上 下
43 / 247
第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第42話 幕間:エリスとアーサーの素っ気ない日常・後編

しおりを挟む
 午後に二人が訪れたのは魔法学園の図書室。ケビンからの課題に必要な本を借りに、室内を回る回る。



「今回は何借りることにしたんだっけ?」
「『イングレンス八神伝承』。歴史書の一つだな」
「ううむ……難しい内容じゃないといいな……でもアーサーと一緒に読むから大丈夫か」
「……」


 そうして歴史書のコーナーに足を向ける。



 その後目的の本も無事に発見できたが――


「あっ」
「ん?」


 その本を手にしようとした、全く同じタイミングで、他の生徒も手を伸ばそうとしていた。




「えっと……」
「ああ、貴女もこの本を借りようとしていたの?」
「そうなんですけど……」


 鉢合った生徒はとんがり帽子に低めのツインテール。帽子の中から、茶色の前髪が僅かに見える。


「……」
「ん? 私の顔じーっと見て、どうしたの?」
「えっと……どこかで見たことあるなって」
「どこか……」
「リリアン、目的の本は見つかったかな?」



 つかつかと足音を立てて、一人の男がやってくる。


 ギザギザ頭に黄色いスカーフが印象的。他の教師も着用しているローブに、彼もまた身を包んでいた。



「あーハスター先生。いや、見つけたはいいんですけど、かち合っちゃいました」
「ん、そうかそうか……君達は?」
「えっと、エリス・ペンドラゴンです。こっちがアーサーです」
「……」


 エリスはお辞儀をし、アーサーは動じず二人を見つめている。


「ふむ……そうか。それならその本は君達に譲ろう」
「え、いいんですか?」
「構わないよ。どうやら君達は特別な事情がある――そう直感したからね」

「でも先生の研究はどうするんですか?」
「王立図書館の方に行けば何かしらあるだろう。手続きは面倒だが、そちらに行くとしよう」
「わかりました~。そういうわけだから、その本は貸してあげるよっ」
「ありがとうございます――」



 その時、静かな図書館がざわついてくる。



「ハスターせんせーい!」
「きゃーハスター先生が図書室にいらっしゃるー!」
「先生こんにちはー!」



 多くの女子生徒が一目散に駆け寄ってくるのだ。



「やっほー皆ー」
「やっほーじゃないわよリリアン! 先生と何やってんのよぉ!」
「いやー先生が今度『影の世界』の学会に論文出すらしくてさあ。そんな話聞いちゃったから、手伝うことにしたんだよね!」
「何それー! 私も手伝いますよ先生ー!」
「ははっ、人手が多いことには越したことはないなあ――」


 そうしてどんどん生徒の波に埋もれていくリリアンとハスター。





 エリスとアーサーはなし崩し的に蚊帳の外に追いやられていた。


「……あの先生、見るの初めてだったけど。一部の生徒に人気がある感じなのかな?」
「事実がどうであれオレ達の知ったことではない」
「そうだね……本も借りれることになったし。行こう行こう」


 エリスはカウンターに足を向けるが、アーサーはすぐに動こうとしなかった。


「……? どうしたの?」
「いや……」


「……何でもない」
「ほんとに? 大丈夫?」
「取り留めのないことだから平気だ」
「ん、ならわかった」




 取り巻きの生徒の一人が持っていた本――

 確かにそれは、前にエリスが借りていったものと同一だった。

 そして今一番気になっている本でもある。



(『フェンサリルの姫君』……)

(……今回は縁がなかった、か)







 借りてきた本を読んでいたら、あっという間に夜が来た。

 室内照明を点けて、暖色の明かりに包まれた中で、夕食を作ることに。


「また料理か」
「お昼は軽めで済んだけど、夜はそうはいかないよっ」
「……それで何を作るんだ」
「タリアステーキです!」


 ばんと台所を叩くエリス。その先には玉ねぎ、パン粉、塩に胡椒に卵、そしてつるつるした容器に入った牛挽き肉が揃い踏み。


「……肉料理」
「そうですそうです。魚と迷ったけど肉にしました」
「……オレは何をすればいい」
「じゃあ玉ねぎを……刻んで!」
「……?」


 一瞬言葉を詰まらせたのに引っかかりながらも、

 玉ねぎをみじん切りにする作業をそつなくこなす、はずだった。




「……」


「……!」


「……!!」




「……何がおかしい」
「ぷぷっ、あはは……」
「くそっ、何なんだこれは……」


 アーサーは何とか作業を終えた。涙で目を腫れさせながらも。


「ふふふ……」
「そこまで愉快か」
「ちが、違うよ……」
「だったら何だと言うんだ……」
「……」



「騎士王でも、玉ねぎで涙出るんだなあって……」



 笑い泣きをしながら、エリスはパン粉の準備を進めている。



「……それだけか?」
「それだけだよ? でもそれだけで……」



「アーサーもわたしと変わらない、人間と同じなんだなあって……実感できるんだ」

「それが……嬉しい、かな」



「……」


 彼女の言葉の真意を考えながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに入れる。

 その後パン粉と挽肉、玉ねぎと卵を混ぜ、手で形を整えて焼く。




 そんなこんなで三十分後。


「アーサーも焼くの上手くなってきたよね」
「……それぐらいで」
「それが重要なんだよ~」


 じゅわっと焼き上げたタリアステーキ、彩りよく添えたサラダに、軽く火を通したバケット。

 そして冷たい水で淹れた紅茶、セイロンティーである。


「今日はお菓子いっぱい買ってきちゃったね」
「……」
「どれが紅茶に合うかわからないから……色々試そうね」
「……」



「……え、ちょっと待って、嘘でしょ」



 エリスが目を丸くするのも無理はない。アーサーは自分からティーポットを台所に持っていき、


 紅茶を淹れ直して戻ってきたのだ。



「もう……まだいただきますもしていないのに……飲みすぎだよぉ~」
「……」

「こりゃあアーサー専用のティーポット買い足さないとだめだなあ。ふふっ」
「……そんなもの」
「だってわたしが紅茶飲めなくなるもん」
「……」


 アーサーが再び紅茶をティーカップに注いだ所で、エリスが手を合わせる。


「マギアステル様、今日も美味しい食事をありがとうございます……いただきまーす」
「……」



 少し間を置いた後、アーサーも手を合わせ、頭を下げる。そして今晩の夕食にありつくのだった。



「……」
「おいひ~。肉汁がじゅわって、じゅわって……」

「……」
「うぅん、産地直送はやっぱりいいなあ……食材から第三階層の味がするよ~」



「……訊きたいことがある」


 数口食べた後、スプーンを持ったまま、アーサーは尋ねる。


「……なあに?」
「どうして……食べるという行為に、ここまで拘らないといけないんだ」
「……ん?」

「生きていく為に栄養を補給できれば……それでいいのではないのか」
「……」


 エリスもスプーンを置き、アーサーの目を見てじっくりと伝える。


 タリアステーキの焼き加減を見ている時と、同じぐらい真剣だった。


「……確かにそうだけど。でも食事って毎日することじゃん」
「そうだな」

「毎日同じだったらさ、飽きるでしょ。だからこだわって飽きないようにするの」
「……変化がないのは良いことだろう」

「それは安全に関わることだけ。常に危険ばっかりの状況よりは、ずっと安全な方がいいでしょ」
「……」


 机に並んだ料理と、


「……安全、か」


 紅茶を交互に見つめながら呟く。





「……変化を求めようとするということは、安全であると言っていいのか」
「ん、確かにそうとも言えるね」
「……あんたは今日の料理にオレを誘ったな」
「そうだねえ」

「普段一人で料理を行っていたが、変化を求めてオレを誘ったわけだ」
「そう……だね?」
「つまり……あんたは今、安全ってことだな」
「……」



「ぷぷっ……あははっ」



 エリスはまたしても口に手を当てて笑い出す。



「……」
「もう、そんな目で見ないで……違う、違うの。そういう考え方もあるんだなあって思って、感心してるんだよ」
「……」

「アーサーって、ちょっと頑固な所あるけど……でもそれのおかげで、物事を違った視点から見ているんだなって思って、最近は面白くなってきたんだ」
「……面白いか」
「そうそう。だから……」



「アーサーだって、わたしの意外な一面を知ったら……笑うかもしれないよ?」


 エリスは言葉を切って、口直しに紅茶を一口飲む。


「てかアーサー、もう食べちゃいなよ。冷めて美味しくなくなっちゃう」
「……食事の約束」
「一口三十回だからね?」
「……そうだな」





 腹もいっぱいになった、けれども風呂に入るにも寝るにもまだ時間がある。

 そういう時は趣味の時間。二人はリビングにいて、互いの姿を認識しながらも、別々に本を読んで過ごしていた。



「アーサー、何の本読んでるの?」
「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ」
「ふふ、またそれ読んでる。あ、わたしが宿題出してるせいかな?」

「……感想については、まだ時間をかけないと捻出できない」
「そんな形式的にやらなくても、忘れちゃっていいんだよ? ただアーサーが本を読むきっかけがほしかっただけだから」
「……」


 紅茶と苺をつまみながら、ぱらぱらと頁を捲っていく。


「どう? その本読んで、世界について知れた?」
「……平原から荒野まで。砂漠から北国まで。様々な地域がイングレンスにあることが理解できた」
「うんうん。てかもうそれが感想でいいよ」
「……」




「……オレは」

「オレ自身の興味で、この本を読んでいる」



 突然の告白に目を丸くするエリス。



「……そっか。手元に置いて何度も読みたい程、気に入ったんだね」
「……」

「だったら本屋さんに行って買おう。いちいち図書室にいって延長申請するの面倒臭いしね……次のお休みはそうしよう。いい?」
「……ああ」


 すると突然、アーサーの足元に座っていたカヴァスが、ワオーンと吠えた。


「何だ」
「ワンワン!」
「……苺か?」
「ワオーン!」
「……」


 ヘタを取って果実を与えると、忠犬は美味しそうに食べる。


「犬って苺食べられたっけ?」
「知らない」
「ふーん。でもナイトメアだし、普通の犬とはまた違うのかも……」


 ふとエリスがカヴァスを見ようと本から顔を上げると、


 目に付いたのはアーサーの鞘であった。


「あれ、その鞘……今光ったような」
「そうか?」


 アーサーは鞘を腰から外しそれを机の上に置いた。エリスは一旦読んでいた本を置いて、一緒にそれを観察する。


「わあ、見事な装飾だ。照明に照らされて光ったのかな」
「……」



 無骨で無愛想で無表情な剣士に仕えているとは思えないぐらいの、豪華で豪勢で豪奢な装飾。

 材質は今や貴重な貴金属、なだらかな曲線は腕利きの職人でないと生み出せないだろう。その形状は遥か昔の、聖杯によって栄えた時代を想起させるものであった。



「でも鞘が豪華なのは納得いくなあ。剣と同じぐらい鞘って重要だもん」
「そうなのか」
「そうだよ。主君とナイトメアの関係も、剣と鞘って例えられることが多いし。『我は鞘で主君は剣。二つが奏でる魂は、世界を駆る光なり』……ってね」



(そういえば、騎士王伝説の中にも鞘にまつわるエピソードがあったような……?)


 エリスはそう思い出したが、目の前の彼に訊いても覚えていないだろうから、黙っておくことにした。



「訊きたいことがある」
「ん、どうしたの?」
「あんたが今読んでいる本は何だ」
「え、それ気になった?」
「フェンサリル……とやらではなさそうだが」


「そうそう、せっかくだから違う本を読んでたんだよね。これはね……『名も無き騎士の唄』」



 当然ながら、アーサーは初めて聞く題名である。



「聖杯時代に存在した騎士が、困っている街の人を助けていくって内容の短編集。この騎士は名前はもちろん、性別も年齢も不明なんだって。色んな媒体で色んな描き方がされているの」
「何もかもがわからないのに、活躍だけが伝わっているのか」
「そうなの。不思議な感じだよね」
「……」


 アーサーは、エリスが不思議だと言ったことに対して、何か思うことがあったようだが、

 今の彼にはそれを言葉にするのは難しかったようだ。再び彼は『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を手に取る。


「アーサー、本を読むにしても休憩しながらね。ずっと文字ばっかり見てると疲れちゃうから」
「……」

「さっきからずっと紅茶飲んでるけど、ご用足しに行きたくなったりしない?」
「……」
「ふふ、無言で立ち上がった。やっぱり行きたかったんじゃーん」



 あっという間に過ぎていく素っ気ない日常。けれどもそういう時間が一番大切なのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

処理中です...