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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第67話 魔術大麻の狂気

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「やったああああああああああああ!!! ルシュドが勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ぐっ!?」


 イザークは叫びながらアーサーに抱き着いた。


「待て……どうしてこうなる……!!」
「悪い悪い、つい勢いで!! だって嬉しいもんなー!!」
「……全く」



 しかしアーサーは抵抗することはなく、観念したようにイザークの行為を受け入れたのだった。



「アーサーのお陰だね。あたし、とってもひやひやして……あそこで応援してくれなかったら、負けてたと思う」
「すごかったよね。いきなり声を張り上げて、負けるなーって」
「いや……」
「何々? 照れてるの? ねえ照れてるの?」


 リーシャは抱き着かれたままのアーサーを小突く。


「あ、ルシュドこっち来たよ」
「本当!?」




 イザークはアーサーから離れ、ギリギリまで柵から身を乗り出す。エリスとカタリナも柵に寄りかかり、リーシャも続けてルシュドを見遣った。




「ルシュドー!! 凄かったぞー!!」
「かっこよかったよルシュドー!!」
「えっと、頑張ったねルシュド!!」
「お疲れ様ルシュドー!!」



 四人は下に見えるルシュドに向かって声をかけていく。ある程度声を張り上げれば十分に聞こえる位置だ。



「……よかった……な」
「……うん」
「へへっ……」


 アーサーと目が合い、はにかむルシュド。彼が無表情で言葉を投げかけてきたので、それも含めて笑いが込み上げてきたのである。


「ははは。これも青春かねえ」


 その様子を見ながら、アルベルトは葉巻を吸い出し一息つくのだった。





「……やれやれ……」


 歓喜に沸き立つ観戦席を見ながら、カイルは溜息をつく。


「まだ自分が審判を下していないのに、この騒ぎよう。でもまあ、今回は目に見えて明らかですがね」



 生徒達が感情のままに騒ぐ姿に呆れ、しかし口角を上げつつも、腰から角笛を取り出して吹く。




「そこまで。今回の試合、フォルスの試合続行は不可能と判断しこれで終了とする」



 角笛の音と共に観客達は静かになり、カイルの言葉を待つ。



「研鑽大会、第一回戦の勝者はルシュ――「まだだ……!!!」





 カイルが言い終わる直前、



 フォルスは顔から血を流したまま立ち上がった。





「……へへへ……へっへへへへへ……」



 目はぎろりと剥き出し明後日の方向を向く。


 開かれた口は要領を得ない言葉を口走る。



「俺は負けねえんだ……負けられねえんだ……」
「マスター……?」


 身体は小刻みに震え出し、汗が一気に噴き出す。


「そうだそうだ、こんなものじゃない、違う違う、間違っている、もっともっともっともっと……!!!」
「お、落ち着け……!!!」


 オースティンが焦りながら主君を止めようとするも、その言葉は届かない。


「ぎゃああああああははははははははははっは…………ああああああああああああ!!!!!!!!」


 そして、身体の中から浮かび上がる、黒と橙の痣。





「何だよ!? アイツまだ立ち上がって――」
「違う!!!」
「え……?」


 アルベルトは葉巻を投げ捨て、五人の間に割り込んできた。


「ルシュド!!! 今すぐ逃げろ!!!」
「え……?」



 次の瞬間。



 ルシュドの視界から観戦席が消え去り、

 代わりに一面の空が視界に収まった。





(……え)



 その場にいた誰もがそれを凝視した。凝視するしかできなかった。


 天高く突き上げられたルシュドの身体から、


 フォルスの右手が突き出ていたのだ。



「――ハァ゛ァ゛ァ゛ッッッッッッ!!!!」



 肉体を貫いたままの右手を、地面に力強く振り下ろすフォルス。


 衝撃によってできた窪みは、ルシュドの一撃によってできたものよりも大きく深かった。




 叩き付けられて悶えるルシュドに更に殴りかかる。その瞬間、泣きっ面に蜂という範疇を超えた。




「あ……がぁぁぁ……!!!」



 身体のあちこちに痣ができ、傷を付けられ、そして地面を血で染めていく。


 時々、身体が宙に浮かび、また叩き付けられる。


 あるいは肉体を何かが突き抜け、抜かれていくことの繰り返し。



「ぐっ、あっ、ああああああぁぁぁぁっ……!!!」



 規則性のない、どこから来るのかもわからない、強烈な痛み。


 それでも足りないと言うかのようにフォルスは殴り続ける。





「ルシュド……!!! っ!!! 何だよてめえ!!!」
「……」


 フォルスを止めようとするジャバウォックを、オースティンが棍棒を振り回して妨害する。


 その目に生気は宿っていない。先程主君を止めようとしていた殊勝な態度はどこにも見られない。


「てめっ、てめえは、てめえ、だけは、絶対に許さ、許さねえ!!!!!!!」



 フォルスが吠えるように叫ぶと、闘技場の歓声は悲鳴へと変貌する。






「――マキノ、臨戦態勢に入れ!!!」
「了解っ!!」



 闘技場の入り口、その上にある窓ガラスが破られ、


 中から紫のローブの魔術師と、ゾンビのような青い肌の少女がスタジアムまで飛び降りてきた。



「カイル!! 何をしている!!」
「……っ!!」

「今は事態の収束を優先しろ!! 後悔するのはその後だ!!」
「……申し訳ありませんっ……!!」


 ブルーノに呼びかけられたカイルは、奥歯を激しく食いしばりながら、腰から魔法球を取り出し投げようとするが、


「邪魔、するな、ああああああああああああ!!!!!!!」
「ぐっ……!!」



 それに気付いたオースティンが棍棒を飛ばし妨害する。



 カイルの顔面に棍棒が命中してしまい、そのまま背中から倒れてしまう。



「――、――――」


「……まずいっ。ナイトメアの浸食も進んでいるぅ……どうするのブルーノ!?」
「今は何とかして止めるしかない!!」


 ブルーノは杖を構え、紫の氷弾を飛ばす。


「五月蠅ええええええええエエエエエエエ!!!!」



 それはフォルスに命中していくが、彼は構わずルシュドに攻撃を加えていく。





「アーサー、あれ――!!」
「……ああ。魔術大麻だ……!」


 突然身体に現れる痣。

 身体の状態と表情が釣り合っていない。


 一度落ちてしまったら戻れない奈落。

 その光景にエリスとアーサーは見覚えがあった。


「え、嘘、あれが……!?」
「……オレ達は実物を見たことがある。だがこれは……」
「……酷い……どうして……」
「ねえ、このままじゃルシュドが……!!!」


 観戦席の生徒達は恐怖の色を顔に浮かべながら、スタジアムを齧りつくように見守っている。エリス達も同様だった。



 その中でも、アーサーは腰の鞘に手をかけながら、事態を打開する方法を模索していたのだが。


「くそっ……!!! てめえらはそこにいろよ!!!」
「ちょっ、おっちゃん!?」


 慌てふためくエリス達をよそに、アルベルトは柵を飛び越え、スタジアム内に飛び降りる。





夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバートッ!!」


 詠唱を終えたアルベルトが着地すると同時に、


 地面から紫の鎖が現れ、フォルスに向かっていく。




「ああああああ、アアアアアアアア……!!!」


 鎖はフォルスをぐちゃぐちゃに絡め取り、その動きを徐々に制限する。


 フォルスがその間から伸ばした腕にめきめきと食い込んでいく。魔力によって生成されたとは思えないぐらい、肉を潰す生々しい音がした。




「狐の兄ちゃんだ!!」
「サンキューだぜアンチクチョウ――円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル!!」


 ブルーノが詠唱を終えると、氷の欠片が結集しフォルスを包み込む。


「これで、終いだ――!!」



 そのまま杖を掲げると、氷は破片となって宙に弾け飛ぶ。





「あ……」


 そこに残されたフォルスは、力なくぐったりと地面に倒れ込んだ。





「……よし。救護班、こっちだ!!」



 フォルスが気絶したのを確認し、ブルーノは手を挙げて場所を知らせる。


 即座に闘技場の入り口から、担架を担いだ騎士達が数人入ってきた。



「……酷くやりましたね」
「魔術大麻の服用による暴走……タンザナイア以来だ、一般人がやったのを見たのは――こんな近いうちに、再び見るなんて」
「一先ずこの生徒達は救護室で治療を行います」
「学園への連絡は俺がしておく。どうか二人の傷を治すことに専念してくれ」
「はっ!」



 騎士達は担架にルシュドとフォルスをそれぞれ乗せスタジアムを出ていく。隙間風が吹くようにか細い二人の吐息が、妙にブルーノの耳に残る。



 彼は次に、スタジアムの中心近くで立ち竦むアルベルトに話しかけた。



「……助かったよアルベルト。お前の魔法がなければ危うかった」 
「なんのなんの。それよりも、まさか魔術大麻による暴走が、お前の魔法でも止められないなんてな」
「三年前はあれで止めることができたのだが――」
「強い種類だったんだろう……嫌になるよな。三年前のあれでも終末もんだと思ったのに」



「うう……」


 二人の元に、マキノに支えられながらカイルがやってくる。棍棒攻撃を直に喰らったことによるダメージが、かなり蓄積している様子だった。


「せ、先輩……」
「カイル、お前もやられたんじゃねえか。救護室行った方がいいぞ」
「で、でも、自分は……この騒動の、責任を……」


「赤く腫らした顔で責任なんて取られても迷惑だ。とっとと治してこい」
「……」
「大丈夫だよカイル、私がついてくからぁ。だから行こうよぉ?」
「……すみま、せん……」



 マキノに支えられて、カイルはスタジアムを出ていく。



「さて――責任を取るのはこっちの仕事だ。俺も行くぞ」
「やるとしますかね。アルベルト、お前今日は休みだったのに悪いな」
「緊急性にはオンオフ関係ねーんだよ。とはいえ、あー、明日も休みてえなあ……」
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