ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第42話 幕間:エリスとアーサーの素っ気ない日常・後編

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 午後に二人が訪れたのは魔法学園の図書室。ケビンからの課題に必要な本を借りに、室内を回る回る。



「今回は何借りることにしたんだっけ?」
「『イングレンス八神伝承』。歴史書の一つだな」
「ううむ……難しい内容じゃないといいな……でもアーサーと一緒に読むから大丈夫か」
「……」


 そうして歴史書のコーナーに足を向ける。



 その後目的の本も無事に発見できたが――


「あっ」
「ん?」


 その本を手にしようとした、全く同じタイミングで、他の生徒も手を伸ばそうとしていた。




「えっと……」
「ああ、貴女もこの本を借りようとしていたの?」
「そうなんですけど……」


 鉢合った生徒はとんがり帽子に低めのツインテール。帽子の中から、茶色の前髪が僅かに見える。


「……」
「ん? 私の顔じーっと見て、どうしたの?」
「えっと……どこかで見たことあるなって」
「どこか……」
「リリアン、目的の本は見つかったかな?」



 つかつかと足音を立てて、一人の男がやってくる。


 ギザギザ頭に黄色いスカーフが印象的。他の教師も着用しているローブに、彼もまた身を包んでいた。



「あーハスター先生。いや、見つけたはいいんですけど、かち合っちゃいました」
「ん、そうかそうか……君達は?」
「えっと、エリス・ペンドラゴンです。こっちがアーサーです」
「……」


 エリスはお辞儀をし、アーサーは動じず二人を見つめている。


「ふむ……そうか。それならその本は君達に譲ろう」
「え、いいんですか?」
「構わないよ。どうやら君達は特別な事情がある――そう直感したからね」

「でも先生の研究はどうするんですか?」
「王立図書館の方に行けば何かしらあるだろう。手続きは面倒だが、そちらに行くとしよう」
「わかりました~。そういうわけだから、その本は貸してあげるよっ」
「ありがとうございます――」



 その時、静かな図書館がざわついてくる。



「ハスターせんせーい!」
「きゃーハスター先生が図書室にいらっしゃるー!」
「先生こんにちはー!」



 多くの女子生徒が一目散に駆け寄ってくるのだ。



「やっほー皆ー」
「やっほーじゃないわよリリアン! 先生と何やってんのよぉ!」
「いやー先生が今度『影の世界』の学会に論文出すらしくてさあ。そんな話聞いちゃったから、手伝うことにしたんだよね!」
「何それー! 私も手伝いますよ先生ー!」
「ははっ、人手が多いことには越したことはないなあ――」


 そうしてどんどん生徒の波に埋もれていくリリアンとハスター。





 エリスとアーサーはなし崩し的に蚊帳の外に追いやられていた。


「……あの先生、見るの初めてだったけど。一部の生徒に人気がある感じなのかな?」
「事実がどうであれオレ達の知ったことではない」
「そうだね……本も借りれることになったし。行こう行こう」


 エリスはカウンターに足を向けるが、アーサーはすぐに動こうとしなかった。


「……? どうしたの?」
「いや……」


「……何でもない」
「ほんとに? 大丈夫?」
「取り留めのないことだから平気だ」
「ん、ならわかった」




 取り巻きの生徒の一人が持っていた本――

 確かにそれは、前にエリスが借りていったものと同一だった。

 そして今一番気になっている本でもある。



(『フェンサリルの姫君』……)

(……今回は縁がなかった、か)







 借りてきた本を読んでいたら、あっという間に夜が来た。

 室内照明を点けて、暖色の明かりに包まれた中で、夕食を作ることに。


「また料理か」
「お昼は軽めで済んだけど、夜はそうはいかないよっ」
「……それで何を作るんだ」
「タリアステーキです!」


 ばんと台所を叩くエリス。その先には玉ねぎ、パン粉、塩に胡椒に卵、そしてつるつるした容器に入った牛挽き肉が揃い踏み。


「……肉料理」
「そうですそうです。魚と迷ったけど肉にしました」
「……オレは何をすればいい」
「じゃあ玉ねぎを……刻んで!」
「……?」


 一瞬言葉を詰まらせたのに引っかかりながらも、

 玉ねぎをみじん切りにする作業をそつなくこなす、はずだった。




「……」


「……!」


「……!!」




「……何がおかしい」
「ぷぷっ、あはは……」
「くそっ、何なんだこれは……」


 アーサーは何とか作業を終えた。涙で目を腫れさせながらも。


「ふふふ……」
「そこまで愉快か」
「ちが、違うよ……」
「だったら何だと言うんだ……」
「……」



「騎士王でも、玉ねぎで涙出るんだなあって……」



 笑い泣きをしながら、エリスはパン粉の準備を進めている。



「……それだけか?」
「それだけだよ? でもそれだけで……」



「アーサーもわたしと変わらない、人間と同じなんだなあって……実感できるんだ」

「それが……嬉しい、かな」



「……」


 彼女の言葉の真意を考えながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに入れる。

 その後パン粉と挽肉、玉ねぎと卵を混ぜ、手で形を整えて焼く。




 そんなこんなで三十分後。


「アーサーも焼くの上手くなってきたよね」
「……それぐらいで」
「それが重要なんだよ~」


 じゅわっと焼き上げたタリアステーキ、彩りよく添えたサラダに、軽く火を通したバケット。

 そして冷たい水で淹れた紅茶、セイロンティーである。


「今日はお菓子いっぱい買ってきちゃったね」
「……」
「どれが紅茶に合うかわからないから……色々試そうね」
「……」



「……え、ちょっと待って、嘘でしょ」



 エリスが目を丸くするのも無理はない。アーサーは自分からティーポットを台所に持っていき、


 紅茶を淹れ直して戻ってきたのだ。



「もう……まだいただきますもしていないのに……飲みすぎだよぉ~」
「……」

「こりゃあアーサー専用のティーポット買い足さないとだめだなあ。ふふっ」
「……そんなもの」
「だってわたしが紅茶飲めなくなるもん」
「……」


 アーサーが再び紅茶をティーカップに注いだ所で、エリスが手を合わせる。


「マギアステル様、今日も美味しい食事をありがとうございます……いただきまーす」
「……」



 少し間を置いた後、アーサーも手を合わせ、頭を下げる。そして今晩の夕食にありつくのだった。



「……」
「おいひ~。肉汁がじゅわって、じゅわって……」

「……」
「うぅん、産地直送はやっぱりいいなあ……食材から第三階層の味がするよ~」



「……訊きたいことがある」


 数口食べた後、スプーンを持ったまま、アーサーは尋ねる。


「……なあに?」
「どうして……食べるという行為に、ここまで拘らないといけないんだ」
「……ん?」

「生きていく為に栄養を補給できれば……それでいいのではないのか」
「……」


 エリスもスプーンを置き、アーサーの目を見てじっくりと伝える。


 タリアステーキの焼き加減を見ている時と、同じぐらい真剣だった。


「……確かにそうだけど。でも食事って毎日することじゃん」
「そうだな」

「毎日同じだったらさ、飽きるでしょ。だからこだわって飽きないようにするの」
「……変化がないのは良いことだろう」

「それは安全に関わることだけ。常に危険ばっかりの状況よりは、ずっと安全な方がいいでしょ」
「……」


 机に並んだ料理と、


「……安全、か」


 紅茶を交互に見つめながら呟く。





「……変化を求めようとするということは、安全であると言っていいのか」
「ん、確かにそうとも言えるね」
「……あんたは今日の料理にオレを誘ったな」
「そうだねえ」

「普段一人で料理を行っていたが、変化を求めてオレを誘ったわけだ」
「そう……だね?」
「つまり……あんたは今、安全ってことだな」
「……」



「ぷぷっ……あははっ」



 エリスはまたしても口に手を当てて笑い出す。



「……」
「もう、そんな目で見ないで……違う、違うの。そういう考え方もあるんだなあって思って、感心してるんだよ」
「……」

「アーサーって、ちょっと頑固な所あるけど……でもそれのおかげで、物事を違った視点から見ているんだなって思って、最近は面白くなってきたんだ」
「……面白いか」
「そうそう。だから……」



「アーサーだって、わたしの意外な一面を知ったら……笑うかもしれないよ?」


 エリスは言葉を切って、口直しに紅茶を一口飲む。


「てかアーサー、もう食べちゃいなよ。冷めて美味しくなくなっちゃう」
「……食事の約束」
「一口三十回だからね?」
「……そうだな」





 腹もいっぱいになった、けれども風呂に入るにも寝るにもまだ時間がある。

 そういう時は趣味の時間。二人はリビングにいて、互いの姿を認識しながらも、別々に本を読んで過ごしていた。



「アーサー、何の本読んでるの?」
「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ」
「ふふ、またそれ読んでる。あ、わたしが宿題出してるせいかな?」

「……感想については、まだ時間をかけないと捻出できない」
「そんな形式的にやらなくても、忘れちゃっていいんだよ? ただアーサーが本を読むきっかけがほしかっただけだから」
「……」


 紅茶と苺をつまみながら、ぱらぱらと頁を捲っていく。


「どう? その本読んで、世界について知れた?」
「……平原から荒野まで。砂漠から北国まで。様々な地域がイングレンスにあることが理解できた」
「うんうん。てかもうそれが感想でいいよ」
「……」




「……オレは」

「オレ自身の興味で、この本を読んでいる」



 突然の告白に目を丸くするエリス。



「……そっか。手元に置いて何度も読みたい程、気に入ったんだね」
「……」

「だったら本屋さんに行って買おう。いちいち図書室にいって延長申請するの面倒臭いしね……次のお休みはそうしよう。いい?」
「……ああ」


 すると突然、アーサーの足元に座っていたカヴァスが、ワオーンと吠えた。


「何だ」
「ワンワン!」
「……苺か?」
「ワオーン!」
「……」


 ヘタを取って果実を与えると、忠犬は美味しそうに食べる。


「犬って苺食べられたっけ?」
「知らない」
「ふーん。でもナイトメアだし、普通の犬とはまた違うのかも……」


 ふとエリスがカヴァスを見ようと本から顔を上げると、


 目に付いたのはアーサーの鞘であった。


「あれ、その鞘……今光ったような」
「そうか?」


 アーサーは鞘を腰から外しそれを机の上に置いた。エリスは一旦読んでいた本を置いて、一緒にそれを観察する。


「わあ、見事な装飾だ。照明に照らされて光ったのかな」
「……」



 無骨で無愛想で無表情な剣士に仕えているとは思えないぐらいの、豪華で豪勢で豪奢な装飾。

 材質は今や貴重な貴金属、なだらかな曲線は腕利きの職人でないと生み出せないだろう。その形状は遥か昔の、聖杯によって栄えた時代を想起させるものであった。



「でも鞘が豪華なのは納得いくなあ。剣と同じぐらい鞘って重要だもん」
「そうなのか」
「そうだよ。主君とナイトメアの関係も、剣と鞘って例えられることが多いし。『我は鞘で主君は剣。二つが奏でる魂は、世界を駆る光なり』……ってね」



(そういえば、騎士王伝説の中にも鞘にまつわるエピソードがあったような……?)


 エリスはそう思い出したが、目の前の彼に訊いても覚えていないだろうから、黙っておくことにした。



「訊きたいことがある」
「ん、どうしたの?」
「あんたが今読んでいる本は何だ」
「え、それ気になった?」
「フェンサリル……とやらではなさそうだが」


「そうそう、せっかくだから違う本を読んでたんだよね。これはね……『名も無き騎士の唄』」



 当然ながら、アーサーは初めて聞く題名である。



「聖杯時代に存在した騎士が、困っている街の人を助けていくって内容の短編集。この騎士は名前はもちろん、性別も年齢も不明なんだって。色んな媒体で色んな描き方がされているの」
「何もかもがわからないのに、活躍だけが伝わっているのか」
「そうなの。不思議な感じだよね」
「……」


 アーサーは、エリスが不思議だと言ったことに対して、何か思うことがあったようだが、

 今の彼にはそれを言葉にするのは難しかったようだ。再び彼は『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を手に取る。


「アーサー、本を読むにしても休憩しながらね。ずっと文字ばっかり見てると疲れちゃうから」
「……」

「さっきからずっと紅茶飲んでるけど、ご用足しに行きたくなったりしない?」
「……」
「ふふ、無言で立ち上がった。やっぱり行きたかったんじゃーん」



 あっという間に過ぎていく素っ気ない日常。けれどもそういう時間が一番大切なのかもしれない。
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