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輪島ライ

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2020年1月 薬理学発展コース

257 未来への飛翔

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 2020年1月26日、日曜日。時刻は昼11時過ぎ。

 この日は朝から自由民生党大阪府支部連合会学生部の定例会合が開催されており、大学入学後から学生部に出入りしている呉公祐は会合に参加するため大阪市中央区のビルを訪れていた。

 今日の会合では政治家を目指している大学生が自らの理念を発表するイベント「青年立志式」が行われ、実家の財力もあって学生部では一目置かれている公祐は最後の演説を務めることになっていた。


「……新型ウイルスの感染拡大もささやかれ社会の見通しが不透明な中、私は保守の立場から若い力を政治に反映させていきたいと思います。若輩者ですが今後とも格別のお引き立てを賜りたく存じます」

 浪速なにわ大学法学部国際政策学科4回生の男子学生が自らの演説を締めくくると、多数のパイプ椅子が並ぶ会場からは拍手が沸き起こった。

 自由民生党は保守政党に分類される政権与党で、近年では若年層の支持を拡大すべく青年部並びに学生部の活動を活発化させている。


「そろそろ出番だ。呉君、入室してくれ」
「分かりました。頑張ってきます」

 スーツを着た禿頭とくとうの老人に促され、会議場の外で出番を待っていた公祐は静かに室内に入った。

 その老人は自由民生党大阪府支部連合会の顧問を務める男性で、公祐がここに出入りするようになった当初から彼の後見人になってくれている。

 韓国にルーツを持つ同性愛者である公祐は保守政党には馴染まないと難色を示す会員も多い中で彼は多様な価値観を包摂するのが本来の保守思想だと反対の声を喝破かっぱし、公祐の目指す日本の将来像にも理解を示してくれていた。


 会議場には後援団体の会員に紛れて龍之介の姿もあり、彼は将来を誓った恋人として公祐の演説を見学しに来ていた。

 龍之介にも自分を支援してくれる政治家たちにも恥じない演説をしようと心に決め、公祐は簡素な演壇に立った。


「皆さん、おはようございます。私は京阪医科大学医学部医学科3回生の呉公祐と申します。将来は医師としての経験を積んだ上で自民党から衆議院選挙への出馬を目指しています。そして私が公約として第一に掲げたいのは、憲法改正による同性婚の合法化と在日外国人の権利保障です」

 自由民生党の政策とは相容れない公約を口にした公祐に、会議場内にどよめきが走った。


「この場で改めてカミングアウトさせて頂きますが、私は同性愛者であり父親の代で日本に帰化した韓国系日本人です。実家は京都府京都市に本社を置く株式会社ホフマンで、言うまでもなく日本を代表するパチンコ企業です。……そのような来歴の私がなぜ自民党からの出馬を心に決めたのか、今日はその理由を述べさせて頂きます」

 息を呑む来場者たちに、公祐は冷静沈着な口調で自らの理念を述べ続ける。


「現在、同性婚の合法化や在日外国人の権利保障を訴えているのは主に左派系、リベラル系の政党です。彼らは弱者救済という彼らなりの理念のもとに私と同じ主張を行っていますが弱者救済だけをいくら訴えても選挙には絶対に勝てませんし、性的少数者や在日外国人に弱者というレッテルを貼ることは一般市民と彼らとの間に断絶を生じさせることにもつながります。日本という国をより良くするために必要なのは弱者として扱われがちな人々の問題を国民全体、社会全体の課題として真剣に考えることです。そのためには圧倒的に支持者の多い自民党の中からこういった問題に取り組む他ないと考えました」

 そのまま続けて、


「保守思想を持つ人々には同性婚への拒否感や在日外国人への手厚い保護への違和感を持つ方が多いことは承知しています。ですが同性愛は日本という国に古来より存在した文化ですし、在日外国人の権利保障は彼らを積極的な就労並びに経済的な自立に導き日本全体にとってのメリットとなり得るものです。同性婚の是非は国民全体が考えるべき課題ですから、私は左派政党が主張する解釈改憲での合法化には全面的に反対します。同性婚の合法化は国会の発議と国民投票を経た憲法改正によるものでなくてはならず、国民からおおやけに認められて初めて同性愛者の権利は確立されるのです。在日外国人の問題も同様で、私が理想とする日本の将来像は少数者の問題を社会全体の課題として考えられる、優しさと寛容さに溢れた保守的国家です。私の理念を実現できる政党は自民党以外にないと考え、私は今ここに立っています。……以上です」

 公祐は一息に理念を語り、マイクの電源を切った。

 会議場内にこれまでで最大の拍手が鳴り響き、当初は公祐を警戒していた一部の聴講者も演説の内容に感動の涙を流していた。


 演壇を降りた公祐は黙って室外に出て、外で演説を聞いていた後見人と握手を交わした。

 会議場から飛び出してきた龍之介は感極まって公祐に抱きつき、公祐は彼の身体を強く抱きしめた。



 青年、呉公祐の飛翔はこの日から始まることとなる。

 その傍にはいつも薬師寺龍之介の姿があって、彼らは共に苦難を乗り越えて生きていくのだろう。
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