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第十話 あたしの魔法
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「……あれ?」
目を開けると、そこはあまりにも見慣れた光景だった。質素な部屋に置かれた勉強机に、何年にも渡る進学校の過去問集がしまわれた本棚だけが、自らを主張していた。
その部屋では、一人の女の子が必死の形相で勉強していて、その姿を、綺麗な女性が監視するように見つめていた。
『真琴、また同じところを間違えているじゃないの! どうしてそんなに物覚えが悪いの!?』
『ご、ごめんなさいママ……』
『謝る暇があるなら、少しでも知識を頭に詰め込みなさい!』
真琴と呼ばれた女の子は、ポロポロと大粒の涙を流しながら、母親と思われる女性に許しを請うが、そんなことなどお構いなしに、女性は女の子の頬に平手打ちをする。
……ああ、これは夢だ。それも、前世の子供の頃の、あたしの過去だ。
小さい頃から母に勉強を強要されて、出来ないと罰を与えられる日々。今思い出してもつらくて、胸の奥がキュッと締め付けられる。
『もうやだ……勉強したくない……あたしも、他の子みたいにお外で遊びたいよぉ……』
『何を弱音を吐いているの!? あんなバカ達と一緒にいたら、あんたが更にバカになるじゃないの! あんたは良い学校に行って、良い会社に入らないといけないの!』
いかにもあたしの将来のためにって感じを装ってるけど、あたしに養ってもらうためのくせに、偉そうに……今思い出しても、本当に嫌な気持ちになる。
『そんなの行きたくない……』
『行きたくないですって? どうしてあんたはそうやってママに反抗するの!? 子供は黙って親の言うことを聞いていればいいの!』
「っ……! やめなさい!」
母は幼いあたしの胸ぐらを掴み、床に叩きつけてから、再び手を振り上げる。それを止めようとした瞬間に、目の前の勉強部屋から、急にリビングへと変化した。
『よぉ真琴ぉ……暇ならオレの酒に付き合えや』
『うっ……お酒臭い……パパ、飲み過ぎは体に良くないよ……』
『あぁ? てめぇ、誰に物を言ってんだ? 誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ!』
『ご、ごめんなさい……痛い、叩かないで……』
リビングでは、いかにも営業マンって感じの真面目な風貌の父親が泥酔している。そこにいた幼いあたしは、男性に理不尽な暴力を振るわれていた。
酒癖が悪い、言ってしまえば酒クズの父親に、こうした暴力を振るわれることも、あたしの日常の一コマだ。
確かに子供の頃のあたしは、父が稼いできたお金が無ければ生活は出来なかったよ。だからって、理不尽な暴力を振るわれる筋合いは、これっぽっちもない。
「やめて、その子は何も悪くないから!」
先程同様に、理不尽な目に合う幼いあたしを助けようとするが、またしてもそれを邪魔するように、目の前の光景が変わった。
今度は、少し歳を取った母と、あまり見たことがない、チャラい男性が、小さな兄妹に対して、何か高圧的に喋っている光景だ。
「こんな光景は、見たことがない……」
自分で体験していないからなのか、話している内容が全く聞こえてこない。その代わりと言わんばかりに、チャラい男性は兄の方を蹴り飛ばした。
「その子達に、酷いことをしないで!」
夢の中とはいえ、今度こそ止めなくちゃと思ったのに、何かがあたしの足首に掴みかかってきた。
その手の主の方を見ると、まさに浮浪者と言ってもいいような風貌に変わり果てた、父の姿があった。
仕事をリストラされて、酒に完全に溺れた時は、こんな顔をしていたのを、よく覚えている。
「いいから離しなさいよ! まってて、いまお姉ちゃんが助けに――」
助けに行こうとした瞬間、母と新しい旦那は、二人の腕を乱暴につかんでどこかに消えてしまった。
「あっ……! 待って! ダメ、そんな人達についていっちゃ……! うぅ……ごめん、ごめんね……お姉ちゃんが情けないせいで、二人を悲しませて……お姉ちゃん、もっと頑張るから。だから、そんな人達のところに行かないで……!」
家族と共に、周りの景色も完全に消え、辺りは漆黒に包まれてる空間になった。そんな空間で、あたしはもういない二人に謝り続けていると、どこからか声が聞こえてきた。
『『助けて……お姉ちゃん……』』
「っ……!!」
二人の声は、あたしに助けを求めている声だった。
所詮これは夢だ。本当は助けなんて求めてないかもしれないし、既に手遅れ……なんてことは考えたくない。
「それでも、お姉ちゃんは諦めないよ! 絶対に元の世界に帰るから! だから……待っててね、悠、芽衣!」
****
「……はっ!?」
目を覚ますと、そこは、最低限の家具と、多くの本達が置かれた部屋の中だった。そこに、あたしの乱れた呼吸音が響いている。
「やっぱり夢だったんだね……はぁ、寝汗が凄いや……それに」
そっと目元に手をやると、涙で濡れた形跡があった。あんな嫌な過去を見させられて、家族がつらいところも見させられたら、泣きたくもなるよ。
「……気分転換に、お水をあげてこようかな」
あたしは部屋から出ると、近くにある井戸から水を汲んできた。
ちなみに、ここはお店から目と鼻の先にある小屋だ。
既に住み始めて三ヶ月が経過していて、だいぶ私物が多くなってきている。私物といっても、全部魔法関連の本なんだけどね。
この小屋は、もともとイヴァンさんが物置として使っていたものだったけど、あたしよりも前に働いていた人が、体調が悪くしてしまい、お店に通うのがつらくなってしまったから、その人が住めるように、小屋を改良したそうだ。
その人は、後に家庭の事情で田舎に帰ってしまい、この小屋が開いてしまったから、住み込みを希望する人が使えるものとして残したんだって。
「はぁ~……嫌な夢を見ちゃったなぁ。それとも、二人を忘れないように、見させられたのかな? ふんだっ、余計なお世話だよ。あたしは二人を……悠と芽衣のことを、忘れたことは一度もないし」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、井戸から汲んできた水を、小屋の周りに生えているお花や木にあげる。
あたしがここに来た時、花や木の元気があまり無くて可哀想って思い、小屋の周りの花や木にお水を上げていたら、それが日課になっちゃったの。
最近では、ここに遊びに来た野生動物にごはんをあげたりもしている。
「ふふっ、お水おいしい? 喜んでくれてよかった。あれ、君はどうしてそんなに悲しそうなの? あ、ここだと日差しがあまり当たらないんだね。ちょっと待ってね、植え替えてあげるから」
あたしはお花を傷つけないように、丁寧に別の場所に移し替える。すると、悲しそうだったお花が、とても嬉しそうになった。
「ちゃんとこの魔法が使えていれば、動物や植物と、もっとちゃんとお喋りできるんだけどなぁ。他に使える魔法も、全然大したものじゃないし……」
いつもお水を上げている植物全部にお水をあげた後、はぁと小さく息を漏らす。
傍から見たら、今のあたしは植物と会話をする、ちょっぴり痛い人に見えるかもしれないけど……あたしには彼らの気持ちが理解できる。
その理由は、あたしの使える少し特殊な魔法――動物や植物と心を通わす魔法が使えることだ。
この特殊な魔法は、あたしのエルフの血が関係しているらしく、使い手がほとんどいない魔法だ。
ただ、この魔法には欠陥があると言わざるを得ない。
嬉しいとか悲しいとか、ぼんやりとした気持ちはわかるけど、動物や植物が具体的に何を考えているかはわからないし、あたしの気持ちは伝えられても、言葉として伝えることも出来ない。それと、この魔法は人間に使うことは出来ない。
この他にも、魔法を使えないことはないけど……あたしは魔法の才能があまりないのか、まともに使えた試しがない。
炎の魔法を使うと、なぜか大きな爆発音が鳴るだけで、肝心の炎はマッチ程度の火力しかない。
水の魔法を使うと、なぜか指先からちょろちょろと水が出るだけ。
氷の魔法を使うと、なぜか手がしもやけになってかゆくなる。
雷の魔法を使うと、なぜか髪が逆立って大変なことになる。
他にも色々な魔法を練習したけど、ちゃんと習得できた魔法はごくわずかだ。
「せめて、人間にも使えてれば、もう少し便利な魔法になったかもしれないのに……例えば、アラン様の気持ちを知るとか」
お店の常連であるアラン様は、あまり感情を表情に出さないし、口数も多くないから、こういう魔法が使えれば、もっと理解が深まるんじゃないかと思う。
まあ、人様の気持ちを勝手に覗き込むなんて、正直良い趣味とは言えないから、使えたとしても、ほとんど使わないような気はする。
「……あれ、どうしてあたしはアラン様を例えに出したんだろ? イヴァンさんだって、同じ様に考えてることがわかりにくい人なのに……うーん?」
自分のことなのに自分が理解できないのは、ちょっとおかしな話だけど……まあいいや。お仕事まで少し時間があるから、本でも読んで、元の世界に帰る方法を探そっと!
「まあ、全然手掛かりがなくて、気持ちばっかりが焦っちゃうけど……諦めないんだから! 待っててね、悠! 芽衣! お姉ちゃん頑張るから!」
目を開けると、そこはあまりにも見慣れた光景だった。質素な部屋に置かれた勉強机に、何年にも渡る進学校の過去問集がしまわれた本棚だけが、自らを主張していた。
その部屋では、一人の女の子が必死の形相で勉強していて、その姿を、綺麗な女性が監視するように見つめていた。
『真琴、また同じところを間違えているじゃないの! どうしてそんなに物覚えが悪いの!?』
『ご、ごめんなさいママ……』
『謝る暇があるなら、少しでも知識を頭に詰め込みなさい!』
真琴と呼ばれた女の子は、ポロポロと大粒の涙を流しながら、母親と思われる女性に許しを請うが、そんなことなどお構いなしに、女性は女の子の頬に平手打ちをする。
……ああ、これは夢だ。それも、前世の子供の頃の、あたしの過去だ。
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『もうやだ……勉強したくない……あたしも、他の子みたいにお外で遊びたいよぉ……』
『何を弱音を吐いているの!? あんなバカ達と一緒にいたら、あんたが更にバカになるじゃないの! あんたは良い学校に行って、良い会社に入らないといけないの!』
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『そんなの行きたくない……』
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「っ……! やめなさい!」
母は幼いあたしの胸ぐらを掴み、床に叩きつけてから、再び手を振り上げる。それを止めようとした瞬間に、目の前の勉強部屋から、急にリビングへと変化した。
『よぉ真琴ぉ……暇ならオレの酒に付き合えや』
『うっ……お酒臭い……パパ、飲み過ぎは体に良くないよ……』
『あぁ? てめぇ、誰に物を言ってんだ? 誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ!』
『ご、ごめんなさい……痛い、叩かないで……』
リビングでは、いかにも営業マンって感じの真面目な風貌の父親が泥酔している。そこにいた幼いあたしは、男性に理不尽な暴力を振るわれていた。
酒癖が悪い、言ってしまえば酒クズの父親に、こうした暴力を振るわれることも、あたしの日常の一コマだ。
確かに子供の頃のあたしは、父が稼いできたお金が無ければ生活は出来なかったよ。だからって、理不尽な暴力を振るわれる筋合いは、これっぽっちもない。
「やめて、その子は何も悪くないから!」
先程同様に、理不尽な目に合う幼いあたしを助けようとするが、またしてもそれを邪魔するように、目の前の光景が変わった。
今度は、少し歳を取った母と、あまり見たことがない、チャラい男性が、小さな兄妹に対して、何か高圧的に喋っている光景だ。
「こんな光景は、見たことがない……」
自分で体験していないからなのか、話している内容が全く聞こえてこない。その代わりと言わんばかりに、チャラい男性は兄の方を蹴り飛ばした。
「その子達に、酷いことをしないで!」
夢の中とはいえ、今度こそ止めなくちゃと思ったのに、何かがあたしの足首に掴みかかってきた。
その手の主の方を見ると、まさに浮浪者と言ってもいいような風貌に変わり果てた、父の姿があった。
仕事をリストラされて、酒に完全に溺れた時は、こんな顔をしていたのを、よく覚えている。
「いいから離しなさいよ! まってて、いまお姉ちゃんが助けに――」
助けに行こうとした瞬間、母と新しい旦那は、二人の腕を乱暴につかんでどこかに消えてしまった。
「あっ……! 待って! ダメ、そんな人達についていっちゃ……! うぅ……ごめん、ごめんね……お姉ちゃんが情けないせいで、二人を悲しませて……お姉ちゃん、もっと頑張るから。だから、そんな人達のところに行かないで……!」
家族と共に、周りの景色も完全に消え、辺りは漆黒に包まれてる空間になった。そんな空間で、あたしはもういない二人に謝り続けていると、どこからか声が聞こえてきた。
『『助けて……お姉ちゃん……』』
「っ……!!」
二人の声は、あたしに助けを求めている声だった。
所詮これは夢だ。本当は助けなんて求めてないかもしれないし、既に手遅れ……なんてことは考えたくない。
「それでも、お姉ちゃんは諦めないよ! 絶対に元の世界に帰るから! だから……待っててね、悠、芽衣!」
****
「……はっ!?」
目を覚ますと、そこは、最低限の家具と、多くの本達が置かれた部屋の中だった。そこに、あたしの乱れた呼吸音が響いている。
「やっぱり夢だったんだね……はぁ、寝汗が凄いや……それに」
そっと目元に手をやると、涙で濡れた形跡があった。あんな嫌な過去を見させられて、家族がつらいところも見させられたら、泣きたくもなるよ。
「……気分転換に、お水をあげてこようかな」
あたしは部屋から出ると、近くにある井戸から水を汲んできた。
ちなみに、ここはお店から目と鼻の先にある小屋だ。
既に住み始めて三ヶ月が経過していて、だいぶ私物が多くなってきている。私物といっても、全部魔法関連の本なんだけどね。
この小屋は、もともとイヴァンさんが物置として使っていたものだったけど、あたしよりも前に働いていた人が、体調が悪くしてしまい、お店に通うのがつらくなってしまったから、その人が住めるように、小屋を改良したそうだ。
その人は、後に家庭の事情で田舎に帰ってしまい、この小屋が開いてしまったから、住み込みを希望する人が使えるものとして残したんだって。
「はぁ~……嫌な夢を見ちゃったなぁ。それとも、二人を忘れないように、見させられたのかな? ふんだっ、余計なお世話だよ。あたしは二人を……悠と芽衣のことを、忘れたことは一度もないし」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、井戸から汲んできた水を、小屋の周りに生えているお花や木にあげる。
あたしがここに来た時、花や木の元気があまり無くて可哀想って思い、小屋の周りの花や木にお水を上げていたら、それが日課になっちゃったの。
最近では、ここに遊びに来た野生動物にごはんをあげたりもしている。
「ふふっ、お水おいしい? 喜んでくれてよかった。あれ、君はどうしてそんなに悲しそうなの? あ、ここだと日差しがあまり当たらないんだね。ちょっと待ってね、植え替えてあげるから」
あたしはお花を傷つけないように、丁寧に別の場所に移し替える。すると、悲しそうだったお花が、とても嬉しそうになった。
「ちゃんとこの魔法が使えていれば、動物や植物と、もっとちゃんとお喋りできるんだけどなぁ。他に使える魔法も、全然大したものじゃないし……」
いつもお水を上げている植物全部にお水をあげた後、はぁと小さく息を漏らす。
傍から見たら、今のあたしは植物と会話をする、ちょっぴり痛い人に見えるかもしれないけど……あたしには彼らの気持ちが理解できる。
その理由は、あたしの使える少し特殊な魔法――動物や植物と心を通わす魔法が使えることだ。
この特殊な魔法は、あたしのエルフの血が関係しているらしく、使い手がほとんどいない魔法だ。
ただ、この魔法には欠陥があると言わざるを得ない。
嬉しいとか悲しいとか、ぼんやりとした気持ちはわかるけど、動物や植物が具体的に何を考えているかはわからないし、あたしの気持ちは伝えられても、言葉として伝えることも出来ない。それと、この魔法は人間に使うことは出来ない。
この他にも、魔法を使えないことはないけど……あたしは魔法の才能があまりないのか、まともに使えた試しがない。
炎の魔法を使うと、なぜか大きな爆発音が鳴るだけで、肝心の炎はマッチ程度の火力しかない。
水の魔法を使うと、なぜか指先からちょろちょろと水が出るだけ。
氷の魔法を使うと、なぜか手がしもやけになってかゆくなる。
雷の魔法を使うと、なぜか髪が逆立って大変なことになる。
他にも色々な魔法を練習したけど、ちゃんと習得できた魔法はごくわずかだ。
「せめて、人間にも使えてれば、もう少し便利な魔法になったかもしれないのに……例えば、アラン様の気持ちを知るとか」
お店の常連であるアラン様は、あまり感情を表情に出さないし、口数も多くないから、こういう魔法が使えれば、もっと理解が深まるんじゃないかと思う。
まあ、人様の気持ちを勝手に覗き込むなんて、正直良い趣味とは言えないから、使えたとしても、ほとんど使わないような気はする。
「……あれ、どうしてあたしはアラン様を例えに出したんだろ? イヴァンさんだって、同じ様に考えてることがわかりにくい人なのに……うーん?」
自分のことなのに自分が理解できないのは、ちょっとおかしな話だけど……まあいいや。お仕事まで少し時間があるから、本でも読んで、元の世界に帰る方法を探そっと!
「まあ、全然手掛かりがなくて、気持ちばっかりが焦っちゃうけど……諦めないんだから! 待っててね、悠! 芽衣! お姉ちゃん頑張るから!」
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