原に舞い降りる~

道場訓 二十一   アリアナ大草原の攻防戦

しおりを挟む
 俺とエミリアは装備を整えた冒険者たちと一緒に目的地へとやってきた。

 アリアナ大草原。

 余計な障害物しょうがいぶつなどあまりなく、風に揺られて草の葉がどこまでも平坦へいたんに広がっている場所だ。

 だからこそ、そこで何が行われているかは遠くからでもよく見えてしまう。

 戦況は最悪だな。

 俺は両目を細めながら、数キロメートル先の光景に歯噛はがみした。

 すでに王国騎士団と魔物どもの殺し合いは佳境かきょうに入っている。

「ケンシン師匠、あれでは騎士団の者たちは……」

 エミリアも視力は良いほうだったのだろう。

 俺にはおよばないが、数キロメートル先の惨状さんじょうが何となく見えているようだ。

「ああ……さすがにもう助けは間に合わないな」

 正直なところ、王国騎士団は壊滅かいめつ寸前だった。

 ざっと視認したところでも王国騎士団の9割は全滅している。

 魔物どもはゴブリンやオークが大半で、その他にはヒグマ並みの体格の魔狼ワーグやダンジョンにしか出没しないはずのキメラなどの姿も確認できた。

 そんな魔物どもは生き残っている王国騎士団たちと闘っている奴もいるが、他の大半の魔物どもは殺した王国騎士団たちの死骸しがいむさぼり食っている。

 まさに狂乱きょうらんうたげとも呼ぶべき凄惨せいさんな光景だ。

 それこそ、耐性のない人間など一発で理性が吹き飛んでしまうに違いない。

 現に俺以外の冒険者たちはあっさりと戦意を失ってしまった。

「だ、駄目だ……どうやったって俺たちはここで死ぬしかないじゃねえか」

「何なんだよ、あの魔物どもの数は……確実に1000はいるぞ」

「くそったれ、王国騎士団が勝てない魔物に俺たちが勝てるかよ」

 などと冒険者は口々につぶやくと、自分たちの死を明確にさとったのその場にがくりとひざを折っていく。

 そのとき、一人の女が大刀をすらりと抜いて天高くかかげげた。

あきらめてはなりません! たとえ勝ち目が薄い戦いになろうとも、拙者せっしゃらには街の命運がたくされているのです! さあ、立って一匹でも多くの魔物を打ち倒そうではありませんか!」

 キキョウである。

 弱気になった冒険者たちとは対照的に、キキョウだけが必死に恐怖を抑えて戦意をあらわにしたのだ。

 けれども、誰一人としてキキョウに賛同さんどうする冒険者はいなかった。

「どうしたと言うのです、諸先輩方しょせんぱいがた! 魔物どもが本格的に攻め込んでくる前に、こちらから打って出ましょう!」

「お前は本当の馬鹿だな。この状況を見て、そんな気休めの言葉に乗る奴なんているわけないだろ」

 俺は遠くの魔物どもを見据みすえつつ、キキョウに言い放った。

「な、何だと!」

 キキョウは俺に大刀の切っ先を突きつけて憤慨ふんがいする。

「お主、Cランクの分際でAランクの拙者せっしゃを馬鹿呼ばわりするのか!」

「ランクなんて関係あるか。それに馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。あれだけの数の魔物相手に何の作戦もなしに突撃なんてするのは、切り立ったがけの上から飛び降りるようなものだ。お前も陣頭指揮じんとうしきを任されたリーダーなら、まずは自分たちが置かれた状況からいかに味方の損害を出さずに切り抜けられるかを考えろ」

「お、お主に言われなくともそれぐらいは考えている」

「そうか? じゃあ、お前は突撃という方法以外でどういう戦略を立てるんだ?」

 キキョウは難しい表情で遠くの魔物どもをながめた。

「う、うむ。そうだな……見たところ魔物の大半はゴブリンやオークどもだ。奴らは森の中では強敵だが、こうした見晴らしの良い場所での戦闘には慣れていない。それならばきちんと隊列を組んでいどめば勝てる見込みはある」

 俺は大きくうなずいた。

「ああ、ゴブリンやオーク程度ならこちらも隊列を整えて対処すれば苦戦する相手じゃない。お前の言う通り、ここは見晴らしのいい開けた場所だ。不意の襲撃を受けやすい森の中とは違って、罠を仕掛けられたりする心配がないからな」

 しかし、と俺は両腕を組んで言葉を続けた。

「さすがに機動力にけた魔狼ワーグや、魔力マナ耐性に強いキメラ相手だとさすがに分が悪すぎるか。隊列を整えるほど奴らにとって恰好かっこうまとになる」

 俺はあご先を人差し指と親指でさすりながら思考する。

「……だが、今回は密集陣形みっしゅうじんけいを取るのもアリかも知れないな」

「おい、どっちだ! 密集陣形みっしゅうじんけいなど取れば魔物どもの恰好かっこうまとになると言ったのはお主だぞ!」

「落ち着け。確かに魔物が約1000に対してこちらは約200。普通に考えれば密集陣形みっしゅうじんけいを取るのは得策とくさくじゃない……だが騎士だけで構成されていた王国騎士団と違って、ここには弓や魔法に長けた冒険者もそれなりにそろっている。それが吉と出るかもしれん」

 俺はキキョウに自分なりの作戦を提案した。

「いいか? まずは200人を4部隊に分けて、後方に回復魔法や応急処置に長けた援護えんご部隊を置け。そして中間には弓や魔法を撃てる狙撃部隊、前線には槍や薙刀なぎなたを持った隊を配置して魔物に対処する」

 俺は矢継やつばやに内容を口にしていく。

「残りの部隊には剣術や接近戦に長けた人間たちを集め、前線で仕留め損なった魔物たちを倒していくよう指示すればいい。そうすれば少なくともバラバラに冒険者たちが各個撃破かっこげきはされることはなくなって、死傷者――特に援護えんごしかできない女冒険者たちの被害数はかなりおさえられるはずだ」

 もちろん、それは俺が一番槍いちばんやりつとめたあとの陣形だとも付け加える。

 そこまで言ったとき、俺はキキョウが変な顔をしていることに気がついた。

 口を半開きにさせて、大きく目を見張っていたのだ。

「どうした? 俺の顔に何かついているか?」

「い、いや……お主、本当にうわさ通りの追放された無能者なのか?」

「どんなうわさかは知らないが、俺が勇者パーティーを追い出されたのは本当だ。そして無能と言うのなら、メンバーのためと思って身勝手に動いていたことに対しては無能だったのかもな」

 そんなことよりも、と俺は強引に話を終わらせる。

「風向きが変わった……そろそろ来るぞ」

 俺の言葉にキキョウはハッとなり、遠くの魔物どもに顔を向けた。

 やがて冒険者たちの間に緊張が走る。

「来たあああああ――――ッ! 魔物どもがこっちにやって来るぞ!」

 時刻は昼過ぎ。

 冒険者たちの悲痛な叫び声が大草原に響き渡る。

 それはこれから始まる戦争の狼煙のろしでもあった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

世界最速の『魔法陣使い』~ハズレ固有魔法【速記術】で追放された俺は、古代魔法として廃れゆく『魔法陣』を高速展開して魔導士街道を駆け上がる~

葵すもも
ファンタジー
 十五歳の誕生日、人々は神から『魔力』と『固有魔法』を授かる。  固有魔法【焔の魔法剣】の名家――レヴィストロース家の長男として生まれたジルベール・レヴィストロースには、世継ぎとして大きな期待がかかっていた。  しかし、【焔の魔法剣】に選ばれたのは長男のジルベールではなく、次男のセドリックだった。  ジルベールに授けられた固有魔法は――【速記術】――  明らかに戦闘向きではない固有魔法を与えられたジルベールは、一族の恥さらしとして、家を追放されてしまう。  一日にして富も地位も、そして「大魔導になる」という夢も失ったジルベールは、辿り着いた山小屋で、詠唱魔法が主流となり現在では失われつつあった古代魔法――『魔法陣』の魔導書を見つける。  ジルベールは無為な時間を浪費するのように【速記術】を用いて『魔法陣』の模写に勤しむ毎日を送るが、そんな生活も半年が過ぎた頃、森の中を少女の悲鳴が木霊した。  ジルベールは修道服に身を包んだ少女――レリア・シルメリアを助けるべく上級魔導士と相対するが、攻撃魔法を使えないジルベールは劣勢を強いられ、ついには相手の魔法詠唱が完成してしまう。  男の怒声にも似た詠唱が鳴り響き、全てを諦めたその瞬間、ジルベールの脳裏に浮かんだのは、失意の中、何千回、何万回と模写を繰り返した――『魔法陣』だった。  これは家を追われ絶望のどん底に突き落とされたジルベールが、ハズレ固有魔法と思われた【速記術】を駆使して、仲間と共に世界最速の『魔法陣』使いへと成り上がっていく、そんな物語。 -------- ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります

しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。 納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。 ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。 そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。 竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。

最難関ダンジョンで裏切られ切り捨てられたが、スキル【神眼】によってすべてを視ることが出来るようになった冒険者はざまぁする

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【第15回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作】 僕のスキル【神眼】は隠しアイテムや隠し通路、隠しトラップを見破る力がある。 そんな元奴隷の僕をレオナルドたちは冒険者仲間に迎え入れてくれた。 でもダンジョン内でピンチになった時、彼らは僕を追放した。 死に追いやられた僕は世界樹の精に出会い、【神眼】のスキルを極限まで高めてもらう。 そして三年の修行を経て、僕は世界最強へと至るのだった。

無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです

青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。 その理由は、スライム一匹テイムできないから。 しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。 それは、単なるストレス解消のため。 置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。 そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。 アイトのテイム対象は、【無生物】だった。 さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。 小石は石でできた美少女。 Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。 伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。 アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。 やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。 これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。 ※HOTランキング6位

勇者パーティを追放されそうになった俺は、泣いて縋って何とか残り『元のDQNに戻る事にした』どうせ俺が生きている間には滅びんだろう!

石のやっさん
ファンタジー
今度の主人公はマジで腐っている。基本悪党、だけど自分のルールあり! パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのドルマンにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ドルマンの物で、全員から下に見られているのが解った。 だが、意外にも主人公は馬鹿にされながらも残る道を選んだ。 『もう友達じゃ無いんだな』そう心に誓った彼は…勇者達を骨の髄までしゃぶり尽くす事を決意した。 此処迄するのか…そう思う『ざまぁ』を貴方に 前世のDQNに戻る事を決意した、暗黒面に落ちた外道魔法戦士…このざまぁは知らないうちに世界を壊す。

処理中です...