【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第十七章

155,誠の記憶を取り戻す

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 ──そこでハッとした。瞬く間にリュウキは現実へと戻される。

 目の前には、ヤエの姿。愛おしさと切なさが混ざったような瞳で、こちらを見つめている。
 たまらなくなり、リュウキは彼女を強く抱き寄せた。瞬刻、熱くなりすぎた心がじわじわと鎮まっていく感覚がした。

 心地いい。穏やかな気持ちになれる。熱くもなく寒くもなく、あたたかい。

「ヤエ、ごめん。本当にごめん」

 もう彼女を離したくない。自分自身を取り戻したリュウキは、心の底からそう思った。

「思い出したよ。大切なことを。全部全部、思い出したよ……!」

 二人を包み込む炎の龍の勢いは、たちまち弱まっていく。先程まで暴走していたのが嘘のようだ。炎を吐き出すこともなくなり、萎れるように小さくなっていく。
 リュウキの心が安定してきた証であった。

「やはり、リュウキ様はリュウキ様ですね」

 抱き合ったままヤエは言葉を紡いでいく。

「あなたがこんなことで壊れるわけがありません。本当のリュウキ様は優しくて、明るくて、皇子であるのに普通の少年のようで……何より正義感の強いお方です」

 彼女はおもむろに顔を見上げた。あたたかみのある、優しい笑みを浮かべている。氷のような冷たい表情など全くない。

 リュウキはそっと、彼女の頬に触れた。

「ヤエ」
「はい」
「綺麗だ」
「……え?」
「最高の笑顔だよ。さすが、僕が惚れた女性だよね」

 真っ直ぐにリュウキは想いを伝える。
 みるみる頬を赤くし、ヤエは笑みを保ったまま呆れたような口調になった。

「もう、あなたというお方は……」

 安堵したような眼差しで、ヤエはリュウキの胸に顔を埋める。

 もう二度と、自分を見失うことはない。彼女がそばにいればきっと──

 怒り狂っていた炎の龍は、あっという間にその姿を消し去った。城壁や木々、城下町の遙か向こうまで燃えていた炎も全て鎮火したのであった。

 周辺はしんと静まり返る。
 正常心を取り戻したリュウキは、ヤエのぬくもりだけを深く求めた。腕の中で身を預けてくれる彼女から、心臓の鼓動が伝わってくる。

 だが──いつまでもこうしてはいられない。まだ戦いは終わっていないのだ。

 両腕から彼女をそっと放し、リュウキは周囲を見回した。
 右肩を失ったハクが厳しい表情を浮かべ、その隣には朱鷺の少女が憂いある顔をしてこちらを見やっている。そして無表情でありながらも、震えた手で氷の剱を握り締めるシュウが立っていた。
 彼らの背後には──人間を食らい、精をつけた化け物たちの姿がある。
 憂いの対象は数え切れないほどだ。数千、数万……西側から絶え間なく増え続け、真っ赤な目で「獲物」を求めているようだった。

「悪いな、みんな。どうやら感動の再会に喜んでいる暇なんてないようだ」

 リュウキは出来る限りの明るい口調で仲間たちに声を掛けた。
 拱手しながら、シュウは頭を下げる。

「リュウキ様が誠の記憶を取り戻せたことを大変喜ばしく思います。わたしの数々の失敗のせいでこのようなことになってしまい、心からお詫び申し上げます」
「いや、これは誰のせいでもない。天命だったんだ。ひとまずここの化け物たちをどうにかしないとね」

 リュウキは警戒しながら化け物たちの様子を窺う。

「けっ。そんなの簡単だ。リュウキ、お前の火で紅い幻草を燃やし尽くせばいいんだ。そうすれば化け物どもは一匹残らず消滅するぜ」

 人の姿でハクはリュウキのことを指差してはっきりとそう述べた。
 それに続いて、朱鷺の少女も大きく頷くのだ。

「わたしも賛成。人を襲う化け物がいなくなれば、この世は少しでも救われると思うよ。それに化け物はみんな、存在し続けることで苦しんでいるから……。リュウキの炎で、根こそぎ燃やしてほしい」

 透き通った声で朱鷺の少女はそんなことを口にするのだ。

 建物が焼け焦げた匂いが、春の風に乗って鼻をつつく。
 リュウキは深いため息を吐いた。

「正直に言ってもいいかな。僕の力なら、紅い幻草を根まで全て焼き払うのは可能だと思う。だけど……もしそんなことをしたら、君たちはどうなるの?」

 ひどく真剣な眼差しを、リュウキは彼らに向けた。化け物であるハクと朱鷺の少女に向かって、最大の疑問を投げつけるのだ。

「紅い幻草は化け物にとって生命の源なんだよね? そのおかげで、君たちは生きている。朱鷺の君なんて、かれこれ百年以上も生き続けているんだろう? だけどもし……もし、僕が紅い幻草を燃やしてしまったら」

 次に繫ぐ言葉が怖くなり、リュウキは固唾を飲み込む。それでもどうにか最後まで話を続けた。

「紅い幻草を燃やしてしまうと、君たちもこの世から消滅するんだよね?」
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