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第17話 帝国で暮らすアレシア(4)
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アレシアが帝国に来て、1ヶ月ほど経った頃のこと。
「今日はどこへ行っていた?」
「はい、本日は、午後の間、姫巫女様は図書館で過ごされました」
それはカイルの執務が1段落ついた、夕方のこと。
最近はこうしてカイルとエドアルドがその日のアレシアの行動について話すのが新しい日課のようになっていた。
「どんな本を読んでいたのだ?」
「帝国の歴史と衣装、紋様、刺繍デザインについての本など。あ、それから神殿主のオリバー様と毎日お話しする時間を取られることになりました。1時間ほど、授業というのではなく、アレシア様の質問にオリバー様が答える形だそうです」
エドアルドの報告は、アレシアの侍女兼護衛である、妹のサラから報告された情報である。
「どんな内容を?」
「帝国の歴史。神殿について、女神神話について、産業について」
カイルはもう苦笑するしかない。
「全部仕事じゃないか。気晴らし的なことはしないのか?」
「カイル様と同じじゃないですか」
エドアルドの嫌味は無視して、カイルは言葉を続ける。
「若い女性なら、お茶会だの、買い物だのに出かけるだろう」
エドアルドはカイルをじっと見た。
「一般の令嬢でしたら、そうですが。アレシア様にお茶会の招待は来ていませんよ。皇帝の婚約者としての正式なお披露目がまだですからね。でも、まずは、いつアレシア様にお会いになるので?」
エドアルドの質問に、カイルが答えることはなかった。
カイルはすっと視線を逸らすと、そのまま机の上に重ねられている仕事に戻ったのだった。
そんなカイルだったが、エドアルドの目には、アレシアのことを気にしている様子に見えていた。
「……カイル様は、姫巫女様をどうしたいのですか? いまだに姫巫女様と会うのを避けて、その一方で、毎日の報告は欠かさず受けられる」
エドアルドの言葉に、カイルは一瞬、無視するかのように見えた。
しかし、ため息をひとつつくと、首を振った。
「婚約者にずっと無視されれば、王国に帰らせていただきます、とでも言うかと思ったのだが」
「なるほど……。カイル様にしては、いささか消極的な手ですね。しかも姫巫女様は案外実際的な方のようです。お1人でサクサクと毎日の予定を決めてお忙しそうにされていますから」
カイルは再び沈黙に沈んだ。
ため息をついて、エドアルドが言葉を続ける。
「追い出すなら、早く追い出してはいかがですか。何か未練でもおありで?」
次の瞬間、カイルの表情が一瞬にして氷のようになり、カイルの青みがかったグレーの眼がエドアルドを射抜いた。
エドアルドは無言で執務室から走り出たのだった。
翌日も、朝、カイルが執務室の窓から外を眺めていると、ネティとサラを連れたアレシアが神殿への道を歩いていくのが見えた。
アレシアの服装はいつもと同じだ。
シンプルで、飾りのない白の衣装。アレシアの長い銀色の髪が、風になびいてキラキラとしていた。
神殿に行くために、姫巫女としての正装姿をしている。遠目からでも、アレシアが腰に巻いている飾り帯が見えた。
金糸の刺繍が、光を受けて輝いているからだ。
カイルがアレシアに贈ったものだった。正確には、使者にリオベルデまで届けさせたものだったが。
アレシアがプライベートでどんな服を着ているのか、そういえば知らないな、とカイルは思った。
アレシアを迎えるに当たって、新しい衣装などは用意しなかった。生活に不便がないようにとは思ったが、アレシアを好意的に迎えているように見えないように、将来の妃に贈るであろう豪華な衣装や宝飾品などはあえて一切用意しなかったのだ。
おまけにアレシアのために用意した侍女は少ないし、女官については任命すらしていない。
貴族の姫君なら、この待遇に顔色を変えて、侮辱されたと思うだろう。しかし、アレシアは怒り出すこともなく、快適な生活を整えてもらったことに対して、感謝の気持ちを表していた、とサラに聞いた。
神殿に当たり前のように向かうアレシアの姿を見ながら、カイルは、アレシアはどこにいても、アレシアなのだな、と思った。
それは簡単なようで、決してそんなことはない。
翻って、カイルが自分自身を振り返ると、自分らしくいたなんてこと、考えてみても今までなかった気がするのだ。
「あれなぁに?」「あれは?」と自分の興味の赴くままに、何度も繰り返し尋ねた、幼い頃のアレシア。アレシアはあれから全く変わっていない。
それが嬉しくて、羨ましくて。そして、苦しいのだ。
「もし、アレシアに何かあったら」
カイルはつぶやいた。
アレシアを大切に思ったら、アレシアを失う。
それはカイルの確信だった。
なぜなら、今まで、カイルが大切に思った人々は、ことごとく突然この世を去ったから。
自分は愛する者を守れるくらい、強くなったのか?
カイルが心の中で何度も繰り返し問いかけたその答えを、カイルはまだ知らない。
皇家の呪い。
カイルはいつも心から追い払っている言葉が浮かぶのを認めた。
そんなものがあるのかわからない。
しかし、皇家に生まれた自分にはわかっている。少なくとも、父親である前皇帝は信じていた。
皇帝の後継者、そして皇帝に関わる者は死ぬ。
(アレシアに真相を話し、2人で協力することができるかもしれない)
カイルの心にそんな淡い期待とも言える想いが生まれる。
一方で、カイルの理性は、そんな都合がいいことを信じるな、アレシアを危険にさらしても良いのか、と問いかけるのだった。
そんなある日、カイルが午後の時間を使って、アレシアの部屋を訪ねたのは、本当に思いつきからだった。
この時間、アレシアは侍女2人を連れて、神殿から街へと出かけているはず。
幸いにも、カイルにとっては小うるさいエドアルドは別な用件でカイルの元を離れている。2時間ほどは戻って来ないはずだった。
カイルはアレシアがいない間に、彼女の部屋を訪ね、こっそりその暮らしぶりを覗こうと思ったのだ。
淑女に対して失礼なのは承知の上。しかし、カイルはアレシアの暮らしぶりが気になっていた。
何か不自由をしていないだろうか?
困っていることはないだろうか?
アレシアに会って、直接聞けばいいものを、カイルはアレシアに会うのを避けているために、この行動に出たのだった。
しかし、カイルがアレシアの部屋に入ると、そこには驚きに目を丸くしたアレシアの侍女、ネティが立っていた。
「皇帝陛下!?」
こうなっては仕方ない。
やはり悪いことはできないな、とカイルは内心ため息をついて、ネティと向き合った。
「……突然ですまない。ア、アレシアは不在だろうか?」
「は、はい。アレシア様は神殿から直接、図書館へ行かれました。サラさんが一緒にいます。わたしは……アレシア様が気を使われて、退屈するだろうから、先に宮殿に戻るようにと」
「そうか」
カイルとネティは無言で見つめあった。
とは言っても、ネティは小柄で、顔を上に向けないと、カイルと目を合わせることはできない。
「その……アレシアにはすぐ会えず、申し訳ないと思っている。どうもあれこれ忙しなくて……いや、近いうちに、もちろん顔合わせをしたいと。それで、その前に、その……帝国に来られてもう1ヶ月にはなるが、何か不自由をされていたり、困ったことはないかと……」
そう言いながらも、苦しい言い訳に、カイルは自分でも声がだんだん小さくなっていくのがわかる。
ネティは小柄だし、やさしげで、控えめな様子だ。ネティからの圧があるわけではないのだが、皇帝を前にしても、視線を下げることもなく、堂々としている。
あのアレシアの侍女らしいな、とカイルは思う。茶色い髪に茶色い目をした、まるで小動物のような女性に見えたが、実際は芯のしっかりとした人物のようだった。
とはいえ、ネティは、カイルの言い訳をその言葉通りに受け取ったらしかった。
つまり、皇帝としてあまりに多忙なため、落ち着いてアレシアに会う時間がない。それでも、遠路はるばる嫁いできたアレシアを気遣って、突然時間ができた今、何はともあれ、様子を見に部屋まで来てくれたのだ、と。
「皇帝陛下にはアレシア様へのお気遣い、心より感謝申し上げます。同時に、あいにくアレシア様が不在で、大変申し訳ございませんでした。わたしはアレシア様の侍女のネティと申します」
ネティは深々と頭を垂れた。
やがて顔を上げると、カイルを客間にある長椅子へと案内し、熱いお茶を入れてきた。
優雅な仕草で茶碗をテーブルに載せると、自分は脇に控えた。
「ネティ。少しアレシアの話をしてくれないか。君も座ってくれ」
ネティは一礼すると、カイルの前にある、1人がけの椅子に腰を下ろした。
「アレシアはお元気で過ごされているか? 部屋はどうだ? 不自由されていることなどはないだろうか?」
「アレシア様はお元気でいらっしゃいます。毎日、朝から昼頃までは神殿に行かれます。午後は図書館、孤児院、治療院、市場などに行かれることが多いです。お部屋につきましては、必要なものは揃っておりますし、アレシア様も気に入られて、気持ちよくお過ごしかと存じます。アレシア様はよく、帝国でよくしてくださっていると、感謝のお気持ちを述べられています。エドアルド様も1日に1回は、アレシア様の様子を見に立ち寄ってくださっていますし」
「そうか……。不自由がないならよかった。今後、もし何かあればすぐ言ってくれ。必要なものはすぐ手配する。エドアルドか、サラに言ってくれればいいから」
「ありがとうございます」
沈黙が落ちた。
カイルは、ではこの辺りで、と思い、立ち上がろうとした時だった。
ネティが柔らかな表情で話し始めた。
「姫巫女であるアレシア様が、街中に気軽に出られるので、ご心配をおかけしているのではないでしょうか?」
「最初は驚いたが。こちらも護衛の騎士は付けている。アレシアが行きたい所は、好きに行かせてやりたいと思っている」
「アレシア様は……元々、好奇心が強く、そしてとても行動力がおありなのです。お小さい頃から、全く変わっていないのですわ。アレシア様が銀色の髪で生まれたことで、お小さいうちから、将来は神殿の姫巫女となることが決定しました。神殿の巫女は祈りと奉仕の生活を送ります。姫巫女になれば、アレシア様は基本、神殿の中が唯一の世界となるはずでした。一方、兄上であるクルス様は、アレシア様をとても大切にされていて、1人の女性として、少しでも普通の暮らしを体験できるように、と気を配ってこられました。なので、アレシア様が街の中を自由に歩き回ることも、容認されたのです。色々な人と触れ合い、さまざまな物事を見ることができるようにと。アレシア様のアレシア様らしさを殺すことのないように、と。きっと……」
ネティはそこで言葉を切り、じっと皇帝を見上げた。
「きっと、皇帝陛下もアレシア様のことをよく知るようになれば、きっとその気持ちがわかるはずですわ。アレシア様の自由闊達さを、物事に捉われない発想を……アレシア様は、とても魅力的な方なのです。そんなアレシア様らしさを大切にして差し上げたいと、周りの者は自然に思うようになるのですわ」
まさにネティ本人がそう思っていることはカイルにもすぐわかった。
ネティのような誠実な人間が大切にするアレシア。
皇帝は何か物思いに沈むようにして、アレシアの部屋を出た。
「今日はどこへ行っていた?」
「はい、本日は、午後の間、姫巫女様は図書館で過ごされました」
それはカイルの執務が1段落ついた、夕方のこと。
最近はこうしてカイルとエドアルドがその日のアレシアの行動について話すのが新しい日課のようになっていた。
「どんな本を読んでいたのだ?」
「帝国の歴史と衣装、紋様、刺繍デザインについての本など。あ、それから神殿主のオリバー様と毎日お話しする時間を取られることになりました。1時間ほど、授業というのではなく、アレシア様の質問にオリバー様が答える形だそうです」
エドアルドの報告は、アレシアの侍女兼護衛である、妹のサラから報告された情報である。
「どんな内容を?」
「帝国の歴史。神殿について、女神神話について、産業について」
カイルはもう苦笑するしかない。
「全部仕事じゃないか。気晴らし的なことはしないのか?」
「カイル様と同じじゃないですか」
エドアルドの嫌味は無視して、カイルは言葉を続ける。
「若い女性なら、お茶会だの、買い物だのに出かけるだろう」
エドアルドはカイルをじっと見た。
「一般の令嬢でしたら、そうですが。アレシア様にお茶会の招待は来ていませんよ。皇帝の婚約者としての正式なお披露目がまだですからね。でも、まずは、いつアレシア様にお会いになるので?」
エドアルドの質問に、カイルが答えることはなかった。
カイルはすっと視線を逸らすと、そのまま机の上に重ねられている仕事に戻ったのだった。
そんなカイルだったが、エドアルドの目には、アレシアのことを気にしている様子に見えていた。
「……カイル様は、姫巫女様をどうしたいのですか? いまだに姫巫女様と会うのを避けて、その一方で、毎日の報告は欠かさず受けられる」
エドアルドの言葉に、カイルは一瞬、無視するかのように見えた。
しかし、ため息をひとつつくと、首を振った。
「婚約者にずっと無視されれば、王国に帰らせていただきます、とでも言うかと思ったのだが」
「なるほど……。カイル様にしては、いささか消極的な手ですね。しかも姫巫女様は案外実際的な方のようです。お1人でサクサクと毎日の予定を決めてお忙しそうにされていますから」
カイルは再び沈黙に沈んだ。
ため息をついて、エドアルドが言葉を続ける。
「追い出すなら、早く追い出してはいかがですか。何か未練でもおありで?」
次の瞬間、カイルの表情が一瞬にして氷のようになり、カイルの青みがかったグレーの眼がエドアルドを射抜いた。
エドアルドは無言で執務室から走り出たのだった。
翌日も、朝、カイルが執務室の窓から外を眺めていると、ネティとサラを連れたアレシアが神殿への道を歩いていくのが見えた。
アレシアの服装はいつもと同じだ。
シンプルで、飾りのない白の衣装。アレシアの長い銀色の髪が、風になびいてキラキラとしていた。
神殿に行くために、姫巫女としての正装姿をしている。遠目からでも、アレシアが腰に巻いている飾り帯が見えた。
金糸の刺繍が、光を受けて輝いているからだ。
カイルがアレシアに贈ったものだった。正確には、使者にリオベルデまで届けさせたものだったが。
アレシアがプライベートでどんな服を着ているのか、そういえば知らないな、とカイルは思った。
アレシアを迎えるに当たって、新しい衣装などは用意しなかった。生活に不便がないようにとは思ったが、アレシアを好意的に迎えているように見えないように、将来の妃に贈るであろう豪華な衣装や宝飾品などはあえて一切用意しなかったのだ。
おまけにアレシアのために用意した侍女は少ないし、女官については任命すらしていない。
貴族の姫君なら、この待遇に顔色を変えて、侮辱されたと思うだろう。しかし、アレシアは怒り出すこともなく、快適な生活を整えてもらったことに対して、感謝の気持ちを表していた、とサラに聞いた。
神殿に当たり前のように向かうアレシアの姿を見ながら、カイルは、アレシアはどこにいても、アレシアなのだな、と思った。
それは簡単なようで、決してそんなことはない。
翻って、カイルが自分自身を振り返ると、自分らしくいたなんてこと、考えてみても今までなかった気がするのだ。
「あれなぁに?」「あれは?」と自分の興味の赴くままに、何度も繰り返し尋ねた、幼い頃のアレシア。アレシアはあれから全く変わっていない。
それが嬉しくて、羨ましくて。そして、苦しいのだ。
「もし、アレシアに何かあったら」
カイルはつぶやいた。
アレシアを大切に思ったら、アレシアを失う。
それはカイルの確信だった。
なぜなら、今まで、カイルが大切に思った人々は、ことごとく突然この世を去ったから。
自分は愛する者を守れるくらい、強くなったのか?
カイルが心の中で何度も繰り返し問いかけたその答えを、カイルはまだ知らない。
皇家の呪い。
カイルはいつも心から追い払っている言葉が浮かぶのを認めた。
そんなものがあるのかわからない。
しかし、皇家に生まれた自分にはわかっている。少なくとも、父親である前皇帝は信じていた。
皇帝の後継者、そして皇帝に関わる者は死ぬ。
(アレシアに真相を話し、2人で協力することができるかもしれない)
カイルの心にそんな淡い期待とも言える想いが生まれる。
一方で、カイルの理性は、そんな都合がいいことを信じるな、アレシアを危険にさらしても良いのか、と問いかけるのだった。
そんなある日、カイルが午後の時間を使って、アレシアの部屋を訪ねたのは、本当に思いつきからだった。
この時間、アレシアは侍女2人を連れて、神殿から街へと出かけているはず。
幸いにも、カイルにとっては小うるさいエドアルドは別な用件でカイルの元を離れている。2時間ほどは戻って来ないはずだった。
カイルはアレシアがいない間に、彼女の部屋を訪ね、こっそりその暮らしぶりを覗こうと思ったのだ。
淑女に対して失礼なのは承知の上。しかし、カイルはアレシアの暮らしぶりが気になっていた。
何か不自由をしていないだろうか?
困っていることはないだろうか?
アレシアに会って、直接聞けばいいものを、カイルはアレシアに会うのを避けているために、この行動に出たのだった。
しかし、カイルがアレシアの部屋に入ると、そこには驚きに目を丸くしたアレシアの侍女、ネティが立っていた。
「皇帝陛下!?」
こうなっては仕方ない。
やはり悪いことはできないな、とカイルは内心ため息をついて、ネティと向き合った。
「……突然ですまない。ア、アレシアは不在だろうか?」
「は、はい。アレシア様は神殿から直接、図書館へ行かれました。サラさんが一緒にいます。わたしは……アレシア様が気を使われて、退屈するだろうから、先に宮殿に戻るようにと」
「そうか」
カイルとネティは無言で見つめあった。
とは言っても、ネティは小柄で、顔を上に向けないと、カイルと目を合わせることはできない。
「その……アレシアにはすぐ会えず、申し訳ないと思っている。どうもあれこれ忙しなくて……いや、近いうちに、もちろん顔合わせをしたいと。それで、その前に、その……帝国に来られてもう1ヶ月にはなるが、何か不自由をされていたり、困ったことはないかと……」
そう言いながらも、苦しい言い訳に、カイルは自分でも声がだんだん小さくなっていくのがわかる。
ネティは小柄だし、やさしげで、控えめな様子だ。ネティからの圧があるわけではないのだが、皇帝を前にしても、視線を下げることもなく、堂々としている。
あのアレシアの侍女らしいな、とカイルは思う。茶色い髪に茶色い目をした、まるで小動物のような女性に見えたが、実際は芯のしっかりとした人物のようだった。
とはいえ、ネティは、カイルの言い訳をその言葉通りに受け取ったらしかった。
つまり、皇帝としてあまりに多忙なため、落ち着いてアレシアに会う時間がない。それでも、遠路はるばる嫁いできたアレシアを気遣って、突然時間ができた今、何はともあれ、様子を見に部屋まで来てくれたのだ、と。
「皇帝陛下にはアレシア様へのお気遣い、心より感謝申し上げます。同時に、あいにくアレシア様が不在で、大変申し訳ございませんでした。わたしはアレシア様の侍女のネティと申します」
ネティは深々と頭を垂れた。
やがて顔を上げると、カイルを客間にある長椅子へと案内し、熱いお茶を入れてきた。
優雅な仕草で茶碗をテーブルに載せると、自分は脇に控えた。
「ネティ。少しアレシアの話をしてくれないか。君も座ってくれ」
ネティは一礼すると、カイルの前にある、1人がけの椅子に腰を下ろした。
「アレシアはお元気で過ごされているか? 部屋はどうだ? 不自由されていることなどはないだろうか?」
「アレシア様はお元気でいらっしゃいます。毎日、朝から昼頃までは神殿に行かれます。午後は図書館、孤児院、治療院、市場などに行かれることが多いです。お部屋につきましては、必要なものは揃っておりますし、アレシア様も気に入られて、気持ちよくお過ごしかと存じます。アレシア様はよく、帝国でよくしてくださっていると、感謝のお気持ちを述べられています。エドアルド様も1日に1回は、アレシア様の様子を見に立ち寄ってくださっていますし」
「そうか……。不自由がないならよかった。今後、もし何かあればすぐ言ってくれ。必要なものはすぐ手配する。エドアルドか、サラに言ってくれればいいから」
「ありがとうございます」
沈黙が落ちた。
カイルは、ではこの辺りで、と思い、立ち上がろうとした時だった。
ネティが柔らかな表情で話し始めた。
「姫巫女であるアレシア様が、街中に気軽に出られるので、ご心配をおかけしているのではないでしょうか?」
「最初は驚いたが。こちらも護衛の騎士は付けている。アレシアが行きたい所は、好きに行かせてやりたいと思っている」
「アレシア様は……元々、好奇心が強く、そしてとても行動力がおありなのです。お小さい頃から、全く変わっていないのですわ。アレシア様が銀色の髪で生まれたことで、お小さいうちから、将来は神殿の姫巫女となることが決定しました。神殿の巫女は祈りと奉仕の生活を送ります。姫巫女になれば、アレシア様は基本、神殿の中が唯一の世界となるはずでした。一方、兄上であるクルス様は、アレシア様をとても大切にされていて、1人の女性として、少しでも普通の暮らしを体験できるように、と気を配ってこられました。なので、アレシア様が街の中を自由に歩き回ることも、容認されたのです。色々な人と触れ合い、さまざまな物事を見ることができるようにと。アレシア様のアレシア様らしさを殺すことのないように、と。きっと……」
ネティはそこで言葉を切り、じっと皇帝を見上げた。
「きっと、皇帝陛下もアレシア様のことをよく知るようになれば、きっとその気持ちがわかるはずですわ。アレシア様の自由闊達さを、物事に捉われない発想を……アレシア様は、とても魅力的な方なのです。そんなアレシア様らしさを大切にして差し上げたいと、周りの者は自然に思うようになるのですわ」
まさにネティ本人がそう思っていることはカイルにもすぐわかった。
ネティのような誠実な人間が大切にするアレシア。
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