22 / 37
第22話 第七章 悪意の寝床③
しおりを挟む
破壊痕により、豊かさが無残にも減ってしまった豊潤の森が、ニコロの足元で流れゆく。
吹き付ける風は、愛馬のたてがみを揺らし、夜空に浮かぶ月が、夜景の美を一層引き立てる。
「あーあ。彩希ちゃんくらいの美女が一緒なら、最高のシチュエーションなんだけどな」
彼のぼやきを聞いた愛馬は、諦めろと呟くように小さく嘶く。
ニコロは首をさすってやりながら、視線を下に向けると、光源石が森の暗さに抗っている一角を見つけた。テントが行儀よく整列して並んでおり、その中でも一際大きなテントに目を止める。
「あった。やっと、見つけたぜ」
ニコロは手を上空に向けると、光の魔法を一定の間隔で放つ。ジッと、下の方を見ていると、すぐに反応が返ってきた。あの光のパターンは、
「武装を解除して、降りて来いってか? 敵じゃねえっつの」
騎士を刺激しないように、ゆっくりと高度を下げつつ、地へと降りた。
「何者だ。武器を捨て、膝を付け」
槍を持った五人の騎士に囲まれたニコロは、言われた通りに槍を放り投げ、膝をついた。五人のうち、童顔の騎士がゆっくりと近づき、震える槍をニコロの喉に近づけた。
「名を名乗れ」
「男に名乗る名前はねえな」
「ば、馬鹿にして。この!」
石突で小突こうとする騎士の一撃を、首を振って躱すと、そのまま槍を奪い取ってピタリと喉に突き付けた。
「槍っつうのは、こうやって使うんだよ。分かったかよ、素人が」
残りの騎士が一斉に怒鳴り声を上げ、今まさにニコロに殺到しようとした時、
「武器を収めろ!」
と聞く者の体が瞬時に硬直する鋭い声が轟いた。
「おっせーよ。もう少し遅かったら、騎士を辞めちまうくらい、こいつらをボコボコにしてやるところだったぞ」
「それは困る。最近、事件だけじゃなくて、新興国による動きも不穏なんだ。国を守る盾は、もっと増えてもらわねば」
角刈りで、口ひげを生やし、精悍な顔立ちをしている男性は、ニコロに近づくなり、がっしりと握手を交わした。
「久しいな友よ。相変わらず、大した腕前だ」
「お前も、相変わらずむさ苦しいヤツだぜ、キース」
周りの騎士がポカンと口を開けていると、彼は鋭い声で叱責した。
「貴様ら、誇り高き騎士であるくせになんという様だ。バツとして、これから素振り千本、筋力トレーニング二時間を行え。サボるなよ。しっかりと他の騎士に見張らせるからな」
五人の騎士は、直立不動の姿勢になると、槍を胸の前に持ち、左手で胸をリズミカルに二度叩いた。
ウトバルク王国騎士団の敬礼で、槍は敵に対して一歩も引かぬ構えを、胸を二度叩く動作で国と君主に対する忠誠を意味する。
「では、始め。ニコロ、こっちへ来い」
罰を命じられた騎士達は、嫌な顔をせずに指示に従う。よほど、慕われているのだと、友としてニコロは誇らしく思った。
「突然どうした? 来るなら前もって連絡をしてくれれば、迎えの者をよこしたのに」
「いや、実は早く確かめておきたいことがあってよ」
「……あまり良くない表情だな。よし、俺のテントで話を聞こう」
キースはニコロを連れて、歩き出した。
テントは横に五列、縦に十列並んでおり、各テント十人ずつで使用している。キースのテントは、それらのテントに囲まれる形で、ちょうど真ん中に位置している。
「へ、結構な人数だな。何人いる?」
「俺を除いて五百人だな」
「五百だと! 戦争でもおっぱじめるつもりかよ」
「戦争……か。ある意味、そうかもしれん」
キースは厳しい表情で、そう呟いた。ニコロは、戦を嫌う彼の気質を知っているだけに、部下の命が心配なのだと思い当たった。
夜の森の涼やかな風が吹き、しばらく無言で二人は歩く。
時間にすれば数分、体感的には長い時間が経過した頃に、この場で最も大きなテントが見えてきた。五角形で、入り口に吊るされた光源石のランプが風に揺れて左右に動いている。キースは、ニコロを中に招くと、入り口付近にいた騎士に人払いを命じた。
「手紙でも伝えたな。現在、プリウ周辺は盗賊と麻薬による被害が拡大している」
テントの中は、簡易テーブルが中央にあり、地図が広げられている。赤くマークされた場所がいくつかあり、キースはそれらをなぞるように指で叩いた。
「昔から盗賊被害が絶えない地域だ。被害があることそのものは驚かない。だが、件数の多さ、盗賊団の異常な強さ。加えて、バーラスカの拡大。コレは、数年前に王都周辺で発生した一連の事件に酷似している」
キースの言葉に、ニコロは頷いた。
――「狂乱の殺戮事件」
五年前、ウトバルク王国周辺で、麻薬の拡大、盗賊団による殺人・強姦・強盗の被害の増加。加えて謎の誘拐事件が横行した。
王族の一人が誘拐され、無残な死体となったことからも、世界中で騒がれた事件だ。影でこれらの事件を操っている組織がいる疑いがあったが、結局見つからずに多くの謎を残している。
吹き付ける風は、愛馬のたてがみを揺らし、夜空に浮かぶ月が、夜景の美を一層引き立てる。
「あーあ。彩希ちゃんくらいの美女が一緒なら、最高のシチュエーションなんだけどな」
彼のぼやきを聞いた愛馬は、諦めろと呟くように小さく嘶く。
ニコロは首をさすってやりながら、視線を下に向けると、光源石が森の暗さに抗っている一角を見つけた。テントが行儀よく整列して並んでおり、その中でも一際大きなテントに目を止める。
「あった。やっと、見つけたぜ」
ニコロは手を上空に向けると、光の魔法を一定の間隔で放つ。ジッと、下の方を見ていると、すぐに反応が返ってきた。あの光のパターンは、
「武装を解除して、降りて来いってか? 敵じゃねえっつの」
騎士を刺激しないように、ゆっくりと高度を下げつつ、地へと降りた。
「何者だ。武器を捨て、膝を付け」
槍を持った五人の騎士に囲まれたニコロは、言われた通りに槍を放り投げ、膝をついた。五人のうち、童顔の騎士がゆっくりと近づき、震える槍をニコロの喉に近づけた。
「名を名乗れ」
「男に名乗る名前はねえな」
「ば、馬鹿にして。この!」
石突で小突こうとする騎士の一撃を、首を振って躱すと、そのまま槍を奪い取ってピタリと喉に突き付けた。
「槍っつうのは、こうやって使うんだよ。分かったかよ、素人が」
残りの騎士が一斉に怒鳴り声を上げ、今まさにニコロに殺到しようとした時、
「武器を収めろ!」
と聞く者の体が瞬時に硬直する鋭い声が轟いた。
「おっせーよ。もう少し遅かったら、騎士を辞めちまうくらい、こいつらをボコボコにしてやるところだったぞ」
「それは困る。最近、事件だけじゃなくて、新興国による動きも不穏なんだ。国を守る盾は、もっと増えてもらわねば」
角刈りで、口ひげを生やし、精悍な顔立ちをしている男性は、ニコロに近づくなり、がっしりと握手を交わした。
「久しいな友よ。相変わらず、大した腕前だ」
「お前も、相変わらずむさ苦しいヤツだぜ、キース」
周りの騎士がポカンと口を開けていると、彼は鋭い声で叱責した。
「貴様ら、誇り高き騎士であるくせになんという様だ。バツとして、これから素振り千本、筋力トレーニング二時間を行え。サボるなよ。しっかりと他の騎士に見張らせるからな」
五人の騎士は、直立不動の姿勢になると、槍を胸の前に持ち、左手で胸をリズミカルに二度叩いた。
ウトバルク王国騎士団の敬礼で、槍は敵に対して一歩も引かぬ構えを、胸を二度叩く動作で国と君主に対する忠誠を意味する。
「では、始め。ニコロ、こっちへ来い」
罰を命じられた騎士達は、嫌な顔をせずに指示に従う。よほど、慕われているのだと、友としてニコロは誇らしく思った。
「突然どうした? 来るなら前もって連絡をしてくれれば、迎えの者をよこしたのに」
「いや、実は早く確かめておきたいことがあってよ」
「……あまり良くない表情だな。よし、俺のテントで話を聞こう」
キースはニコロを連れて、歩き出した。
テントは横に五列、縦に十列並んでおり、各テント十人ずつで使用している。キースのテントは、それらのテントに囲まれる形で、ちょうど真ん中に位置している。
「へ、結構な人数だな。何人いる?」
「俺を除いて五百人だな」
「五百だと! 戦争でもおっぱじめるつもりかよ」
「戦争……か。ある意味、そうかもしれん」
キースは厳しい表情で、そう呟いた。ニコロは、戦を嫌う彼の気質を知っているだけに、部下の命が心配なのだと思い当たった。
夜の森の涼やかな風が吹き、しばらく無言で二人は歩く。
時間にすれば数分、体感的には長い時間が経過した頃に、この場で最も大きなテントが見えてきた。五角形で、入り口に吊るされた光源石のランプが風に揺れて左右に動いている。キースは、ニコロを中に招くと、入り口付近にいた騎士に人払いを命じた。
「手紙でも伝えたな。現在、プリウ周辺は盗賊と麻薬による被害が拡大している」
テントの中は、簡易テーブルが中央にあり、地図が広げられている。赤くマークされた場所がいくつかあり、キースはそれらをなぞるように指で叩いた。
「昔から盗賊被害が絶えない地域だ。被害があることそのものは驚かない。だが、件数の多さ、盗賊団の異常な強さ。加えて、バーラスカの拡大。コレは、数年前に王都周辺で発生した一連の事件に酷似している」
キースの言葉に、ニコロは頷いた。
――「狂乱の殺戮事件」
五年前、ウトバルク王国周辺で、麻薬の拡大、盗賊団による殺人・強姦・強盗の被害の増加。加えて謎の誘拐事件が横行した。
王族の一人が誘拐され、無残な死体となったことからも、世界中で騒がれた事件だ。影でこれらの事件を操っている組織がいる疑いがあったが、結局見つからずに多くの謎を残している。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜
フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」
貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。
それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。
しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。
《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。
アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。
スローライフという夢を目指して――。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~
草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★
男性向けHOTランキングトップ10入り感謝!
王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。
だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。
周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。
そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。
しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。
そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。
しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。
あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。
自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる