155 / 165
第十七章
155,誠の記憶を取り戻す
しおりを挟む
──そこでハッとした。瞬く間にリュウキは現実へと戻される。
目の前には、ヤエの姿。愛おしさと切なさが混ざったような瞳で、こちらを見つめている。
たまらなくなり、リュウキは彼女を強く抱き寄せた。瞬刻、熱くなりすぎた心がじわじわと鎮まっていく感覚がした。
心地いい。穏やかな気持ちになれる。熱くもなく寒くもなく、あたたかい。
「ヤエ、ごめん。本当にごめん」
もう彼女を離したくない。自分自身を取り戻したリュウキは、心の底からそう思った。
「思い出したよ。大切なことを。全部全部、思い出したよ……!」
二人を包み込む炎の龍の勢いは、たちまち弱まっていく。先程まで暴走していたのが嘘のようだ。炎を吐き出すこともなくなり、萎れるように小さくなっていく。
リュウキの心が安定してきた証であった。
「やはり、リュウキ様はリュウキ様ですね」
抱き合ったままヤエは言葉を紡いでいく。
「あなたがこんなことで壊れるわけがありません。本当のリュウキ様は優しくて、明るくて、皇子であるのに普通の少年のようで……何より正義感の強いお方です」
彼女はおもむろに顔を見上げた。あたたかみのある、優しい笑みを浮かべている。氷のような冷たい表情など全くない。
リュウキはそっと、彼女の頬に触れた。
「ヤエ」
「はい」
「綺麗だ」
「……え?」
「最高の笑顔だよ。さすが、僕が惚れた女性だよね」
真っ直ぐにリュウキは想いを伝える。
みるみる頬を赤くし、ヤエは笑みを保ったまま呆れたような口調になった。
「もう、あなたというお方は……」
安堵したような眼差しで、ヤエはリュウキの胸に顔を埋める。
もう二度と、自分を見失うことはない。彼女がそばにいればきっと──
怒り狂っていた炎の龍は、あっという間にその姿を消し去った。城壁や木々、城下町の遙か向こうまで燃えていた炎も全て鎮火したのであった。
周辺はしんと静まり返る。
正常心を取り戻したリュウキは、ヤエのぬくもりだけを深く求めた。腕の中で身を預けてくれる彼女から、心臓の鼓動が伝わってくる。
だが──いつまでもこうしてはいられない。まだ戦いは終わっていないのだ。
両腕から彼女をそっと放し、リュウキは周囲を見回した。
右肩を失ったハクが厳しい表情を浮かべ、その隣には朱鷺の少女が憂いある顔をしてこちらを見やっている。そして無表情でありながらも、震えた手で氷の剱を握り締めるシュウが立っていた。
彼らの背後には──人間を食らい、精をつけた化け物たちの姿がある。
憂いの対象は数え切れないほどだ。数千、数万……西側から絶え間なく増え続け、真っ赤な目で「獲物」を求めているようだった。
「悪いな、みんな。どうやら感動の再会に喜んでいる暇なんてないようだ」
リュウキは出来る限りの明るい口調で仲間たちに声を掛けた。
拱手しながら、シュウは頭を下げる。
「リュウキ様が誠の記憶を取り戻せたことを大変喜ばしく思います。わたしの数々の失敗のせいでこのようなことになってしまい、心からお詫び申し上げます」
「いや、これは誰のせいでもない。天命だったんだ。ひとまずここの化け物たちをどうにかしないとね」
リュウキは警戒しながら化け物たちの様子を窺う。
「けっ。そんなの簡単だ。リュウキ、お前の火で紅い幻草を燃やし尽くせばいいんだ。そうすれば化け物どもは一匹残らず消滅するぜ」
人の姿でハクはリュウキのことを指差してはっきりとそう述べた。
それに続いて、朱鷺の少女も大きく頷くのだ。
「わたしも賛成。人を襲う化け物がいなくなれば、この世は少しでも救われると思うよ。それに化け物はみんな、存在し続けることで苦しんでいるから……。リュウキの炎で、根こそぎ燃やしてほしい」
透き通った声で朱鷺の少女はそんなことを口にするのだ。
建物が焼け焦げた匂いが、春の風に乗って鼻をつつく。
リュウキは深いため息を吐いた。
「正直に言ってもいいかな。僕の力なら、紅い幻草を根まで全て焼き払うのは可能だと思う。だけど……もしそんなことをしたら、君たちはどうなるの?」
ひどく真剣な眼差しを、リュウキは彼らに向けた。化け物であるハクと朱鷺の少女に向かって、最大の疑問を投げつけるのだ。
「紅い幻草は化け物にとって生命の源なんだよね? そのおかげで、君たちは生きている。朱鷺の君なんて、かれこれ百年以上も生き続けているんだろう? だけどもし……もし、僕が紅い幻草を燃やしてしまったら」
次に繫ぐ言葉が怖くなり、リュウキは固唾を飲み込む。それでもどうにか最後まで話を続けた。
「紅い幻草を燃やしてしまうと、君たちもこの世から消滅するんだよね?」
目の前には、ヤエの姿。愛おしさと切なさが混ざったような瞳で、こちらを見つめている。
たまらなくなり、リュウキは彼女を強く抱き寄せた。瞬刻、熱くなりすぎた心がじわじわと鎮まっていく感覚がした。
心地いい。穏やかな気持ちになれる。熱くもなく寒くもなく、あたたかい。
「ヤエ、ごめん。本当にごめん」
もう彼女を離したくない。自分自身を取り戻したリュウキは、心の底からそう思った。
「思い出したよ。大切なことを。全部全部、思い出したよ……!」
二人を包み込む炎の龍の勢いは、たちまち弱まっていく。先程まで暴走していたのが嘘のようだ。炎を吐き出すこともなくなり、萎れるように小さくなっていく。
リュウキの心が安定してきた証であった。
「やはり、リュウキ様はリュウキ様ですね」
抱き合ったままヤエは言葉を紡いでいく。
「あなたがこんなことで壊れるわけがありません。本当のリュウキ様は優しくて、明るくて、皇子であるのに普通の少年のようで……何より正義感の強いお方です」
彼女はおもむろに顔を見上げた。あたたかみのある、優しい笑みを浮かべている。氷のような冷たい表情など全くない。
リュウキはそっと、彼女の頬に触れた。
「ヤエ」
「はい」
「綺麗だ」
「……え?」
「最高の笑顔だよ。さすが、僕が惚れた女性だよね」
真っ直ぐにリュウキは想いを伝える。
みるみる頬を赤くし、ヤエは笑みを保ったまま呆れたような口調になった。
「もう、あなたというお方は……」
安堵したような眼差しで、ヤエはリュウキの胸に顔を埋める。
もう二度と、自分を見失うことはない。彼女がそばにいればきっと──
怒り狂っていた炎の龍は、あっという間にその姿を消し去った。城壁や木々、城下町の遙か向こうまで燃えていた炎も全て鎮火したのであった。
周辺はしんと静まり返る。
正常心を取り戻したリュウキは、ヤエのぬくもりだけを深く求めた。腕の中で身を預けてくれる彼女から、心臓の鼓動が伝わってくる。
だが──いつまでもこうしてはいられない。まだ戦いは終わっていないのだ。
両腕から彼女をそっと放し、リュウキは周囲を見回した。
右肩を失ったハクが厳しい表情を浮かべ、その隣には朱鷺の少女が憂いある顔をしてこちらを見やっている。そして無表情でありながらも、震えた手で氷の剱を握り締めるシュウが立っていた。
彼らの背後には──人間を食らい、精をつけた化け物たちの姿がある。
憂いの対象は数え切れないほどだ。数千、数万……西側から絶え間なく増え続け、真っ赤な目で「獲物」を求めているようだった。
「悪いな、みんな。どうやら感動の再会に喜んでいる暇なんてないようだ」
リュウキは出来る限りの明るい口調で仲間たちに声を掛けた。
拱手しながら、シュウは頭を下げる。
「リュウキ様が誠の記憶を取り戻せたことを大変喜ばしく思います。わたしの数々の失敗のせいでこのようなことになってしまい、心からお詫び申し上げます」
「いや、これは誰のせいでもない。天命だったんだ。ひとまずここの化け物たちをどうにかしないとね」
リュウキは警戒しながら化け物たちの様子を窺う。
「けっ。そんなの簡単だ。リュウキ、お前の火で紅い幻草を燃やし尽くせばいいんだ。そうすれば化け物どもは一匹残らず消滅するぜ」
人の姿でハクはリュウキのことを指差してはっきりとそう述べた。
それに続いて、朱鷺の少女も大きく頷くのだ。
「わたしも賛成。人を襲う化け物がいなくなれば、この世は少しでも救われると思うよ。それに化け物はみんな、存在し続けることで苦しんでいるから……。リュウキの炎で、根こそぎ燃やしてほしい」
透き通った声で朱鷺の少女はそんなことを口にするのだ。
建物が焼け焦げた匂いが、春の風に乗って鼻をつつく。
リュウキは深いため息を吐いた。
「正直に言ってもいいかな。僕の力なら、紅い幻草を根まで全て焼き払うのは可能だと思う。だけど……もしそんなことをしたら、君たちはどうなるの?」
ひどく真剣な眼差しを、リュウキは彼らに向けた。化け物であるハクと朱鷺の少女に向かって、最大の疑問を投げつけるのだ。
「紅い幻草は化け物にとって生命の源なんだよね? そのおかげで、君たちは生きている。朱鷺の君なんて、かれこれ百年以上も生き続けているんだろう? だけどもし……もし、僕が紅い幻草を燃やしてしまったら」
次に繫ぐ言葉が怖くなり、リュウキは固唾を飲み込む。それでもどうにか最後まで話を続けた。
「紅い幻草を燃やしてしまうと、君たちもこの世から消滅するんだよね?」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
裏切られた公爵令嬢は、冒険者として自由に生きる
小倉みち
ファンタジー
公爵令嬢のヴァイオレットは、自身の断罪の場で、この世界が乙女ゲームの世界であることを思い出す。
自分の前世と、自分が悪役令嬢に転生してしまったという事実に気づいてしまったものの、もう遅い。
ヴァイオレットはヒロインである庶民のデイジーと婚約者である第一王子に嵌められ、断罪されてしまった直後だったのだ。
彼女は弁明をする間もなく、学園を退学になり、家族からも見放されてしまう。
信じていた人々の裏切りにより、ヴァイオレットは絶望の淵に立ったーーわけではなかった。
「貴族じゃなくなったのなら、冒険者になればいいじゃない」
持ち前の能力を武器に、ヴァイオレットは冒険者として世界中を旅することにした。
動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!
海夏世もみじ
ファンタジー
旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました
動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。
そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。
しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!
戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
サラリーマン、異世界で飯を食べる
ゆめのマタグラ
ファンタジー
異世界と日本を行ったり来たり、飯を食べるなら異世界で――。
なんの能力も無い、ただのサラリーマン「小田中 雄二郎」は今日も異世界へ飯を食べに行く。
そして異世界の住民もまた美味しい料理を食べることが大好きである。
女騎士と共に屋台でラーメンを食べ、海賊のお頭と一緒に回転寿司へと行き、魔王はなんか勝手に日本でカツ丼を食べている。
時には彼らと共に悩み、同じ鍋を囲み、事件に巻き込まれ、また新たな出会いが生まれる――。
そして小田中雄二郎は、今日も異世界で飯を食べるのだ。
※「小説家になろう」「カクヨム」でも掲載中です。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~
福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。
※改訂作業完了。完結済み。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる