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【9】拳拳服膺~仲良く皆で夏祭り
小鳥ちゃん救出大作戦
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休憩用のテントに戻ると、高杉と久坂、そして三吉の三人が話し合っていた。
「小鳥ちゃんは車に乗せたわよ」
玉木の言葉に三吉が頷く。
「こっちも連絡が入りました。大村先生が向かってくれてます」
「そう、大村先生なら安心ね」
「玉木先生と私はここで待機、毛利先生が連絡役です」
「わかったわ。じゃあ僕達の仕事はこれまで通りね。さて、小鳥ちゃん、あなた達はどうするの?」
玉木の問いに高杉が答えた。
「ワシは詳しい話をトシから聞きます。大村先生にも聞くように言われてますんで」
「僕は帰ります」
久坂に玉木は頷いた。
「それがいいわ。任せるわよ」
「はい」
久坂はうなづき、幾久の肩に手を置いた。
「いっくん、帰ろう」
「でもタマが……」
どこの病院に運ばれたのかも判らないし、状況がわからずに心配だ。
だが、久坂は静かに微笑んだまま教えてくれた。
「タマ後輩は僕の家に居るよ。だから帰ろう。詳しくは帰りながら説明するから」
てっきり、児玉は毛利が病院に運んでいるものと思っていた幾久は驚いた。
祭りは賑やかに続いているが、喧騒を後に幾久と久坂は、こころもち早歩きで久坂の家まで向かっていた。
「なんで久坂先輩の家に、タマを運ぶんですか?」
「ねえちゃんが、そうしろって言ったからだよ」
そういえばさっき、幾久が動揺していた時、高杉は六花に電話をかけていたようだった。
でも、どうしてなのだろうか。久坂が説明してくれた。
「うちには昔からお世話になってるお医者さんが居てね。報国院の校医でもあるんだけど。大村先生、知ってるだろ?」
「知ってます」
時々学校にも来ている、小さくて白髪の、頑固そうなおじいちゃん先生は有名だ。
「ハルも僕も兄も、その大村先生にずっとお世話になっててね。歩ける距離だから頼めば家に来てくれるし、緊急の場合はこのほうが早い」
それに、と久坂は言う。
「児玉の家も昔からこのあたりだし、多分大村先生なら、タマ後輩の事も知ってるよ。このあたりの子供はみんな一度は大村先生の世話になるし、状況もすぐに判ってくれる。それにアルコール中毒っていうなら、事情はどうあれ家族にはばれないほうがいい。その判断だろ」
僕らにも様子はわからないからね、と久坂は言う。
「部屋は余ってるし、夏休み間だし、タマ後輩ひとりくらいどってことない」
「……ありがとう、ございます」
お礼を言う幾久に、久坂は仕方ないよと苦笑いだ。
「いっくんのせいじゃないんだし」
「オレ、ちょっとは関係あるんす」
報国院に通うことを決めたのを、今日言ってしまったから、児玉はあんなにも浮かれてしまって、伊藤も調子に乗ったのだ。
言わなければ良かった、と幾久は後悔した。
「そうだとしても、今は考えることじゃないね。……ホラ、着いてるみたい」
久坂の家に到着すると、門が開きっぱなしになっていた。
玄関も開いたままで、廊下をばたばた走る音に、誰かの声が聞こえ、せわしげな雰囲気だ。
「ただいま」
靴を脱ぎ、家に上がると六花が出てきた。
幾久と久坂を見ると、にかっと笑って言った。
「おかえり。丁度良かった。今大村先生が調べてくれてる。終わったら呼んでくれるって」
「そう、じゃあ一安心だね。いっくん、良かったな。もうお医者さんが居るから、安心して」
久坂がぽんと幾久を軽く叩くと、幾久は自分でも驚くほど、すとんとその場に膝をついた。
「いっくん?!」
驚く久坂だが、幾久も驚いた。
「よ、よかった……」
かたかたと手が震え、膝もかくかくしている。よっぽど緊張していたのか、体が膝をついたまま動けない。
六花は幾久の目の前でしこを踏むように足を広げ腰を下げると、幾久の両脇に手を入れると、「ふんっ!」と幾久を持ち上げた。
「えっ」
大人が赤ちゃんに『たかいたかい』をするような格好で、幾久が驚く間に、持ち上げられて膝が立った。
「ホラ、立てた」
「あ、」
立てさせられると以外に立つもので、幾久は足踏みをする。本当にちゃんと立てている。
「気が緩んだんだね。まあお茶でも飲んで、先生のとこ行こうか。気になるでしょ」
「はい、」
返事はしたものの、いい年こいて大人の女性に持ち上げられるとは、幾久は毛利がこの六花の事を『メスゴリラ』と呼んでいた理由をわずかだが垣間見た気がした。
六花は児玉が寝ている部屋へと向かい、襖をあけた。
庭に面した座敷のうちの一つで、やたら広く旅館の中のようだ。
その部屋の中央に布団がしかれ、児玉は眠っていて、傍には校医でもある、大村医師が居た。
「先生、お疲れさまです」
「あまいもんないか、あまいもん」
児玉は寝ているのか、布団に寝かされて静かになっている。
「タマ!」
慌てて幾久が児玉にかけよるが、児玉の反応はない。
「起こさんでエエ。静かに待っちょけ」
医師の言葉に、幾久は頷き傍に正座した。
「栗饅頭と外郎ありますよ。先生、御堀庵の外郎お好きでしょう?」
「両方もらおう」
六花は小さなお盆にお茶とお菓子をのせ、医師の傍に置いた。
児玉の様子が気になる幾久は尋ねた。
「あの、タマ、児玉君、どうなってますか」
「寝ちょるだけじゃ」
「でも、こういう時って筋肉が弛緩して、舌が喉におちるって。吐いたら、のどにつまって息ができないって」
おろおろと説明する幾久に、大村医師は答えた。
「よう知っちょるの。その通り、さっきまで吐いちょったが、水しか出んかったけえもう吐ける分は吐いたじゃろう。口もゆすがせたし、詰まるもんはない」
「そう、っすか」
そこで幾久は思い出す。
「て、点滴とか」
「脱水おこしちょるわけでもなさそうじゃから心配ない。それより、万が一でも戻したり吐いたりせんようしっかり見張っちょくことが大事じゃ」
お茶を飲みながら医師は幾久をやっと見た。
ぎょろりとした大きな目に、幾久はやや引く。
「お前さん、名前は?乃木か?」
幾久は頷く。
「あ。ハイ、乃木幾久です」
「古雪の息子か」
突然父の名前を言われ、幾久は驚いた。
「そう、です。父をご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、あーんな我侭で身勝手で強引で傲慢で頭のエエやつは、後にも先にも見たことがない」
父の思いがけない評価に幾久は目を丸くした。
その幾久を見て、医師は「違うんか?」と逆に幾久に尋ねた。
「はい、優しくて、いい父だと思います」
「ほーん。息子には甘いんか。ナルホドのう」
医師は言って、児玉の様子を見ている。
と、がらりと襖を開けて毛利が入ってきた。
「あー、もう参った参った」
言いながら入ってくるが、毛利の格好に幾久は驚く。濡れた髪をバスタオルでふきながら風呂上りの格好で、おまけに派手なパンツ一丁だったからだ。
「せ、先生、なんで」
「おー?だってそいつ運んでたら、ケロケロ吐きやがったからよー、パンツ以外全滅だわ。俺のかっこいい車の中で吐かなかったのだけは褒めてやる」
「どうやって帰るんすか」
「みよが着替え持ってくるし、いざとなったら杉松の服」
「貸すわけねえだろハゲ」
そう言ってお茶を運んできたのは六花だ。やっぱりこの二人は、なんとなく雰囲気が似ているなと思う。
「なんだよ俺にパンツ一枚で帰れってか!本当に帰るぞ!」
「お前なんかパンツはいてりゃもう正装だろ。おパンツ様の付属品めが」
お茶を差し出す仕草は丁寧なのに、言葉は雑で乱暴で、そのギャップに幾久はもはや見とれた。
「いっくんも、お茶飲みなさい」
そう言って差し出されたのはつめたい緑茶だった。
「お菓子は、えーと。外郎は先生が全部とっちゃったから、栗饅頭ね」
「……ハイ」
一人用の小さなお盆に、つめたいお茶とお菓子が乗せられている。
六花のことだから、わざわざ食べろと指示するのはきっと意味があるのだろうと幾久は素直に従った。
毛利は菓子箱から勝手に栗饅頭を取り出しては皮をむいて中身の栗だけ食べ、六花に叩かれている。
「乃木幾久、尋ねたいことがある。お前一体、誰に習った?」
習った、とはなんのことだろうか。首を傾げると大村医師は言った。
「アルコール中毒じゃ。普通はあんな大騒ぎせん。大抵寝かせておけば治ると言うが、なんでお前さんはやれ、救急車をよべ、病院へ、なんて騒いだ?」
責められているような口調で、幾久はかーっと顔を赤くした。やっぱり自分の判断は、大げさだったのだろうか。大村医師はこうして呼び出されて、古くからの付き合いの久坂や高杉に言われたから断れずに迷惑したのだろうか。
それとも高校生が酒なんか飲むなと呆れているのだろうか。
「すみませんでした」
「なぜ謝る?誰に聞いたと聞いちょる」
ここで大佐の名前や山縣の名前を出すと、迷惑をかけるかもしれない。咄嗟に幾久はそう思って、隠した。
「……知り合いの人です」
名前を言うつもりがないとの、せめてもの意思表示だった。大村医師は「ふうん」と鼻を鳴らし、幾久の傍に腰をおろした。
「さっきも言ったように、普通の連中は飲みすぎは放っちょけじゃの、寝かせればええじゃの、そう判断する。お前はそうせんかったの。誰に聞いたか知らんが、お前一人が大騒ぎして医者を呼んだ」
すみません、とそう言おうとしたそのときだった。
医師の大きな声が響き、髪をぐしゃぐしゃとかきまわされた。
「その判断たるや、よし!」
幾久は叱られたと思って身をすくめたが、言葉の意味をよくよく考えて、三十秒くらい過ぎてやっと自分が褒められているのだと気付いた。
「わざわざ嫌な聞き方をしてすまんの。びびったじゃろう」
イエーイ、と大真面目な顔のくせに大村医師は両手でピースサインを出している。固そうに見えるのに実はふざけた人なのだろうか。
「……びびりました」
はー、と幾久は肩を落とし、正座をくずして尻をついた。てっきり叱られると思い込んでいたから、突然褒められても褒められた気がしない。
「なんで騒いだんか、理由が知りたくての。叱りやせんから教ええ」
「医学部関係の先輩です。その先輩も、以前急性アルコール中毒を起こした人を救助したそうで、いろいろ話を聞いたばかりでした」
「確かに寝かせておきゃエエ、というよりそうするしかないのが処理じゃけどの。なんたて、判断は素人じゃなかなかできん。血液中のパーセンテージがものを言うから、様子を見ながら判断できりゃそれでエエが、そうもいかんしの」
そのとき、「ただいま」と声がした。高杉の声だ。
「あ、ハル帰ってきた」
そう言って六花が立ち上がり、玄関へ向かう。
足音が多いなと思っていると、高杉と一緒に三吉もやって来ていた。
「おー、みよサンキュー」
三吉は毛利に持ってきた着替えを渡した。
「児玉君の様子は」
三吉が心配げに覗き込むが、大村医師が答えた。
「今の所は心配なかろう」
「そうですか。良かった」
祭り会場に児玉の祖父が居たので、簡単に事情を説明し、大村医師に預けると知ると、家族には黙っておくから泊めてほしいとの事だった。
「そりゃ、あの爺も目を離した隙に孫が急性アル中おこしたなんて知られたら、もう祭りに行くなって家族に叱られるけえの」
「あっちはどーよ」
Tシャツとズボンに着替えながら毛利が尋ねると三吉は大丈夫だと答えた。
「祭りは終わったし、生徒達も帰ったからあとは玉木先生一人で大丈夫だと。伊藤のやった事はハルが全部吐かせた。内容も判ったんで、伊藤への制裁はハルに任せた」
あれ?三吉先生、ハル先輩のことを呼び捨てにしてる、と幾久は思ったが今聞くことじゃないと思って黙っていた。
「飲酒量は、間違いないな?」
大村医師が高杉に尋ねると、高杉は頷いた。
「電話した通り。もういっぺん確認したけど間違ってない。一杯に入れた量はそこまでじゃなかったはずなんじゃけど、二杯目、三杯目、でトシのアホゥが調子にのったらしい。児玉も普段酒なんか飲まんから、判らんかったらしいと」
「どーせ炭酸に混ぜたんだろガキども」
毛利が言うと、高杉が頷いた。
「その通り。あんまよくない大人に、カクテルの作り方聞いて試してみたかったらしくて」
「みよ、オメーはどう思った?」
なぜか三吉に毛利は話をふったが、三吉は答えた。
「まず伊藤には今後絶対それを作らせないこと、あと教えた大人、これ名前がわかってるんで後々鉄拳制裁。カクテルの内容に関しては、まあ、ガチでまずい、とだけ」
「そっかー……気付かねーか」
毛利の言葉に三吉は頷いた。
「あれは正直、飲みなれた大人でも気付かない配分。高校生の児玉ごときが気づくのは無理」
「あの」
幾久は手を上げた。尋ねたい事があったからだ。
「タマ、児玉君は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫って、何が?様子?なんか変だった?」
「そうじゃなくて、あの、飲酒、したんですよね。なんかお咎めとか」
「んなのあるわきゃねーだろ、こんなの児玉がもらい事故しただけじゃねーか。あるとしたら伊藤だよ、伊藤。あの馬鹿、報国院わかってねーな」
ちっと毛利が吐き捨てるが、幾久はぼそりと呟く。
「あの、でもちょっとはオレのせいかもしれないっす」
幾久の言葉に、その場に居た全員が目を丸くした。
高杉も久坂も六花も、毛利も三吉も、そして大村医師も、だ。
「オレが報国院に残るって聞いたから、タマ、テンション上がっちゃってたし、トシも喜んでくれたんだけど、それでトシも調子に乗ったところがあったって言うか。だったらオレが、今日祭りでなんか言わなければ良かったって」
自分が言うタイミングを間違えたりなんかしなければ、こんなことにはならなかったのではないのか。
幾久はそう反省したのだが。
一同はしんと静まり返り、その静寂をぶち破ったのが、毛利曰くメスゴリラ、六花さんだった。
「いっくん、ひょっとして君、ドMのアホの子だね?」
六花さんはにこにこ笑っていたが、怒っているのだと幾久は判った。
「小鳥ちゃんは車に乗せたわよ」
玉木の言葉に三吉が頷く。
「こっちも連絡が入りました。大村先生が向かってくれてます」
「そう、大村先生なら安心ね」
「玉木先生と私はここで待機、毛利先生が連絡役です」
「わかったわ。じゃあ僕達の仕事はこれまで通りね。さて、小鳥ちゃん、あなた達はどうするの?」
玉木の問いに高杉が答えた。
「ワシは詳しい話をトシから聞きます。大村先生にも聞くように言われてますんで」
「僕は帰ります」
久坂に玉木は頷いた。
「それがいいわ。任せるわよ」
「はい」
久坂はうなづき、幾久の肩に手を置いた。
「いっくん、帰ろう」
「でもタマが……」
どこの病院に運ばれたのかも判らないし、状況がわからずに心配だ。
だが、久坂は静かに微笑んだまま教えてくれた。
「タマ後輩は僕の家に居るよ。だから帰ろう。詳しくは帰りながら説明するから」
てっきり、児玉は毛利が病院に運んでいるものと思っていた幾久は驚いた。
祭りは賑やかに続いているが、喧騒を後に幾久と久坂は、こころもち早歩きで久坂の家まで向かっていた。
「なんで久坂先輩の家に、タマを運ぶんですか?」
「ねえちゃんが、そうしろって言ったからだよ」
そういえばさっき、幾久が動揺していた時、高杉は六花に電話をかけていたようだった。
でも、どうしてなのだろうか。久坂が説明してくれた。
「うちには昔からお世話になってるお医者さんが居てね。報国院の校医でもあるんだけど。大村先生、知ってるだろ?」
「知ってます」
時々学校にも来ている、小さくて白髪の、頑固そうなおじいちゃん先生は有名だ。
「ハルも僕も兄も、その大村先生にずっとお世話になっててね。歩ける距離だから頼めば家に来てくれるし、緊急の場合はこのほうが早い」
それに、と久坂は言う。
「児玉の家も昔からこのあたりだし、多分大村先生なら、タマ後輩の事も知ってるよ。このあたりの子供はみんな一度は大村先生の世話になるし、状況もすぐに判ってくれる。それにアルコール中毒っていうなら、事情はどうあれ家族にはばれないほうがいい。その判断だろ」
僕らにも様子はわからないからね、と久坂は言う。
「部屋は余ってるし、夏休み間だし、タマ後輩ひとりくらいどってことない」
「……ありがとう、ございます」
お礼を言う幾久に、久坂は仕方ないよと苦笑いだ。
「いっくんのせいじゃないんだし」
「オレ、ちょっとは関係あるんす」
報国院に通うことを決めたのを、今日言ってしまったから、児玉はあんなにも浮かれてしまって、伊藤も調子に乗ったのだ。
言わなければ良かった、と幾久は後悔した。
「そうだとしても、今は考えることじゃないね。……ホラ、着いてるみたい」
久坂の家に到着すると、門が開きっぱなしになっていた。
玄関も開いたままで、廊下をばたばた走る音に、誰かの声が聞こえ、せわしげな雰囲気だ。
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「そう、じゃあ一安心だね。いっくん、良かったな。もうお医者さんが居るから、安心して」
久坂がぽんと幾久を軽く叩くと、幾久は自分でも驚くほど、すとんとその場に膝をついた。
「いっくん?!」
驚く久坂だが、幾久も驚いた。
「よ、よかった……」
かたかたと手が震え、膝もかくかくしている。よっぽど緊張していたのか、体が膝をついたまま動けない。
六花は幾久の目の前でしこを踏むように足を広げ腰を下げると、幾久の両脇に手を入れると、「ふんっ!」と幾久を持ち上げた。
「えっ」
大人が赤ちゃんに『たかいたかい』をするような格好で、幾久が驚く間に、持ち上げられて膝が立った。
「ホラ、立てた」
「あ、」
立てさせられると以外に立つもので、幾久は足踏みをする。本当にちゃんと立てている。
「気が緩んだんだね。まあお茶でも飲んで、先生のとこ行こうか。気になるでしょ」
「はい、」
返事はしたものの、いい年こいて大人の女性に持ち上げられるとは、幾久は毛利がこの六花の事を『メスゴリラ』と呼んでいた理由をわずかだが垣間見た気がした。
六花は児玉が寝ている部屋へと向かい、襖をあけた。
庭に面した座敷のうちの一つで、やたら広く旅館の中のようだ。
その部屋の中央に布団がしかれ、児玉は眠っていて、傍には校医でもある、大村医師が居た。
「先生、お疲れさまです」
「あまいもんないか、あまいもん」
児玉は寝ているのか、布団に寝かされて静かになっている。
「タマ!」
慌てて幾久が児玉にかけよるが、児玉の反応はない。
「起こさんでエエ。静かに待っちょけ」
医師の言葉に、幾久は頷き傍に正座した。
「栗饅頭と外郎ありますよ。先生、御堀庵の外郎お好きでしょう?」
「両方もらおう」
六花は小さなお盆にお茶とお菓子をのせ、医師の傍に置いた。
児玉の様子が気になる幾久は尋ねた。
「あの、タマ、児玉君、どうなってますか」
「寝ちょるだけじゃ」
「でも、こういう時って筋肉が弛緩して、舌が喉におちるって。吐いたら、のどにつまって息ができないって」
おろおろと説明する幾久に、大村医師は答えた。
「よう知っちょるの。その通り、さっきまで吐いちょったが、水しか出んかったけえもう吐ける分は吐いたじゃろう。口もゆすがせたし、詰まるもんはない」
「そう、っすか」
そこで幾久は思い出す。
「て、点滴とか」
「脱水おこしちょるわけでもなさそうじゃから心配ない。それより、万が一でも戻したり吐いたりせんようしっかり見張っちょくことが大事じゃ」
お茶を飲みながら医師は幾久をやっと見た。
ぎょろりとした大きな目に、幾久はやや引く。
「お前さん、名前は?乃木か?」
幾久は頷く。
「あ。ハイ、乃木幾久です」
「古雪の息子か」
突然父の名前を言われ、幾久は驚いた。
「そう、です。父をご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、あーんな我侭で身勝手で強引で傲慢で頭のエエやつは、後にも先にも見たことがない」
父の思いがけない評価に幾久は目を丸くした。
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「お前なんかパンツはいてりゃもう正装だろ。おパンツ様の付属品めが」
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「いっくんも、お茶飲みなさい」
そう言って差し出されたのはつめたい緑茶だった。
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「……ハイ」
一人用の小さなお盆に、つめたいお茶とお菓子が乗せられている。
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それとも高校生が酒なんか飲むなと呆れているのだろうか。
「すみませんでした」
「なぜ謝る?誰に聞いたと聞いちょる」
ここで大佐の名前や山縣の名前を出すと、迷惑をかけるかもしれない。咄嗟に幾久はそう思って、隠した。
「……知り合いの人です」
名前を言うつもりがないとの、せめてもの意思表示だった。大村医師は「ふうん」と鼻を鳴らし、幾久の傍に腰をおろした。
「さっきも言ったように、普通の連中は飲みすぎは放っちょけじゃの、寝かせればええじゃの、そう判断する。お前はそうせんかったの。誰に聞いたか知らんが、お前一人が大騒ぎして医者を呼んだ」
すみません、とそう言おうとしたそのときだった。
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「その判断たるや、よし!」
幾久は叱られたと思って身をすくめたが、言葉の意味をよくよく考えて、三十秒くらい過ぎてやっと自分が褒められているのだと気付いた。
「わざわざ嫌な聞き方をしてすまんの。びびったじゃろう」
イエーイ、と大真面目な顔のくせに大村医師は両手でピースサインを出している。固そうに見えるのに実はふざけた人なのだろうか。
「……びびりました」
はー、と幾久は肩を落とし、正座をくずして尻をついた。てっきり叱られると思い込んでいたから、突然褒められても褒められた気がしない。
「なんで騒いだんか、理由が知りたくての。叱りやせんから教ええ」
「医学部関係の先輩です。その先輩も、以前急性アルコール中毒を起こした人を救助したそうで、いろいろ話を聞いたばかりでした」
「確かに寝かせておきゃエエ、というよりそうするしかないのが処理じゃけどの。なんたて、判断は素人じゃなかなかできん。血液中のパーセンテージがものを言うから、様子を見ながら判断できりゃそれでエエが、そうもいかんしの」
そのとき、「ただいま」と声がした。高杉の声だ。
「あ、ハル帰ってきた」
そう言って六花が立ち上がり、玄関へ向かう。
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「おー、みよサンキュー」
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「今の所は心配なかろう」
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「あっちはどーよ」
Tシャツとズボンに着替えながら毛利が尋ねると三吉は大丈夫だと答えた。
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あれ?三吉先生、ハル先輩のことを呼び捨てにしてる、と幾久は思ったが今聞くことじゃないと思って黙っていた。
「飲酒量は、間違いないな?」
大村医師が高杉に尋ねると、高杉は頷いた。
「電話した通り。もういっぺん確認したけど間違ってない。一杯に入れた量はそこまでじゃなかったはずなんじゃけど、二杯目、三杯目、でトシのアホゥが調子にのったらしい。児玉も普段酒なんか飲まんから、判らんかったらしいと」
「どーせ炭酸に混ぜたんだろガキども」
毛利が言うと、高杉が頷いた。
「その通り。あんまよくない大人に、カクテルの作り方聞いて試してみたかったらしくて」
「みよ、オメーはどう思った?」
なぜか三吉に毛利は話をふったが、三吉は答えた。
「まず伊藤には今後絶対それを作らせないこと、あと教えた大人、これ名前がわかってるんで後々鉄拳制裁。カクテルの内容に関しては、まあ、ガチでまずい、とだけ」
「そっかー……気付かねーか」
毛利の言葉に三吉は頷いた。
「あれは正直、飲みなれた大人でも気付かない配分。高校生の児玉ごときが気づくのは無理」
「あの」
幾久は手を上げた。尋ねたい事があったからだ。
「タマ、児玉君は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫って、何が?様子?なんか変だった?」
「そうじゃなくて、あの、飲酒、したんですよね。なんかお咎めとか」
「んなのあるわきゃねーだろ、こんなの児玉がもらい事故しただけじゃねーか。あるとしたら伊藤だよ、伊藤。あの馬鹿、報国院わかってねーな」
ちっと毛利が吐き捨てるが、幾久はぼそりと呟く。
「あの、でもちょっとはオレのせいかもしれないっす」
幾久の言葉に、その場に居た全員が目を丸くした。
高杉も久坂も六花も、毛利も三吉も、そして大村医師も、だ。
「オレが報国院に残るって聞いたから、タマ、テンション上がっちゃってたし、トシも喜んでくれたんだけど、それでトシも調子に乗ったところがあったって言うか。だったらオレが、今日祭りでなんか言わなければ良かったって」
自分が言うタイミングを間違えたりなんかしなければ、こんなことにはならなかったのではないのか。
幾久はそう反省したのだが。
一同はしんと静まり返り、その静寂をぶち破ったのが、毛利曰くメスゴリラ、六花さんだった。
「いっくん、ひょっとして君、ドMのアホの子だね?」
六花さんはにこにこ笑っていたが、怒っているのだと幾久は判った。
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※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
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