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 1章.無能チート冒険者になる

9.大鎧と不思議な子 (セヨン視点)

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 ワタシはセヨン・カルーア。
 ドワーフとして生を受けて42年、3歳で槌を握り、5歳で鍛冶をはじめた、至極平凡なドワーフだ。

 しかし10歳の頃から、その平凡が崩れた。

 どれだけ打っても、良い武器が打てないのだ。出来上がる武器はなまくらばかり、恥を忍んで他人の真似をして武器を打ったこともあった。
 それでも、まるで呪われているかのように、出来上がるのはなまくらだった。
 周りの人からは、ドワーフのクセになまくらしか打てないとバカにされ、何時からか、ワタシは人と話すのが苦手になり、家に引きこもるようになった。

 家の仕事を手伝う中で、防具ならそれなりの物が作れるのがわかったが、ワタシの心は晴れなかった。
 ワタシには、冒険者になりたいという夢があったからだ。
 人々が噂する冒険者の話に出てくるドワーフは、自分の打った武器を振るい、その武器を二つ名に冠して活躍する、ワタシの憧れだ。
 ワタシも、そんな冒険者になりたかった。

 ワタシは20歳になる頃、両親の反対を押し切り冒険者になった。
 自作の鎧と武器を携え、冒険者の依頼をこなしていった。

 しかし、相変わらず、直ぐ折れるなまくらしか打てないワタシは、少しでも強度を上げるため、いつしかワタシ本来の手には合わない大きさの武器を作るようになった。
 その武器に合わせ鎧も大きくし、その鎧を扱うために魔法も覚えた。

 それでも所詮、なまくらはなまくらのままだった。

 討伐依頼をこなす度、無傷の鎧に壊れた武器を持って帰るワタシを、いつしか冒険者達は『大鎧のセヨン』と呼ぶようになった。

 ドワーフの冒険者にとって、二つ名に武器の名前が付かないのは屈辱だった。だが、今更故郷にも帰れない。
 ワタシは、歯を食い縛りながらも冒険者を続け、いつしかCランク冒険者にまでなっていた。

 しかし、相変わらず、武器はなまくらしか打てなかった。


 ある日、ワタシはいつものように、討伐依頼を受け、自作した武器を持って森に入った。

 依頼はホーンラビットの討伐と、薬の材料にもなる角の採取だ。
 ホーンラビットは無事狩れたが、素早いホーンラビット相手に大剣は、取り回しが悪くて良くなかった。それに、最後の一匹を仕留める際に角に当ててしまい、大剣にヒビが入ってしまった。
 また、この武器もダメか。 
 そんな諦観に似た感情がワタシを包んだ、その時、誰かの叫び声が耳に届いた。

 声の方へ走って行くと、人間族の女の子が、三匹のゴブリン達に囲まれそうになっていた。

 ゴブリンは、その繁殖力で大抵の種族を孕ませることができる為、冒険者には見つけ次第の討伐が推奨されている、危険な魔物だ。

 ワタシは不意討ちでゴブリンを一匹仕留めると、素早く女の子を庇うように、ゴブリンに立ち塞がった。
 そして、まだ戸惑っているゴブリンに、先制攻撃を仕掛けた。しかし、ヒビの入っていた大剣は、2匹目のゴブリンを仕留めた所で折れてしまった。
 切れ味が悪く、骨に引っ掛かる感触があった。
 ホーンラビットとゴブリンを、数体切っただけで折れるとは、自分で作った剣ながら、なんてなまくらだ。
 ワタシは残った柄を強く握り、悔しさを圧し殺した。まずは、最後の一匹をどう仕留めるかを考えるんだ。

 ゴブリンと睨み合っていると、女の子がナイフを使うよう、声をかけてきた。見ると、足元に美しいナイフが転がっていた。
 ワタシはそれを拾い上げ、そのままの勢いで、ゴブリンの喉元から頭にかけて、ナイフを突き込んだ。するりと、一切の抵抗を感じさせず、刺さったナイフ。
 凄い業物だ。ワタシの打った武器とは程遠い、素晴らしいナイフだった。

 ワタシは女の子にナイフを返した。
 女の子は、折れた剣の代わりに使っていいと言ったが、自分の打った武器以外を持つのは、ドワーフとしての矜持が許さなかった。
 それに、こんな素晴らしいナイフを使うと、ワタシは劣等感で潰れてしまうと思ったのだ。


 助けた女の子は、マカベ・トンボと名乗った。
 短く丁寧に切られた髪に、太めの眉が可愛らしい女の子だ。
 ここら辺では聞きなれない響きの名前に、あまり見ない服装。きっと異国から来たのだろう。
 
 自己紹介が終わると、トンボは、ワタシがドワーフということに驚いていた。
 聞くと、トンボのドワーフ像とワタシがかけ離れていたという。小さいだの髭モジャだの、ずいぶんと正直に話すものだと思うが、嘘で取り繕うよりは余程好感が持てた。
 しかし、ワタシの今の姿が、ドワーフからかけ離れていると言う言葉に、内心ひどく動揺した。
 ワタシは、憧れたドワーフの冒険者に、近づけているのだろうか?
 そんな思いから、普段人前で脱ぐことない鎧の一部を外し、ワタシはトンボに、ワタシというドワーフの、ありのままの姿を見せた。
 ワタシの姿を見たトンボの、目を丸くした顔は、少しだけ可笑しかった。
 

 一緒に街に戻る途中、トンボが驚くべき話を聞かせてくれた。
 なんと、トンボは異世界から来た、渡り人だと言うのだ。
 ワタシは、昔から冒険者に憧れ、冒険譚や伝説などを調べていたから知っていたが、普通は知ることのないであろう、伝説上の存在だ。
 少なくとも、ワタシもそう思っていた。
 しかし、トンボが語る異世界の話と、この世界に渡って来た経緯、そして、伝説の壁魔法を見たことで、ワタシはトンボの話を信じる事にした。

 異世界の話は、空を飛ぶ鉄の鳥だとか、地下を掘り進む鉄の蛇だとか、しかもそれらが人を乗せて運ぶ乗り物だと言う。ずいぶん荒唐無稽な話だったが、未知の発想という点は、目を見張るものがある。
 トンボをこの世界に渡した神と言うのも、この世界では、名前すらわからず、ただ『創造神』と呼ばれている存在が、そうなのだろう。
 実際に見せてもらった壁魔法は、伝説と違い、とても脆く、ワタシのパンチ一発で割れていたが、見たことの無い系統の魔法で、光属性の防御魔法とも、土属性の防壁魔法とも違っていた。

 なにより、トンボの真っ直ぐな目を見れば、それが真実だと、疑うことは考えられなかった。
 ただ、創造神様をうっかり神と呼ぶのは、どうなのだろうか。
 
 なんにしろ、そんな伝説の存在に出会ったことは、ワタシが憧れの冒険者に近づくきっかけになるかもしれない。そんな打算もあり、ワタシはトンボの面倒を見ることに決めたのだ。


 街に入る時も入ってからも、トンボは目を輝かせて、凄い凄いと連呼していた。ワタシはそれを見て、思わず笑ってしまった。なんだか、ずいぶん久しぶりに、声を出して笑った気がした。
 冒険者ギルドに着くと、ワタシと同じ、Cランク冒険者のロジャーが絡んできた。
 とても酒癖が悪く、以前休日に鎧を脱いで、私服を着て買い物している姿を見られてから、度々絡まれるようになったのだ。
 ワタシの『大鎧』の二つ名を聞いて、憧れの視線を向けてくるトンボに、申し訳ない気持ちを抱いた。あんなに憧れる冒険者を目指していたのに、ワタシはトンボを利用しようとしている。ロジャーの言う通り、ドワーフの恥さらしだ。
 その事実に気がつき、悔しさと、情けなさ、トンボに対する申し訳なさに、二つ名になった大鎧の中で、強く歯を噛みしめた。

 ワタシは、いい子だからという理由を付けて、面倒を見ようとしていた癖に、その実トンボを渡り人としか見ていなかった。
 だと言うのに。

 トンボはワタシを悪意から守るように、臆することなくロジャーの前に立ち塞がったのだ。

 ワタシは止めようとしたが、トンボはワタシの手を取り、問いかけて来た。
 ワタシの鎧はなんの為にあるのか。ワタシは、所詮鎧は鎧と思っていた。
 ワイバーンの翼を貫く槍に、ゴーレムを砕く槌に、ドラコンの鱗を切り裂く剣に、ワタシの目指す武器には、遥かに及ばないものだと。
 しかし、トンボが教えてくれた答えは、ワタシにドワーフが使う大金槌で、頭を強く殴ったような衝撃を与えた。
 鎧で戦う。そんなこと、考えたことがなかった。

 そして、ワタシに笑顔を向けるトンボの目の奥が、全く笑っていないことに戦いた。

 煽られたロジャーは、鞘に入ったままとはいえ、剣を構えた。
 さすがにそれは見過ごせないと、前に出ようとしたワタシを、トンボが手で制した。
 なにを考えているのか、酔っているとはいえ、ロジャーはCランク冒険者だ。トンボが勝てる相手じゃない。
 しかし、ワタシは見た。トンボが手を振るうのに合わせ、極限まで薄く生み出された壁魔法が、ロジャーの剣を切り裂いたのだ。

 『トンボ切り』トンボはそれをそう呼んだ。

 トンボの名前は、その名前の武器にあやかり、付けられたらしい。
 真っ二つに切断され、ゆっくりと地面に落ちる刀身。ロジャーの剣を鞘ごと、何の抵抗もなく通過した鋭さ。
 あれこそ、ワタシの夢見た剣そのものだった。
 異世界にはあんな切れ味の武器が存在するのか。

 唖然としているロジャーに、トンボが啖呵を切った。その言葉に、ワタシは先ほど以上の衝撃を受けた。

 ワタシの武器が、トンボの命を繋いだ。

 その言葉に、いままでのワタシの人生が、報われた気がして、ワタシは無意識のうちにトンボの名前を呼んでいた。
 そんなワタシに、トンボは笑顔を向けた。
 ワタシはなんだか気恥ずかしくなり、思わず照れ隠しに、魔法を使用する注意をしてしまった。

 そして、その笑顔を見て、ワタシは本当の意味で、トンボの保護者に成ろうと決めた。
 騒ぎを聞いて降りてきたギルマスにも、トンボの保護者に成ることを宣言した。

 冒険者に取って保護者になるという事は、その全てを持って、護り導く覚悟と責任を持ち、非保護者が罪を犯せば、代わりに罰を受けることもある。そんな特別な関係を意味している。
 普通は技術を教える後継者や、希少な魔法を持つ仲間などを、自分の庇護下にあることを示すために使うものだが、ワタシは渡り人や壁魔法など関係なく、トンボを護りたいと思ったのだ。
 利用する関係ではなく、仲間として。

 ギルマスとは、彼が現役の冒険者だった頃からの知り合いだが、そんな彼も人見知りで口下手なワタシが保護者に成ることに、驚いていた。無理もない、ワタシ自身も驚いているのだ。
 それでも決めた。

 『大鎧』の二つ名にかけて、ワタシはトンボを護る鎧になると。

 ただ、ギルマスにすら食って掛かるトンボ見て、意外と凶暴で抜き身の剣のような性格を知ると、鎧ではなく鞘になりそうだなと思い、見えなのをいいことに、1人鎧の中で笑ってしまった。




 それが、トンボという不思議な女の子と出会い、保護者になると誓った『大鎧のセヨン』最初の物語だ。






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 心の中では、よう喋るセヨンさんであった。
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