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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第68話 気遣うアーサー

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 少年は、街の広場で遊ぶ子供達を眺めていた。


「よーし、次は何して遊ぶ?」
「あれやろうぜ! 鬼ごっこ!」
「賛成! 誰鬼やる?」
「えーおれさっき鬼やったからなー。おまえやれよ」
「おれは……走るの嫌だし……」


 彼らはあれやこれやと好奇心を膨らませて次の遊びを考えている。



 そんな彼らを見て、少年は意を決して子供達に話しかけることにした。



「……あ?」
「……何?」


 だが少年が近付くと、子供達は少年を冷ややかな目線で迎える。楽しい雰囲気がお前のせいで一気に壊されたと、そう言わんばかりに。


「……」
「何だよ」
「早く言えよ」
「気持ち悪いぞ」


 子供達の物言いに、少年は震えながらも口を開く。


「あ……」
「あ?」



「そ……」
「……」



「ぼ……!」



 少年が自分の感情を伝え終わり、満足そうな表情をすると、


 子供達はそれに石を投げて答えた。



「ガッ……!!!」



「ははははは! え? 何? おれ達に混ざろうとするとか、何様だよ!」
「お前のこと知ってるぜ! 出来損ないのトカゲ人間!」
「トカゲはトカゲと遊んでいればいいんだよ! こっちくんな、気持ち悪ぃっ!」



 子供達が投げる物は、どんどん大きく鋭利なものになっていく。


 怪我をするだろうという想像は膨らませられない。少年に対しては、膨らませる必要はないと思っているのだ。





「やめろ――!!」


 そこに割り込むピンク色の髪の少女。


「ガァッ!!」


 少女の頬に石が命中し、少年は青褪めた表情になる。





「……まったてめえかよ」
「ぐうう……お前らぁ!! 弟に攻撃するなら、代わりに、あたしをやれぇぇぇ……!!」
「……」


 そこにいる中でもっとも大きい子供が、にちゃりと笑う。


「……そうだな。よし、お前ら。次はこいつで遊ぼうぜ」


 すかさず他の子供が少女の上に乗りかかる。


「さあ、たっぷり遊んでやろうぜ――」



 少年は少女の服を少しだけ脱がせて、そこにあった鱗を掴む。



「ふんっ!」
    「アアアアアアアアアア……!!!」

「へへっ、面白え!」



 地面を駆け回る蟻を踏み潰すかのような無邪気さで、


 子供達は少女の鱗を一枚ずつ剥がしていく。





「あ……あ……」



 少年は、地べたに尻をつき、狼狽うろたえることしかできなかった。


 涙を浮かべて石畳に落とし、立ち上がることすらできない。



「……!」
「……へへっ。大丈夫、大丈夫――」
「……ああ……!!」


 少女はそんな少年に向けて、親指を上げて笑ってみせたのだった――







「う……」


 薄目を開けると、視界の中にぼんやりと白い物が目に入る。



 何回も瞬きをし、徐々にピントを合わせていくと、それは空に浮かぶ雲ではなく天井であることが理解できた。



「あ、ルシュド……!」
「起きたか!!」
「あたし、先生呼んでくる……!」


 瞬きを繰り返していると、エリスとイザークが詰め寄ってきた。カタリナはカーテンをくぐって外に出ていく。




「……ここは……?」
「保健室だ。闘技場の救護室で治療を受けた後、こっちに運ばれてきた」
「あの後数日も目覚めなかったんだよ!? もう心配で心配で……毎日お見舞いに来てたの!!」


 棚の片付けをしていたリーシャ、窓から外を見ていたアーサーも側にやってくる。


「数日……う……」



 ルシュドの身体が徐々に記憶を取り戻していく。




(てめっ、てめえは、てめえ、だけは、絶対に許さ、許さねえ!!!!!!!)


 気を失う直前に聞いた狂ったような叫び声が、今まさに耳元で叫ばれたのかのように反芻される。




「……ただいま」
「カタリナ、先生は?」
「今他の生徒の治療中だから、そっちが終わったら来るって。あとね、ルシュドにお見舞いの人だよ」
「お見舞い?」

「……失礼します」



 部屋に戻ってきたカタリナの後ろから、鎧に全身を包んだ二人の男がやってくる。



 二人は兜を脱いで会釈をした。顔全体を覆っているタイプだったので、中に隠れていた表情が露わになる。



「……あ、アルベルトのおっちゃん。後は……」
「カイルと申します。先の試合の審判をしておりました」
「あ、えーっと……」
「悪いが今はこいつに喋らせてくれ」



 カイルはルシュドの隣に立ち、じっと顔を見つめる。表情こそ変わってないが、申し訳なさそうにしているのが伝わってきた。



「……この度は貴方に生命の危機となる程の怪我を負わせてしまったこと、深くお詫びします。自分が魔術大麻の使用を見抜けなかったばかりに、このような事態を招いてしまいました。本当に申し訳ありません」


 そして、腕を身体のラインにしっかりと沿わせ、首だけでなく身体ごと曲げて頭を下げた。





「……許してやれとは言わない。怪我を負ったことは事実だからな。ただこいつはこいつなりに反省している。そこはわかってほしい」
「……」


 アルベルトも静かに言葉を添えてくる。


「大丈夫。おれ、怒ってない……です。全部、おれ、悪い。だから」
「……」
「おれ、弱い。だから、怪我、した。迷惑、かけた。心配、かけた。全部、おれ、悪い……」


 するとルシュドの身体からジャバウォックが現れ後を継ぐ。


「自分が強くなかったから、こんなことになってしまった。自力で止められたら、あんたが責任を負うことはなかった……こいつはそう思ってる」
「……」


 カイルは沈鬱な表情をしながら頭を上げる。



「……だ、そうだ。許してくれるんだってよ。良かったなカイル」
「……ありがとうございます」

「俺はまだこいつらと話をしなければならん。他愛もない世間話だから、お前は先に帰っていいぞ。少しでも心を休ませておけ」
「……では、お言葉に甘えて。失礼します」


 カイルは病室にいた全員に会釈をし部屋を出ていく。





「自分がもっと強かったら、か……」


 カイルの後ろ姿を見届けた後、アルベルトが溜息混じりに呟く。


「……はい。もっと、強かったら」
「……はっきりと言っておくが、あれはお前の力ではどうにもできない化物だぞ」
「……」



「魔術大麻によるドーピングねえ……そんなんで強化されたら誰も敵わないと思うなあ」


 イザークは素っ気なく呟いた。エリスがそれに続けて尋ねる。


「……魔術大麻の使用の有無って、試合に出る前に調べられるんですよね?」
「ああ。専用の魔法具を使って入念にな。それは審判が行うことになってるんだが……今の通り、カイルは真面目な奴だ。検査を怠らないなんてことはあり得ない」

「じゃあ、魔法具に引っかからなかったってこと?」
「そうだろうな。数回程度ではばれないように改造が施されてあったんだろう。魔術大麻を売る方も日々改善に余念がないからな……」


 アルベルトは一瞬考え込む素振りを見せてから続ける。


「それにな。魔術大麻を使ってるんなら様子見ればわかるんだよ。挙動不審だったり汗の量が不自然に多かったりな。だが今回はそれすらもなかった……前兆がなかったから俺でもわからなかった」
「あれ? でもさっきの話を聞く分には、アイツが使っていたのって数回だろ? 本当にヤバくなるのって結構使い込んでからじゃねえの?」
「……激しい感情によって発作が引き起こされたと見ている。詳しくは成分を調べてみないとわからないがな」


 再びルシュドにアルベルトの視線が移される。


「とにかく、魔術大麻っていうのは本当に危ない物なんだ。それに手を出したあいつも悪いし、売った奴は論外だ。検査で調べられなかった俺達にも責任はある……お前が責任を負うことは一切ないと思うぞ」
「……」


「あたしも……そう思う。ルシュドは大事な試合を滅茶苦茶にされた被害者だって……」
「強ければ止められたっていうのも事実だろう。だが一年生で……今は九月だから、まだ半年。今の段階で止められるとは到底思えない」



 カタリナの後に続けてきたアーサー。彼は一瞬間を挟んでから、



「……一人で背負い込む必要なんて、ないんじゃないのか」


 それだけ言って、窓の外に視線を向けた。




「……へへっ。俺が言おうとしていたこと、言われちまったな。まあそういうことだ。今回の件についてはお前は悪くねえ」
「おれは……」
「それにこうして見舞いに来てくれる友達もいるんだ。こいつらに支えられながら、まあその、適度に頑張れ」


 アルベルトはそう言いながら、ベッド脇のテーブルに茶色の袋を置いた。


「……なんすかそれ?」
「ルゼールのチョコレートだよ。ほら、この間言ってたやつ。俺は約束は守る男だからな、わざわざ買ってきてやったってわけだ。見舞いって形になったのは少し残念だが……まあ皆で食えばいいんじゃないか?」

「ありがとうございます。えっと、その……これからも、何かあった時はよろしくお願いします」
「何かあった時じゃなくても、気軽に騎士団管轄区に来い。非番の時なら話し相手になってやるからよ」


 それから膝に置いてあった兜を被り、アルベルトは立ち上がる。


「んじゃ俺は仕事あるから帰るわ。また会おうな」
「……お見舞い、ありがとう、です」
「気にするなよ。これも大人の務めさ」


 彼が病室を出て行く際に、数本もの尻尾がもさもさしていたのが妙に印象的だった。こんな騎士と知り合いになれたらしい。





「……いいおっちゃんだったな、マジで」
「じゃあ……早速チョコ食べちゃう?」
「うん、美味しいもの食べればルシュドも早く元気になるよ!」


 リーシャはそう言って真っ先に袋を開ける。


「わあ、包装からしてお洒落だ。ビター、ミルク、ホワイト、それからストロベリー。味が豊富なトリュフ二十個セット! 皆どれがいい?」
「わたしストロベリー!」
「オレも同じだ」

「ですよねー予想できたわ。んじゃボクはホワイトで」
「じゃああたしはビターで……」
「おれ、何でも」
「それならミルクあげる! はいあーん!」


 リーシャはトリュフを一個つまみ、一人一人に配っていく。


 そして最後にルシュドの口に入れてあげた。


「……う、美味い」
「はぁ、これはいい苺を使ってるなぁ……」
「……ふん」

「やっぱ高級店ってすげーんだな。そしてこれを買えるあのおっちゃんはタダ者じゃねえ」
「……お代わり、欲しいな」
「ねえねえ、食べ終わったらこの袋と箱もらえないかな? 捨てるには余りにも惜しい!」


 リーシャはカタリナにトリュフを一個差し出しながら、ルシュドに尋ねる。


「え、おれ?」
「だってこれルシュドのお見舞いだし」
「あ、ああ、大丈夫」

「捨てるはずの物を捨てずに使う。うーんこれはドケチですねぇ」
「節約術って言ってよ、もう! ていうか普通にデザイン性高いし!」
「あはは……」
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