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第十八章

156,紅い幻草が消滅すると失うもの

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 ハクも朱鷺の彼女も、優しい心を持っている。人間や他の動物たちと共生共存し、助け合うことが出来るのだ。
 だが──身体だけは化け物そのものである。

 リュウキが紅い幻草を焼却してしまえば、彼らも失うことになる。

「そんな……」

 手のひらを口に当て、ヤエは青ざめる。
 どうしても納得できない。できるわけがない。

 しかしハクは呆れたように大きなため息を吐くのだ。

「憂うことはないぞ。紅い幻草がこの世から消えれば俺ら化け物は消滅するだろうが、生命が尽きることはないぜ」
「どういう意味だ?」

 リュウキは首をひねる。
 神妙な面持ちでハクは続けた。

「化け物は生命の源を失ったら、黄泉の国へいくんだよ」
「それは、死ぬことと何が違うんだよ」
「あの世で生き続けるんだ。昔、幻想世界で見たんだ。この世を去った化け物たちが、黄泉の国で暮らしているのを。精神が破壊された奴らも心を取り戻し、平和に生きていた。俺はしっかり覚えている。だから俺らが『死ぬ』ことはねえ。紅い幻草を燃やすことに躊躇しなくていいんだ」

 これにはヤエが焦ったように大きく首を横に振った。

「待って……そんなの、本当か分からないじゃない! 幻想で見たことには嘘も交じっているでしょう……? それに、もし本当に黄泉の国へ行くとしても、あなたたちがこの世からいなくなることには変わりないわ」

 それは、ヤエの心からの悲痛の叫びだった。
 きっとシュウなら冷静に物事を考え、ハクたちの意向を汲み取るのだろう。リュウキはそう思っていた。

 だが、シュウは眉間に深く皺を刻み、迷ったような声で口を開くのだ。

「他に方法はないのか……。わたしがリュウキ様の炎の力を借りてこの世から化け物を消滅させたいと考えたのは確かだ。だが──二人まで失うことになるなど、受け入れがたい」
「あっ? シュウ、てめえ! 今さら何を言い出すんだ?」

 ハクは、低く唸った。

「もうここまで来たんだ。紅い幻草を燃やすほか方法はねぇだろうが! だからやっちまえよ、リュウキ!」
「で、でも、それは……」
「怖じ気ついたか! お前は北国の皇子だぞ! 責任取りやがれっ」
「待って、ハク! 落ち着いて……」

 物凄い圧でリュウキに詰め寄るハクを、必死にヤエは落ち着かせようとする。それでもハクは興奮が収まらないようだった。

「たく、人間って奴は! 本当に分からねえ生き物だ。下らねえ情けで迷ってるんじゃねぇよ!」
「ハクさん、もうやめて……」

 怒りを露わにするハクの前に立ち、朱鷺の彼女が悲しそうな声で言った。彼女らしくない、切ない表情を浮かべて言葉を並べる。

「人間は優しさを持っているの。怖い人間がいるのはたしかだけど……リュウキたちが凄くいい人たちだっていうのは、ハクさんもよく知ってるよね?」

 彼女に問われると、ハクは目線を逸らしながらもぎこちなく頷いた。
 朱鷺の少女はリュウキたちの方に身体を向けると、丁寧に頭を下げた。

「どうかお願い。紅い幻草を燃やしてほしいの。わたしたち化け物は皆、苦しい想いをしながら現実世界で生き続けてる。苦しみから解放されて、世が和平に近づくのなら、むしろその方がいいよ」
「苦しい想いをしている、だって?」

 彼女の何気ない一言を、リュウキは見逃すことができなかった。

「ちょっと待って。それはどういうことだ?」
「あのね……本来、化け物は人間と共に生きることは許されないの。いつ理性を保てなくなって人を襲うか分からないから。一度人間の味を知ってしまった化け物は、二度と後戻りできなくなる。次々に人を襲い、肉を食らい、本物の化け物になっちゃう。平然として生きているように見えてね、何度も人間を食べたいと思ったことがあるんだよ。おかしいよね? 人々を守りたいって思ってるはずなのに、心は立派な化け物なの。欲求を抑えながら生き続けていくのも、結構辛いんだよ……」

 彼女の話に、リュウキは固唾を呑む。
 正直、そんな風には全く見えない。朱鷺の少女もハクも、そんな欲があったなんて思いもしなかった。

 彼女の本音に、リュウキは面食らってしまう。
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