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【9】拳拳服膺~仲良く皆で夏祭り

困ったときの助け舟

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 夜店を見ながら歩いていると、幾久はマスターの店に到着する前に高杉と久坂に合流した。
「先輩!」
「おう、幾久か」
 高杉と久坂は友人たちとお喋りをしていた。なんとなく顔だけ知っている人や、花見の時に見たような人も居る。軽く頭を下げるのは、知らないとはいえ一応先輩達だからだ。
 先輩達も笑顔で幾久に軽く頭を下げたり、手を振ったりする。皆仲がよさそうだ。
(雪ちゃん先輩が居ないのは、残念だな)
 三年生は受験だから、仕方が無いのかもしれないけれど、こういう所には居て欲しいなと思ってしまう。気心が知れた二年生や三年生が居ると、なぜか安心するからだ。
(でもガタ先輩はいいや)
 帰省している間は仕方ないにしても、下手したら野宿なんてとんでもない目に合わされる所だった。
 寮に帰ったら滅茶苦茶文句言ってやろうと幾久は思った。
 高杉たちは夏休みの話や、今後の補習の話、寮の話で盛り上がっている。幾久は隣でふんふんと頷きつつ、他寮の知らない情報を仕入れた。暫く話を聞いていたが、そろそろ玉木のコーヒーを買いにいったほうがいいな、とお使いを思い出した。

「先輩、オレ玉木先生にお使い頼まれてたんで、マスターのとこ行ってきます」

 高杉に伝えると「おう、行ってこい」と言われたので、幾久はよく知っているマスターの夜店へと向かった。
 向かっている途中、向かいからふらつくはっぴ姿の男が居て、なんだ?と思っているとそれは児玉だった。
「タマ?」
 さっきとは全く違う、具合が悪そうな顔に幾久は驚くと、児玉は幾久に抱きついてきた。
「わりぃ……ちょっと気分悪くって」
「ちょっとじゃねえじゃん、タマ大丈夫?」
「なんか戻しそうで」
 うっぷ、と気分が悪そうな児玉に幾久は慌てた。
「どうしよ、トイレ」
 トイレのある社務所はここから離れている。だったら先生達がさっき居たテントがある場所が近い。
 先生に言えばなんとかしてくれるかも、と幾久は児玉に肩を貸した。
「休憩用のテントに先生が来てるから、そっち行こう。タマ歩けそう?」
 児玉はしんどそうだが、頷いた。
「歩く」
 幾久と肩を組み、ふらつきながら児玉は歩くがかなり辛そうだ。
(さっきまであんなにはしゃいでたのに)
 こんなにも具合が悪くなるものなのか?と幾久は思ったが、玉木は保健室に居ることも多いし、怪我をした生徒の手当てをすることもあるからなんとかしてくれるだろうと、単純に幾久はそう思ったのだが。
 児玉はわざとなのかと疑いたくなるほど、幾久に体重を預けてくるので肩を貸している幾久には重くて仕方が無く、歩くのも辛い。
 だけど児玉がそういう事をする性格ではないので、これは本当に具合がかなり悪いのでは、と幾久は焦り始めていた。
 と、突然幾久は後ろから肩を叩かれた。
「幾久、」
 児玉を抱えたまま振り返ると、そこに居たのは伊藤だ。
「トシ!」
「聞いたぞ、お前報国院に決めたんだってな、これからもよろしくー」
 祭りなのか、赤ら顔で浮かれた様子だが、幾久は慌てて言った。
「そんなことより手伝ってくれよ。タマが具合悪そうなんだよ」
 見たら判るだろ、と幾久は児玉を見せるが、伊藤は「大丈夫だって」と笑っている。こんなにも具合が悪そうなのに笑っている伊藤に、幾久はかちんときた。
「大丈夫なわけないだろ」
 しかし伊藤は言い返す。
「大丈夫でーす」
 そして幾久に顔を近づけると、ぼそっと言った。
『だって、そいつ酔ってるだけだもん』
「―――――は?」
 思わず声を上げた幾久に、伊藤は「しーっ」とふざけた調子のまま指を口にあてた。
『声でけーよ、ばれたらどうすんだ幾久』
『なんでタマが酒飲んでんだよ!』
 そんなこと、いくら浮かれたからってするタイプじゃないのに、と幾久が言うと、伊藤は楽しそうなまま「そうなんだよなー」と言いながら腕を組んだ。
「こいつ、折角の祭りな上にさあ、目の前に酒ありまくるのに誘っても飲まねーからさあ、ジュースに酒ぶちこんでやったの」
 ひひひ、と伊藤は楽しそうに笑うが、幾久はそれ所じゃない。
「え?じゃあ、タマに飲ませたの、トシ?」
 でもアルコールなら気付きそうなはずなのに、と幾久が混乱して言うと、伊藤はなぜか自慢げに言った。
「俺さあ、炭酸ジュースなら酒混ぜてもまず気付かねーカクテル、先輩に教えてもらって知ってんの」
 そんなことが出来るのか、と思ったが、酒なんか飲みそうにないタマがこうなっているのならそうなのかもしれない。
「だからさあ、児玉の酒に、めっちゃ強い焼酎ぶちこんでさー、幾久の報国院決定かんぱーいって煽ったら勢いで三杯飲んでさ。さすがにここまで飲むと酔うよなぁ」
 伊藤は笑っているが、幾久は全身の血がさーっと引いていく音を聞いた。
『焼酎のアルコール度数は、ビールの四倍はあるでごわす』
 一瞬で耳に響いたのは、山縣の友人であるドン大佐の話だ。
『問題はその人の体が、アルコールをどう処理するかなわけで、処理能力が低い人は少しであっても飲むのは』

 危険でごわす。

 大佐は間違いなくそう言っていた。
 幾久は児玉を見た。
 疲れているんじゃない、これは筋肉が弛緩していて、歩けなくなっているんだ。
 ということはかなりの量のアルコールを摂取したか、もしくは児玉の体が処理できる能力がないか。
 まずい、これは本当にアルコール中毒だ。
 しかも児玉は気付いていない。
 どうしよう、先生に救急車を呼んでもらうべきか、でももし飲酒がばれたら児玉は報国院を退学になるかもしれない。
(退学?)
 幾久の全身からまた血の気が引いた。
 冗談じゃない、児玉はものすごく勉強して報国院に入ったと聞いているのに、そして鳳にまた戻るつもりなのに、こんな馬鹿なことで退学にされてたまるか。
 それよりも、アルコール中毒なら、早く救急車を呼ばないと大変なことになる。
(大佐、大佐はなんて言ってたっけ?思い出せオレ!)
『キャパオーバーで運悪く吐きでもしたら、それだけでもう終わりでごわす』
 児玉はさっき吐きそうだと言っていた。だったら、かなり様子は悪い。
「……救急車、呼ばないと」
 幾久の言葉に伊藤が爆笑した。
「幾久、ビビリすぎ!おーげさ!この程度で!」
 大丈夫だって、と伊藤は笑うが、そこで幾久が思い出したのは大佐の言葉だった。
『リア充グループは、なんだこいつ、とか大げさにすんなとか、寝かせてあげろとか』
 そうだ、そんな風にさんざん言われて、そしてどうだったって?
「幾久、余計なことすんなって。こんなん寝かせときゃー、起きたらもう酔いなんか飛んでるって」
 寝かせたらどうなるのか、幾久は知っている。
『筋肉が弛緩した状態では舌が喉に落ちて、呼吸ができなくなって』
 青ざめる幾久に、伊藤が児玉の腕を取った。
「社務所戻って、寝かせときゃいーんだよ、貸せって」
「触るな!」
 幾久は怒鳴り、その声に周りが驚き、視線を集めてしまった。
 その頃、幾久が児玉に肩を貸しているのを高杉達は見つけていた。仲がいいなとしか思っていなかったが、もう一度見ると、どうも様子がおかしい。後から来た伊藤となにか話しているようにも見える。
「瑞祥」
 声をかけ、幾久の方を高杉が示すと、久坂も一瞬でおかしいことを理解した。
「悪い、ワシらちょっと用事できた」
 高杉と久坂はそう言って喋っているグループを抜けて、幾久のところまで駆け寄った。

 幾久の拒絶に伊藤は明らかに不機嫌だった。
「なんだよ幾久。なに怒ってんだよ」
 怒るのは当たり前だ、こんなにも大変な状況で、児玉の命が危ないかもしれないのに、そしてそうさせた本人のくせに伊藤は事の重大さがちっとも判っていない。
 けれどここで喧嘩している場合じゃない。すぐに児玉を医者に見せないと大変なことになる。
 幾久は伊藤を無視して、児玉を半ば引きずるように休憩所へ戻ろうとした。こうなったら先生に助けて貰うしか方法は無い。
 だが、休憩所へ向かう幾久を、伊藤が慌てて引き止める。ばれてしまっては自分が退学になるかもしれないからだ。
「幾久、ふざけんなって」
 ふざけてるのはトシのほうだと思ったが、幾久は無視して休憩所へ向かおうとする。
「おいっ、ふざけんなよ!」
 酔っている勢いもあって、伊藤は幾久を力ずくで止める。幾久は進もうとするが、伊藤の力は強く、児玉を引き剥がせない。
「離せトシ!んな場合じゃねえんだよ!」
 幾久が苛立って言うが、伊藤は益々苛立った。
「なにが、んな場合じゃねーんだ、勝手に盛り上がんなよ」
「うるさいから離せ」
「なんだと、幾久てめえ」
 喧嘩になりそうなその瞬間、児玉の全身から力が抜けた。
「ワリー幾久、おれもー、限界」
 そう小さく言うと、すとんと児玉が腰をついた。
 ぐったりとなった児玉に幾久はもう泣きそうだった。
「おい幾久、おまえ」
 状況をちっとも把握しようとせずに幾久への怒りだけが持続している伊藤は、幾久の胸倉をつかもうとしたが、その手をぱしっと後ろから叩いた人が居た。高杉だった。
「手ェ引っ込めェ、トシ」
「……ッ、ハル先輩ッ」
 憧れの高杉の命令には絶対に従う伊藤は、あわてて手を引く。
「幾久、どねえした」
 様子がおかしいと気付いた高杉はまっ先にそう尋ねた。幾久はあまりにほっとしたせいで、涙がこぼれそうになるが、袖で拭い高杉に言った。
「先輩、タマがアルコール中毒おこしてるんス。やばいんス」
 幾久のつたない説明に、伊藤が横槍を入れた。
「だから、ちげーって言ってんじゃん!そこまでじゃねーって、ちょっと酔ってるだけなのに大げさに」
「トシは黙って」
 久坂の低い声に、伊藤は一瞬で口を閉じ、そしてきょろきょろと落ち着きをなくしはじめる。
 高杉と久坂がコンビを組み始めた時は、物事が本当に急なときしかない。
 そうでない場合、大抵久坂はなにもかも高杉に投げっぱなしだということを、昔からの付き合いの伊藤は知っている。
「児玉、わかるか?」
 高杉が尋ねても児玉から返事はこない。
「ハル先輩、オレ、知ってるんス。これ、アルコール中毒で、早くしないと本当にまずいんす。下手したら死ぬんす、すぐに病院に行って処理しないと。だから、」
 大佐のように理路整然と説明できない自分が情けない。ちょっと慌ててしまっただけで、子供みたいなことしか言えない。
 しかし高杉は小さく息を吐くとスマホを取り出した。
「幾久、ちょっと静かにしちょけ。ワシらがなにしたらええか助けてもらうけえの」
 高杉の言葉には妙な説得力があり、幾久は頷いた。
「ねえちゃん?ごめん、後輩がアル中。一人。幾久のダチ。どねしたらエエ?」
 高杉は電話しながら、うん、うん、と指示を聞いた。
「わかった。じゃあ任せる。おい瑞祥、お前ここにおれ。ワシは殿のところに行ってくる。幾久、ここで動くな。児玉も動かすな」
「はい、」
「判った」
 窮地に陥った時にはっきりと指示してくれる高杉の言葉は、これ以上ないくらいに心強く感じた。
 高杉はすぐさま、休憩用のテントの所まで走って行った。
 入れ替わるようにすぐ玉木がやってきた。
 先生が来たので幾久は一瞬焦る。
 だが、久坂が言った。
「大丈夫、心配しなくてもいいよ」
 本当に?と幾久は顔を上げた。久坂が頷く。
「ねえちゃんが判断したなら、間違いない。どうにでもなる」
 久坂と高杉がそこまで信じているのなら、幾久も信じるしかない。
「あらぁ、大変。小鳥ちゃんを救護しないとねえ」
 玉木はそう言いながら、ひょいと児玉をお姫様抱っこで抱き上げた。どうするのか心配で幾久はついていくが、玉木は児玉を抱えたまま、校門の外、つまり鳥居のある場所まで移動した。
「来たわよ、さすが早いわね」
 そう玉木が言うので同じ方向を見ると、毛利の愛車であるツーシーターのスポーツカーが、独特のエンジン音をさせて止まった。
「あけて」
 玉木の言葉に幾久はあわてて助手席のドアを開けた。
 児玉を乗せ、シートベルをする。
「玉木先生、あと」
「こっちは気にしなくていいから、行ってらっしゃい」
 玉木の言葉に毛利がスンマセン、と頭を下げ、玉木は助手席のドアを閉めた。
 ふぉん!という音をさせ、毛利の車はどこかへ向かった。
 幾久はどうしようと考えていると、玉木が幾久の肩に手を置いた。
「心配しなくていいから、先輩の指示を待ちましょう、ね?」
 幾久は頷いた。
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