21 / 37
第21話 第七章 悪意の寝床②
しおりを挟む
「あの」
「ハイ?」
「私、魔法の強い男の人が好きなの」
「そ、そうなんですか。へ、へえー」
顔を赤らめ、視線を逸らすデニスの頬に人差し指を当て、強引に前を向かせる。
「良かったら、見せてほしいな。高魔力の魔法。空に向かって放てば、そんなに危なくないし、盗賊団にも”ここにはこんなに強いヤツがいる。襲ってくると危ないぞ”ってアピールできるから、ね? 良いでしょう」
手を握り、シャツから覗く胸元を強調させる。デニスの顔は、トマトよりもまっ赤に染まり、酒に酔ったように体はふらついている。
「あ、そ、そうですね。盗賊団のヤツにアピールしないとですね。じゃ、じゃあ。宿の裏手で披露します」
カウンターからふらりふらりと出たデニスに付いて行きながら、彩希は悪い笑みを浮かべた。黒羽は、氷を脊髄に直接叩き込まれたような寒気に襲われ、一言呟く。
「女は恐ろしい」
数分後、夜空を埋め尽くすほどの火炎魔法がさく裂し、彼の疑いはめでたく晴れた。
「ハア、空振りだったわね」
戻ってくるなり、冷めた声で言った。
「調査のためとはいえ、デニスが可哀そうだな」
カウンターで、チラリチラリと彩希に視線を投げかけるデニスを見て、黒羽は同じ男として申し訳なく思った。
「何が?」
「いや、分からないならいいさ。それより、残る可能性はギルドマスターと冒険者だな」
「そうね。今ぐらいの時間帯だったら、ギルドも開いているでしょうし、今日中には調べておきたいわね」
宿を出ると、真っすぐにギルドへ向けて歩いた。
夜空には、始まりの世界と変わらぬ月が輝き、地には、それぞれの軒先に吊るされた光源石のランプが道を照らしている。
今夜は風がないのが残念だ。風が吹けば、ランプが揺れて、まるで蛍が飛んでいるような景色となる。
黒羽は、隣を歩く彩希を見ると、片眉を上げた。どことなく不安そうな様子。彼女らしくない。やはり、代弁者との一件は、不安に感じるものだろう。
心配になり、優しい声音で話しかけた。
「これから代弁者と会うかもしれないけど、大丈夫か?」
「え? あ、ええ。問題ないわ。ボコボコにしてやるわよ」
歯切れが悪い。どうやら、彼女の不安は別にあるらしい。黒羽にもそこまでは分かったのだが、それ以上はお手上げである。
(相棒が困ってる。どうにかしないとな)
懸命に頭を働かせ、原因を探っていこうと奮闘する黒羽に、彩希は恐る恐ると言った様子で問いかけた。
「あのね、秋仁。さっき、私がデニスに声をかけた時、どう思った?」
「え? どうって」
まるで質問の意図が分からない。戸惑う黒羽に、彩希は視線を合わせず俯く。
「その……私、デニスに魔法を使わせるために、色気で誘惑したでしょう」
「まあ、そうだな。それが?」
「だ、だから。自分を大切にしない女は嫌いだって言ってたでしょう。もしかして、私のこと見損なったかしら」
ハア、と黒羽はため息をつく。
「そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって」
「確かに、手段としては褒められたものじゃない。でも、そのおかげですぐに、デニスが代弁者じゃないって分かったんだ。見損なったりしないよ」
「本当! 良かった」
嬉しそうに笑った彩希は、軽やかなステップで黒羽の前に飛び出したかと思うと、唐突に抱きついてきた。
「な、何だ!」
「別に。気にしないの」
「い、いや気にしないのって無理だろう」
甘い花のような匂いが、鼻腔をくすぐり、密着した体越しに温かな体温と、女性らしい柔らかさが伝わってくる。
美男子で通っている黒羽だが、女性との交際経験はない。ましてや、彩希のような絶世の美女に抱きつかれては、高鳴る鼓動と発火したような体の熱は、意思の力で止められるものではなかった。
「は、離れろって。歩いている人が、見てるだろう」
「……もう。分かったわ」
あっさりと離れていき、少しもったいなかったかな、と黒羽は思ったが、すぐに頭を振って雑念を追い払う。
「いきなり人に抱きつくのは良くないぞ。勘違いしたらどうするんだ」
「勘違い?」
妖艶な笑みを口元に湛え、背を向きざま
「どっちだと思う?」
と甘く問いかけた。
「おい、どういうことだ?」
話はこれでおしまい、と手をひらひらと振り歩みだす彩希の足取りは軽やかだ。一方の黒羽は、わけが分からずひたすら葛藤する。
(ん? ニコロに抱きついた時は、慰めるためだよな。じゃあ、今のは何だったんだ?)
脳内会議をどれほど繰り広げたところで、クエスチョンマークが飛び出すだけで、満足な答えは得られない。
結局、彼はもういい知らん、と半ば怒ったような様子で彩希の後を追い、通行人達は笑いを零しながらその背中を見送った。
「着いたわ。さあ、どうやって調べましょうか?」
「ギルドマスターと冒険者か。冒険者は、流れ者も多いし、正直誰もが怪しいな。とりあえずギルドマスターから確認してみよう」
「そうね。ちょっと、そこのあなた」
褐色肌に沢山の傷が刻まれた女性に、彩希は声をかけた。厳しい表情でギルド前に立っているものだから、取っつきにくそうだが、意外なほど明るい声で応じた。
「何?」
「あなたはプリウに来て長いの?」
「長いも何も、私は生まれも育ちもプリウさ。この町が好きでね。クソッタレ共を、成敗したくて冒険者になったみたいなもんさ」
「そう、それなら詳しそうね。ここのギルドマスター、リコって人だけど、どんな人かしら?」
「どんなって。陽気で親切な人よ。昔は、冒険者としてヤンチャやらかしてたらしくて、凄いって噂。
たぶん、そん時の経験があるからなんでしょうが、冒険者の気持ちが良くわかってる人で、金やコネでギルドマスターになったヤツに比べれば、随分マシ。……何、狙ってるの?」
首を横に振り、彩希はちょっと考えてから、質問を重ねた。
「最近、どこか変わった様子はなかったかしら」
「そーねー、元冒険者って変わってる人が多いから、その質問には答えにくい。ああ、そういえば最近物忘れが酷いって感じたよ。物覚えは良かったはずなのに、前に言ったことをまるで覚えてなくてさ。年かな、あの人も」
「そう、ありがとう。参考になったわ」
これは……と、思った彩希は、他の冒険者にも同じ質問をした。その結果、”物忘れが酷い”と感じている冒険者は他にもいるようである。
「秋仁、ちょっと怪しいと思わない」
「……ああ。ただ忘れっぽくなったのではなく、代弁者がギルドマスターに成りすましているとすれば、説明がつくな。でも」
黒羽は難しい顔で唸ると、自信がない様子で言った。
「代弁者とギルドマスターの背丈が違う気がする。リコって人は、俺よりも背が低かっただろ?」
「そうね」
「物忘れが酷くなったって話は、俺達が来る前からの話だ。となれば、代弁者がギルドマスターだった場合、俺達と初めて会った時は、すでに入れ替わっていたはずだ。でも、代弁者は俺と同じか、少し背が高かった。もちろん、代弁者と俺の距離は離れていたから、確証はないけどな」
「シークレットブーツを履いていたとか?」
黒羽はあきれ顔で笑った。
「また、テレビか」
「あら、悪い?」
黒羽は、「いいや、生活に馴染んでいるようでなにより」と、嬉しそうな口調で呟き、ギルドの奥へと進んで行った。
相変わらず人が多くて、熱気が凄まじい。じんわりと滲む汗を拭ってカウンターに辿り着いた黒羽は、周りを見渡した。
「アレ? すいません。ギルドマスターは、どこにいますか?」
小太りの男に問いかけてみると、彼は掲示板を指差した。乱雑に張り付けられている依頼書から逃れるように、右端の上部にA4サイズの羊皮紙が釘で止められている。
「ええっと、すいません。田舎者ですので、読めないんです」
「……そうか。出張のため、しばらくギルドを空けます。報酬はまとめて後払いしますので、依頼はご自由に受けてください。そう、書いてある」
それきり、男は黙り込む。黒羽は頭を下げて礼を言い、彩希へと振り向いた。
「困ったな」
「出張ねぇ。カウンターをちょっと探ってみましょうか?」
「あ、おい。勝手に入るのはまずいだろ……ああ、もう」
黒羽の制止を無視し、カウンターに入った彩希は不思議そうに首を傾げ、行ったり来たりを繰り返した。訝しむ黒羽の前に、カウンター越しに立ち止まると、姿勢を正し、やっぱりと頷いた。
「秋仁、ここのカウンターは床の位置が低いわ」
「……本当だ。お前の背が縮んだように見える。そうか、じゃあ」
「ええ。最初に会った時、リコはここのカウンターから私達に話しかけたわよね」
彩希が、カウンターから見て右側に位置する掲示板を指差す。確かに、その構図には黒羽にも見覚えがある。
「俄然、可能性が高まったな。問題は、どこに行ったかだ。彩希、カウンターに何かないか?」
彼女は、顎に手を当てると、チリ一つ見逃すまいと、隅々までカウンターをチェックする。険しい表情で、いつになく真剣だ。ふいに、彼女の視線が一点に止まり、黒羽を手招きした。
「早く来て」
「どうした」
彩希は、カウンターに入った黒羽にしゃがむように指示すると、床に手を触れた。
「ここに、穴があるわ」
壁寄りに、ちょうど指が入るくらいの穴が床に空いている。黒羽が床をノックすると、どうも奥に空洞があるような音の響き方がした。
「何かあるな。この床、もしかして開くんじゃないか?」
指を入れ、引っぱると、あっけないほど簡単に床は開き、地下道が姿を現した。
黒羽は彩希にアイコンタクトで入ることを伝え、自分から先に飛び降りた。
「凄いな」
胸ポケットから小さなペンライトを取り出すと、道を照らしてみた。カラリとした外とは異なり、ジメジメとしていて、苔むした壁が続いている。
「よっと、かび臭いわね」
後から飛び降りた彩希の足が、床に着地した瞬間、音が遠くの方まで残響していった。
「結構広そうだな。よし、調べてみよう」
頷きあった二人は、ペンライトで暗闇にメスを入れながら、地下道の探索を開始した。
「ハイ?」
「私、魔法の強い男の人が好きなの」
「そ、そうなんですか。へ、へえー」
顔を赤らめ、視線を逸らすデニスの頬に人差し指を当て、強引に前を向かせる。
「良かったら、見せてほしいな。高魔力の魔法。空に向かって放てば、そんなに危なくないし、盗賊団にも”ここにはこんなに強いヤツがいる。襲ってくると危ないぞ”ってアピールできるから、ね? 良いでしょう」
手を握り、シャツから覗く胸元を強調させる。デニスの顔は、トマトよりもまっ赤に染まり、酒に酔ったように体はふらついている。
「あ、そ、そうですね。盗賊団のヤツにアピールしないとですね。じゃ、じゃあ。宿の裏手で披露します」
カウンターからふらりふらりと出たデニスに付いて行きながら、彩希は悪い笑みを浮かべた。黒羽は、氷を脊髄に直接叩き込まれたような寒気に襲われ、一言呟く。
「女は恐ろしい」
数分後、夜空を埋め尽くすほどの火炎魔法がさく裂し、彼の疑いはめでたく晴れた。
「ハア、空振りだったわね」
戻ってくるなり、冷めた声で言った。
「調査のためとはいえ、デニスが可哀そうだな」
カウンターで、チラリチラリと彩希に視線を投げかけるデニスを見て、黒羽は同じ男として申し訳なく思った。
「何が?」
「いや、分からないならいいさ。それより、残る可能性はギルドマスターと冒険者だな」
「そうね。今ぐらいの時間帯だったら、ギルドも開いているでしょうし、今日中には調べておきたいわね」
宿を出ると、真っすぐにギルドへ向けて歩いた。
夜空には、始まりの世界と変わらぬ月が輝き、地には、それぞれの軒先に吊るされた光源石のランプが道を照らしている。
今夜は風がないのが残念だ。風が吹けば、ランプが揺れて、まるで蛍が飛んでいるような景色となる。
黒羽は、隣を歩く彩希を見ると、片眉を上げた。どことなく不安そうな様子。彼女らしくない。やはり、代弁者との一件は、不安に感じるものだろう。
心配になり、優しい声音で話しかけた。
「これから代弁者と会うかもしれないけど、大丈夫か?」
「え? あ、ええ。問題ないわ。ボコボコにしてやるわよ」
歯切れが悪い。どうやら、彼女の不安は別にあるらしい。黒羽にもそこまでは分かったのだが、それ以上はお手上げである。
(相棒が困ってる。どうにかしないとな)
懸命に頭を働かせ、原因を探っていこうと奮闘する黒羽に、彩希は恐る恐ると言った様子で問いかけた。
「あのね、秋仁。さっき、私がデニスに声をかけた時、どう思った?」
「え? どうって」
まるで質問の意図が分からない。戸惑う黒羽に、彩希は視線を合わせず俯く。
「その……私、デニスに魔法を使わせるために、色気で誘惑したでしょう」
「まあ、そうだな。それが?」
「だ、だから。自分を大切にしない女は嫌いだって言ってたでしょう。もしかして、私のこと見損なったかしら」
ハア、と黒羽はため息をつく。
「そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって」
「確かに、手段としては褒められたものじゃない。でも、そのおかげですぐに、デニスが代弁者じゃないって分かったんだ。見損なったりしないよ」
「本当! 良かった」
嬉しそうに笑った彩希は、軽やかなステップで黒羽の前に飛び出したかと思うと、唐突に抱きついてきた。
「な、何だ!」
「別に。気にしないの」
「い、いや気にしないのって無理だろう」
甘い花のような匂いが、鼻腔をくすぐり、密着した体越しに温かな体温と、女性らしい柔らかさが伝わってくる。
美男子で通っている黒羽だが、女性との交際経験はない。ましてや、彩希のような絶世の美女に抱きつかれては、高鳴る鼓動と発火したような体の熱は、意思の力で止められるものではなかった。
「は、離れろって。歩いている人が、見てるだろう」
「……もう。分かったわ」
あっさりと離れていき、少しもったいなかったかな、と黒羽は思ったが、すぐに頭を振って雑念を追い払う。
「いきなり人に抱きつくのは良くないぞ。勘違いしたらどうするんだ」
「勘違い?」
妖艶な笑みを口元に湛え、背を向きざま
「どっちだと思う?」
と甘く問いかけた。
「おい、どういうことだ?」
話はこれでおしまい、と手をひらひらと振り歩みだす彩希の足取りは軽やかだ。一方の黒羽は、わけが分からずひたすら葛藤する。
(ん? ニコロに抱きついた時は、慰めるためだよな。じゃあ、今のは何だったんだ?)
脳内会議をどれほど繰り広げたところで、クエスチョンマークが飛び出すだけで、満足な答えは得られない。
結局、彼はもういい知らん、と半ば怒ったような様子で彩希の後を追い、通行人達は笑いを零しながらその背中を見送った。
「着いたわ。さあ、どうやって調べましょうか?」
「ギルドマスターと冒険者か。冒険者は、流れ者も多いし、正直誰もが怪しいな。とりあえずギルドマスターから確認してみよう」
「そうね。ちょっと、そこのあなた」
褐色肌に沢山の傷が刻まれた女性に、彩希は声をかけた。厳しい表情でギルド前に立っているものだから、取っつきにくそうだが、意外なほど明るい声で応じた。
「何?」
「あなたはプリウに来て長いの?」
「長いも何も、私は生まれも育ちもプリウさ。この町が好きでね。クソッタレ共を、成敗したくて冒険者になったみたいなもんさ」
「そう、それなら詳しそうね。ここのギルドマスター、リコって人だけど、どんな人かしら?」
「どんなって。陽気で親切な人よ。昔は、冒険者としてヤンチャやらかしてたらしくて、凄いって噂。
たぶん、そん時の経験があるからなんでしょうが、冒険者の気持ちが良くわかってる人で、金やコネでギルドマスターになったヤツに比べれば、随分マシ。……何、狙ってるの?」
首を横に振り、彩希はちょっと考えてから、質問を重ねた。
「最近、どこか変わった様子はなかったかしら」
「そーねー、元冒険者って変わってる人が多いから、その質問には答えにくい。ああ、そういえば最近物忘れが酷いって感じたよ。物覚えは良かったはずなのに、前に言ったことをまるで覚えてなくてさ。年かな、あの人も」
「そう、ありがとう。参考になったわ」
これは……と、思った彩希は、他の冒険者にも同じ質問をした。その結果、”物忘れが酷い”と感じている冒険者は他にもいるようである。
「秋仁、ちょっと怪しいと思わない」
「……ああ。ただ忘れっぽくなったのではなく、代弁者がギルドマスターに成りすましているとすれば、説明がつくな。でも」
黒羽は難しい顔で唸ると、自信がない様子で言った。
「代弁者とギルドマスターの背丈が違う気がする。リコって人は、俺よりも背が低かっただろ?」
「そうね」
「物忘れが酷くなったって話は、俺達が来る前からの話だ。となれば、代弁者がギルドマスターだった場合、俺達と初めて会った時は、すでに入れ替わっていたはずだ。でも、代弁者は俺と同じか、少し背が高かった。もちろん、代弁者と俺の距離は離れていたから、確証はないけどな」
「シークレットブーツを履いていたとか?」
黒羽はあきれ顔で笑った。
「また、テレビか」
「あら、悪い?」
黒羽は、「いいや、生活に馴染んでいるようでなにより」と、嬉しそうな口調で呟き、ギルドの奥へと進んで行った。
相変わらず人が多くて、熱気が凄まじい。じんわりと滲む汗を拭ってカウンターに辿り着いた黒羽は、周りを見渡した。
「アレ? すいません。ギルドマスターは、どこにいますか?」
小太りの男に問いかけてみると、彼は掲示板を指差した。乱雑に張り付けられている依頼書から逃れるように、右端の上部にA4サイズの羊皮紙が釘で止められている。
「ええっと、すいません。田舎者ですので、読めないんです」
「……そうか。出張のため、しばらくギルドを空けます。報酬はまとめて後払いしますので、依頼はご自由に受けてください。そう、書いてある」
それきり、男は黙り込む。黒羽は頭を下げて礼を言い、彩希へと振り向いた。
「困ったな」
「出張ねぇ。カウンターをちょっと探ってみましょうか?」
「あ、おい。勝手に入るのはまずいだろ……ああ、もう」
黒羽の制止を無視し、カウンターに入った彩希は不思議そうに首を傾げ、行ったり来たりを繰り返した。訝しむ黒羽の前に、カウンター越しに立ち止まると、姿勢を正し、やっぱりと頷いた。
「秋仁、ここのカウンターは床の位置が低いわ」
「……本当だ。お前の背が縮んだように見える。そうか、じゃあ」
「ええ。最初に会った時、リコはここのカウンターから私達に話しかけたわよね」
彩希が、カウンターから見て右側に位置する掲示板を指差す。確かに、その構図には黒羽にも見覚えがある。
「俄然、可能性が高まったな。問題は、どこに行ったかだ。彩希、カウンターに何かないか?」
彼女は、顎に手を当てると、チリ一つ見逃すまいと、隅々までカウンターをチェックする。険しい表情で、いつになく真剣だ。ふいに、彼女の視線が一点に止まり、黒羽を手招きした。
「早く来て」
「どうした」
彩希は、カウンターに入った黒羽にしゃがむように指示すると、床に手を触れた。
「ここに、穴があるわ」
壁寄りに、ちょうど指が入るくらいの穴が床に空いている。黒羽が床をノックすると、どうも奥に空洞があるような音の響き方がした。
「何かあるな。この床、もしかして開くんじゃないか?」
指を入れ、引っぱると、あっけないほど簡単に床は開き、地下道が姿を現した。
黒羽は彩希にアイコンタクトで入ることを伝え、自分から先に飛び降りた。
「凄いな」
胸ポケットから小さなペンライトを取り出すと、道を照らしてみた。カラリとした外とは異なり、ジメジメとしていて、苔むした壁が続いている。
「よっと、かび臭いわね」
後から飛び降りた彩希の足が、床に着地した瞬間、音が遠くの方まで残響していった。
「結構広そうだな。よし、調べてみよう」
頷きあった二人は、ペンライトで暗闇にメスを入れながら、地下道の探索を開始した。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる