青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意7 二転三転

7-7

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(瑞雪さん大丈夫かなあ……。卵の事も心配だ)

 朝は支部に呼び出されていたため学校は遅刻して二限目からの登校。
 今までの夏輝からすればありえないことであり、ノアから大層驚かれ、心配された。

(奏太も来てないし……あんなことがあったばっかりだし、そりゃそうか。なんで羊飼いになったんだろう)

 考えれば考えるほど奏太のことがわからない。わからないのも当然だとはわかっているのだが、どうしたって夏輝の性格上考えずにはいられなかった。
 今は現国の
 
「夏輝、大丈夫?今まで殆どしたことない遅刻はするわ、ぼーっとしてるわで……。最近変だよ?何かあった?」

 隣の席のノアがしきりに気にしてくるが、曖昧な返事しか返せない。
 窓の外を見れば青々とした春の空。木々も緑色の葉をつけている。クラスメイト達は和やかに話したり、授業を真面目に聞いたり、居眠りしたり。
 平和で幸せ。どこまでものどか。少し前まではこれが当たり前の光景だったことをぼんやりと思い出す。

「大神、何ぼーっとしてるんだ!授業に集中しろ!」
「は、はい!」

 流石にあからさますぎたのか、見事に教師にバレて注意を食らう。名指しで注意され、周囲の視線が集まる。
 
「え、えへへ……」

 困ったように笑うしかなく、やはりノアと同じく付き合いの長いクラスメイト達は皆目をぱちくりとさせていた。

(とにかく今は授業に集中……!考えたって仕方がないし)

 理屈はわかっているが、なかなか頭の切り替えがうまくいかない。
 時間はひたすらのろのろとすぎていく。普段ならあっという間に過ぎていくというのに。そんなことを考えていると、ぶるぶると夏輝の机の中に入れていたスマホが振動する。
 初めのうちは無視していたのだが、ずっと震え続けている。もしかすると何かがあったのかもしれない。そう思いなおし、夏輝は腹痛を言い出し男子トイレの個室へと移動した。
 現国の教師は中学でも習ったことのある人物だった。今まで夏輝は真面目に授業を聞いてきたこともあり、ぼーっとしていたのは体調不良だと納得してくれたのだろう。行ってきなさいと送り出してくれた。
 ノアや他の近くの席の生徒たちから心配され、嘘をついていることにほんの少しだけ良心が痛む。

『大変なのよ!』

 個室でスマホを開いた瞬間トロンが画面上に飛び出してくる。
 
「トロン?一体何が……」

 何事かと口を開いた瞬間、ぞわりと肌が粟立つ。周囲の気温が一度ほど下がったような、そんな感覚。
 思わず自身の右手を見るが、学校の為指輪は付けていない。ポケットの中だ。
 何故指輪をまず確認したのか。
 
「結界!?」
『ええ……勿論私たちが張ったんじゃないやつよ!』

 それは結界がいきなり張られたからだ。

『規模は学園内の敷地全て!発生源は……すぐ近く』

 トロンの言葉にポケットのマナタブレットの有無を確認する。これがなければ魔法を使うことが出来ない。
 カバンも持ってきたから中には短剣もある。

(大丈夫、戦える)

 指輪をはめ、武器を構える。

「トロン、マナ反応は?」
『いっぱいあるわ……!ウサギっぽいのと、そうじゃないやつも!』

 トイレから警戒しつつ出る。

「ねえ、俺を狙ってるのか単に学校を襲撃してるのかどっちだと思う?こんな堂々と結界を張るなんて何を考えてるんだろう」

 授業中だったため、廊下に人はいない。皆教室で気絶している。教室に生徒たちの殆どがいるのはせめてもの救いだった。
 人が散らばっているよりはずっと被害が少ないはずだ。
 ……狙いが夏輝なのであれば、だが。
 もし一般の生徒たちで実験を行うことが目的だというのなら逆に格好の的となってしまう。

『わからないわ……でもマナ反応は散らばり方からして夏輝を包囲しているようにも思えるわ。じりじり近づいてきてる……クラスの方に向かったり全く別方向へ行く奴は今のところいないようね』
「よかった。俺が狙いなら別に構わないや」

 そっちの方が戦いやすい。トロンの報告に夏輝は走り出す。校舎内と校庭に殆どの人数がいるはずなのだから、そこから遠ざかればいい。

『ウサギたちも移動を開始したわ!やっぱり夏輝を狙っているようね』

 勅使河原が今回の一件の黒幕であることは最早疑いようもない。故に開き直って堂々と襲ってきたということだろうか。
 ウサギと交戦したのはトツカのみ。夏輝はウサギがネズミたちの集合体でそれらが呪いをかけてくることくらいしか知らない。
 青々としたうららかな春の日に似つかわしくない事態。外に出たところでトロンが再び口を開く。

『注意して!こっちに急接近してくる奴がいるわ!ラテアにも連絡を入れたから持ちこたえて……!』

 トロンの注意とほぼ同時だった。

「あぶなッ!?」

 建物の影から真っ黒に淀んだ魔法弾が夏輝に向かって襲来する。夏輝はギリギリで反応、持ち前の身体能力で掠めるギリギリで避ける事に成功した。

「チッ、よけやがったか」

 露骨な舌打ちと共に飛んできた方向の建物の影から声が聞こえてくる。現れたのは夏輝も知る人物ー奏太だった。
 
「奏太……?」

 夏輝の言葉が疑問形になったのは、彼が夏輝の知る奏太とは似ても似つかないからだ。
 だって、今の彼は堂々としていて、そしてガラが悪い。
 夏輝を見る目はとても冷たい。まるで真冬の分厚い氷みたいだ。

「一体どうしたの……!?いつもと雰囲気が違うし、いや、それより何で攻撃を」
「んなのお前を殺すつもりだったからに決まってんだろぉがよ。それ以外なにがあるってんだ間抜け」

 唾を吐き捨て嗤う奏太。こんなにも明るくて温かな日なのに、あまりにも似つかわしくない表情だった。

「じゃあ質問を変えるよ。なんで俺を殺そうと?勅使河原さんと君の間に何かある、のっ?」

 言葉を口にしている途中で再び奏太が魔法を発動。夏輝に向けて漆黒の追尾弾をばら撒いてくる。

『激痛付与の魔法よ!呪いの魔法の一種、当たったら大型の魔物でものたうち回るくらい痛いから当たっちゃだめよ。死にはしないけど動けなくなるわ、悪趣味な魔法!』 

 トロンの解説が聞こえ、夏輝は気合を入れなおす。ラテアがいない以上マナは限られているし、自分が行動不能になればそれは敗北を意味していた。

(行動不能だけは何としても避けないと……!)

 奏太との対話は続けたい。本当に本人かと思うほどの豹変っぷりだが、それは決して会話を打ち切って殺し合う理由にはならない。
 幸いなのは追尾は精密ではなく、おおざっぱなこと。夏輝は風を宿した短剣で呪いを切り裂きながら応戦する。

「前からずっと思ってたんだよ、目障りだなって。イイヤツぶってさぁ、辛いことなんて何もないってキラキラした顔しやがってムカつくんだよ」

 奏太が吠える。目はギラつき、殺意を隠そうともしない。

「は?たったそれだけで殺しに来てるの?」

 だとしたらなんて浅はかで愚かな理由なのだろう。眩暈がしてきた。
 叫びながら接近戦を試みる。相手は羊飼いなのだ、杖を封じてしまえば魔法は使えない。
 
「それだけ!?それだけって言いやがったな!」

 タブレットの瓶の蓋を片手で開き、口の中にいくらか流し込む。そのまま身体強化魔法を行使しつつ奏太との距離を詰めようと迫る。

「お前だけ特別扱い、何でお前は許されて俺は許されねェんだよ!」

 偽善者だのなんだの散々な言われようだった。奏太が何事か呟くと周囲一帯に黒色の霧が発生。これに突っ込んではいけないと本能が警鐘を鳴らす。
 咄嗟に夏輝は後方へと飛びのき、突風を生み出す。

「は?なんのこと?」

 全く心当たりがなく、夏輝はやや腑抜けた声を上げながら問う。
 吹きすさぶ突風で霧を呪いの霧を吹き飛ばしつつ地面を思い切り蹴り、空中へと飛び出す。
 
「俺と瑞雪さんが一緒に居ないときをわざわざ狙ったのか?」
「……」

 瑞雪、と夏輝が口にした瞬間奏太の雰囲気が変わる。より一層、研いだ刃のように剣呑なものになる。
 空中で身体を捻り、落下の勢いを乗せた奏太へとサマーソルトを繰り出す。
 しかし、それに合わせるように奏太の前に漆黒の壁が出現。足がその壁を掠めると掠めた箇所がずたずたに引き裂かれる。

「いっづ……!?」

 切り裂かれた痛みで蹴りの威力は激減、奏太に容易く受け止められてしまう。
 しかし、受け止めたのは奏太自身ではない。奏太から伸びる影だった。影は夏輝の足首を掴み、そのまま振り回し校舎の壁へと叩きつける。

「っがぁ……!」

 めきめきと背中の骨が軋み、肺から空気が漏れる。マナの量が普段より圧倒的に不足しているからか、身体強化魔法をかけていてもいつもよりずっと力がない。
 息を詰まらせ、痛みに呻く。叩きつけられ、地面に落下する刹那何とか受け身を取り最悪の事態は免れることが出来た。

「ちっ、運動神経は相変わらずいいな」
「っげほ、君は俺の知ってる奏太と随分と違うね……いったい何が。それに瑞雪さんって言ったとき、君の雰囲気が明らかに変わった。どういうつもりなんだ?」

 奏太が忌々し気に夏輝を睨むが、夏輝だって一歩も引かない。引くわけにはいかない。


 


 



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